麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

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少年の声が美しいのは…

今日は、津の教室の指導がありました。レッスン最後に小学5~6年のT兄弟がやってきました。2月に音楽祭で独唱をした兄のMくんが変声期に入ったので、一度、見て欲しいとのことでした。早速、発声をすると、ほぼ1オクターブ下がっていました。

e0143522_1233271.jpg私は、「体が大人になってきたから、声もそれに見合った大人の声になったこと」を伝え、「弟のように高い声は、出ないけれど、その分、どんどん、下が出るようになるし、君の声質が美しいのは、大人になっても変わらない。情感を込めて歌えば、歌が上手なことは今まで通りなのだからね」と話しました。

Mくんが、「うん、うん」とうなづく姿は、小さいころのままでしたが、身長はすでに小西先生を追い越し、私が追い越されるのも時間の問題でしょう。顔の骨格も変わって、私が知っている幼いころの面影は、少しだけ残して首の太い、大人の男性の顔になっていました。次に会うときは、もっと、大人になっているかもしれません。

思春期に入って、子供の体が大人になるのは発達過程を考えれば喜ぶべきことです。ですが、本人やお母さんにとっては、困惑することも多いのです。それは、可愛くて小さかった少年であればあるほど、美しい声であればあるほど、その喪失感は、大きく母子がショックを受けることもあると思います。

私の弟は父譲りの美声で大勢の人を魅了して、その結果、木下式の採用を決めた幼稚園、保育園の園長先生がたくさんいらっしゃいました。幼かった頃の弟も、他のことはともかく、自分の歌声には自信を持っていたはずです。そのため、変声期が来て、少年から大人になった転換期にはとても荒れていました。また、歌の代わりに楽器を与えようとしましたが、それは簡単には受け入れられませんでした。もっと、早くから「声は変わる」と教えておいたら、何かが違ったのかもしれません。そうした様子を間近に見てきたので、私は「男の子の変声期」には注意しています。

もちろん、女の子にも変声期はあります。思春期になって胸で息をとるようになると、体に力が入って声が出にくくなって失敗が増えたりします。ですが、男子のように別人の声にはなりませんし、体が安定すれば、もとの声域で歌えるようになるのです。

男の子のボーイソプラノが美しく心を打つのは、それが少年時代の一時期しか出せないものだからではないでしょうか。ある少年は、中学受験の休学期間中に、自分の声が変わってしまい、「あんなに美しい声が、出せなくなると知っていたら、もっと一生懸命、やったのに」と後悔の念を卒業式の作文につづっていました。私が小学生の男児に、「この声は一生出るものではないから、歌だけが得意な人にならないように、ちゃんとピアノも勉強しなさい」という理由はここにあるのです。
by k-onkan | 2014-08-31 23:32 | 児童 | Comments(0)

医学は進歩しても、教育は!?

この20年、医学が進歩して、新しい病気の治療法が判ったり、昔は気づかれなかった脳の器質的な障害などが解明され、さまざまな進化や発展があったと思います。ですが、教育の世界に関していうと、この20年は、「ゆとり教育」が導入され、進化どころか、停止、もしくは後退したことの方が多いと感じています。

e0143522_16151993.jpgたとえば、精神疾患があるなど、何か特殊な事情があるのなら、「頑張れといわない」「競争をさせない」「嫌な気持ちにさせない」」「他人と比較しない」「子供のありのままを受け入れる」「恥をかかせない」「能力差を感じさせない」などの配慮も必要なことだろうと思います。ですが、普通の発達過程にある全ての子どもに対しても、同じように扱ってきたこの20年の教育のあり方は大きな損失でなかったかと思うのです。

ゆとり教育は、小学校、中学校だけでなく、専門的なことを教える専門教育の場にも浸透しました。「生徒に悪い評価をつけると大学を辞めてしまうので、たとえ、成績が悪くても、生徒や親がそれに気づかないような評価をつける」「生徒を叱るとやめてしまうので、たとえ、課題を出さなかったり、未熟なところがあっても、受けいれて諭す。本当に指導していいのは、実力がある一部の生徒のみ」。これは、実際に大学で教員が指導されていることであったりします。

他にも、たとえば、大学で資格で与えたにも関わらず、付属の幼稚園、保育園ではよそで勉強した人を受け入れるなどという話もききます。本来、自分の学校で教えた卒業生だからこそ、十分な力が備わっていると自信を持って、後輩を育てるのが、本来、教育のあるべき姿だと私は思うのですが。

楽院で育った子供は、全員が音楽の道に進むわけではありませんが、一つ、共通することがあります。それは、どの職種につこうと、親になろうと、自分が与えられた責任は、きちんと果たすようになるということです。卒業生が異口同音、口にするのは、「他の人と違うことは、楽院で鍛えられたから打たれ強い」と言います。

