麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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<   2014年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

ありがとうございました

2014年は拙著「折れない子どもを育てるーこの時代にこそ木下式音感教育法ー」(著:木下麻奈 早川書房)を上梓することができました。みなさまに、感謝申し上げます。

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<ご感想>
三重県 Nさん
実際にあったことが、実例としてわかりやすく書かれており、なるほどと思いました。また、音楽に関係のない人が読んでも、「木下式」がいかなるものか、理解できるのではないかと感じました。できれば、1~2年後に続編を期待します。

卒業生 Mさん
泣き虫だった私ですが、音感に「行きたくない」と言ったことは一度もなかったそうです。それは、幼いながらに、先生方がただ厳しいのではなく、自分たちのことを真剣に考え向き合ってくれていることを理解していたからなのかもしれないと、本に書かれている先生の思いを読みながら思いました。

在籍児保護者Sさん
「小学生のうちにしておきたいこと」は日々、心がけていきたいことがたくさん書かれていました。知っていることと、できていることは、イコールではありませんし、自分に足りない部分にも気づかされます。子どもにとって、親以外に心が許せる相手、フラッと帰れる場が、楽院であってほしいと勝手ですが、願っています。

在籍児保護者Mさん
入学当初、楽院に任せておけば、賢くてなんでもできる子になるのではという思い違いをしていました。もちろん、音感教育を受けたことで、集中力や自ら考える力は身に付いてきましたが、家庭での教育、特に母親の果たす役割が、いかに大事であるか、改めてわかりました。自分自身にいたらない点が多々あることに気づかせていただき、感謝しています。

鹿児島県 精神科医のK先生より
ぼくはサヴァンナの動物の子育てが基本だと思っておりますので、御説のほとんどに共感できます。愛とはなにかということですね。

宮城県 S大学 准教授T先生より
本全体に子供への愛と正義感が溢れていて爽快です。保育教育を生業としながらも、家庭教育の大切さを説かれている点には真実味があります。大学図書館の教員選定図書に申込みました。審査に通れば購入、開架となります。

愛知県 ノンフィクション作家 教育評論家 O先生
優しい教育が子供を苦しめ、生きる知恵も力もつかないまま、ひ弱で無気力な子供へと脱落させてしまいます。これは多くの人がよむべきだと思い、名古屋では愛知図書館に続いて大きな図書館に「寄付」という形で置いて頂くことにします。
by k-onkan | 2014-12-31 01:04 | 自分のこと | Comments(0)

擬似親の幸せ

仕事でお世話になっているS氏と打ち合わせを兼ねた忘年会をするために待ち合わせをしたのは、偶然にも教え子Aが勤務する百貨店の前でした。連絡を取ると、「休憩中だから会いに来て」と言うので様子を見に行きました。教え子は7年前の冬、28日間、我が家で暮らした少女です。私の下で預かっていた間は、一人にするのも心配で、仕事の打ち合わせにもよく同行したため、S氏とも顔見知りです。私たちは、偽の両親のような気持ちで働く彼女を見に行きました。

e0143522_1132169.jpg実際に、会ったのはほんの数分なのですが、仕事モードの彼女は普段とは違うキリリとした明るい顔で、昔の荒んだ表情を知るSさんは「大人になったて、明るい、いい顔になった」とその成長を喜んでくださいました。両親ほどの年齢の男女が職場に出向いたら、「過保護な父母が、娘の仕事ぶりを見にきた」と誤解されているかも知れないと冗談を言いながら、その場を後にしたのですが、案の定、「お父さんとお母さん?」とチーフに聞かれ、「お世話になったお稽古事の先生と仕事関係の人」と答えたと後で聞かされました。

「親がしたら非常識なこと」も擬似親なら、大目に見ていただけるのがありがたいところですが、最近は、社会人になったわが子の仕事場に本物の両親が訪ねることが笑い話にはならないほど、「よくあること」になったのかもしれません。「麻奈先生たちだから、いいけれど、うちの親が訪ねてきたら、うざくて嫌だよね」という少女の言葉を聞きながら、この子が、7年前に私のところに帰ってきてくれたから、私の本が生まれたことを、再確認した2014年の年の瀬だったのでした。
by k-onkan | 2014-12-30 23:55 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

天邪鬼、追い出せる!?

