麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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子育てはたいへんだけど・・・

7ヶ月の男の子を育てている卒業生のCがちゃんが、「最近、やっと、わが子が何を言っているか、わかるようになってきた」と言います。「あぁ、今はお腹がすいて泣いているんだなとか、これが欲しいから騒いでいると分かる」。これまで手さぐりでお母さんをしてきた自分に少し自信が持てるようになったようです。

e0143522_1222759.jpg実は、この間、赤ちゃんも少しずつ成長して、お母さんが伝えようとしている言葉を理解したり、お母さんの行動が分かるようになったとも言えます。つまり、赤ちゃんは育てられながら、実は育てる側も育てているのです。

私が若い頃は、高校の教科に「保育」がありましたが、いつの頃からか、保育について学ぶ機会はなくなりました。そのため、幼い子供と共に育つ環境に育たない限り、年下の子と接点は少なく、若い方が子育てに自信を持てない気持ちもわかりますし、「一日でも早く保育園に預けて、プロに育ててもらう方が、自分が育てるより、ずっと子どものためになる」と考える若いお母さんがいることも、頭では理解できるのです。

しかし、試行錯誤しながら、親子でお互いの気持ちを理解しあう時間を持つことが子育てで一番、大事な第一歩でもあるのです。これは、どんなに忙しく働くお母さんでも、気持ちの持ち方、工夫一つで、子供との関わりを密度の濃いものにすることはできるのではないかと思います。

それぞれ、いろいろな事情があり、昔のように3歳までお母さんが手元で育てるというのも、難しい時代だとは思いますが、それでも、親はわが子の行動について責任があります。親御さん自身が、どのようにわが子を育てたいかを考え、その中で何を選び、何を諦めるかを自分で考えて決めることが大事なのだと思います。

幼いお子さんと長く離れてでも、バリバリ働いて、最高の生活を与えることが子供のためになると思うのなら、それもいいでしょう。反対に3歳までは、なるべくわが子と時間を過ごすために、経済的に切り詰めるなど工夫して生活することは他者に否定されるべきではないと思います。

子育てに関わる仕事をしていると、つくづく「子育ては修行」と感じます。自分の人生や仕事なら「自分流」を押し通して、一つの答えにこだわりを貫き通せても、子育ては自分の思い込みや、過信とか頑なさとかが簡単に否定されます。たとえば、幼稚園や保育園に入学させたからそれでおしまいではなく、万一、「わが子がどうしても馴染めない」とか「障害がみつかる」などの問題が見つかれば、親御さんにはいろいろと対応が必要でしょう。

もしかすると、子供の様子を見ながら、自分の働き方や生活のあり方の方向転換をしなければならないこともあるかもしれません。とにかく、子育ての答えは学校の課題と違って「一つ」ではなく、常に臨機応変に対応しなければなりません。そして、親御さん自身が自分で決めたことを信じて進むしかないということです。子供の発達に責任が伴う親業はたいへんなことも多くありますが、それと同じくらい、子供から幸せな気持ちをいただく可能性もあります。子育てはたいへんなことも多くありますが、それと同じくらいの幸せもあるはずなのですが。
by k-onkan | 2015-06-30 12:01 | 子育て | Comments(0)

口型は歌上手の秘訣!!

埼玉県のM幼稚園へ指導にうかがいました。この園には、年間を通して、何度も通っているため、園児たちとは顔見知りです。一歩、園庭に入ると、どこからともなく「麻奈先生」「麻奈先生」「おはようございます」と子どもたちが声をかけにきます。昨年、年少だった子が堂々とした年中になり、年中だった子は最上級生になり、行儀も歌声も成長していました。

e0143522_0571655.jpgこの園は、ふだん、担任の先生たちが三期講習会に参加し園内研修で木下式を学びながら、保育の中で木下式を実践しています。そのため、私が指導にうかがうときは、園児と担任を同時に指導します。ですが、今日は、今年度の初のレッスンなので、私が園児を指導して、教諭の皆さんには普段の取り組み方を振り返り、改善点を考えていただくことにしました。

