麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
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赤ちゃんは敏感だから

津の教室に8ヶ月になる赤ちゃんがやってきました。大人のクラスを受ける声楽科出身のT先生のお子さんです。私がT先生と出会った頃は、普通のお勤めをしていましたが、「木下式を教えられるようになりたい」と会社を辞め、勉強を始めたのでした。その後、私立校の音楽講師を経て、妊娠、出産-。まさに自分の子を育てるための事前準備のようにタイムリーに木下式と出合ったのです。

e0143522_82583.jpgしかし、木下式の教え方を学んで、私立の中学、高校で生徒を「教える経験」をしていても赤ちゃんを育てるとなると、まったく勝手が違います。たとえば、育児書に「0歳から「NO-go(あえて何かをしないこと)」を教える」とか、「昔ながらの遊びが好ましい」と書かれていても、物の道理を理解しない0歳から3歳ころに大人が考える「できる、できない」の物差しを使うとわが子の気持ちが理解できず、子供が順調に発達しないこともあります。T先生も「No-goを教えるのが難しい」「おつむ、テンテンをしない」など、いろいろと心配そうだったため、「一度、赤ちゃんに会わせて」とお願いしたのです。

一般に親御さんは、自宅で一番、反応のいい状態の赤ちゃんをよその人にも見せたいと思うものです。しかし、大人の都合通りにいなかいのが赤ちゃんです。赤ちゃんにとって、自分がどこにいるかなど関係ありません。お腹が空いたり、下に不快感があったり、眠たくなったら、どうにかしてもらうことが最重要課題です。そのことを忘れてはいけないと思います。

たとえば、お母さんにとって慣れ親しんだ小西教室でも、赤ちゃんには初めての場所であり、初対面の私たちには警戒心もあります。赤ちゃんはそれほど、敏感で賢いのです。たとえば、紙おむつのCMなどには、赤ちゃんの無邪気な極上の笑顔が出てきます。あの笑顔を引き出して撮影するためには、事前にお腹を満たし、オムツを交換して、十分に睡眠も取らせているはずです。また、音の出るおもちゃを使って楽しい気持ちにさせなければ、笑顔をはでないでしょう。つまり、赤ちゃんの生理的欲求を無視したり、楽しいと感じさせずに、大人の都合通りに動く赤ちゃんなどいないのです。それは、CM撮影だけでなく、日常生活―初めての場所に連れていく、検診を受けにいく―も同じことなのです。

T先生の赤ちゃんも、本来なら、「昼寝の時間」とのことだったので、私は少し遠くから観察しました。そして、赤ちゃんに聴こえる高めの声で「かわいいね。ほっぺも足もプクプクして赤ちゃんらしい~」と、黄色い声で喜んで見せました。赤ちゃんはとても敏感なので「自分が受け入れられているかどうか」を声や雰囲気から察知しています。このときに「赤ちゃんが苦手オーラ」を出すと間違いなく、赤ちゃんに嫌われることができます。実は、以前、私は赤ちゃんの相手をさせられたり、世話を任されないために、「赤ちゃん苦手オーラ」を出して甥たちと接していました。そのため、3歳になって音感を教えるようになって、褒めたり、喜んだりしてみせるまでは、甥たちにから好かれていなかったという自覚があるのです。

ですが、赤ちゃんとお母さんは、そうはいきません。生理的欲求を満たすお母さんが、赤ちゃんを愛していなければ、赤ちゃんは自己肯定感など身につきませんし、愛されていないと感じる赤ちゃんのお母さんに、「おだやかな子育て期」など、到来しません、これから、与えてはくれません。

最近、楽院に、「しつけをしてほしい」「自分の言うことをきかない」との悩みを持ったお母さんがこられます。共通するのは、0歳から3歳の一番、大事な時期に「わが子を受け入れること」に失敗してしまっていると感じます。0歳から2歳までの欲求は、「わがまま」ではなくて、「生きるために必要なこと」であり、泣いたらすぐに反応して、泣き止ませ、育児書に書かれたことは、できるように育てることです。万が一、育児書に書いてあることが、「できない場合」は、「難しい」と諦めるのではなく、大人のやり方が間違っているか、身体的に何か問題があることもあります。どちらにしても、赤ちゃんとつきあう大人は鈍感であってはならないと思うのです。
by k-onkan | 2014-09-30 23:01 | 乳児 | Comments(0)

幼児教育ほど面白いものはない!