それこそが、この20年、社会から嫌悪されてきた「他人と競争すること」「恥をかくこと」「他人との能力差に気づくこと」「大人に叱られること」「自分の意思ばかりが尊重されない」などの楽しくはない経験の上に成り立っているのだと個人的には思います。
最近、著名な精神科医の先生とお話をさせていただく機会がありました。私は、発達障害を持つ子どもにどのように「死」について理解され、将来、いたずらに死に興味を持ったり、犯罪に関わらないで済む方法はないかと、考えてきました。発達障害があるお子さんは、定型の子供と比べて、「誤解の仕方」が独特であり、「現実と空想、本物と作り物」の世界を混同していることもあり、気になっていました。
その先生は「結局、自分で体験して、本人が感じることが一番」と言われました。どんなに言葉をたくみに説明しても、本人が「この感覚が、この意味なのだ」とつながらなければ、本当の理解にはならないということでしょう。
巷では、「体験学習が大事」と語られます。私も本当の意味で、これを実感したのは、今年の夏休みでした。それは、長い夏休みにただ勉強だけした子供より、家族でいろいろな体験をした子供の方が、人間的に発達していたことから感じました。

精神科の先生が、「発達障害の人が、自分で感じなければ理解しない」と言われるように、定型発達であっても、机の上で知識を増やすだけでなく、それを実際に使って考えたり、自ら体験して感じなければ、本当の意味では理解は得られないのだと思うのです。

私たちは、つい自分の関わる子供には、できるだけ、「良いこと」「ためになること」を与えたいという親御心が働きます。また、「無駄なこと」「辛いこと」は与えたくないと思うものです。ですが、実は、無駄に見えること、子供に悪い影響を与えそうなことも、子供自身が、経験することで、本人に学びがあるのだと思うのです。

ただ、物事にはバランスが大事なので、辛いことばかり、楽しいことばかりではなく、いろいろな経験が必要だと思います。一番いけないのは、いいことも、悪いことも、楽しいことも、辛いことも何もなく、何の感情も持たず、ただ、そこにいるだけでは、得られるものはないのかもしれません。
by k-onkan | 2014-08-31 23:11 | 教育 | Comments(0)

愛されていると信じさせて

楽院の授業は夏休みで1か月、お休みになりましたが、その間、親御さんに向き合っていただいたお子さんには、大きな成長が見られます。年中のHくんにも大きな変化がありました。

e0143522_22433173.jpgHくんは幼いころから保育園に通っているお子さんで、1年前から、音感の勉強を始めました。ですが、話が通じているようで通じていなかったり、手指に力が入らなかったりすることが気になっていました。また、ご家庭でもお母さんが「扱いにくい」と感じるとのことで、私はお母さんと交換ノートで気になる点や対処法などを話し合ってきました。夏休み明けのノートには、「『「夏休みの過ごし方のセミナー」の際に、私がお見せしたアルバムを参考に何をできるかを考えて、家族旅行をしました」と書いてありました。

そのアルバムは5年前、当時、年長だった甥と二人でアメリカ旅行をした際のものです。アメリカ人家庭に、ホームスティーをして、毎朝、ピアノ、勉強などの規則正しい生活を心がけながら、午後は裏山で野イチゴを取ってクッキー焼いたり、湖にピクニックに行ったり、乗馬をしたり、プールに入ったりなど、甥が喜ぶ行事を家族みんなでしたのです。それを絵日記や水彩画に残し、甥の写真にコメントをつけて、アルバムにしたのです。

私は、「夏休みに子供が時間を持て余すからと言って、たくさんお稽古ごとや塾の日程を入れるのではなく、やるべきことをやったら、家族で夏休みにしかできないことをしていただきたい」とお話しました。今の年齢のわが子との夏休みは今年しかありません。今年の家族の夏休みの思い出を作っていただきたいと思ったのです。

Hくんは、家族で出かけた旅行の話や、お母さんと一緒に練習して、上手になったという平仮名を見せてくれました。いつもより、ずっと、心が安定しています。それは、充実した夏休みで、親御さんから、十分に愛されたという実感がそうしていたのかもしれません。

「今日は、とても頑張っていて、夏休みが過ぎたら、お兄さんになったのね~」と褒めると、「だって、お母さんに「音感頑張ってね」って言われたし、お祖母ちゃんにも、言われているから」との答えが帰ってきました。

これまでは、どんなに、「頑張って」と声をかけても、「お菓子、くれる?」とか「ゲームさせてくれる?」と交換条件によって、行動するところが見えました。ですが、夏休みの後は、「お母さんや、お祖母さんの応援」で素直に頑張れるようになったと感じます。夏休みに共に過ごした時が充実していると、そのことで十分に心が満足できるのかもしれません。

親御さんは、子供を思う愛情によって、「よかれ」と思うことを行なっているでしょう。ですが、その子どもが「親の愛情を受けている」と感じずに、お母さんが自分がしたくないことを、無理にやらせている」と思うと、ボタンの掛け違いが起こります。