盛大に行われた出版記念パーティーから1週間が経過し、皆様からいただいた花々はそろそろ終わりが近づいています。卒業生や保護者の皆様から当日の写真をいただいたので、記録のアルバムを作ろうと写真を見ていて、あの日の出来事を一つ思い出しました。

e0143522_0574317.jpgそれはパーティー会場を設置していたときのことです。5年生の甥Yに近所までおつかいを頼みました。退屈にしていた3年生のYくん、2年生のMくんも、一緒に雨の中、でかけていったのです。弟甥Kも兄について行こうとしたようですが、「雨がひどいから」という理由で置いていかれたようです。

弟の自分より小学生の友達と仲良く出かけた兄の姿にKはいじけてしまったようです。その後、しばらくは空いたダンボールの中で静かにいじけ、卒業生のお姉さんが声をかけても、一言も口を開かなかったそうです。私もプンプン膨れたKを見かけ、声をかけましたが、構うと泣きべそになり、逃げていったので、忙しさを理由に、それ以上の深追いはしませんでした。

後で聞いた話ですが、まゆみ先生も荒んだKを見つけ、しばらく機嫌をとってお手伝いをさせながら、相手をしたそうです。「にぃにがKちゃんを置いていった。Kちゃんの焼き鳥がない」と変な理由で怒っていたようですが、いつまでも、気持ちを変えられないKにまゆみ先生も堪忍袋の緒が切れたようです。

しかし、自分の子供ではないので、いきなり、お尻をたたくわけにもいかず、こんな話をしたそうです。「Kちゃんには天邪鬼がついてるから、バァバがとってあげる。天邪鬼を取るには、Kちゃんのお尻をむいて5回叩けば出て行くけど、バァバが叩いて出す?それとも、自分で天邪鬼を追い出せる?」。Kはしばらく、考えて「自分でできる」といって機嫌を直したといいます。その後は、とても楽しく幼児部の友達や先輩たちと交流し、また、よく働くいい子になっていました。

後日、私はKにこんな話をしました。「Kちゃんは、天邪鬼を自分で追い出せるんだって? それは、すごいなぁ。私が子どものころは、自分で天邪鬼を追い出せなくて、よくバァバに、お尻をむかれて、ペンペンされたのよ……」と。

「Kちゃんは、天邪鬼、自分で追い出せるんだよ」とドヤ顔をしていましたが、5歳の子どもでも、自分がすねたり、怒ったりすると、気分を変えにくい性質であることを知っていると、その後、どのように気分を変えるかを学ぶことができるのかもしれません。自分と上手に付き合うためには、自分の特性を知ることが、一番だと思います。
by k-onkan | 2014-12-29 23:56 | 幼児 | Comments(0)

教える側と教わる側と

拙著「折れない子どもを育てる」を読んでくださった教育関係の方から「教育法に関する本としてとても珍しい」と言っていただきました。その理由は、教育法の考案者自身が書いたものが多い中、考案者から直接、教育を受けた体験を通して、子どもに教育を行っているから、とのことでした。確かに、私は木下式受ける子ども側と、教える大人側の両方の気持ちが分かると思います。

e0143522_0341689.jpgたとえば、大人になって指導する立場になったからこそ、「わが子にできないことがある」と言われた父が朝早く起きて、毎朝、縄跳びの練習に付き合ったり、「内股だ」と言われて庭に角材で手作りの平均台を作ることが、どれだけ手間がかかる作業かが分かるため、「ありがたかった」と言えます。