実際に指導すると、どのクラスも1年前に比べて、細やかな指導がされていると家事増した。年少児は、言葉がはっきりとしていますし、クレヨンや鉛筆が3本の指で持てるように教えてありました。子どもたちは嬉しそうに、「おんぷをかこう」に取り組んでいました。

年中児は音符を指さして歌う読譜教材「おんぷをよもう」ができるようになっていました。今後の課題は男女の読譜力の差をなくすことです。一般に、女の子は小器用に何事もこなしますが、男の子は一つのことを習得するまでに大人の手助けと時間がかかります。しかし、一度、できるようになれば女の子にはかなわない能力もあるので、互いを高めるために男児の能力を引き上げる指導が大事なのです。そして、年長クラスは、堂々とした態度と歌声で、私を驚かせてくれました。

ただし、どのクラスにも共通する課題がありました。それは、日本語の母音認識です。子どもたちは、一般の幼児に比べたら、言葉がはっきりしていますが、もっと、歌を上手にしようと思ったら、言葉作りに打ち込むしかないのです。

そのためには、幼稚園、保育園の先生は、幼児に言葉をかける際には、必ず事前に、母音「アエイオウ」を形作ってから注意深く言葉を発することが必要です。ちょうど、アナウンサーが正しく情報を発信するために求められる能力であり、それを幼児たちにも教えるから、音程よい歌声となるのです。
by k-onkan | 2015-06-29 22:56 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

成果発表会を行いました!

木下音感楽院では、夏の成果発表会が開催されました。年中から中学生までの生徒たちが、斉唱、独唱、ピアノ独奏などを披露しました。一般の音楽教室と、楽院の発表会が異なるとしたら、それは、「歌唱」がメインなことかもしれません。

e0143522_0144247.jpg一般に、子どもと音楽との出合いは、親御さんの憧れや本人の希望によるものがほとんどです。また、ピアノやバイオリンなど楽器の入門が主流ですが、木下先生は幼児の音楽教育で、最適なものは「歌」であると考えています。歌が歌えない子ども、調子っぱずれの子どもにピアノやバイオリンを習わせても上達は望めないからです。

親御さんに音楽の心得があれば、「音符の読み方」をはじめ、わが子に演奏の仕方まで理解させられるかもしれません。しかし、親御さんにその楽器の心得がないと、せっかく音楽の勉強をはじめてもそのお子さんは挫折することが多いのです。そのため、楽院では、一人ひとりが持つ個性的な声が自身の楽器となるよう、木下式の刺激度理論や先導理論を駆使して、子供たちの言語力、歌唱力を育ててから、ピアノを開始します。

はじめて、音楽会に出演したお子さんはそれぞれ、斉唱、独唱をしました。1年前の体験レッスンのときにはまったく声が出ず、どうにか、「ドレミファソ」が発声できた3年生のTくんも堂々と独唱していました。ほかにも途中入学した1年生から3年生の小学生が全員、独唱ができたことは何より嬉しいことでした。

なぜなら、前回、前々回と見学に来た時に「ボクは発表会に出て、一人で歌うなんて、とてもとても……」と及び腰であったからです。しかし、訓練は継続していれば、できることが増え、人前で歌うことも「できそうな気持ち」になるのです。そうして、少しずつ体験をすることで、子どもは進化していくのだと思います。

音楽会に足をお運びくださった保護者の皆さん、ふだんの引率、お疲れさまでございます。そして、在籍児の歌声を聴くために、会場に来てくださった卒業生や卒業生のお母さま、応援、ありがとうございました。
by k-onkan | 2015-06-28 23:13 | 楽院だより | Comments(0)

隅で静かにするのも社会参加!