子供が問題行動を起こすときには、必ず、そこに「自分は親に愛されていない」といじけた思いが存在するようです。そして、たとえ親が愛情をかけているつもりでも、「愛されたいように、愛されていない」と感じた子供は、親の愛情を見誤ったりすることもあるのです。

わがこに対して、親が愛情を表すには、高価な物を買い与えたり、子供がしたいようにさせることより、大好きなお母さん、お父さんが一緒になって、時間をすごしてくれたり、自分の最強の味方として応援してくださったりすることが、一番、子どもの心が満たされることもあることを忘れないでください。
by k-onkan | 2014-08-29 22:42 | 子育て | Comments(0)

どこにいても変わらない自分を持つ

最近、入学した5歳児の女の子は、他のお教室で一緒の楽院生が、他人の気持ちを察知して、行動する様子をご覧になって、楽院の門を叩かれたようです。私が、最初に授業をして、気になったのは、そのお子さんが、のびのびしているようで、大人の顔色をうかがうアンバランスな様子でした。

e0143522_9571914.jpgお母さんのお話では、半年前に、幼稚園を転園してからなのだと言われます。規律のある幼稚園から、自由保育の幼稚園に移り、それまで、行ってきたしつけが、すべて失われたとお母さんは言われます。

ですが、実は、「しつけ」が失われたのではなく、それが、本人に定着してはいなかったと考えるべきかもしれません。幼児期の子どもは、周囲の様子を見て、それに合わせているだけで、自分で深く考えているわけではありません。お行儀のよい集団に入れば、お行儀よくしますし、やりたい放題の場にいけば、自分も同じことをするものです。

教育熱心な親御さんは、子どもがきちんと管理される場を好むかもしれませんが、実は、本当は、自由な場で、きちんとできるように育てなければ、意味がありません。大人が口うるさく言ってくれない場所に入ったときに、「自分がどうすべきか」を理解していることこそ、しつけの最終目的です。

「うるさく言う場」より「自由にしてくれる場」の方が、本当は怖いと、大人が理解しておく必要があります。一般に自由保育の園は、子どもに自分で考えさせることに重きを置くので、子どもが悪いことをしても、大人は一切、何も言われなかったりします。それは、経験して、自分で感じて理解することが大事だから、なのだと思いますが、幼児期に、何も教えられていない内は、自由な場に身を置くのは、少し早いと感じます。

ですが、それでも、縁あって自由保育に入ってしまったなら、やはり、「家庭で教育する」しかありません。「お父さんとお母さんの子どもとして、どう行動すべきか」をご両親が話し合って、その家庭の指針(ルール)を作ることです。そして、それは、まわりの環境が変わっても変わるべきではありません。そうした、一本の心の中の芯が、子どもが大人になった時の生き方となって現れるのだと思います。
by k-onkan | 2014-08-28 23:57 | しつけ | Comments(0)

「ザ・ギフテッド」を読みました

14歳で、カナダ屈指の名門大学5校が、奨学金を上乗せして、争奪戦を繰り広げた天才少年、大川翔くんが、どのように育てられてきたかを自分で書いた本「ザ・ギフテッド」を読みました。

正直な感想は、「これだけ、その時々に好ましい教育を与えることができたら、勉強ができるだけでなく、人間としても賢く尊敬できる14歳に育つだろう」とただ、ただ、感心しました。何より素晴らしいのは、ご両親の教えにあります。勉強のこと以上に、生きる上で、一本筋が通った『芯のようなもの』を子供に提示されています。

e0143522_1112762.jpg私は、平素、0歳から12歳までの子供たちの音感教育に携わっているため、特に興味を持ったのは乳幼児期、児童期の育て方にありました。生まれてすぐの教育を担当したのは、育児休暇を取ったお父さんでした。授乳は、冷凍保存した母乳を湯煎して与えられました。この一つとっても、働くご両親が、どれだけ、わが子のことを第一に考えていたことがわかります。

0歳の教育は脳を鍛えること。そのために、抑揚をつけて話しかけたといいます。木下式でも、幼児期に子供に、抑揚のある話し方で、「音感かるた」を説明します。これは、幼児の特性をよく理解している専門家であれば、「これが幼児教育には、一番大事であり、子供を賢くする」と分かるはずです。が、どんなに教育熱心な親御さんでも、これを実行できている方は少ないのです。言葉を話さない赤ちゃんに話しかけ続けるのは、「無駄なこと」のように思えるからかもしれません。翔くんも最初はあまり反応しなかったようですが、次第に、お父さんの言葉に笑顔を見せるようになっていったといいます。

そして、素晴らしいのが、生まれた翌年4月から5歳まで通った保育園です。ご両親は、わが子が毎日、7時間通う場所を選ぶため、認可、無認可に関わらず、いくつも見学され、その上でお父さんが、「この園長先生なら、尊敬できる」と感じた園に通いました。