今日は、高円寺にある「つみきのにっしん」の会長川野先生の子育て講演に出かけました。今日のテーマは、「なぜ、言うことをきかないのか?」でした。私の父と同世代の会長先生が、若いお母さんに分かりやすく、冗談を交えて楽しくお話しくださる様子に、頭が下がりました。

川野先生は最初に「子供が言うことを聞かないという親御さんは、実は子供ではなく、親が子供を受け入れていない。また、子供が頑張っていても、もっと頑張ってほしいと、欲張りすぎる親御さんも、子供は言うことをきかない」と言われました。

e0143522_1204387.jpg私も大勢の親子を拝見してきましたが、わが子が言うことを聞かないと、ただ厳しくすればよいと考えてしまうようですが、実は、それ以前に忘れてはならないことがあります。それは、きちんと子供を愛し受け止め、わが子が何を見て、何を考えているかを感じ取れる親であるということです。

今回、川野先生が言われたことで、一番、重みがあったのは、「子供はどんな親に生み育てられるかによって、その影響は計りしれない」そして、「成長発達期に、誰かに愛された経験がないと、人は正常には育たない」ということでした。

どちらも、当たり前のことではありますが、それをないがしろにして子育てをすると、とてつもない凶悪犯罪に走る大人が育つことも有りうるのです。死刑を宣告された犯人の幼少期、児童期の育ち方を見ると、死刑になるべくしてなったというほど、ひどい育てられ方をしていることに共通点があるといわれます。もちろん、ひどい親に育てられても犯罪に手を染めない人もいるので、凶悪犯に対しての見方が甘いと言われるかもしれません。ですが、貧しくても、不幸でも、誰か一人でも愛情をかけてくれる人がいたら、その人は凶悪犯罪に手を染める確率は低くなると、やはり思うのです。

さて、世の中には、いろいろなお稽古事があります。中には成績をあげることだけを目的にするところも多くありますが、子供の人生を長い目で見て、生きる力を備えるために教育をする先生は、年々、少なくなっています。そして、会長先生は、生徒のことを本当に思っていらっしゃるから、親御さん向けの子育て講演もされるのだろうと思います。

さて、途中、会長先生は「今日は木下音感の先生が来ているから」と、私に皆さんの前でお話する時間を頂戴しました。急なことで、きちんと順を追ってお話できたかに自信はありませんが、こんな話をさせていただきました。

私は落合で木下式という音感教育を行っています。父は生まれてくる自分の子には絶対音感をつけたいとこの教育を考案したのです。音感は音楽を学ぶ人にしか必要ないと思われるかもしれませんが、実は、私が初めてこの教育に感謝したのは、渡米して英語の聴き取りに役立ったことでした。他の人が聴こえない音が私には聴こえるのです。それが、子供のころから受けた音感教育のお蔭だったのです。

現在、全国には、北は仙台、南は沖縄まで、25の幼稚園、保育園が木下式を実践しています。昔は、100近い登録団体がありましたが、きちんと教諭に勉強をさせて正しい指導をする幼稚園にしか実践させたくないということで、現在の25団体となりました。この教育は、音楽に素人の教諭が指導法を勉強して行っていますが、それでも、すばらしい成果をあげており、今年、スイスロマンド管弦楽団を率いて記憶した山田和樹氏も、幼稚園で木下式と出会った一人です。

幼児期の教育は、子供の意思ではなくて、親御さんが選んで与えるものです。それぞれの親御さんが、わが子に何を与えたいか、何が幸せかを考えて与えます。それぞれの価値観は違っても一つ共通することがあります。それは、音楽を教えるにしても、算数を教えるにしても、国語を教えるにしても、しつけをせずには何も身につきません。私の教室は昔から厳しいことに定評があります。それは、音楽以外のことにも、厳しいからだと思います。現在、私は保育園に毎週、木下式の指導に行っていますが、じっと座っていられないお子さんや話が聞けないお子さんもいます。幼児期に集団行動できるようになったお子さんとそうでないお子さんが、一つの場所で勉強することが、「小1プロブレム」の原因と言われています。