翌日は、年少、年中、年長という三学年のお子さん91名の指導をさせていただきました。その中で、年少のクラスに最初からずっと泣き続ける男の子がいました。その様子から発達障害があるのだろうと思いましたが、担任に補助についていただき、「やらなくてもいいから、端っこにいなさい」というと、大きな声で激しく泣きはじめました。

e0143522_20523750.jpgあまりにうるさいので「なぁに、どうしたの?」と声をかけると「痛い、痛い」と大騒ぎをするのです。「どこが痛いの?」というと足を指さします。「すごく痛いの?」と聞くとコクンとうなづくので、「それほど痛いなら、救急車呼ぶ?」とききました。すると、すぐに静かになったので、それほど痛いわけではないのです。とりあえず担任を横に座らせて、他のお子さんは、「音感かるた探し」の訓練を開始しました。

これは「音感かるた」の断定用語を説明して、意味づけを復唱させます。その後、「このかるたには、歌があるのよ」と導き、「じゃぁ、みんなも真似をしよう」と言ってから、壁の近くにある大きなかるたを手掛かりで、幼児用かるたを取るのです。これは、「音感かるたの説明」と歌唱曲「ドレミはみんなの仲良しさん」、そして、「絵あてかるた取り」の要素を含んだ課題です。指示行動の訓練にもなるのです。

子供たちは楽しく、かるたの説明を聴き、歌を歌い、かるたを取りに走っていきます。その様子もきっと、面白くなかったのでしょう。何度か、泣き声をあげるのですが、私がかるたの説明をしている時や、メロディーを弾き語りして聴かせている時は泣き止んで、話を聴いているのです。

ところが、みんなが走って取りに行ったり、楽しそうにすると、再度、泣き声をあげようとします。私は何度となく、泣き声を出すたびに、「やらなくていいから、泣かない!」と厳しい声し、静かになっていました。そうしたことを何度か繰り返し、ふと気づくと、担任の先生がその子を「別室に連れていこう」とする姿が目に入りました。

私は、「他の部屋に隔離はダメ」とお伝えしました。担任は「他の子や指導する私に迷惑がかかる」と思って気をきかせたのかもしれません。しかし、多少、迷惑をかけても、みんながいる場所の片隅で静かにじっとするのも大事な練習です。これを教えないと、今後も「自分の嫌いないこと」「気にいらないこと」「友達が楽しそうな時」には、自分だけ別の部屋で1対1で大人に相手をしてもらえると、誤ったことを学習するでしょう。発達障害があっても、そうでなくても、気がのらなくても社会の片隅で拗ねないで静かにするのも、社会への参加の第一歩です。

また、この子は泣いてはいたものの音感かるたの説明とメロディーを歌い聴かせていた時だけは、隙間から私の様子を観察していました。本当はみんなと同じことがしたい気持ちもあるのです。しかし、それを見逃して、「この子は特別な事情があるから一緒は無理」と別室に連れていっていたら、本当はみんなと仲間として行動したい気持ちがあっても、その機会を失わせてしまいます。

幼児の気分は変わりやすいものです。この子も、初めての日は、心配で涙がこぼれても、何度と繰り返せば、挑戦したい気持ちになるかもしれません。最初にダメだったからといって、ずっと、同じではないから、幼児の指導は先を見越してしたいと思うのですが。
by k-onkan | 2015-06-27 20:52 | 発達障害 | Comments(0)

大人が振り回されるべからず

初日の夜は、幼稚園、保育園の園長先生をはじめ、主任のみなさんと楽しくお食事をさせていただきました。その際、「発達障害のグレーゾーンにいるお子さんに正しく対応したいと思うあまり、なにをどうしたらいいか分からない」という幼稚園の先生の悩みを耳にしました。

e0143522_20162845.jpg長年、幼稚園という場で働いていると、障害があっても、できることを増やしてあげたいと思うものですが、保育園など、福祉の観点から考えると、「障害があるのだから、ありのままでいいのだ」と言われたり、「障害を理解せずに、教育をしてはいけない」などという意見もあり、現場の先生は出口の見えない迷路に入り込んでしまうのかもしれません。