日本の保育園は、農繁期の忙しい時期に子供を預けるという目的で設置されたことから、「親が働きに出て不在の子の親代わりをすること」に重きをおき、「教育をする場」ではないという暗黙の了解が存在します。ですが、ご両親は、ただ、子供を長時間、預かり、安全を確保して、食べさせ、寝かせて、遊ばせてくれる保育園は選んではいないのです。

ご両親が、この園を選んだ一番のポイントは、0歳児から絵本の読み聞かせをしてくださることでした。それも、1日に10分などではなく、いろいろな人が、代わる代わるたくさん読むというのです。また、先生だけでなく、お迎えにきた親御さんにも、「今日は、だれだれちゃんのママに絵本を読んでいただきましょう」という具合で、本読みを指名されます。ふだん、働いている親御さんは、わが子との関わり方が分からないことも多々あります。もしかすると、「本読み」を口実にした「親御さん教育」でもあったかもしれません。

毎日ある食事、おやつ、などで、一日5回は、「~ちゃん」と呼び、赤ちゃんをだっこしている先生が「はーい」と代わりに返事をして点呼するということを0歳からやっていたそうです。私が、生後数カ月から保育園に預けられることで、一番、心配していることは、その赤ちゃんが、一人の人間として、きちんと大人から目を見て話しかけられることなく、愛情も感じず、言葉も理解しないまま、ただ動物の子のように集団行動をするようになっていくことにあります。

ですが、こうして、一人ひとりの名前を呼んで返事をするということを、口をきけないころから、行なっていただくことは、子供自身が、「自分だけの名前があること」を知り、返事をすることで、コミュニケーション力を身につけさせていると感じます。

それ以外も素晴らしいことが、たくさんあります。お母さんが感謝されていたことに母乳対応があります。一般的に、子供を保育園に預けるときに、母乳育児は諦めて粉ミルクに切り替えることになるようですが、保育園では、冷凍した母親を湯煎して飲ませてくださり、給食になるとプラスチック製の食器ではなく、陶器を使って、箸の使い方も教えてくださる、子供のためになることは、現場の大人の負担は大きいのですが、それを厭わない保育園にも興味が湧きました。

翔くんのプロフィールに「0歳から5歳まで保育園で育った」と書かれているため、「保育園育ちでも、賢い子がいる」と安心する方がいそうで、実は少し心配していました。ですが、私たちは、「7時間」という保育時間に注目しなければと思います。たとえば、8時に預けたら3時にはお帰りです。その後の時間は、ご両親が最大限、子供のために時間を使っているのです。

いくら、保育園で本の読み聞かせや暗唱をしても、残念ながら、それだけでは十分ではありません。子供の知的好奇心を満たすためには、ご家庭でも何度も、何度も、絵本を読み、子供が次の文章を諳んじるまで、何百回、何千回と読んだことでしょう。また有名なプリント教材や、つみきやパズルなど、幼児期に行うと良いというものは、それぞれ吟味して与えられていますが、必ず大人が一緒に、考え、会話をして、子供に考えさせていると感じました。

5歳のときに、お父さんの仕事の都合で、渡りますが、どこの国にいても、学習の基本は「国語力」です。そして、カナダに住んだことで、国語が英語に変わりました、。当時の英語力は、「言われていることは理解できるが、話せない」という評価だったようですが、日本語学校は2学年、飛び級できる国語力があったといいます。それは、幼児期の本の読み聞かせと暗唱の成果であると感じます。

英語に関しても、日本にいる頃から、英語教材は与えていたそうですが、重点を置いたのは、「発音が聴き取れること」にありました。時間の関係もあって英語の読み書きまでは手を出さず、それよりも音感(ピアノ)を重視されました。お母さんは、限られた時間の中で、その時々、子供のために何が要かを考え、常に選択しています。これも、幼児期には大事なことであり、あれも、これもと手を出して、結果、全てがいい加減にならないようにしたいものです。

翔くんの英語力を向上させるために、お母さんは、近所の小学6年生の女の子たちをベビーシッターとして雇い、英語の本の読み聞かせをお願いしたといいます。賢い子に育てる基本は、本の読み聞かせに秘密がありそうです。そして、現地の小学校では、現地の子供と一緒でも、英語で困ることはないと評価されて、同じ学年に入ることができたといいます。その後、ギフティド認定を受けたり、飛び級をしていますが、その間も、ピアノや空手、ボランティア的なことも続けています。

一般に、飛び級するような優秀な子は、勉強ができても異年齢の集団で浮いてしまい、精神的に追い詰められると言う問題があると、よく聞きました。ですが、翔君のように、さまざまな体験や日常から学べる人は、精神年齢も高いはずです。14歳で大学に入ってもその年齢は感じさせないだろうと思いますし、顔つきを見ると、大学生と言われても、納得がいく大人びた表情をしています。これは、机上の勉強だけでなくて、さまざまな経験によって培ったものだと感じるのです。