しかし、5歳の子どもだった私は、毎朝、縄跳びの練習をさせられたり、自分の背より高い平均台の上を歩かされるのは、正直、嫌でたまりませんでした。何より、私の親は、自分の子のことをよく理解する親でした。そのため、どんなに泣き真似をしても、仮病を使っても決してだまされてはくれませんでした。その中で学んだことは、できるようにならなければ訓練は終わらないこと、そして、問題を解決するか否かは自分自身にかかっていることでした。そして、大人になって指導する側になり、内股で転びやすい子どもに出会うたびに、自分がかつて内股だったことを思い出し、姿勢がいいと褒められるのも、転ばずに歩けるのも、あんなに嫌だった特訓の成果だったと冷静に考えらえるのです。

大人になって教える側になったときに、私は「子ども側の都合」は忘れたくないと思っていました。大人は「教える側の哀愁」のようなものを子どもに押し付けますが、子どもにもいろいろな感情があることを感じていたからです。それを忘れないで子どもと付き合いたいと思っていました。

ですが、子どもを尊重さえしていれば、何事もうまくいくかというと、そうでもないことも思い知らされました。子どもの中には、自分が子どもであることを利用して、公平であろうとする大人の気持ちを裏切るような子どももいたからです。そこから学んだことは、「大人側にも、大人にならないと理解できない苦悩」があることを知りました。

そして、到達したのは、教える側も、教わる側もたいへんなのだということでした。そして、どちらか一方が、考えを押し付けたり、わがままを言うのではなく、双方が協力しあえる状態こそが、教育の近道であると感じたことを、思い出したのでした。
by k-onkan | 2014-12-28 23:28 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

子どもって面白い

講習会の3日目に5歳の甥Kが「どうして、Kちゃんばっかり、講習会のお手伝いをしなくちゃいけないの?にぃにはしていないのに…」と不満を口にしました。「何を言っているの。にぃには、Kちゃんが生まれるずっと前の1歳から11歳までお手伝いしたんだから、今はしなくていいのよ」と説明しました。

e0143522_17172468.jpg兄甥Yは1歳児の時に、オペラ「しらゆきひめ」に出演、その後、2歳で独唱、3歳で開会宣言、年少で音感部門出演と、デビューが早かった分、成長も早く5年生の秋には声変わりが始まりました。今は、自分の喉からどんな声が出るか分からず、びくびくしながら声を出しているため、講習会のお手伝いにはなりません。これからKの時代です。というか、Kしか人材がいないのです。

「お手伝いしてくれた人にはご褒美を出す」とささやいても、「ご褒美はいいよ。いつもいろいろなものを買ってもらっているからさ」と大人のような遠慮を口にします。これは、やんわりと「お手伝い」を断っているとも取れます。

「うちの子だから、家業は手伝うのは当たり前」と強制することもできますが、子どもの心を無視して、その場、その場を乗り切ってもよい結果にはならないことを私は自分自身を通して感じています。そのため、甥たちに手伝いをさせる際には、「みんなのために自分が頑張ろう」と思って手伝ってほしいのです。

Kは「お手伝いはいやだなぁ」と口で言うわりには、お手伝いの出番がないかちょこちょこと顔を出し、「Kちゃんがやってくれないと困るのよ」とお願いをされるのを待っているようです。そして、「自分の能力を人前で披露するチャンスがあること」は確実にKの自信にはつながっているようです。

その日はちょうどクリスマス。妹の家にお呼ばれました。甥たち兄弟と、妹の友人の忘れ形見の姉弟とみなで食事をしました。子どもたちに一つずつ、小さなボードゲームをプレゼントしたため、Kには特別に大きな箱を用意しました。「Kちゃんは講習会のお手伝いをしたから、大きめのプレゼントにしたよ」というと、Kはとても嬉しそうな顔をしていました。

「日常に自分ですべきこと」に対して、ご褒美でつるのはいけないと思いますが、大人の仕事の手伝いや、モチベーションを高めるための小さなご褒美は、大事な気がします。それは、子どもに親とは別の人格があって、それが尊重されていることを知らせるために。
by k-onkan | 2014-12-27 23:15 | 幼児 | Comments(0)

音痴の地声発声は罪!!

