麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2015年 05月 ( 32 )   > この月の画像一覧

「LDは僕のID」を読みました!

先日、ある講座で南雲明彦氏(LDは僕のID――字が読めないことで見えてくる風景 中央法規出版)にお目にかかる機会がありました。南雲氏は学習障害(LD)の一つ、ディスレクシア(読字障害)の当事者として実名を公表して啓発活動に全国を飛び回る好青年です。早速、著書を購入し、拝読しました。

e0143522_13482563.jpg前半は作者の子供時代の様子を通してディクレシアがどのような弊害をもたらしたかが書かれていました。識字障害による文章の記憶の難しさなどはあっても、子供時代の持ち前の明るさやクラスの中での積極性が、現在の活動の原動力なのだと感じました。

本書の中には、「ニコニコしていたのは障害があって、どうしようもなかったから」と記されていましたが、障害があることで荒んでしまう子どもにも出あう私には、著者は家族から十分に愛され、自己肯定感が高い子ども時代を送っていたから、つらくてもニコニコ笑っていられたのではないかと感じるられました。

「偏見」とお叱りを受けるかもしれませんが、時に障害について書かれた本は、私たち健常者にとって、健常であることが申し訳ない気持ちにさせたり、無意識に感動を強要されるものが多いように感じます。しかし、この本にはそうした暗さがないのです。

不登校・うつ・強迫性障害に苦しみながら、ひきこもりや不登校など、苦しい体験をしたにも関わらず、それを親や先生、社会のせいにせずに、ひたすら自分を責めてきた人の文章だからかもしれません。

自分を責めるというのは、自分の可能性を信じているからゆえの行動ではなかろうかと私は思います。また、「この障害があったから、出会えた人がいて、現在の自分がある」と考えるその姿勢に、作者が年齢以上の成熟を感じるのです。そうした思いが、「これから成長する子どもには自分の味わった苦労をさせたくない」と啓発活動に力を入れていらっしゃる理由ではないでしょうか。同時に、障害がある人も、ただ受け身で支援を待つのではなく、努力できることを信じて、前向きに努力するようにとのエールもたいへん好感が持てます。

ディスクレシアについては、まだ、知られていないことが多くあり、幼児期、児童期のお子さんを預かる立場としては、少しでも啓発活動が進むことで、幼児期、児童期の大切な時期に学習する楽しさが、苦しみにならないようにと願う良書でした。
by k-onkan | 2015-05-31 23:35 | 発達障害 | Comments(0)

褒めて育てよ!という意味

一般に「褒めて育てよ」「お母さんは笑っているだけでいい」など、いろいろな言葉があります。確かに、褒められないより褒められればうれしいですし、怒ってばかりのお母さんより、笑っているお母さんの方が子供も心穏やかでいられるでしょう。ですが、子育ては「それだけ」では済まないことがあることも忘れないでください。

e0143522_13101170.jpgたとえば、「褒められると伸びるお子さん」には、どうぞ、ご家庭でお子さんのいいところを見つけて、たくさん褒めて伸ばしてください。反対に「叱咤激励しないと意欲を持てない子」には、親御さんがしっかりと取り締まりながら、家庭で善悪の区別を教えてください。

わが子はとても可愛いものです。しかし、どんなに可愛い子どもでも、子どもは発達途上なので、知らないこと、未経験なことが多く、間違ったことや悪いこともしてしまうことがあるのです。親御さんには、自分のお子さんの言動や姿をよく観察して、小さな変化を見落とさないでいただきたいと思います。

「今日は、顔色がいつもと違う。幼稚園で何か、嫌なことがあったのかな?」等など、お母さんだから気づくことがあるはずです。又、毎日、必ず、膝に乗せて、体に触れてあげることで、「こんなところに、傷があったかしら?」とか「ずいぶん、派手に虫にさされたね」など、お子さんとのコミュニケーションにもなるはずです。これは、社会には肩代わりできないことです。

働く親御さんならご理解いただけると思いますが、社会では上司から褒められなくても(取り締まられなくても)自分で意欲を出して取り組むべきことが多くあります。それは子どもも一緒です。幼稚園や小学校という社会で、お子さんが果敢に挑戦できるよう、家庭で親御さんが充分に、目をかけて、手をかけて、送り出してあげてください。