今日、こちらにうかがったのは、最近、つみき教室から多くの方が、楽院に「しつけをしてほしい」と言って入学されるようになったからです。つみき教室からこられたお子さんは、皆さん、本当にいい子たちばかりです。が、一つ共通することがありました。それは、会長先生が言われたように、親御さんに受け入れられていなかったということです。子供は大好きなお父さん、お母さんに褒めていただけるから、いろいろなことを頑張るのです。どうか、お子さんを精一杯、認めてあげてください。そして、ご縁がありましたら、木下音感の名前をお心に留めていただければと思います。

私は図々しくも、よそのお教室で、木下式についてのお話をしてしまいました。「「幼児教育に関わる人の資質で一番、大事なのは感激屋であること。感激屋であることは、誰にも負けない」と言われる会長先生から、「幼児教育は、木下音感とつみきのにっしん」とありがたい言葉をいただき、私も感激しました。お話を聞いてくださった方に、感謝しております。ありがとうございました。
by k-onkan | 2014-09-29 23:16 | 教育 | Comments(0)

怖さを知っているから強くなれる!

毎月、恒例の津の教室の指導がありました。朝一番のレッスンでは、4年生のMちゃんと本気で闘いました。Mちゃんにはとても良いところがあるのですが、いつもニヤニヤして本気になるのに時間がかかります。世間話だけなら「のれんに腕押し」のような受け答えも赦せますが、レッスンが始まったらそうはいきません。「今の声は違う」「ちゃんと、音を聴いてから声を出しなさい」。何度もやり直しを命じました。

e0143522_23555219.jpg小学4年生くらいになると、子供は簡単には大人の指示には従わなくなります。相手の顔色を見て、その人の言葉の真剣さなどを見て従うべきか、従わないか、試してくるようです。Mちゃんも、のらりくらりと、何度かいい加減な声を出していれば、私があきらめると思ったのかもしれません。ですが、音感指導の時の私は頑固なので、5回、10回とできるようになるまで、繰り返させました。すると、「もう、できん」と言って、「ギャー」と泣き叫んだのです。

私は、「レッスンに来て、自分で努力しないなら、レッスンを受ける資格はない。今すぐ帰りなさい」と一喝しました。私はよその教室のお子さんには、楽院の生徒ほど厳しいことは言いませんが、それでも、「ある一線」を越えたら、どこの生徒でも同じように雷を落とします。それは、子供が、音楽に対しても、自分に対しても、そして、生きることに対しても、投げやりになっていると感じる瞬間でもあります。

私に「今すぐ帰れ!」と言われて、本当に帰る子どもには、私は「帰れ」とは言いません。Mちゃんは、「帰れ」といわれたら、我に返れる子供です。ただ、自分で心の入れ替え方をまだ知りません。少し落ち着いたところで、少し穏やかに「やるなら、本気でやりなさい。本気でやらないなら、やる理由はないのよ」と諭しました。

Mちゃんは自分で「帰らないこと」を決めて、涙ぐみながら、発声に取り組みました。本気になれば、正しい声を出すことは難しいことではありません。「本気でやれば、できるじゃない。いつも、その声を出しなさい」と励ましました。一度、叱られて、そこから立ち直り、認められると、子供は今度は「もっと頑張ろう」と頑張ります。「真剣にやれば、いいところがたくさんあるんだから」と少しだけ、褒めておだてると、別人のような顔で歌うようになりました。

Mちゃんたちが帰った後のことです。小西先生が面白い話を教えてくださったのです。「Mちゃん姉妹は、実は麻奈先生のレッスンがすごく緊張するらしいんですよ」と。確かに、ニコニコ、レッスンをしていたかと思うと、何かの拍子に大爆発するのですから、小西先生自身も、自分のことのように、ドキドキしているはずです。ですが、木下先生の指導に比べたら、私の雷なぞ、優しいものだと思います。ただし、最近は、親御さんからも、学校の先生からも叱られたことがないお子さんが増えているので、私でも十分に怖いはずです。