私が子どものころは、学校の音楽教育では「柔らかな声」で歌うのが主流でした。先生の指導も「易しくきれいな声で」が主流でしたし、子どもも付和雷同型の歌い方をしたものです。しかし、ミュージカルが盛んになったことで、いつしか「地声的な発声」が認められるようになったようです。

e0143522_11242931.jpg同時にこの時期、「ありのまま」が好まれ、平等教育によって「できない子にも恥を欠かせない」などの事情もあり、「一生懸命歌っているのだから」と音痴の声でも、好きなようにさせているのが実情だったかもしれません。一番の原因は、子供の時期に、調子っぱずれにならないための正しい指導法ができる人がいないことにもあるのでしょう。

それが原因なのか、分かりませんが、講習会に来る幼稚園、保育園の若い先生にも地声発声が多いのです。「地声発声」ができるなら、木下式の習得は簡単と思われるかもしれませんが、実際は、木下式の幼童唱法は「地声発声」と似て非なるものです。自分の持つ声をただ、大きく出して好きなように歌うのでなく、その声を磨いてコントロールして美しいものに作り変えていくからです。

地声発声をする人で、たいへん、困るのは「自分の音程が悪いこと」に気づかない人です。自分が出している声があまりに大きく、ピアノの音、まわりの人の声も耳に入らない状態です。いわゆる「音痴」という状態です。

木下式は、お腹の底から自分が持つ最大限の声を出しますが、そこには、確固たる「音感=音高感覚」があるため、自分の出した声が聞こえなかったり、ピアノを音を聴かないということはありえないのです。つまり、木下式の「聴覚訓練」の部分をないがしろにして「地声発声」だけを真似したら、たいへんなことになる。そして、それが、今の学校の「歌声」なのかもしれません。

そういえば、20年ほど前、幼児期に1年だけ楽院に通って途中で辞めたお子さんが、突然、「アニーに応募することになったからレッスンをつけてほしい」とやってきたことがありました。なんでも、履歴書の「音楽の勉強経験」に「木下音感楽院」と書いたことで、一次試験が通ってしまったようなのです。

ですが実際に、楽院に通ったのは本当に短い期間でした。「レッスンが長い。厳しい」と駄々をこねて、実際には1年も続かなかったように記憶しています。当然、音楽能力の定着などはしていないのに履歴に楽院の名前を書いたことも驚きでしたが、「アニーの歌声は、楽院で歌った声と似ていたから」との言葉にも驚いたものでした。実際は、そのお嬢さんは、「楽院に通った」という事実はあっても、音感能力も楽譜の読み書きも、発声も「楽院で勉強した」というほどには定着しておらず、オーディションの曲だけを教えて歌えるようにすることも、できない状態にありました。

確かに、木下式の発声とミュージカルの発声は似ているかもしれません。ですが、一つ決定的に異なるのは、超感覚、つまり、音感能力です。そして、この力を付けるためには、試験勉強のように短期間で、どうにかできることではなく、コツコツと練習したり、レッスンに通ったり、苦手なことから逃げないことも大事なのです。

そして、長年、ありのままの地声発声を許されてきた若い幼稚園の先生たちには、木下式を実践する上で、自分の耳を使って音を聴くという地道な練習が必要になります。教える先生が調子っぱずれでは、子どもに正しい能力は身につかないのですから。
by k-onkan | 2014-12-26 23:22 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

大人ができないことは・・・

木下式音感教育法の指導者養成のための冬期講習会が始まりました。各地から70名以上の教諭、保育士が集まり、勉強しています。木下式を実践する幼稚園、保育園は、教育の重要性を感じて、長年音感教育法を採用してきました。ところが、就職の時期になると、「音感教育などという難しいことは、自分にはできない」と敬遠されることも多くあるそうです。

e0143522_733036.jpgですが、厳しい言い方をするなら、未来を担う子どもを育てるときに、「自分は努力できない」と思う人に私なら大事なわが子を託したいとは思えないのです。教える人には、子どもに対する責任があります。特に幼児期の子どもの能力は、その時期に関わった大人の能力に比例するからこそ、若い先生も、自分から勉強して、幼児に向き合ってほしいと思うのです。