親御さんによく目をかけられて、言葉をかけられているお子さんは、外でも自信を持って活動します。褒められる機会も増えるでしょう。反対に、ご家庭で十分に見ていただけていないと、自信を持って活動できないことがあるのです。

私が、音感を教える時に「褒めるポイント」は、些細なことでもいつもと違う「いいところ」を見つけることにあります。たとえば、みなが両足を揃えずにだらしなく立っている時に、安定感を持って足を揃えて立つ子がいたら、「足をきちんと揃えて立てるのはお行儀がいい」と褒めるでしょう。ふだん、音感の時に自分から声を出さない子が、一生懸命、参加していたら、それも褒めるでしょう。一人ひっそり、自分のことを健気にコツコツ、やっている子がいれば、それも褒めるでしょう。クレヨンが無い子に、「いいよ。使って」と自ら、貸そうとする子がいれば「あなたは優しくて、偉いね」と褒めると思います。

褒められると子どもは意欲を見せるものです。しかし、「カラ褒め」は禁物です。効果がないからです。たとえば、たいして頑張っていない時に「よく頑張ったわね」とか、ふだんと同じことをしているだけなのに「よかったよ」と言われたら、子供は、「これくらいでいいのか」と思ってしまいます。

教育の現場は「平等性」が求められることも多いため、「全員を褒めなければ」と思う先生も多いのかもしれませんが、すべての子に同じ褒め言葉を与えても、子どもにとってあまりうれしいものではありません。子どもが褒められてうれしいと感じるのは、「自分だけ、特別のこと」を誰かが見ていて気づいてくれたと感じる瞬間です。どんなに10人の子供に平等に同じおもちゃを与えても、子どもはその中で、「ここに印がついている特別なおもちゃ」などを求め、取り合いをするものです。つまり、子どもは常に、「特別な自分」を認めてほしいと競争しているのかもしれません。そして、「特別」と一番、認めてほしい相手が、お母さん、お父さんだから、子どもはいつもニコニコ笑っていて欲しいと思うのでしょう。
by k-onkan | 2015-05-30 20:08 | しつけ | Comments(0)

わが子に教えたいことがあるなら

先日、あるお母さまから、「自分は子どもの頃、箸の持ち方や姿勢など、躾が厳しく言われた。子どもにも教えたいけれど、厳しくしてもいいものか?」という質問をいただきました。もちろん、親ができることをわが子に伝えたいという願いは当然だと思いますので、ぜひ、教えてあげて欲しいと思います。ただし、忘れないでいただきたいことがあります。それは、現代の親子は、共に過ごす時間が昔ほど長くないので、簡単に気持ちが通じないことがあるということです。

e0143522_19503864.jpgまず、お子さんに箸を正しく持てるだけの手指の力があるかが大事です。たとえば、お子さんの手指が発達していないのに、箸の持ち方や姿勢だけ厳しく取り締まったら、子どもは、反抗してしまうかもしれません。そこで、箸の持ち方にこだわりを持つお母さんには、手取り足取り正しい手本を子どもに見せていただきたいのです。

また、お母さんが「なぜ、箸の待ち方を正しくした方がいいと思っているか」など、お母さん自身が子供だったころの経験や、大人になってそれがどのように役立っているかなども、お子さんに話すことが親子のコミュニケーションになります。

そうした配慮がないまま、「自分の親も厳しかったから」といきなり怖い声で「お箸くらいちゃんと使いなさい」と怒られたら、子どもはいやな気持ちになってしまうでしょう。特に、お仕事をお持ちのお母さんにはお子さんと一緒の時間はなるべく穏やかに快適に過ごしていただきたいと思います。少し我慢が必要でも、手を添えて優しく説明するなど、手をかけた後で、「お箸はきちんと持ちなさい」と教えていただきたいのです。