さて、Mちゃんの姉のCちゃんは、最近、中学の体験入試を受けたそうです。その結果が良かったとの報告を聞いた小西先生は「緊張したり、あがったりしなかったの?」と聞いたそうです。すると、「全然、緊張しなかった。だって、麻奈先生のレッスンに比べたら、全然、怖くないもん・・・」と言ったそうです。小西先生は面白い内緒話のように、教えてくださったのです。

「悔しさ」や「負けん気」を刺激してアスリートを強くするように、私も音感のレッスンを通して、子供たちを緊張させて、人生の大事な場面で真剣になることを教えられるようになってきたのかも、と少し嬉しくなりました。教育の仕事をしていると、「優しくて愛情あふれる先生」は多くいらっしゃると思います。ですが、「怖くて、厳しくて、そのときは大嫌いでも、後で感謝できる先生」は少ないはずです。そして、実は、私は、前者ではなく、本当は後者でありたいのです。私の父のように。
by k-onkan | 2014-09-28 23:47 | 児童 | Comments(0)

悔しさも大事なこと!!

「わが子の才能を伸ばす学校」というテレビ番組の中で、幼児期、児童期から、訓練を受けてきたアスリートたちの育てられ方が話題に上りました。体操の内村航平選手は、元体操選手の両親に3歳から体操の英才教育を受けたことで有名です。内村選手のお母さんは「天才を育てるには1歳から6歳が大事」だといいます。内村航平選手を育てた3つのポイントは、絵本を一瞬、見せて答えさせるイメージ力を高める右脳トレーニングをしたこと。とことんほめて楽しむ心を教えたこと。悔しさを味あわせて競争心を養うことでした。

e0143522_22194985.jpg航平少年は1年生で始めて参加した大会で最下位だったといいます。それでも、ヘラヘラして悔しがらない少年にお父さんがお尻をバチン!少年はその後、体育館の片隅でシクシク泣いたというエピソードが紹介されました。ご両親は「時にはきついことを言っても、悔しい気持ちを感じさせることで、競争心や強い心を養う。それは、体操だけでなく仕事でも役に立つ」といわれ、体操教室に通う生徒たちにも悔しさを感じる場面を与えているようです。

次に紹介されたのがテニスの錦織選手です。彼もまた悔しい気持ちを味わい才能が開花され選手だと紹介されていました。小学生からテニスのセンスが光っていた錦織少年ですが積極性がない少年を松岡修二さんが責める映像が流れました。当時、錦織少年は試合で負けると9割は泣いていたといいます。ですが、大事な場面で涙に逃げたのでは、大事な勝負でも、自分に負けてしまいます。やはり、子供時代に悔しさをしっかり味わうことで、現在の強さに育ったのかもしれません。

圧倒的なメンタルの強さで定評があったのが、すでに引退していますがゴルフの古閑美保選手です。幼いころから野球好きな父が考えた訓練によって、少女時代は、野球選手として目立つ存在だったそうです。5年生でゴルフに転向してからも、お父さんは娘のためになりそうなトレーニングを次々に考えていったといいます。それは、後に識者から、運動生理学やコーチ学の見地に当てはまっていると評価されたといいます。このお父さんが、娘に度胸をつけさせるためにしたのが夜のお墓参りでした。私は楽院の合宿でする肝試しを思い出しました。自分の心の弱さに打ち勝つというのは、どの世界でも求められることかもしれません。

ここ何十年もの間、教育の現場では、子供に「悔しさを感じさせること」や「厳しいことを体験させること」に大人が過剰に反応して、子供を真綿でくるむように扱ってきました。ですが、大人になった時に、「折れない心」を備えさせるには悔しい気持ちを感じさせる教育も大事です。もちろん、それ以前に、自己肯定感を養るために、親や大人から愛され、受け入れられることも忘れてはなりませんが、人は、楽しいこと、幸せなことだけ体験しては強く生きられないと、アスリートたちの受けた教育を見て、再認識したのです。
by k-onkan | 2014-09-27 22:18 | 子育て | Comments(0)

今年もなまはげの季節!?