翔くんは、カナダの地で、「勝手に自分は日本人代表として頑張っている」と書いていましたが、楽院の卒業生にも、日本代表として頑張る人がいました。世界の舞台で日本人の指揮者として活躍する山田和樹先生です。楽院には、よく「どうやったら、山田和樹さんのように育てられるのか」という問い合わせがあります。

翔くんの書いた本にも共通しますが、「何の教材をどれくらいやった」ということ以上に、ご両親がどれだけ、愛情をかけて、わが子に必要だと思うことを吟味して、「勉強だけ、音楽だけ、スポーツだけできればいい」という育て方をしなかったことにポイントがあるのではないかと思うのです。
by k-onkan | 2014-08-27 23:10 | 教育 | Comments(0)

本当に賢い子に育てるには

数年前まで、楽院には、入学の年齢制限がありました。それは、音感能力が身につく臨界期が7歳までであり、木下式のカリキュラムを行なう期間を逆算すると、無理なく、バランスよく、音感能力が身につくのは、4歳6ヶ月までに開始する必要があるからです。ですが、最近は、楽院への入学目的が「行儀の改善」「しつけ」「親子関係の改善」「身体機能の向上」と幅広く、「音感の習得」は、二の次になってきたことから、公には入学年齢を制限していません。

e0143522_940471.jpgですが、音楽面でも、しつけ面でも、木下式が目標とする賢い大人-卒業生を例に出すなら、山田和樹先生のような人間性を持つ人(指揮者になるという意味ではない)-に育てたいなら、4歳6ヶ月までに木下式の音感教育を開始しなければ、不可能だと思います。音感能力、そして、基本的な生活習慣の身につき方が違うからです。

また、4歳6ヶ月までに開始しても、「楽院に任せたら安心」と放っておいたのでは、あまり意味はありません。親御さんが、わが子の成長を敏感に感じて、変化を褒めたり、がっかりしたり、おおげさにする必要があります。同じ屋根の下で、わが子が教えを必要としているときに教え、助けを必要としている時に手を貸し、叱るべきときに叱り、自立させるべき時に自立させるができるのは、家庭しかありません。

楽院の年齢制限をなくしたことで、幼児期に木下式を勉強したお子さん、そうでないお子さんの差を観察する機会が増えました。後から入ってくるお子さんは、知識や学力は優秀でも体の使い方に問題が多いと感じます。自分の体を自由に操れないと、正しい声で歌うことはできません。音程を耳で感知し、それに見合った口型を用意し、瞬間的に声を出し、次の音程のことを考える、これは、頭ではなく、運動機能が大事なのです。

そして、一番、気になることは、物事に取り組む際の真剣みが足りないことかもしれません。幼い頃から、楽院で育った子供たちは、のびのびしていますが、「ここからは本気になる」というラインを知っています。ふだん、どんなに自由にしていても、「さぁ、ここから、大人も子供も真剣勝負」という時間があるからです。

もちろん、楽院の子供た地も発展途上です。調子にのって、いつまでも、本気にならないと、大人から叱られます。ですが、本当は、大人から叱られなくても、「いつ、自分の気持ちを緩め、いつ緊張して真剣に取り組むか」をコントロールできるようにすることが、最終目的です。

子供を「叱ると、確かによく言うことを聞きますが、いつでも、叱ってばかりでは、効力が減り、大人はもっと激しく叱らなければならなくなります。また、叱られたり、管理されないと、自分で考えられない子供に育てると、指示待ち人間になってしまいます。

賢い子に育てるというのは、単に受験の科目を丸暗記するだけではなく、自分で考えて、行動できる人間に育てることだと感じます。そして、それは、週一回の楽院の教育だけでできることでなく、子供が一番、長く過ごす場所でこそ、改善する必要があるのではないでしょうか。
by k-onkan | 2014-08-26 23:38 | しつけ | Comments(0)

子供を守るってどういうこと!?

わが子が悪いことをした時、退学にならないように学校に頭を下げたり、親が尻拭いをするのは違うと思います。ですが、世間では、どんな時も子どもを守れるのは親だけだといいます。「子どもを守る」とはどういうことなのでしょうか。

e0143522_8521249.jpgある親御さんから、いただいた質問です。基本的には、私もこの方と同じ考えで、子供が悪いことをしたら、その現実を知らせるためにも、親が手を回して子供の悪事をなかったことにすることが、「守る」ことでは、到底ないと思います。

子供は、一度でも、親が「なんとか」してしまうと、それを当然と思って、決して反省しませんし、「二度あることは、三度ある」かもしれません。早い時期に、「親でも、解決できない」と子どもに気づかせるためにも、あまり、親の力を発揮しすぎない方がいいと思います。

私にとって、「子供を守る」というのは、いつか、親がいなくなったときに、自分で考え、正しい道を選択できるように、生きている間に、できる限りのことをしておくこと。そのためには、いつまでも、過保護、過干渉、過管理にしないことが、「守ること」だと思っています。子供の人生は子供のものであって、親を満足させるために存在するわけではないからです。