私たちが子供だった頃と比べ、現代の子供は気の毒なことが多くあります。のびのびと体を動かす場所がなかったり、子どもだけで外で遊ばせると危険があったり、など、いろいろな事情によって、体の機能を十分に使いこなす機会が少なくなってしまったことです。それによって、昔の子供ほど簡単にできないことが多くあるのです。そのことに十分な配慮をした上で、愛情をもって教えるなら、厳しくても子供はいつか、その意味を理解すると思うのです。
by k-onkan | 2015-05-29 19:49 | しつけ | Comments(0)

もっと体を使わなければ・・・

木下式には、「身体的動作と表現」というリズム訓練があります。音楽に合わせ、行進やジャンプ、ケンパ、スキップなどをするのですが、最近のニュースで、よく日本人の子供の運動能力が落ちていると言われることを、私はこの課題を通して痛感しています。

e0143522_18494881.jpg特に、私が危機感を持ったのは、「発達障害を持つ子のための運動」を教える先生方の講座を受講した時でした。発達障害のお子さんは、身体機能が上手に操れないことが多くあるため、自閉症学級などがある特別な学校では、意図的に運動に力を入れています。そうして訓練された子は、たとえ、障害があっても、自分の体が自由に動かせるようになっていきます。しかし、私が預かる定型発達のお子さんの中には、それに匹敵する運動機能を備えていないお子さんも多いのです。

手足を交差して振っての行進ができない。行進の際に腰の軸がぶれたり体が曲がる。ジャンプで飛び上がった時に足が伸びきらず、バタバタ音が出てしまう。ケンケンをさせると足の曲げ方が適切でないため、ふらつくこともあります。「定型発達だから安心」と油断していたら、一生懸命、がんばる発達障害のお子さんに敵わない日が来るかもしれません。

そこで、発達障害の人(児)の体操指導をする栗本啓司先生(「芋づる式に治そう」著者:花風社)にお話をうかがいました。そして、現代の子供は、「生きるための運動」が足りていないと言われます。「生きるための運動」とは、遊びや生活を通して、自然に体を動かすことのようです。

たとえば、昔の人は、何か食べたいと思ったら、獲物を取る道具を作り、それを取るために体を動かしました。高いところの果実を取るなら、木に登ったり、つま先立ちで手を伸ばしたりしたのかもしれません。ですが、私たちはそういう動きをしなくても、食べたいものは、スーパーでなんでも手に入ります。中には、皮がむいてあるものや切り身になっているものまであります。いかに体を動かさずに生きられるかを物語っています。

思えば、私が子供の頃、我が家には「生きるための活動」が多くありました。たとえば、日曜日になると、父を手伝って庭の草取りをしなければなりませんでした。台風の季節になると、盆栽を棚から降ろすことも手伝ったものです。毎年、父がお正月料理をふるまうので、その手伝い。正月を迎えるには大掃除も家族としての役割でした。現在、甥たちが年末になると、父の庭掃除をお小遣い欲しさに手伝いにいっていますが、こんな時代にそんな経験ができることは幸せなのかもしれません。

子供に運動が足らないというと「水泳」「体操」「サッカー」などを始めたくなりますが、特化した運動だけではバランスが悪いそうです。人間は頭ばかりを使っていると、同じ思考がグルグルまわり、悪いことばかり考えてしまうこともあるそうです。勉強も大事ですが、掃除でも、洗濯でも、料理でも、生きるための動きは子供の頃からさせた方がいいようです。
by k-onkan | 2015-05-28 18:49 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

幼稚園のプールがイヤ!?

ここ1ヶ月ほど、年長の甥Kが幼稚園を嫌がっているそうです。年長になってプールが大変になったからだといいますが、「幼稚園のプール」と侮ることなかれ。私なら絶対に泳げない量を泳ぐそうです。でも、「たいへんでかわいそう」とは思わず、「どうか、初めての壁を乗り越えてほしい」と願っています。なぜなら、いつか、それがKを助ける特技になるだろうと思うからです。

e0143522_1929245.jpgですが、初めての壁は高く、先日も「着替えない、行かない」に始まり、自転車に乗せようとすると棒につかまって抵抗したといいます。なんとか自転車に乗せても、「絶対行かない。家に戻ろう」。挙句の果てに「なんでこんな幼稚園にいれたのだ!」と怒ったのだとか。