幼児期の子どもは動物のようなものです。何でも大人の真似をします。真似る相手が有能であれば、子どもにも、それだけできることが増えます。幼児と大人を比べると、知識がある大人の方が子ども、より優れていると思われがちですが、実は感覚は幼児の方が優れています。シナプスの働きのよい幼児の方が吸収力や記憶力がよいからです。

3歳の幼児と20歳の大人に、同時期から等しく正しい教え方で音感教育を行うと、3年後の能力は間違いなく幼児が上でしょう。だからこそ、幼稚園、保育園の先生には幼児よりも熱心に教育法を勉強していただきたいと思うのです。大人ができないことは子どもができるようにはならないのですから。

先日、5歳の甥を幼稚園に迎えにいったときのことです。自転車に乗っている時間を有意義に過ごそうと、園での出来事を聞いた後、「今、楽院で練習している歌の歌詞を教えて」と声をかけました。生意気ざかりの5歳児は、私が下手に出れば、ドヤ顔で教え、それが復習になると思ったのです。

途中まで楽しげに歌っていたのですが、途中で、パタッと歌声がやみました。歌詞の記憶が曖昧なのでしょう。すると、「Kちゃんに分かるわけないじゃない。教えている麻奈先生が、わかんないのにさ…」。私は甥の生意気発言に笑いが止まりませんでした。「確かに」と思ったからです。

いいわけをするなら、私はふだんピアノ伴奏を弾きながら歌唱指導をするので、必ず、目の前に楽譜があるため、記憶しなくても指導ができます。ですが、Kは「教えている人が覚えずに、子どもにだけ求めるな」と思ったのでしょう。きっと、どこかで、私たちが「教える大人ができないことを、子どもに求めてはいけない」と口にしているのを小耳にはさんだのかもしれません。やっぱり、幼児だと思って侮っている場合ではありません。
by k-onkan | 2014-12-25 23:01 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

出版記念パーティー<その後>

在籍児とその保護者が帰った後は、卒業生のお楽しみタイムとなりました。大阪で木下式と出合い、芸大に通うAちゃんのリスト「ラ・カンパネラ」の独奏に始まり、大学でバンド活動をするKくんが木下先生の指揮で、小学生のころに歌った「帰れソレントへ」を独唱しました。

e0143522_8291831.jpgKくんは、子どものころから、頼りになる子でしたが、それは大人になっても変わっていませんでした。ビデオの配線やマイクのことなど、私たちが困っているとサッと手を差し伸べて問題を解決してくれるのです。その上、歌がうまくて格好いい大学生の先輩なら、小さい後輩たちは放っておきません。

パーティーの間も、気づくと1~2年の女の子がKくんの体にからみついていました。私は見つけるたびに、その慣れ慣れしい姿に「くっつくのはやめなさ~い」と本気で怒鳴りました。

大人は「子どものすること」と容認しますが、子どもはあっという間に成長して、体が大人になります。そして、子どものころに許されたことは、10歳、18歳、成人しても、「していいこと」と思うのを体験から知っているから、うるさく言うのです。格好いい男性を見たら、だれかれ構わず、しなだれかかるような女性には育てたくないからです。

Kくんの歌にみなが「さすが」「やっぱりK」との声があがります。一人が歌うと、みなが歌いたくなるのでしょう。卒業生がピアノの周りを陣取り、昔歌った曲を歌い始めます。私が助かったのは、芸大4年のIさんが、ピアノ伴奏で付き合ってくださったことでした。

楽しい時間はあっという間に過ぎていきます。卒業生たちは、何時間でも歌い続けたい様子でしたが、楽院の建物は、セキュリティーが11時に作動し、翌朝まで出られなくなります。なんとか、それに間に合うように片付けをして撤収したのは、3分前でした。

それでも、このパーティーを企画した4人は名残惜しかったのでしょう。近所のファミリーレストランで、ジュースでおつかれさま会をしました。それぞれ、「たいへんだったこと」や裏話を披露した後は、昨今の子ども事情、本の出版に伴った「いろいろな話」などをして、まるで合宿の夜のようでした。子どもたちよ。ありがとう。
by k-onkan | 2014-12-24 23:59 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