私は、発達障害の有無に関わらず、子どものためにしていることで、「絶対に正解」といえることなど、何一つ、ないのではないかと感じています。だからといって、頭の中でグルグル悩んでいるだけでは、時間ばかりが過ぎ、幼児は何も身につけないまま、大きくなってしまうでしょう。

「正解」が分からなくても、大人として、自分の勘を信じて、今、その子のために、できる最善のことを探りながらするしかないのではないか、と思っています。たとえ、福祉の世界に所属する方から「配慮が足りない」「理解がない」と攻められたからといって、そこでがんじがらめになると、目の前にいる子供に必要なことはしてあげられないと思うのです。

とりあえず、悪意がないなら、自分が「いい」と感じたことはやらないより、やった方がいいと感じます。また、手ごたえがいまいちなら、他の方法を考えることもできるはずです。その時は大した効果がないように見えても、いつか、どこかで、それが何かと化学反応を起こして、好ましい変化が起きることもあります。みなそれぞれ、自分ができることに最善を尽くすしかないと思うのです。

そして、一番、大事なことがあります。それは、「発達障害のお子さん」に理解を示すこと」は周囲の定型発達のお子さんへの心配りをしなくていいということではありません。よく、「障害を持たずに生まれているのだから、それだけで十分に幸せ」と逆いじめのような対応を目にすることもあるのですが、定型発達のお子さんにも人権があり、それぞれが、みんな、一人しかいない特別な存在であることを忘れると、教育はできません。

幼稚園、保育園という入れ物が違ったり、資格が違ったり、働き方が違ったり、それぞれ事情や立場は異なっても、一つだけ同じことが言えます。それは、それぞれ、自分の感性をふるに活用して誠実に、目の前にいる子どもにむきあうことではないかと思います。

発達障害のお子さんが持つ「こだわり」に対しても、「こだわりがあること」」を理解するからといって、大人が、わざわざ、こだわりを強くするようなことをする必要はないのだろうと思います。たとえ、何かこだわりを見せても、「今は、~の時間だよ」と声をかけてあげれば、他に気が向くこともあります。

そういえば、何年も前ですが、自閉症の男の子をお預かりしたことがありました。そのお子さんは、「モーター」にこだわりがあり、エアコンの室外機、扇風機をはじめ、モーターを見つけると、じっと釘づけになるとのことで、お母さんからもお話をうかがっていました。ですが、音感のレッスンを始めると、それぞれの課題に取り組み、ことさら、モーターには興味を示すことはありませんでした。

ところが、そのお母さまは、「ほら。Xちゃん、あなたの好きなモーターが回っているわよ」とわざわざ室外機へ目を向けさせ、こだわりへと導かれるのです。せっかく、気分よく音感レッスンの課題に取り組んでいるのに、なぜ、そんなことをしなければならないのか、さっぱりわかりませんでした。

定型発達のお子さんにも、こだわりはあるのです。たとえば、お稽古前に「ママがいい。ママといたい」というのは、お母さんに対するこだわり、つまり、執着です。なんとか機嫌をとって、教室の中で勉強をはじめた子に、「お母さんどうしているかな?」「君がいないと、さみしがっているんじゃないのかな?」などと、思い出させるようなことをするのは酷というものです。つまり、こだわりに対する理解は、その事実を受け入れても、大人まで一緒になってこだわりに振り回されるという意味ではないと思うのです。

何より、「発達障害だから」と特別に手をかけたり、その子にだけかかりきりになるのではなく、クラスメートとして、一つでも多くのことがみんなと一緒にできるようになることが大事なのであって、先生自身が「正解願望」に捕われないことが大事だと、私は思ったのでした。
by k-onkan | 2015-06-26 23:12 | 発達障害 | Comments(0)

どうして、音感を教えるの!?