年少のMくんのレッスンに同行したお祖母ちゃまから、「今日は朝から5時間も泣き続けたんですよ。新記録です」との報告をいただきました。Mくんは2歳から望クラスで無理なく、音感のレッスンを始めたお子さんです。それでも、年少になると、レッスン時間は長くなったり、お友達と一緒のクラスで他人のことを待ったりを負担に感じるものなのです。

e0143522_23113146.jpg幼児たちは、音感のレッスンに移行して数ヶ月は、順番に泣いたり、嫌がったりして、引率者を困らせたりします。この壁を乗り越えれば、何でもないことなのですが、中には、この時期の子供のわがままに疲れ果てて、お稽古を中断する親御さんもあるのです。

Mくんのお祖母ちゃまは、その昔、一男一女を楽院に通わせた経験があるベテランなので、「嫌がっても絶対に音感には行く。泣かれてあきらめたら、子供に「行かなくていい」と思わせるから」。このことを誰よりもご存知です。また、Mくんのお母さんからは、「できても、できなくても、休まず通わせれば、必ず、楽院は子供の能力を引き出してくれるから」と託されている責任もあるようです。

さて、Mくんは私の前では、午前中、泣いたことなど微塵も見せません。そして、私もMくんには、さほど厳しいことは言っていません。ただ、気が付くと、やるべきことを最後まで取り組まされてしまうため、疲れるのかもしれません。子供はたとえ、優しい声で「いい子、いい子、頑張れ、頑張れ」と応援されていても、自分の自由にさせてくれないことに抵抗するのかもしれません。

さて、授業中は、機嫌よく取り組んだMくんですが、私の前でだけいい子にして家で泣きたい放題は、教育上、好ましくはありません。そこで、「来週から、音感に来る前にも泣くのは禁止!家で五時間も泣いたら、音感で声を出す元気がなくなるでしょ?」と伝えました。そして、「来週、家で泣いたら、先生、おうちまで、車で迎えにいくからね」と指きりで約束したのです。

こんなときの私の役割は、「楽しくて面白い音感の先生」ではなくて、「泣く子はいないか?悪い子はいないか?」という「なまはげ」の位置づけです。子供の発達には、子供を母性愛で包むような天女様も、怖い声で反省を促すなまはげも両方、必要不可欠ということです。そして、新入生がレッスンに慣れた6ヶ月後が、毎年、「楽院のなまはげの季節」なのです。
by k-onkan | 2014-09-26 23:12 | お稽古事 | Comments(0)

チャンスを得たら冷静に全力で!

何気なくテレビを見ていると、「運動会でのママ友との付き合い方」という特集を行っていました。私が思わず、釘付けになったのは、ちょうど、音楽祭の視察でいろいろな園に周り、独唱児を選ぶ磁器だからかもしれません。番組の中では、わが子が鼓笛隊の指揮に選ばれたお母さんが、喜んでいたところ、選ばれなかった他のお母さんの嫉妬心あふれる視線で、鼓笛の演奏中、そのお母さんは、一度も子供に応援の声をかけることができず、とても残念だったという話でした。

e0143522_22154348.jpgわが子に活躍の場が与えられたら、親御さんには純粋に喜んでいただきたいとは思いますが、だからと言って、大声を出して応援しなくても、親御さんの喜びはお子さんにも通じているはずです。反対に、自分の子供が選ばれなくても、よその子の活躍を一緒に喜んだり、応援する余裕は、他のお母さんにも持っていただきたいと、個人的には思うのです。

毎年、音楽祭に出演する幼稚園には、木下先生が直接、出向き、園児の声を聴いて出演種目を選んでいます。もしかすると、「独唱に選ばれた子のお母さん」は「運動会のママ友」のような経験をするのかもしれません。ですが、お子さんが選ばれた事実は、事実として、喜びながらも、過剰に自慢したり、変に謙遜したりせずに、冷静に「わが子のチャンス」を見守っていただけたらと思います。また、わが子が選ばれなかったとしても、過剰にがっかりもせずに、わが子が他の種目で頑張るところを応援していただきたいのです。

さて、毎年、木下先生が独唱者を選ぶ中には、幼稚園の先生方から、「なぜ、君が選ばれたの?」と驚かれるお子さんもいるようです。たぶん、ふだんの生活では目立たなかったり、集団の中で教えやすい「大人の話をきちんと聞くタイプ」の子ではないのかもしれません。