瑠音先生は「そんなに嫌なら自分で園長先生に『辞めます』 と言ってやめるならいいわよ」と言うと、「お母さんが言ってよ」。争いながら出かけ、結局、遅刻して行ったようです。幼稚園につけばだれにも「幼稚園がいや」というそぶりを見せずにやることをやって格好をつけているといいます。ですが、帰ってくると「水泳がある日は幼稚園が嫌なんだ」と泣き言を口にします。

私はKに「どれくらい泳ぐの?」ときくと、「ビート板を使って25Mを5回、その後、息継ぎなど部分練習(10Mくらい?)は先生が「おしまい」というまでずっと。それから、クロール25Mを3回、その後は平泳ぎの練習」だといいます。

「すごいわね~。私もお母さんも水泳が苦手だからKには頑張って欲しいなぁ。だって、水害があった時、絶対に私たちは助けられないからKちゃんには自力で安全なところまで泳いで行ってほしいもの…」。すると「いかない」といいます。それほど、「水泳の時間が嫌い」という意味なのかと思っていると、「だって、お母さんとまぁちゃんを助けてからじゃないと、安全なところにはいけないよ」というではありませんか。

あまりの可愛い一言に、「えぇ?助けてくれるの?」と感激してしまいました。そして、「私たち二人を助けるなら、やっぱり、水泳を嫌がらずに、頑張っておかないと、一緒に遭難してしまうかもしれないから」。結局、自分の言葉で、幼稚園の水泳を頑張る方向に話が転がっていきましたが、きっと、明日になったらそれを忘れてまた、嫌がるのでしょう。

思えば、兄甥Yも年少のころ、幼稚園の水泳の日にはサメザメと泣いていましたが、今では、背泳、クロール、平泳ぎ、バタフライを相当、泳げるようです。ゴールデンウィークに泳ぎに行った時には、弟が背中でバランスを取り兄はイルカのように泳いで見せたといいます。その姿からは小さい時に泣きながら嫌がった姿は想像もつかないはずです。途中で挫折したり、嫌がったりはあっていいのだと思います。大事なのは最後にそれが、その人の自信になれば、それが教育の目的だと思うのです。
by k-onkan | 2015-05-27 19:29 | 幼児 | Comments(0)

子供には頑張る力がある!

今日は、恒例の保育園指導に、機関誌の編集をお願いしているAさんにご同行いただきました。子供たちが楽しそうに木下式に取り組む様子に、「子どもは本来、頑張るのが好きで、競争を恐れないものだ」と感じられたようです。そして、「これがもともとの人間の姿、厳しい自然の中を生き抜いてきた。頑張るのが好きで競争を恐れなかったから生き抜いてきたはずなのに、どの時点で頑張ることに疲れるのだろう。そして競争を恐れるようになるのだろう」と不思議に思われたそうです。

e0143522_11554630.jpg確かに木下式を教えている時、私たちは、「先生とみんな、どっちがきれいな声を出せるかな?」とか「男の子と女の子、どっちが頑張る?」と競争させます。幼児たちが「絶対にボクだ」「ワタシたちだ」と全力を尽くしてくれるのです。その中には、「頑張れない子がかわいそうだから、頑張らせないで」などという子はいません。どの子も、「自分の力」を信じて頑張るのです。もちろん、その中には大きな声が出る子もいれば出ない子もいます。ですが、それぞれの持つ力を最大限に発揮することが大事なのだと思います。

もちろん、子供たちを頑張らせるためには、指導者も相当、頑張っています。よく木下式を指導する様子をご覧になった大人の方の中に「先生たち、すごいですね。よくこんなパワーで子どもに向き合いますね」と言われますが、子供に「真剣」を求めるなら、大人も「真剣」で「全力投球」でないと、子どもに見透かされてしまいます。ですから、木下式を実践する幼稚園、保育園の先生方は講習会で一生懸命、指導技術を学んでいただいているのです。

園児の中には、「音感のある日は登園を嫌がる」というお子さんもいると思います。ですが、そういうお子さんもいざお稽古が始まると一生懸命、取り組み、指導者にも友達にも「嫌がっているそぶり」など見せないものです。なぜなら、みんなと一緒なら頑張れるからです。でも、その頑張りを大好きな親御さんには理解していただきたいと思っているから、「あぁ、今日は音感だぁ。いやだなぁ」というのかもしれません。でも、クラスでは、そういうお子さんが一番、頑張っていて「楽しかった」と声をあげたりするのも事実です。