富山県へ2日間の出張に出かけました。初日は、木下式を実践する幼稚園の先生と8年前に公立から姉妹園となった保育園の先生のために、「木下式を幼児期に実践する意義」をお話させていただきました。

e0143522_19363455.jpg長年、木下式を実践してきた幼稚園の先生は「音感教育はするもの」と思って就職しているでしょう。しかし、ある日、勤めている保育園に新しい教育法―それも、指揮者の山田和樹氏が受けた英才教育―が採用されるといたら、不安が多いのも理解できます。

そこで私は、昨年、1年間、体験レッスンを行った保育園の園児の変化や成長を例に「保育園で木下式を実践すると、幼児にどのようなプラスがあるか」についてお話させていただきました。

実は、私は、保育園の指導にうかがう前に通信教育で保育士資格を習得できるという教材を取り寄せ、保育士の先生が勉強する内容を予習してから出かけたのです。私たちが考える教育と保育園の先生が語る教育の何が違うかを事前に知っておきたいと思ったからでした。

保育士の教科書の中に、幼児の発達段階では「おおよそ3歳で、音程をとって歌えるようになる」と書かれています。しかし、残念ながら、日本中、どこを探しても、3歳を過ぎて音程がとれる子供はほとんどいないの方が実情です。いるとしても、木下式をはじめ、特別な音楽教育を施している一部の幼稚園、保育園だけにしか、保育士の教科書に書かれた事実は当てはまらないのです。

これは、子供たちが十分に、口や舌を使って、言葉を話す機会が少なくなっていること、お腹の底からはりのある声を出す機会がないこと、正しく歌うために耳を使うことを教わっていないことなどが原因です。

木下式は、本来、幼児期に正しい音程で歌えるようになるのが正常の発達である幼児たちに、「音感かるた」を使った言語訓練を施し、その成果によって、正しく歌を歌えるようにしているのです。

よく「音楽が苦手な幼児にとって、音感教育をみんなと一緒に強制的に受けさせるのはかわいそう」という言葉を耳にしますが、実際は、どの子も楽しく、取り組めるのです。また、その課題は、音感かるたを用いた歌唱訓練や聴き分け、音符書き、身体を使ったリズム指導など、幼児の心を虜にする課題があります。

「音感かるた」は単に歌を上手にしたり、音感を付けるだけでなく、日本語を正しく発することができるようにする課題です。日本語の発音は特別な人が特別に受ける英才教育ではありません。できれば、どの幼児にも就学までに、正しい日本語の発音を習得させたいものです。また、「おんぷをかこう」というノートに取り組むためには、鉛筆の持ち方や数の数え方、ひらがなの読み方まで覚えられることもあります。たとえば「おけいこ3を開けて」と言われたら、数字も読めなければなりません。他にも、木下式の訓練を通して、自分の記憶を芋ずる式に引き出す方法など、生きていく上で必要な事柄の多くが身に付くます。

また、集団でレッスンを行うことで、他人との距離感を学んだり、人に迷惑をかけずに自分の責任を果たす、友だちを認めるなど、幼児が生活の上で必要なことも教えるのです。つまり、私たちは、「木下式音感教育法」という音楽の訓練を使って、幼児が学ぶべき事柄を教えているに過ぎないということです。

講演をきいてくださった保育園の先生たちは、「音感教育というのは、単にきれいな声で歌を歌うためのものではなく、幼児に必要なことをいろいろと学ぶことができる教育なのだと理解した」「母音に気を付けて、お腹の底から声を出して「その声がいい」と褒められるのはうれしかった」などの感想をいただきました。
by k-onkan | 2015-06-25 23:34 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

なぜ、どうして?が大事!