出版記念パーティー<余興2>

来てくださった卒業生のための余興にとAが素晴らしいビデオを作ってくれました。それは、これまで上演した子どものためのオペラ「シンデレラ」の年代別DVDを5本を20分にまとめ、それぞれの方が懐かしく感じられる作品にまとめあげたのです。楽院では総合芸術を学ぶためには、オペラということで、木下先生、まゆみ先生オリジナルのオペラがあります。これまで定期的に上演してきたため、だれもが在籍中、一度はオペラ出演を経験しており、卒業生にとってこれほど懐かしいものはありません。


e0143522_1751671.jpgそれは映画のオープニングのように始まり、エバンゲリオンが出てくるのか、はたまたゴジラかという音楽からディズニー映画のよう美しい映像に変わって、30年前のオペラが始まりました。最初は、卒業生の誰もが知る人ということで、「木下瑠音」が登場。旧名に違和感があるのは、安藤という名前の方に馴染んだからなのでしょう。

小学5年だった瑠音先生が貧しいシンデレラを演じていました。当時、私がアメリカに出かける直前であり、いろいろと難しい年頃だったのか不機嫌な顔でシンデレラ役に取り組んでいたことを思い出しました。歌声は、「子どもだった時の瑠音の声」でした。

「うわぁ。Yにそっくり。Yにおかっぱロングのかつらをかぶせたら、同じ顔だ」と卒業生から声が上がりました。小学生の席からは「えぇ?これ瑠音先生なの?Kちゃんはどこにいるの」とわけのわからない発言もありました。当の甥たちは、「あれが、お母さんだと言われても全然、面影もない」との答えが返ってきました。「同級生だったら仲良くなりたい?」と聞くと、「なりたくない」ようです。

このビデオのすごいところは、五世代分のオペラを編集して、すべての時代の映像が見られるようにしたことです。同じ曲でもそれぞれの時代によって演奏速度が異なります。速度を調整して、口の動きと合うようにしたそうです。そして、出席しているすべての人が、「昔の自分」に会えるように、至るところに、写真や映像を差し込んで、楽しめるようになっていました。Aにこんな才能があるなら、それを生かせる仕事をしたらいいのにとさえ思いました。

このビデオがすごいのは、「オレ様」こと木下先生の指導力と木下式で育った子供の底力です。いつの時代も、その時にいる人材だけで、一定レベルを保ち、オペラを上演し続けてきました。はじめて、オペラのDVDをご覧になった保護者の方は、「とても素人の子どものオペラとは思えず、それを職業にしているプロの舞台を見るようでした。ぜひ、これからも、こうしたことを行っていただきたい」との感想をいただきました。そのためには、まず、生徒の人数を増やさなければなりません。今の人数は、一人2役どころか、6役くらいこなさないと、オペラにならないのです。

Aは、もう1本ビデオを作ってくれました。それは、「せっかくお誘いいただいたが、残念ながら出席できない」とご連絡をいただいた山田和樹先生のために作ったビデオです。5年前に、ブザンソン指揮者コンクールで優勝した際、天使のこえ合唱団の子どもたちは、合同音楽祭で「和樹先生を讃える歌」をラデッキ―行進曲で歌ったのです。歌詞はもちろん、まゆみ先生です。

映像は、第31回の音楽祭の天使のこえ合唱団の映像から、和樹先生がオーケストラを指揮する映像に変わったりと、凝っていました。最後の歌じまいは、あたかも和樹先生のタクトに合わせたかのように編集されていました。卒業生も保護者も、オペラや音楽祭のビデオを見ると、その当時、頑張って通っていたときの気持ちを思い出され感無量のようでした。