子供は本来、頑張る力を持っています。ですが、一緒にいる大人が「自分は頑張れない」という気持ちで、「子供がかわいそう」とか「競争させるのは、いけないこと」と思ってしまうと、本来、子どもの持つ能力を引き出せなくなることがあります。子供を信じて、応援すること、そして、大人もがんばる姿を見せること、これが最良の教育ではないかと思います。音感教育である必要はないのです。でも、子どもに見せる姿のすべてが、家庭教育であり幼児教育です。そして、「頑張る姿」を見せるか「頑張らない姿」を見せるかは、大人次第かもしれません。
by k-onkan | 2015-05-26 23:53 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

どうするかは自分次第!

岐阜県の幼稚園で研修指導をさせていただきました。ベテランの先生からは「優しくなった」と言われる私でも、新任の先生には「当たりが強い」と感じられるようなので、最初に少しお話しました。

e0143522_010133.jpg「私は音感を指導する際、本当のことを言うので毒舌に傷つくかもしれません。でも悪意はありません。ですから、一つの言葉を気にし過ぎずに、ご自分が担任する園児のために、一つでも多くのことを学んでください。新任の先生は失敗したからと言って叱ったりはしません。とにかく恥かしがらずに自分を出してがんばりましょう。でも、先輩の先生方は、私が優し過ぎると手抜きだと感じると思うので、普段通りにいきたいと思います」。

実は、ちょうど一年前、同じ場所で新任の先生が研修の直前に貧血で倒れたことがありました。なんでも、前日、緊張して眠れなかったことが原因の貧血で医師から、なんとかという診断名もいただいたのかもしれません。推測ですが「麻奈先生は厳しいから、叱られないように練習してね」と言われていたのかもしれません。とにかく、この先生は、研修を受けずに済んだのです。

精神科の医師の立場なら、「いろいろな心の事情も考慮して」と言われるかもしれませんが私は「社会人なのに、これで大丈夫なのかしら?」と心配になりました。特に、幼稚園の教諭は、「園児の安全や命を守る仕事」です。その人の精神が不安定であることは大きなマイナスで、申し訳ないですが、長く勤まらないだろうと予測できました。

とは言え、私自身、見かけによらず、神経の細かいところがり、幼児期は苦手なことや、嫌なことがあると嘔吐したりする子どもでした。ですから、心が不安定になる人の気持ちがまったく理解できないわけではありません。ただし、「病気だから」と自分は何の努力もせずに済ませるか、「このままではいけない」と思うかは、本人次第だと思うのです。

実は、私が教える女の子にも神経質なお子さんはたまにいます。楽院長レッスンや音楽会など、緊張すると吐き戻すのです。「上手にやりたい」とかいろいろと考えることで、精神的に何かこみ上げてくるのでしょう。幼いころは、「がんばれ、がんばれ、大丈夫だから」と励ましてきましたが、小学校も中学年になったら、耳の痛い話も聞かせています。

それは、精神的な病気は自分の意思で止めないとどんどん、悪くなっていくこと。そして、あまりにひどくなると、薬づけになったり、入院したりすることもあること。アメリカの国であれば窓のない病室に入れられてしまうこともある。そんな話までします。子どもにこういう話をすると、「ひどい」と思われるのかもしれませんが、成人して、働くようになってから、精神的ストレスで仕事を続けられないようになることを考えたら、多少、ショックなことでも、本当のことを耳に入れて、子ども自身に「自分がどうなりたいか」を考えさせてやりたいと思っています。

さて、園内の研修は、新任もベテランも休日を返上して、一生懸命、勉強しました。可愛い園児たちに堂々と「先生」と呼ばれるように、隠れた努力を忘れないでいただきたいと思っています。病気を治すか、治さないかも、その人次第ですが、研鑽するか、しないかも、また、自分次第ですから。
by k-onkan | 2015-05-25 23:08 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

お泊りのお手伝いは無理!