幼い子が「なんで?なんで?」というのは、順調な発達の証拠とも言えます。私が3歳の頃、父から音感かるたのシカの図柄を見せられ、「これが、しかられたのシだよ」と言われると、「なんで、しかられたの?」「どうしてしかられたの?」「だれにしかられたの?」とたくさんの質問を投げかけたそうです。そこで、父は「幼児を納得させるための言葉が必要だということで、音感かるたの説明が誕生したのです。

e0143522_18275513.jpg親御さんは幼い子に「なんで?」と聞かれたら、何事も説明をしてあげていただきたいと思います。小難しい答えである必要はありません。物事に意味があることが分かれれば、納得できるからです。

最近、3歳になる生徒Iちゃんが、音感のレッスン中に、「「なんで、音感をやらなくちゃいけないの?」といったとの報告がありました。瑠音先生は「お利口になるためにやっているのよ」と答えたそうです。

しばらくして、「歌を歌わない人はかるたを取ってはいけない」というかるた取りのルールを聞くと「なんで歌わないとかるたとっちゃいけないの?」「歌わないと、上手にならないでしょ?」

瑠音先生は、お母さんが見学する前で一つずつ、質問に答えているようです。実はIちゃんのお母さんも、幼児期、児童期に楽院に通った名誉団員です。そのため、娘と瑠音先生とのやりとりをほほえましく思いつつも、「こんなに無駄なことばかり、言っていていいの?」と少し心配になったようです。

瑠音先生は、幼児は心の中に疑問があったり、納得できないことがあると、素直に取り組めないこと、また、何でも言われたことに疑問を持たずに取り組むより、いろいろなことを考えられる方が大事と伝えたようです。

もし、親御さんは、わが子が塾や教室に行って、先生に「なんで?なんで?」と聞くのが時間の無駄だと思われるなら、ご家庭で子どもの「なんで?なんで?」という知的好奇心を十分に満たしてあげることが必要です。身近な大人から、十分に物事のしくみを説明されていれば、子どもは誰かれ構わず「なんで、なんで?」と聞かないのですから。くれぐれも幼児期、児童期に、「言われたことは、なんで?などと思わずにすぐにやりなさい」とか「大人の言葉に口答えをしてはいけない」などという教え方をしないでいただきたいのです。なぜなら、物事の道理や理由が分からないまま、大人になると、自分が親になった時に困るからです。
by k-onkan | 2015-06-24 23:21 | 幼児 | Comments(0)

言葉の教室もできる木下式!

通常、5~6歳ともなれば、少々、生意気な口をきいたり、大人と対等に話せるようになるのです。しかし、口や舌を十分に動かして話した経験が足りないと、いつまでも、赤ちゃんのような話し方が抜けません。

e0143522_13272341.jpg木下式では、歌唱力を備えさせるために、言語訓練をして、母音を知らせ、おしゃべり上手にする手法があります。「音感かるた」です。口の形をはっきり、大きな声で言うことが、言語訓練になるのです。

最近、就学目前になっても、「サシスセソ」や「カキクケコ」が「タチツテト」になる子、「ザジズゼゾ」が「ジャジジュジェジョ」になるお子さんが多くいます。例にすると、「さようなら」が「たようなら」になったり、「ありがとうごじゃいまトゥ」です。こうしたことも、木下式の「音感かるた」によって、はっきり大きく、口を大きく動かす訓練で、改善が可能です。

「カ」がどうしても「タ」になるお子さんは、「しかられ・たーの・シ」が「したられ・たーの・シ」になります。そういう際、「カ」を言う前には必ず口を上下に開けさせて舌先が上がらないように、自分の指で押さえることを教えます。

子どもも5歳を過ぎれば、自分で舌の動きを感じれば、「カは舌をあげない」「タは舌をあげる」と理解できるようになっていきます。ですが、口型と舌の動きを意識しないと戻ってしまうので、言語訓練の反復が重要なのです。

こうしたことは、日本全国の保育園に通うお子さんに起きていることですが、残念ながら、「言葉の教室」では改善は容易ではないのが、実情です。しかし、子供の成長や発達において、変化がないなどということはないと思うのです。たとえ、カメの歩みのような変化であっても、継続していくことで、自分の身体を使いこなせるようにすることが、一番、大事な教育ではないかと思うのです。
by k-onkan | 2015-06-23 23:23 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

赤ちゃんだってわかっている!