思えば、私が子供のころ、台所の財布から、100円玉を抜いて使っていて、母にすごく叱られたことがありました。ちょうど、同時期に2歳下の弟も同じことをしていて、思いのほか、早く母に見つかりました。

「こんなことをするのは、親の育て方が悪かったのだ。ママも死ぬから、一緒に死のう」。泣きながら言われて、「これは、まずい」と思いました。私が3年生で弟が1年生だったでしょうか。

冷蔵庫の中にある食べ物を出して食べるように、ふだんお豆腐を買うときに使っている財布から、無許可で小銭を出して使ったのか、それとも、悪いことをしている意識があったのか、今思うと、定かではありません。ですが、子供は大人が使うオールマイティーの「お金」の存在を知って、それを勝手に使うのは、よくある話だと思います。そこで、親から大目玉を食らうから、ひと様のものに手を出さないようになるのでしょう。

「わが家にあるお金は、ただで降ってくるものではない。一生懸命、パパとママが働いて、それでも、もらえるのはこの金額」。説教の時に聞かされた私は、思いのほか、我が家にはお金がないのだと気づき、当時、通っていたプールもお習字も、続けるのが申し訳ないと思ったものです。それほど、母の説教には効果があったようです。以来、私はたとえ、親のものでも「お金は盗ってはいけないのだ」と思うようになりました。

ですが、高校生になって、電車で通学するようになると、いろいろな地域から集まってきたクラスメートに出会い、同じ価値観ではない、と知ったのです。クラスには、とても真面目に勉強する人もいましたが、ゲームのように万引きをするグループもいました。

彼らは「見つからない方法」を伝授しあったり、「いくら分、盗ってきたか」を競ったりします。中には、戦利品の物々交換をしたり、「次のターゲット」を考えたりを休み時間に、悪びれもせずするのです。クラスで、みんなが聞いていますが、「大人にしゃべったら、ただではおかない」。可愛く穏やかな表情を作りながら、周囲に振りまいていました。

今なら、恐れることなく何かしたと思いますが、当時は、「関わりになるとまずい」と、見て見ぬふりをしてしまいました。それほど、可愛い顔と、手を出していた悪事のギャップが大きかったのです。これが、いかにも「悪いことをしそうなタイプ」なら、大人も警戒しますが、勉強もよくできて、家に帰ればお嬢さんのようにしていたことも、関わってはいけないと空恐ろしく思った理由であったかもしれません。

その人たちは、それまでに一度でも、「そんなことをする人間は、間違っている」と真剣に叱られたことも、「一緒に死のう」と親に泣かれたこともないのでしょう。もしかすると、一つ屋根のしたにいても、わが子が何をしているか、無関心な親に育てられていたのかもしれません。

「こんな風に育ててしまったのだから、お母さんの責任。一緒に死のう」。お母さんが、本気でこれを言ったら、子供は心底、申し訳ないと思います。ですが、効果が強い言葉を連発していると、「また、始まった」「そうやって、すぐに、脅すんだから」「本当にはできやしない」と足元を見ます。反対に、本気を見せようと芝居が白熱して、本当にお互いを傷つけてはなりません。わが子のしたことを、真剣に怒っても、どこかに「冷静な自分」を残しておかなければと思います。

親が子供を守るとは、たとえ、わが子が、どんなに愚かなことをしても、「絶対にどこかに、いいところがある」と信じて、決して、見捨てないことではないかと思います。思春期の時期の子供は、愚かで、もしかすると、何度も、何度も、親御さんに迷惑をかけるかもしれません。それでも、子供のころの可愛かったときを思い出して、愛情を与え続けるのが、子供の中に残された「よいところ」を守ることになるのと思うからです。
by k-onkan | 2014-08-25 23:50 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

はじめてのお話会

N保育園で公開保育を行なった後は、保護者の皆さんにお話をする機会をいただき、こんなことをお話しました。子供たちの授業をお見せした後ということで、私自身が、少し、焦ってしまったので、ここに、その記録を残したいと思います。
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e0143522_9145010.jpg木下式の授業をご覧になって、お子さんたちの成長や変化を感じられたでしょうか?
もし、何かを感じられたら、どうか、おうちに帰って、お子さんを褒めてあげてください。
そして、どこが成長したか、分からないという方があるかもしれませんので、私がはじめて、お子さんたちと出会ったときの様子をお話しましょう。

5ヶ月前、このクラスのお子さんは、誰ひとり、大きな声で自分の名前を言えませんでした。みな、とても小さく低い声で、中には、かすれ声で、まったく声が聞こえず、一つの音も歌えなかったお子さんもいます。

ですが、今日、全員が、一緒になって、お腹の底から声を出して、歌っていました。
そうした変化を考えると、この5か月、音感教育を行った成果は確実にあったと思います。

初めてのお稽古がおわった時、主任の先生が「音感教育と聞いていましたが、音楽だけの訓練ではないのですね」との感想をくださいました。

木下式は全員が、指導者に注目して、話を聴き、指示に従ったり、キビキビと返事をすることを、求めます。他にも鉛筆の正しい持ち方、自分の名前の書き方も、音感授業の中で、教えました。