日曜日は、岐阜の幼稚園で研修会を行うために出かけました。実は、以前、園長先生から、「ぜひ、甥Kくんも連れてきてほしい」とお誘いをいただいていました。ですが、前日まで幼稚園のハードなお泊り合宿があった上に、次男は長男と違い、大人の言うことをなんでも「はい」と素直には聞くのではなく、「本人の気持ち」がとても大事です。

e0143522_22245984.jpgKが同行するなら、ご褒美は少々、高くついても彼がほしがっていたものをプレゼントする覚悟をしました。次男にとって両親や兄から離れて伯母と新幹線に乗って遠出のお泊まりも、ご褒美がなければしないことだからです。それほどまでに、私が甥を連れていきたいのは伯母としての「自己満足」なのだと思います。兄甥にさせたことは、弟にも同じように経験させたいのです。後で「ボクはしてもらっていない」と言われないように。

Kはとても調子がいいところがあります。そのため、私が優しい声で「一緒に行く?ご褒美も出すよ」と言ったら、「行ってもいいかな?」と思って「いいよ」と簡単に返事をしてしまいます。想像力がまだ足りないのです。そのため、後になって「やっぱり行きたくない」と言い出して、「お母さんから断ってよ」と嫌なことを親に言わせたりすることがあるのです。自分で「NO」と言って、悪く思われたくないのでしょう。

ですが、「行く」か「行かない」かは、K自身が決めて、それを直接、私に「行かれません」と断れなければと思います。どんなにご褒美に心を引かれても、自分で決めて断ったら、ご褒美がないことにも納得できるようにしなければと思うのです。

さて、出張の前日、電話をかけると「うーーん。どうしようかな?」と言います。「どっちを選んでもいいけれど、一度、行くと言ったら、相手があることだから、「やっぱりヤメタ!」というわけにはいかないのよ。だから、今、決めて頂戴ね」「それは、いつ出かけるの?」「今日、音感のお稽古をして、夜の新幹線に乗ろうと思っているの」「それは無理だ。昨日まで合宿だったからさ」「そうね。じゃぁ、今度、疲れていない時にしようね。ご褒美は今度、お手伝いしてくれたときね」。プレゼントがないことも確認します。

子どもの中には、「ほしい」という欲求を持ったら、それを止められない子もいます。Kも、一度「ほしい」と思うと気持ちが切り替えるのが苦手なタイプです。最近も、「水泳の進級テストに合格したら、返すから」と兄から数百円を借りてほしいものを買ってしまいました。ところが、進級テストは不合格。瑠音先生から、兄は大目玉をくらいました。「まだ、お金の計算もできないKに、お金を貸して、返してもらおうと思うほうが間違っている。お金は返してもらえなくてもいいと思って貸しなさい」と。甥兄弟はいろいろな経験を通して、人生を学んでいます。
by k-onkan | 2015-05-24 22:22 | 幼児 | Comments(0)

なんで、音感やってるの!?

最近、土曜日の午前は年長の甥Kが、「音感、いやだなぁ」と不機嫌になり、家族に八つ当たりをしているようです。思えば、昨年も年度が変わり、クラスが進級した頃、同じように怒っていました。「幼稚園で剣道がある日に、音感のお勉強は嫌だ…」と幼稚園から帰るとブンブンと怒ったものでした。まゆみ先生が「がんばれるように」と小さなアイスを用意したりなど、工夫していましたが、そのうち、体力もつき、できることも増えて、がんばれるようになったのです。そして、新たな年を迎え、新たな試練が始まりました。

e0143522_103601.jpgですが、年を経ると、子どももどんどん弁が立ちます。今回は「なんで、Kちゃんは音感をやっているの? 気づいたらやっていたんだけど、自分でやりたいと決めたわけじゃないのに」と言い出しました。「それは、お母さんがじぃじとばぁばの子どもで楽院で働いているから、Kちゃんはお母さんの子どもだから音感をやっているのよ」「えぇぇ」と不満の声。「いやだなぁ。やりたくないなぁ」「じゃぁ、やめたら?でも、やめるなら、じぃじの孫もやめなくちゃいけないから、千葉に遊びにいくとか楽しいこともなくなるよ」。

