麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

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強い男性に育って感激!!

土曜日のレッスンの際、25歳になる卒業生Kくんが楽院を訪ねてきてくれました。Kくんは、現在、関西の商社に勤めています。週末に都内で研修があったということで、わざわざ、楽院を訪ねてくれました。東京にはご両親も待っているはずなのに、わざわざ私たちに顔を見せにきてくださったことにとても感激しました。

e0143522_16222211.jpg小さい頃から賢かったこの子は、幼い頃は、決して、楽院が好きではなかったと断言できます。初めて参加した合宿で3歳児でありながら漢字仮名交じりの看板を読み、私たちに「先生、川遊びなんて、危険です。この川は増水すると、中洲がなくなるとこともあると書いてあります」というのです。

それまで、保育園の小さなプールしか入ったことがないKくんにとって、自然の中でする川遊びは、とてつもなく怖い経験だっただろうと思います。自分の知力のすべてを使って、一生懸命、川遊びの中止を訴えました。ですが、長年、子どもと付き合っている私たちは、当然、Kくんの賢さの裏にある弱さを見抜き、「大丈夫、先生たちがついているから」とみんなと一緒に、浮き輪に乗せて上流の先生から下流の先生まで水面を流す遊びに参加させたものです。恐怖でこわばった顔をしながら、必死で浮き輪にしがみつきながら、涙をこらえていた可愛い姿を思い出します。

一般に「男の子は強い」と言われますが、乳幼児期の男児を育てると、男は強くないと感じます。病気にはかかりやすいですし、気は弱いし、比べると、断然、幼児期ひあ女の子の方が強くてたくましいとと感じます。

中でも、小さい頃から、本を読んだり、知的な学習をした男の子は想像力がある分、マイナスなことを想像して心配する面を持っています。強い男に育てるためには、体力をつけることが何より大事だと感じたものです。合宿が終わって水を怖がらなくて済むように、水泳でも始めさせた方がいいのではと、アドバイスもしたことも記憶しています。

Kくんの賢さゆえの気弱な面の逸話は、いくらでも、思い出せるほどあるのですが、木下先生と対等に日本酒を酌み交わすKくんには、幼い頃に持っていた気弱な面も、神経質な面もまったく見えません。関西で船舶に関わる仕事をしていると、自分より強い男性との関わりがたくさんあるようですが、堂々と渡り合えていることが分かります。子どもの頃は、大嫌いだった楽院で、幼い頃に鍛えられたことを恨みに思わず、むしろ、いい思い出として大事にしてくれていることが、なんだか、とても嬉しい夜でした。
by k-onkan | 2015-11-30 16:21 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

子に従うには、もう少し・・・

最近、6年生になる甥Yが木下先生の身長も追い越して、どんどん大きくなっています。168センチという背丈だけを見ると、大学生と間違えられることもあるようです。そんな甥を見ていると、学校の勉強やお稽古事だけでなく、「大人になるための勉強」もしておいた方がいいと感じるようになりました。年齢に対して身体が大きいと、中身は子供であるのに、まわりから「中身も大人であること」を求められます。その苦労は、私自身が一番、実感しているからです。

e0143522_18145019.jpgそこで、長年、大きな会社で部下を指導する立場にあった知人にYと妹と三人で「グループディスカッションのコツ」を教わる機会をいただきました。私たちは長年、一つのことに信念をもって打ち込んできた分、同じ意見の方がまわりに多く、よその世界の考え方を柔軟に受け入れることが得意ではありません。そのため、グループディスカッションでは、正直、「してはいけないこと」を多くしそうな気がするのです。

グループディスカッションで求められるのは、意欲的に話し合いに参加する姿勢、前向きな姿勢、相手の話もきちんと聞いて、いろいろな考え方ができることだそうです。どんなに自分にはっきりとした意見があっても、他の人の意見を聞き入れなかったり、自分と考えの違う人をバカにした態度では、良好な話し合いはできない、とのことでした。

Yからは、「そういえば、まぁちゃんは、よく人の話の途中で、自分の意見を話し始める時があるよね」と普段の様子を指摘されてしまいましたが、私も、これまで気づかなかったYの課題を見つけることができました。それは、返事は相槌を打つ際に、頭だけ振ってきちんと声を出していないことでした。

思えば最近、父は「Yがだんだん、口をきかなくなってきた。6年生にもなると男は口をきかなくなるなぁ」とよく言うのですが、挨拶や返事も、きちんと声を出さなくなったことが起因しているのかもしれません。特に声変わりして、オクターブ以上、声が下がったことで、声は前ほど通らなくなっています。

知人に話を聞く時も、頭を振ってうなづいてはいるのですが、きちんと声を出していないため、年長者に対してとても横柄な態度に見えてしまいます。私がつい横から、「ちゃんと返事をする時には声を出さないと、失礼な人に見える……」と苦言を呈すると、「まぁちゃんは、すぐにそういう言い方をして、感じが悪い」と逆に指摘されてしまいました。

ついこの間、3歳で私の膝に乗っていたはずのYがいつしか、私より大きくなって、私ができないことに挑戦するようになってきました。こうしてダメ出しができるのも、後、数年かもしれません。「老いては子に従え」といいますが、せめて、成人するまでは、甥たちにきちんとダメ出しができるように自分も学ぶことを続けなければと思ったひと時だったのでした。
by k-onkan | 2015-11-29 23:13 | 我が家のこと | Comments(0)