その後、卒業生のKくん、ミュージカル女優のMちゃんが挨拶し、Mちゃんはプッチーニの「私のお父さん」を歌ってくれました。卒業生は、何年、楽院から離れていても、木下先生の指揮にピタリと合わせることができます。体が覚えているのです。そこに「麻奈先生のためのサプライズが到着しました」。ピンク色をした、美しいケーキが届きました。二段になったケーキの上には、私の本の表紙がプリントされていました。せっかくなので、ケーキと教え子と記念写真を撮りました。合言葉は「写真なんかどうでもいい」。これは、大勢の子どもが、同じタイミングでいい顔をするように、「どうでもいい」の「イ」の口型をそろえるために、長年、合宿の引率をされた大垣先生が考えた言葉なのですが、全員で声がそろう様子に「宗教みたいだな」と自分たちで突っ込んでいました。

その後、年少のMくんから、花束をいただきました。Mくんは、卒業生のHちゃんの息子です。毎週、泣くわりには、嬉しそうに花束を持ってきてくれました。それから、Rちゃんが代表で、ワインをいただきました。たくさんのお花にお祝いをしていただき、本当にありがたく思いました。

一人が歌うとみんなが歌いたくなるのが音感っこです。在籍児も卒業生も一緒に合唱台に上がり、木下先生の指揮で「今ぼくたちは」「夏の思い出」「ホルディリディア」「カリンカ」など、合宿定番の歌を歌いました。ひな壇に並ぶと幼いころの気持ちになるのか、いつまでも隣同士でざわざわとおしゃべりをします。私は「いつまでも、しゃべるなぁ! 」と怒鳴りました。教え子たちは、「檀上で麻奈先生に怒鳴られる感じも懐かしい」と喜ぶので、本の出版を祝う会というより、私の素を出させる会のようなありさまでした。

「麻奈先生の出版記念の会なのに、木下先生の会みたいになっちゃって…」とご心配くださった昔の保護者もありましたが、楽院で何かする時、木下先生が「面白い」と感じないと、みんなが楽しい気持ちになれないことは、私も卒業生もよく知っています。そのため、Aも、木下先生が喜びそうな余興を考えてくれました。私の会でも、木下先生の会でも同じです。木下先生がいなければ、私も本の出版もないわけですから。

8時を過ぎて、いただいたケーキを食べ終わっても名残惜しいのか、子供はなかなか帰ろうとしません。ですが、幼稚園や小学生の子どもにはベッドタイムになるため、一次会を終了したのですが、ここからが長かったのでした。
by k-onkan | 2014-12-23 17:46 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

出版記念パーティー<余興1>

会食をしてしばらくすると、木下先生が「お父さんを泣かせてやってくれ」といいます。お忙しい中、出席してくださったお父さまの娘たちに独唱をさせよという意味です。年長のNちゃん、そしてAちゃんの独唱が終わったところで、私は年中の甥Kを呼びました。

e0143522_614723.jpg甥たちもまた私の本の功労者です。彼らは、卒業生の先輩たちから常に「瑠音先生の子供」として注目を浴び評価されます。卒業生のRちゃんも甥Kが2歳の頃、瑠音先生に「一番目を上手に育てるのは難しくない。問題は二番目」とよく言っていたものでした。私は「甥Yはオペラ「白雪姫」のデビューが2歳と早かった分、引退も5年生と早く、今年、声変わがきました。これからは弟の時代です。問題は二番目といわれていたKの成長をRちゃん、見てください」と、来年、2月に行う合同音楽祭の開会宣言をさせました。

兄甥Yと比べれば、「長男の方がいい」と言われそうですが、感覚的なことは弟に軍配があがります。K自身、「自分はニィニにより頭を使うことが得意じゃない」とコンプレックスのようなものを抱いています。ですが、頭は使わなければ決してよくなりません。次男、次女を育てる難しさは、「優秀で頼りになる長男、長女」に何でも任せきりで、いつまでも成長できないことです。実はKも「開会宣言はしたくない」としり込みしたのですが、この「やりたくない」という言葉を信じて何もさせないと、次男は一生、長男の影に隠れてしまいます。それが、後で大人に対する恨みに育つことも多々あります。「やりたくなくても、やりなさい」と練習させることになりました。