ですが、木下先生は、「音楽家の目」で「音楽面に光るところがあるお子さん」を選んでいます。それは、必ずしも一般の先生から認められるタイプではなく、集団の中では少し身勝手なこともあるかもしれません。しかし、個人プレーで別人のように自分の能力を発揮できるタイプなら、選ばれる可能性は大きいかもしれません。音楽に必要な自己主張は、必ずしも社会で「うまくやるタイプ」ではないことも多いのです。

音楽祭の独唱に選ばれて、その後、音楽の道に進んだお子さんも大勢、いますが、反対に、選ばれなかったことで、後に、「絶対に舞台で演奏する人になる」と努力して音楽の道に進んだお子さんもいます。音楽祭に選ばれるというのは、東京のホールで独唱をするチケットは手に入れたことではありますが、それが全てではありません。

もしかすると、「光るところ」が見出されても、必要なときに必要な努力ができなければ、「光るところ」が大人になるまで光り続けないこともあるでしょう。反対に、独唱出演によって、他のことへの自信につながり、音楽とはまったく違う分野で活躍することもあるかもしれません。長年、大勢のお子さんを拝見してきましたが、それぞれの道に何が起こるまで、その時まで、本当にわからないものです。だからこそ、一つひとつ、目の前にある目標に全力で取り組むことを教えているのかもしれません。
by k-onkan | 2014-09-25 22:14 | 音楽 | Comments(0)

厳しさも、ありのままも

音楽祭の視察が始まり、いろいろな幼稚園で園児の指導をする機会をいただいています。彼らが私と音感の勉強をするのは、それが最初で最後、一期一会の関係なので、短時間でより有意義にレッスンをするために、幼児を楽しませることを心がけています。

木下式を教えることに苦手意識を持っている方には、「厳しい」と思われる訓練ですが、指導する側に余裕があれば、幼児にとってこれほど面白いお稽古はないはずです。音感のレッスンは、次から次へと新しいことが飛び出して刺激があるのです。

e0143522_20214421.jpg今日は仙台にあるH幼稚園で、二時間、年長児40名のレッスンを行いました。全ての課題を終えたときのことです。ふだん、音感のレッスンには興味を示さなさそうなタイプの男の子が「麻奈先生、かわいい」と声をかけてくれました。たぶん、それは本来の「かわいい」という意味ではないだろうと思います。「音感、楽しかったよ」という褒め言葉でしょう。私は子供に「ありがとう。うれしいわ」と言いました。

子供を育てる際には「厳しさ」も大切ですが、だからと言って、「厳しさだけ」を与えればいい子に育つという単純なものでもありません。そこには、愛情も必要です。また、子供の「ありのまま」を受け入れることが大事だと言っても、ただ、何も教えずに放任したら、最後に困るのは、ありのままの姿のままで、大人になる子供ではないでしょうか。

一番、大切なのは、厳しさが必要なときに厳しさを、ありのままを受け入れるべきときはありのままを受け入れるという柔軟性だと思います。ただし、今の時代は、柔軟性を持つのは、難しい環境かもしれません。ですが、自分が関わる子供を愛し、その子の味方であれば、たとえ、一時、悪いことをしたり、迷惑な行動を起こしたとしても、そうしたことも含めて、子供を受け入れることはできると私は信じているのです。
by k-onkan | 2014-09-24 23:20 | 子育て | Comments(0)

叱られるうちが花!

昔から「木下式」は厳しいことで定評がある教育のため、私は、「すごく厳しくレッスンをしているに違いない」と思われているようです。ですが、実はさまざまな条件によって自分の見せ方を変えて、子供のレッスンに向かっています。

e0143522_2004579.jpgたとえば、2歳から手をかけて教えてきた年長児は、「何をしても先生に受け入れられている」とう自信と、自分の能力への信頼からか、少しずつ、生意気になっていきます。それを放置してしまうと、子供がどんどん大人を侮ってしまうため、時には厳しいことを言うことになります。