それでも、私たちは無理強いはしないのです。子どもの頃、それが何より嫌だったからかもしれません。「お父さんが言ったことだから」と疑問を持つ余地もないと、後で「自分はやりたくなかったのに、親にやらされた」と恨む心情を誰より知っているからです。淡々とやめたい理由を聞いて子どもの愚痴にもつきあっています。

「何がいやなの?」「だって、Kちゃんは早く書いているつもりなのに、『Kちゃん、遅い』って叱られるし…」。確かに年長児としては遅くありませんが、1年生から5年生までの小学生と一緒に聴音をすると、体も小さいので、当然、一番、遅いのがKです。集中力にムラがあるため、「遅い」と声をかけないと、どんどん遅くなっていくのです。その上、優しくすると、とてつもなくお調子ものになります。

「そんなにいやなら、いかなくていいよ。お母さんとニィニは時間だから出かけるから」と置いていこうとすると、「でも、やめたらニィニとお母さんにバカにされるもん。ニィニは、「Kちゃんの脳みそは筋肉でできている」とか言うしさ」。音感の勉強が唯一、自分の頭をフル回転させている時間だとの自分でも意識はあるようです。その言葉を聞いて、「Yはそんなことを言っているの?最近、筋肉ばかり鍛えて、頭を使っていないのは誰なの?」。兄はとんだとばっちりです。それでも、最終的には3人で仲良く楽院にやってくるのです。

よく「子どもを親の思い通りにしてはいけない」という言葉を耳にします。確かにその通りですが、幼い頃は、親ができること、親が知っていることを、一生懸命、教えるしかないと思うのです。子どもが親と同じ職業に就きやすいのは、親にとって、一番、よく知っていることであるからだろうと思うからです。ただし、最終的にその道を選ぶかどうかを決めるのは子どもです。反抗するパワーがある子は他の道を進みますし、家族と同じ道しか分からないからという気弱な理由でも、それもまたその子どもの意思だと思います。

ですが子ども時代に「親の勝手にはしてはいけない」とわが子に何も教えなければ、その子は何も知らないまま、親ができることも、できないまま、成長してしまいます。我が家に生まれたら、与えられるものは、私たちが知っていることしかありません。それは木下式だけではなく、自然や樹木を愛すことや、庭作りをすることや正月料理を作ったりすることまで含まれているのだと思います。

歌舞伎の中村勘三郎氏が「型のある人が型を破ることを型破りといい、型のない人が型を破ることを型無しという」と言われたそうですが、基本を素直に身につけた上で、自分の意思で、型を破り、自己の道を進むのはいいと思いますが、基礎基本を身につけずに、「型無し」「型崩れ」「型通り」「型落ち」にならないようにしなければと思うのです。

さて、お稽古事に通っていると、喜んで通っていた子でも、やる気がなくなったり、つらくなったり、かと思うと、音楽会に出たいと願ったり、などなど、いろいろなことがあると思います。そして、それは、我が家で育った子どもでも、普通にあることなのです。
by k-onkan | 2015-05-23 23:34 | 幼児 | Comments(0)

子どもに選択肢を与えていますか!

お腹を痛めてわが子を産んだお母さんは、「子どもはきっとこう思っている」と自信を持っているはずです。お母さんの自信も大事ですが、それでもお母さんと子どもは別人格です。きちんと自分とわが子の間に線を引き、子どもにも選択の自由を与える訓練をしていきましょう。

e0143522_9341987.jpg子どもの中には、お母さんに全幅の信頼を寄せて、「何でもお母さんの答えが一番、正しい」と思っている子もいます。ですが、あまりにお母さんが正しいと、子どもは自分で考えることを放棄してしまいます。また、何か問題があった時にお母さんに責任転嫁をしてしまいます。そこで、お母さんだけで物事を決めるのではなく、4歳を過ぎたら、「お母さんはこうしたいけれど、あなたはどうしたいの?」ときちんと子どもの意見も聞く習慣を持ってください。

子どもに選ばせるからと言って、子どもの都合のいい答えだけを選択するわけではありません。お母さんにも都合があるでしょう。まわりの大人にも予定があります。そうしたことを一つずつ説明して、最後に「お母さんの意見」に到達するなら、それは「子どもの気持ちも考慮した(お母さんの)意見」になるのです。