知っていて当たり前、できて当たり前のことが、分からないまま、音楽の能力だけ高めようと思っても、お子さんの能力は伸びないからです。

実は、親御さん方が「それくらい、できるのが当たり前」と思っている事柄が、案外、子供にできなかったりすることは多くあります。

たとえば、かるた取りのときに、小さなかるたの箱を開けて、そこから、かるたを出し入れすることをできるようにするのも、とてもたいへんでした。便利な生活は、私たちが子供のころ、自然にできるようになったことを、難しくしているのです。

最近は、水道の水も、トイレも、何もしなくても、自然に水が流れます。ドアノブも、低年齢の幼児が、触れただけで開くほど、手に優しいつくりになっています。自動車も自動ドア、歩く歩道まであります。そんな中で、自分で意識して手指を使う機会はほとんどありません。

皆さん、ペンだこは、どこにできますか? 中指ですよね。
ですが、最近の小中学生は、親指、人差し指の二本で鉛筆を支える力がありません。そこで、中指まで使って、3本で握るため、ペンだこは薬指にできています。それほど、力がありません。ですが、自分の手指や体の機能を使えない子どもに、勉強はできるようには残念ながらなりません。

木下式の音感かるたを使った訓練は、単に音楽を学ぶのではなく、自分の手指、目、耳、喉、全身の機能を使いこなす、大人の話を聞く、指示に従う、頑張るべきときに頑張る、集中する、お友達と協力して取り組む、自分の力を出し切る、人に合わせるなど、小学校に入って学習するために、必要な事柄がたくさん入っています。
近年、多くの公立小学校では、入学したばかりの1年生が「集団行動がとれない」「授業中に座っていられない」「先生の話を聞かない」という「小1プロブレム」が問題になっています。その解決策として、文科省は5歳児から義務教育化することを法案として出しているはずです。

小1プロブレムの原因は、それまでの教育の差にあると考えられています。たとえば、個人個人が好きな行動をすることを許す保育園もあれば、クラス全員が先生の話を聞いて活動することを教える園もあります。こうした習慣の違いが小学校に入って、授業についていける子、いけない子を作ってしまうようです。

こうした問題を解決するためには、子供たち一人ひとりに、集団でのルールや物事の手順や、何が良いことで、何が悪いことかを教えた上で、子ども自身が自分で考えられるように仕向けていく必要があります。

木下式は、音感教育を通してそうしたことを可能にするため、これまで、40年近くにわたって、全国の幼稚園、保育園で採用されてきました。

ですが、どんなに幼稚園、保育園でよい教育をしても、ご家庭でお子さまに目を向けていただかないと、教育の成果はありません。働くお母さん、お父さんにとって、お子さんに、いろいろなことを教えるのは、とてもたいへんなことだと思います。忙しく働いて、家に帰ってからお子さんの様子に目を向けるのはお疲れになるでしょう。

ですが、子どもは、大好きなお父さん、お母さんに、自分の存在を認められたとき、一番、能力が伸びるものです。どうか、お子さんと一緒の時間は、一緒に遊んだり、共同作業をしたり、お手伝いをさせたりなど、子どもの成長に気づいたり、良いところを褒める機会を与えていただきたいと思います。

本日、ご覧になって、それぞれのお子さんには、発達差があることを感じられたと思います。

それは、生まれ月の違いや、兄弟の有無、祖父母の有無などによって、同じ学年でも刺激が異なるため、差が生じているのです。もしかすると、「よその子に劣っている」とがっかりされた方もあるのかもしれません。

ですが、それは、お子さんの責任ではありません。どうか、お子さんの発達を促すためにも、大好きなお父さん、お母さんが、お子さん一人ひとりに目を向けて、能力を高めていただきたいと思っています。
by k-onkan | 2014-08-24 23:09 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

はじめての保育参観!

夏休みの土曜日を利用して、5ヶ月前から木下式を始めたN保育園の年長児20名の音感授業を保護者に公開しました。木下式を開始する以前は、「45分も音楽の勉強は無理」と先生方は思ったそうです。それまで、集団で長時間、何かに取り組んだ経験がなかったのでしょう。ですが、音感かるたを使った訓練は、子供たちの興味をひき、あっという間に1時間が過ぎ、先生たちは「すごい」ととても喜ばれました。

e0143522_8505517.jpgですが、私はいろいろなことが気になっていました。それは、集団で話を聞くときに、先生に注目できなかったり、フラフラと立ち歩くこと、何より、一斉に指示を出すと、聞き漏らすお子さんがいるなど、小学校で問題になる「小1プロブレム」の原因とされる行動が多く見られたからです。

一番、気になったのは、一人ずつ、名前を言わせたときの声が、誰一人聞こえなかったことです。声は自信のバロメーター。自信がある子供は聞かれたことを、自分から、大きな声で生き生きと答えます。