反対に、半年前から木下式を教え始めた年長児たちは、発展途上であり、私から認められたいと思っているので私はあまり厳しくする必要はありません。ただし、子供から甘く見られないように、常によく観察して、不真面目なことや手抜きしたりなどは、絶対に見逃さないようには気をつけています。

言葉にすると、どちらのことも「叱っている」ので、「厳しい」という結果になるのかもしれませんが、実際の授業を見学いただくと、子供との親密度、子供の理解力が増すほど、厳しくできることが分かっていただけるようです。つまり、厳しくするには、お互いに信頼関係があってはじめて成立するのです。

最近、テレビで「長年、叱らない時代が続き、何がよくて、何が悪いかわからない大人が増えてきた。そうした人の中には、叱られたがっている人がいる」という番組があったと聞きました。確かに、長年、本人の意思を尊重されて育ったお子さんは、「どんな行動が問題行動か」を知らずに、迷惑な行動をしてしまうことが多くあります。

音感の授業であれば、「今はうるさくする時間ではない。静かにしなさい」とか「自分がしたいことではなく、今、言われたことをすぐにしなさい」と叱ることになりますが、その都度、とても驚いた顔をします。なぜなら、これまで、自分以外の考えを押し付けられたことがないからです。もし、大人になるまで、それが続いたら、本当に何がよくて何が迷惑かは分からないままかもしれません。そして、大人になって、少し変わった人のことは、誰も、「それは、いけませんよ」という人はいないまま「少し迷惑な人」として見て見ないふりをされるかもしれません。

憂さ晴らしや八つ当たりではなく、本気で「相手のためを思って叱る」ということは、際限のないパワーが必要です。時に、叱られる側より、叱った側の方がショックを受けることもあります。いくら、日本の社会に「叱ってほしい大人」が増えたと言われても、叱る側も「愛情がある相手」しか叱れないものです。やはり、叱ってくれる人がいて、叱ってもらえる内が花ということを私たちは忘れてはいけないのだと思うのです。
by k-onkan | 2014-09-23 23:58 | 教育 | Comments(0)

自分に考えを持つこと!

楽院の卒業生が共通していうことは、「卒業すると先生が何も言ってくれなくなって寂しい」ということかもしれません。楽院は、幼児期、児童期は、個々の人格や考えにも踏み込みますが、それを一生続けるわけにきません。さびしくても、大人離れ、子供離れが必須で、誰かの指示がなくても、子供自身が自分の中にある「よいこと、わるいこと」の基準を用いて、社会の中で、どのように行動したり、決断するかを考えられなければ、教育にも意味はないと思います。

e0143522_1254786.jpg私たちが、中学生以上の生徒には、あまり口うるさいことを言わずに、「自分でどうすべきか考えて、どうしたいか言いなさい」というのは、そういう意味合いがあり、決して、「卒業して月謝を払う生徒でなくなったから、世話をやいてくれなくなった」わけではないのです。その証拠に、卒業して何年も経った生徒でも、いまだによく連絡がある生徒であれば、時に、その言動があまりにも目が余ることがあれば、子供のころと同様、「こら!何、馬鹿なことをいっているの?」とか「いい加減にしなさい。男なんだから!」と叱りつけることもあります。

幼児期から児童期に手厚い教育を受けて、その後も、ずっと素直に大人に従っているお子さんは、偏差値の高い学校に入学は果たせても、誰かの指示がないと動けなかったり、自分が「何をどうしたいか」の結論を出せない大人に育つことがあると聞きます。どんなに、勉強やスポーツの成績がよくても、一般社会で生きるために、知らないことが多すぎるのは、心配です。

どうか、「自分のことだけ、一生懸命、やればいい」などという育て方をせずに、お金は湯水のごとく、わいてこないこと。一生懸命頑張っても報われないのが、親のせい、先生のせい、社会のせい、などという卑屈な考え方をしないように、ものの見方、考え方を家族で話し合う機会を持っていただきたいと思います。そして、一番、大事なのは、たとえ、未熟であっても、子供自身が「どう思うか?」を一つひとつ、感想や考えを持っているかを確かめてほしいのです。

子供から何の返事もないときは、「こんな考えもある、あんな考えもあるけれど、あなたの考えはどれに近い?」と幼いうち(身体的でも、精神的でも)には、考え方にヒントを出すことも必要かもしれません。