津の教室で指導する「赤ちゃんクラス」は病欠のお子さんがあり、1歳6カ月のTちゃん一人でのお稽古となりました。お友達がいないのは少しさみしくもありますが、普段、お母さんの影に隠れて、本当の姿を見せないお子さんを「1対1」で観察するにはちょうどよい機会です。

e0143522_164028100.jpg最初は、椅子に座ってTちゃんが好きな知育教材を使いました。その際に教えたのは、「手はおひざ」です。正面で、私が手をひざに置く姿を見せながら、「手はおひざ」と伝えます。その後、何かする度に「手はおひざ」と言葉がけを続けると、動作を見せなくとも、自分から手をひざに置くようになるのです。つまり、言葉でも理解したということです。お母さんも、「手はおひざが自分で分かるようになったみたいです」と嬉しそうでした。赤ちゃんは何度も同じことを繰り返せば、動作を見せなくても、言葉で理解できるようになります。

1歳半にもなれば、赤ちゃんは、大人の言葉を理解して、意思の疎通も夢ではなくなってきます。但し、幼い子どもはなんでもすぐに覚えますが、やらなければ、すぐに忘れてしまいます。ご家庭でも食事の際には「手はおひざ」と声をかけて、言葉の意味を忘れないように工夫していただきたいとお話しました。

次に体操をしました。赤ちゃんクラスで一番、大事なのは身体を動かしたり、聴覚や視覚を使う課題なのですが、月に1回しか会わない津の教室の赤ちゃんは、なかなか、私に身体をゆだねてはくれません。そのため、これまでは泣かないように体操はあまりできなかったのですが、その日はTちゃん母子だけだったので、お母さんといろいろな体操をしていただきました。

最初に教えたのが、お布団の上で寝返りのように「ゴロゴロ」と回転することです。これまで何度か、「こっちまでゴロゴロして来てごらん!」と声をかけたことはあるそうですが、「しなかった」と言われます。ですが、赤ちゃんに何かさせようと思ったら、まず、大人がして見せることが大事です。

そこで、他には誰もいないので、教室の床にしいた布団の上でママがゴロゴロと横に転がっていただきました。すると、Tちゃんも嬉しそうに床に転がってみたのです。そこで、横から、ちょんちょんと、手を添え、転がり方を教えることができました。他にも、プラスチックの管をつかませた上から、ママが補助して、「ぶらんぶらん」とぶら下がったり、「先生」と呼びかけ「ハーイ」と返事をしながら、ボール投げをするなど、いつもより、たくさん活動ができました。

恒例のかるた探しもしました。Tちゃんママは、木下式の指導法を学んでいるので、家でも音感かるたの練習をすることがあるのでしょう。そのためかもしれませんが、Tちゃんはこの課題があまり好きではなさそうです。お母さんの「きちんとやって欲しい」という強い気持ちを感じているのかもしれません。

かるた探しをする際には、ピアノの前で、私が歌うメロディーを聴かなければなりません。以前は、私から遠く離れたところで、歌を聴いていましたが、今回はすぐ近くまでよってくるようになりました。これも、また、進歩です。

歌を聴いたら、音感かるたを探しにいくのですが、Tちゃんは正解のかるたの前までいくのに、なぜか、違うかるたを手にしようとします。最初は、「えぇぇぇ?」と驚いた声を出したり、正しいかるたを持たせたり、異なるアプローチをしてみました。しかし、Tちゃんがあまりに、間違ったかるたを持ちたい様子があったので、止めずに様子をみました。

私の教師用かるたと、自分持つ小さなかるたの図柄が違うことを目で確認させた上で、「ちが~う」と言って、もう一度、取りに行かせました。Tちゃんにとっては、「間違ってみる」という行為も大事な学びのように見えました。私はその様子から「本当は、分かっているんだろうな」と感じます。子供の中には、大人の期待に応える子もいれば、わざわざ、それに背いて大人の反応を見る子もいます。こうした子にであうと大人はつい「正しい答え」を出させることに、躍起になりますが、「間違いから学ぶ」という気持ちも理解したいと思います。