子供の「やりたくない」には、隠れた意味があります。それは、「ちゃんとできなければ、やりたくない」のです。そして、ちゃんとできるためには、大人が努力の方法を教えなければなりません。兄に比べると、記憶力がシャープではない分、早めに練習を始め、何回、行っても間違えなくなったので、披露させたのです。

兄甥が年中のときに比べると劣って見えるかもしれませんが、音感能力に関しては、兄が年中のときに遜色はなく、むしろ、感覚はよりシャープです。そのため、現在、幼児部の中で、一番、音感能力が定着しているのが年中のKであり、年長児を差し置いて開会宣言をさせる理由はそこにあります。最初は嫌がっていたKですが、「自分も努力すれば頭が使える」と少しだけ自信を持ち始めたところです。

兄弟とは不思議なもので、どんなにが同級生の中で秀でていても、兄弟と比べて、できないと感じると、「自分はダメ」とコンプレックスを持って、自己肯定感が育たないこともあります。同じ親から生まれた兄弟であっても、兄弟は異なる長所を見つけて伸ばす必要性を感じます。たとえ、兄弟であっても、同じ女性を好きにならないように、選ぶ道は違っていいと思うのです。自分で幸せだと決めて進む道であればーー。そんなことを大勢の次男、次女の卒業生を思い浮かべなら確信したのでした。

幼児の披露が済むと突然、「麻奈。さぁ、やるぞ」と木下先生が言い出しました。久しぶりにクラリネットを人さまの前で演奏をする気持ちになったようです。最近、甥Yがクラリネットをはじめ、一緒に練習していますが、若いころの音色が出ないと落ち込むのです。もともと父はクラリネット奏者で、小澤征爾氏がブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し凱旋公演した際もオーケストラの一員でした。ですが、歯を折ったことで演奏の音色が変わり演奏家としての道では生き残れないと思ったのです。暗中模索の末、到達したのが幼児の音感教育を考案することでした。

準備が整うと、「折れない娘と賞味期限が切れ掛かった親父で演奏します」と自己紹介。そして、「私の大学の学費を払ってくれた演奏を聴いてください」。父は多感な年頃に、女性が大勢、出入りするキャバレーでジャズの演奏をして学費を稼いだのです。その際、どんな女性にも見向きもせず、間違いを起さなかったことが誇りでもあります。

子供たちには「うまくいくか分からないから、失敗しても大騒ぎをしたり、余計な発言をつつしみ、聴こえないふりをしなさい」と伝えてありました。たとえ子供でも演奏中の失敗を騒ぎたてるのはルール違反だからです。途中、一瞬、クラリネットの音がひっくり返ってしまいました。子供たちは気づかない顔をしていましたが、甥Yは大きくビクっと反応して心配そうに顔をのぞきこんだようです。卒業生は、「あんなに、言われていたのに、反応して」と思ったようですが、それもまた愛の形ということにしておきましょう。

どなたかが、「親子で一緒に演奏できるなんて、素晴らしい」との感想をくださいました。私たちにとって普通のことですが、確かに、家族で一緒に演奏できることで人生の楽しみが広がっているのかもしれません。お互いに何を考えているのか、音楽を通して探り合うのは、とても緊張して、脳が疲れますが、他のことでは味わえない充実感があるのです。

ふだん、音感を教えている姿しかご存知ない方から、「麻奈先生、ピアノ上手なんですね」との感想をいただきましたが、何を隠そう、一番、最初に木下式を受けたのはこの私であり、現在、子供たちに厳しく仕込んでいることは、どれも、その昔、私が仕込まれたことでもあります。ただ、演奏することにも練習することも打ち込めるタイプではありませんでした。自分の好きなときに、好きなように楽譜を見て演奏を楽しむくらいの音楽好きは演奏家の道には進まないものです。それでも、毎日、叱られながら練習した音楽によって、私は効率よく頭を使う方法を習得したのは確かですし、同時に一般の方が「子供の頃に少しピアノを習った」というよりは、間違いなくピアノが弾ける方かもしれません。
by k-onkan | 2014-12-22 23:12 | 木下式音感教育法 | Comments(0)