一つの例を考えてみましょう。音感は2年前から、ずっと続けてきたお稽古で、親御さんは途中でやめさせたくないと思っているとします。しかし、自宅が遠いため、音感は祖父母の家に泊まって通っています。学年が小さいときは時間に余裕があり、楽しく意欲的に通えましたが、年齢が大きくなり、保育園や他のお稽古ごとも忙しくなり、スケジュールがつまってきて、子供はいつも疲れています。特に、途中で園を早退して電車で長い時間かけてたどりついて、すぐに音感の授業は私でも嫌だと思います。子どもはだんだん、無表情、無感情になり、ダラダラとレッスンに取り組みます。

こんな時、大人は「時間が経てばよくなる」「体力がつけば」「ハードなスケジュールになれれば」と思ってしまうものです。しかし、子どもの目が無表情、無感情になったらSOSだと思っています。まず、きちんと本人の気持ちを言葉で聞かなければなりません。どんなに祖父母が優しくて「お泊まりが楽しい」「おじいちゃん大好き」と言っても、それでも「お泊まりにいくのは大丈夫?お母さんから離れてさみしくない?」と聞いてほしいのです。人は時間や日によっても気分は違うものですし、感じ方もいろいろあります。元気なときは難なくできることも、疲れていると絶望的な気持ちになることもあります。自信がある時は、ドヤ顔できたことも、自信がなくなるとまったくできなくなるのが子どもです。

子どもの意見を聞くと「大人に都合が悪いこと」も出てきます。大人のスケジュール上、不可能な希望を言うかもしれません。そんな時に、ぐずられると、「何も考えなくていいから、お母さんの言うことを聞いていればいい」という態度を見せたり、子どもの気持ちに気づかないそぶりをてしまうのかもしれません。ですが、それでは、大人になっても自分で物事を判断できない人間を育てる結果となります。

たとえ、親子であっても、子どもは親と違う気持ちを持つ権利はあります。この例でいうと、「勉強はたいへんだから、音感も他のお稽古もしたくない」と言うかもしれません。その気持ちはまず受け止めてください。「音感は時間も長いし、難しいことが多いし、たいへんだよね」など等。しかし、そこで「じゃぁ、やめていいよ」ではないのです。

「ママが、音感に通わせているのはね…」とママの考えを伝えた上で、「だから、がんばってほしいんだよね」。優しい言葉で納得するかもしれませんし、また別の日にぐずることもあるでしょう。わがままがひどいと感じる時は「ママもパパも、お仕事をがんばっているでしょう? うちの家族は一生懸命、がんばる家族なの。だから、○○にもがんばってほしい。でも、どうしても、がんばるのが嫌なら、別のおうちの子ー勉強をしなくてもいいおうちの子になるなら、しなくてもいいよ」と教えることもできます。

少し、支配的に聴こえますが、子どもの希望があるように、親にも希望があります。その中で、お互いに折り合いをつけることが価値観の継承だと思います。扶養されている間は、子どもはその家の方針の中で、暮らし、それが、しつけにつながっています。

気をつけなければならないことは、たいていのお母さん方は極端で、寄り添うというと寄り添い過ぎ、子どもをコントロールするとなると、しすぎる傾向にあることです。上手に両方を適時に使いわけるのは、「子どものため」であり、大人の都合で振り回すためではありません。こうしたことは、子どもの精神状態が健全なときから、生活の中でしていただきたいと思います。

子どもとの会話の中、物事には、メリットデメリットがあることを教えましょう。それが子どもの想像力や思考力、論理的に考える力につながります。また、わが子が口にした言葉を、「一度、言ったことだから撤回させたくない」とかたくなにならないようにしましょう。成長過程にある子どもはいろいろな経験、感情の変化を経て発達するものです。「お母さん、嫌いあっち行って」と言ったと思えば「お母さん、大好き」というのが子どもです。そのことを忘れずに、気分の変化が激しい子どもの気持ちに、振り回されることなく寄り添いつつ自立させていただきたいと思うのです。
by k-onkan | 2015-05-22 23:33 | 子育て | Comments(0)