ただし、何度も間違ったり、からかったりする際には、赤ちゃんを相手に、大人が泣きまねをしたり、ふくれっ面を見せたりするのも効果があります。Tちゃんに感情があるように、大人にも喜怒哀楽があることを理解すると、1歳児でも、自分の行動を改めたりすることが分かりました。津市の教室のお子さんは、月1回しか会わない分、毎回の成長や発達の度合いが大きいように感じられます。次の1ヶ月は「こんなことをしてみてください」と課題を出すと、家族で楽しんで取り組んでくださるからかもしれません。
by k-onkan | 2015-06-22 22:37 | のぞみクラス | Comments(0)

子どもは社会から学んでいる!

幼児期のお子さんは、お友達と一緒に頑張ることが大好きです。誰かが褒められたら「自分も認められたい」と頑張って声を出し、誰かが素早く行動したら、自分も負けまいと行動します。その姿を見ると、幼児は競争をすることも、頑張ることも心地よいのだと感じます。

e0143522_1437407.jpgところが、やがて、それが難しくなる時期がやってきます。私たちが最初にそれに気づくのが、だいたい小学2年生の頃です。最近も、それを確認するような出来事がありました。毎月、指導に出向く津の教室ですが、同じ生徒に出会うのは二ヶ月に1回です。今回は5人の二年生のレッスンがありました。

この5人は幼児期から一緒に音感の勉強をしてきた女の子4人男の子1人で、それぞれ、歌や音楽に親しみを持って育っています。これまでお互いを意識しながら、切磋琢磨して頑張っています。この中の仲間が東京合同音楽祭に出演すれば、わざわざ足を運んでその様子を見に来たりなど、互いによい影響を与え合ってきたのです。

ところが、今回は、なぜかどの子も「これくらい、がんばればいいでしょう?」というかのように、全力を出さないのです。これは、この子たちが特別に意欲がないのではなく、楽院でも、「小学2年生」の時期に同じ感触があります。2年生のという時期は子供が小学校にも慣れ、まわりの友達の様子を見るようになり、「必ずしも、一生懸命、やることだけが選択肢ではない」と気づく時期なのかもしれません。

そんな時、子供たちに伝えていることがあります。「学校やよそのお稽古ごとでは、ダラダラしても叱られないかもしれない。けれど、音感の勉強に来て、一生懸命、取り組まないなら、帰りなさい」。

厳しいことかもしれませんが、私は対価をいただいて、子供たちの「音感のレッスン」をさせていただいています。子どもの機嫌をとって、「今日はやりたくないのね~。いいわよ。適当に時間を過ごしてお帰りなさい」と言ったら、私は親御さんに対する責任を果たしていないことになります。

子供たちは、私の言葉にびっくりするようです。他の場所ではそんな厳しいことを言われないからかもしれません。その上で、子供たちのモチベーションがあがるように「独唱でいい曲が歌いたい人は手を抜かずにがんばって」と伝えています。「お稽古にきたら一生懸命、がんばる」というのは正しいことではありますが、それだけで頑張るには、小学2年生はまだ幼いから、「独唱」というにんじんもぶらさげる必要があるのです。

子供は、いいことも悪いことも、社会から学んできます。どんなに親御さんが「一生懸命、がんばるのが、我が家のルール」と教えているつもりでも、「よその子は、そこまで一生懸命、何もやらされていない」とか「○○ちゃんのうちは、親御さんが自由でうらやましい」など、子供はいろいろなことを言い出すものです。そこで、「頑張る人」を選ぶのか、「適当な取り組みでお茶を濁すか」。わが子に、どちらに導くのは、最終的には、親御さんの考え方次第なのだと思います。
by k-onkan | 2015-06-21 23:36 | 児童 | Comments(0)