人が小さな声でボソボソと話すのは、分からないことがあったり、自分に自信が持てなかったり、隠し事があるなど、声によって、心理状態まで表します。実際、このクラスには、「カキクケコ」が「タチツテト」になったり、「サシスセソ」が「チャチチュチェチョ」になったりするお子さんが何名かいました。

その子供たちが、クラス全員で、一生懸命、声を出して歌う姿に、保育園の先生方は、「子供たちが本当に変わった」「歌が上手になった」「集中できるようになった」と褒めてくださいました。

園長先生が、一番、成果を感じて、感激されているのは、隣のクラスで生活する年中児にも、好ましい影響があることのようでした。音感を勉強していない子供が、壁を隔てて、生活する子供の影響で、返事や話し方がキビキビして、行儀よくなったといいます。子供は子供から学んでいるのでしょう。

ですが、公開保育をしたその日、私は、かなり、落ち込みました。なぜなら、「ふだん以上の子供たち」を保護者にお見せすることはできなかったからです。木下式を勉強したお子さんは、たとえ、年少児であっても、見学者の前で「いいところを見せよう」とふだん以上の力を出すようになります。すると、指導者は、日常のように、大きな声など一切、出すに授業ができるようになります。

それは、ちょうど、オーケストラの指揮者が練習の際には、いろいろな指示を出しても、本番では最小限の動きで、団員が指揮者の意図を読み取り、最高の演奏をするようのと似ています。

大勢の子供がいると、ご両親の前で、張り切る子もいれば、ご両親の姿を見て、甘えが出る子もいます。緊張して、ふだん、理解していたことが、真っ白になる子もいました。そうしたいろいろな事情があっても、自信を持って人前に立たせられるところまで、能力を引き上げるのが木下式の成果なのです。

今回は、残念ながら、そこまでは到達せず、何度か「手はおひざ」とか、「お話を聞くときは、おしゃべりはなし」「先生の話を聞いて」と同じ指示を何度も出さなければなりませんでした。一度で、受け止められないと、何度でも、諦めずに伝えるのが、木下式です。

私の声も少しずつ、大きくなっていきます。それでも、改善されなければ、本人の机まで言って、「手はおひざ」と目を見て直接、伝えました。ですが、本当は、保護者の前では、それぞれの子供の一番、いいところをお見せしたいのが、指導者の心理です。

ですが、5ヶ月の成果として、これが、今の子供たちの実力です。そして、小学校入学までの残り7ヶ月の課題が見つかりました。年度末に、お子さんたちの姿をお見せするときには、最高の状態をお見せしたいと心新たにしたのでした。
by k-onkan | 2014-08-23 23:50 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

静と動のバランスを考えて

脳科学を使った英才教育で有名な久保田カヨ子先生が、「幼児には「静」と「動」の二つのお稽古ごとをバランスよく与えることが大事」と、なにかのテレビ番組で発言されていたことがあります。

e0143522_1232860.jpg木下式の訓練には、静止して取り組むものもあれば、全身を動かして取り組むというように、「静と動」がカリキュラムに組み込まれています。音感かるたの連合学習が「静」とすると、カスタネットによるリズム奏や、身体的動作と表現は「動」に当たります。

ですが、木下先生が、この教育を考案するに際して、脳科学について知識があったわけではないはずです。ただ、年齢の低い子に物事を教える際、一つのことにだけ焦点を当て続けると、いつしか気分散漫になって、益々、集中できないと、大勢の幼児との付き合いから感じていたはずです。カリキュラムの中のリズム訓練は、音楽に合わせてジャンプさせたり、体を動かすことが音楽活動に必要だからですが、同時に、それが幼児に格好の気分転換にもなっているのです。

木下式の訓練を幼い年齢から始めたお子さんは、知らず知らずのうちに、この静と動の繰り返しによって、集中時間が長くなります。ですが、小学生になってから木下式を始めたお子さんは、この「静」と「動」に適切に対応できないようです。ちょうど、静止して取り組むべき時に、体が勝手に動き、進んで体を動かすときは、全身が固まってしまう、そんな感じです。

ですが、夏休みが空けて変化があったお子さんがいました。それは、夏休みにただ「勉強」や「お手伝い」を一方的にさせるだけでなく、「子供が喜ぶこと」を親御さんが全身で付き合うことも、生活に取り入れてくださった家庭のお子さんでした。

子供が大笑いして楽しんでいると、大人はつい「くだらない」「その時間でもっと、勉強してくれたら」と思うかもしれませんが、子供が心の底から楽しんでいる時が、一番、いろいろなことを吸収すると同時に、それが、他の勉強の意欲につながることもあるのです。いつも、一生懸命、勉強させるばかりが、能力の向上にはつながらないことを、親御さんは忘れないようにしていただけたらと思うのです。
by k-onkan | 2014-08-22 23:22 | お稽古事 | Comments(0)