社会に出れば、人それぞれ、考え方はいろいろあります。他人のそれを変えさせるのは不可能ですが、同じ屋根の下で暮らす家族は、知らず知らずのうちに、さまざまな影響を受けています。親の思い通りの考えを落ち着ける必要はないと思いますが、私が人とつきあって一番、怖いと感じるのは、その人自身に、何の考えや感想もないときなのかもしれません。
by k-onkan | 2014-09-22 23:04 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

気づくと親がした通り

あと数ヶ月でお母さんになる卒業生のCちゃんは、子供のころ、とても好奇心が旺盛でした。そのため、お母さんはわが子を保護したいがために、いろいろなことを禁止して育てました。現在、Cちゃんは「自分が親になったら、お母さんのようになんでも禁止したり、一方的に考えを押し付けない親になりたい」と口癖のように言っています。ですが、実際は、本当に親になるまで、親以上に立派な親になれるかは分からないものです。なぜなら、人は無意識のうちに、自分が育てられたように育てようとするからです。

e0143522_13494630.jpg先日も、子育ての話に花が咲いたので、「もし、自分が仕事で留守の間に、子供が友達を家にあげて好き放題して、大切にしているものを壊したらどうする?」と聞いてみました。すると、「そんなのダメに決まっているじゃない。「うちは、友達を入れるのは、禁止です」って子どもに厳しく言って、勝手なことはさせない」との答えが返ってきました。それは、まさしく、Cちゃんのお母さんがCちゃんを育てた方法と同じなのです。

確かに、大人の留守中に、子供の友達が勝手にあがりこんで、好き放題したり、危険なことをするのは心配です。もしかすると、貴重品を勝手に持ち出すよその子供もいるかもしれませんし、働く親を持つ子どものたまり場になって、何か問題を起こすこともあるかもしれません。他にも、火を使って、やけどをしたり、火事になったら一大事です。

そうしたことを回避するためには、自宅への出入りを禁止するのが、一番簡単なのかもしれません。ですが、実は、子供を危険な目に合わせないために、ただ排除すれば問題が解決するというものでもありません。子供は禁止されると、嘘をついて禁止事項を継続するか、禁止しない大人のところに隠れることもあるでしょう。大人の目がないところで、何をしているか、分からない、これが、実は、一番、恐ろしいことだと私は思います。

働く親御さんも、いろいろたいへんですが、待っている子供にも、いろいろな感情や思いがあります。たとえば、昼間、自分の相手をしてくれる大人がいたら、子供は家に友達を呼ばないかもしれません。子供が友達を家にあげるのは、一緒にいてくれる人がいなくて寂しいからでもあります。また、よその家で、お友達を呼べると、自分も呼びたくなるのが真情です。そうした子供の気持ちを想像せず、「ただ、友達の出入りを禁止」したら、「お母さんは自分の気持ちを全然、分かってくれない」と小さな反抗心が積み重なっていくだろうと思います。

もし、わが子に危険な目にあってほしくないと思うなら、親御さんは、何も考えずに、全面的に禁止、排除するのではなく、何がどのように危険で、どうして、関わってほしくないのかを、きちんと説明する必要を感じます。その上で、今後、どのように関わっていくか家族のルールを考え、それを守らせる方が、子供はきちんと育つと感じます。親から「信頼されている」と思ったら、子供は無責任なことはできないものです。反対に、いろいろなことを禁止されて、親に保護されればされるほど、そこからただ、考えもなく、逃げだしたくなることを、忘れないようにしたいものです。

まじめで頑張りやのお母さんほど、「わが子にだけはきちんと育て」と正しいことを子供に教えます。ですが、まわりに育つ子供たちと、あまりにかけ離れた価値観を押し付けていると、子供は「どうして、自分だけ???」と疑問に思うこともあるものです。その時々、子供が、親御さんの真意を理解しているか、確認も大事だと思います。子育ては、簡単なことではありませんが、親だけでなく、子供にも、いろいろな感情があることを忘れなければ、難しい親子の問題も少しだけ楽になると思うのです。
by k-onkan | 2014-09-21 23:46 | 子育て | Comments(0)