子供にだって理由はある・・・

2歳のわが子が叩くというお母さんの悩みを耳にしました。なんでも、わが子がお友達に叩かれ、その後にお母さんを叩くというのです。簡単にいうと「やつあたり」です。そこには、子どもからお母さんへ「叩く友達をなんとかして」という訴えもあるように、私には感じられます。子供に「お母さんを叩いてはダメ」と教えるためには、わが子を叩くよその子にも、そのことを教える必要を感じます。子どもは良くも悪くも、一緒に過ごすお子さんの行動から学んでいるからです。

e0143522_1704753.jpgできれば、幼稚園、保育園などに入る前は、お母さん自身が、相手のお子さんにも「ダメなことはダメ」と言える関係性を持てる方と選んで遊ぶことも大事かもしれません。お母さん同士で、どちらか一方だけが発言権を持っていたり、極端に遠慮したりする関係だと、子ども同士にも同じような力関係ができることもあるからです。

はじめての子育てをするお母さんには、よその子どもを注意するのは難しいことかもしれません。それでも、自分の子が目の前でたたかれたら、相手の子に『そんなことをすると痛いからダメよ、やめてね』とやんわりとお願いするくらいならできると思います。もし、「人の子を注意するなんてとても無理」と思っても、子どもの親になった修行だと思って、わが子のために大事な時に大事なことは言えるお母さんになっていただきたいと思うのです。

ある時、「自分では注意できないから他人に叱ってほしい」と言うお母さんと出会ったことがありました。お母さん自身、決して、悪い方ではないのですが、自分の子どもの叱り方がまったく分からないまま、6年間、何も言われずに育ててしまい、周囲に迷惑をかける子に育ち、公共の場で、親子でよその人から怒鳴られる場面も多くあったようです。その都度、どんどん、子どもは荒み、誰彼かまわず悪い言葉で応戦していたようです。そのため、自己肯定感がとても低く育ち、決して自分に深く踏み込まないお母さんに対しても、いつも怒っているように見えました。

その時、「お母さんが『よその人に叱ってほしい』という考え方を変えてみましょう」とお話したことを覚えています。たとえ、どんなに迷惑な行為をしたとしても、公共の場で年端もいかない幼児を乱暴な言葉で恫喝する大人は善意で叱ってくれているわけではないと思います。たまたま、近くで迷惑行為をした子どもに自分のイライラをぶつけただけかもしれません。そんな風な注意のされ方に子どもが素直になれるはずはないのです。

お腹を痛めて生んだわが子だからこそ、お母さんにしかわからないわが子の良さも悪さもあると思います。わが子をきちんと見つめ、受け止めるべき時は受け止め、注意すべき時は注意することができるようにすることから始めました。お母さんが、わが子と関われるようになると、公共の場で迷惑な行為をしてよその人に叱られたり、幼稚園で問題行動を起こすことも減っていきました。

子どもはまわりの大人の扱い方次第で、悪い子にも、良い子にも、なり得ると感じます。特に低年齢の内は、子ども自身が悪いというより、一緒にいる大人の導き方に問題がある場合もあります。わが子がもし、悪い行動をしたら、「悪いことばかりして、困ったものだ」と思う前に「何がきっかけで、どんな気持ちから、悪いことをしているのだろう?」と視点を変えると、見えてくることもあるかもしれません。
by k-onkan | 2015-11-28 23:59 | しつけ | Comments(0)

なぜ、音感で切り絵をするの?

望クラスでは、幼児たちに切り絵をさせています。音感の準備クラスで、「なぜ、この切り絵をするのか」という質問をいただきました。実は望クラスでしていることは、3歳児として、幼稚園に入園するまでに家庭でしておきたいことです。そして、それは同時に、音感教育を始めるためにも必要なことでもあります。

e0143522_15153698.jpg木下式を始めると鉛筆を持って丸を書いたり、音感かるたの出し入れを自分でします。この時、手指が器用でないと、鉛筆を持つことも、音感かるたを指先で持つことも、ワークのページをめくることもできません。どんなに歌が上手で、音が分かっても、自分の身の回りのことができないのは、マイナスになります。

手指を使う訓練は、無味乾燥な課題より、幼児が楽しんでできることが大事です。紙をちぎって貼ったり、はさみで切って糊で貼ったり、手指を使って、自分が好きなように切ったり貼ったりは、幼い子どもにとって、楽しく遊びのような課題です。

本当は家庭にあるものをちぎったり、貼ったりなど手指を楽しんで使えるようになれば、教材は必要ないと思います。私が子供の頃、卵の殻を洗って乾かして色づけして、段ボールで作った「小さな家」に貼りつける遊びをさせてもらいました。冷静に考えると、決してきれいなものではないのですが、子どもの私にはワクワクする遊びでした。そんな遊びを家庭でできるのが、理想なのですが、それにつきあえる大人は多くないかもしれません。たいていのお母さんは部屋が汚くなることを好まないと思いますし、出来上がった作品がごみのようだと困ってしまうことでしょう。しかし、切り絵の教材であれば、心穏やかに与えられるのではと思うのです。

望クラスを開始した18年前は、市販の切り絵教材を用いたこともあります。しかし、切る場所が決まっていて、誰が作ってもまったく同じものが出来上がることに私は抵抗を感じました。なぜなら、幼児期の子どもの発想は大人と違って自由なことが面白いからです。どうせ、教材を使うなら、子どものちぎり方やちぎる場所で、それぞれ、異なる作品できあがる方が良いのではないか、そして、季節を感じられる題材を使いたいと図案を考え、絵が上手な友人に描いてもらったのが、現在の切り絵の教材です。

この教材で、はさみの使い方を覚えた甥たちは、段ボールやいらない空き箱を見つけると、物を作って遊んでいます。その作品には、独創性があります。ですが、その基本は、自分の手指や器具を小さい頃に自在に使いこなせるようにしたことにあります。どんなに頭がよくても体を使いこなせないと、その子の能力がバランスよく発揮できません。ですから、少しでも、自分の身体が軽くて小さいうちに、身体も手指も楽しく使いこなせるようにしたいと思っているのです。
by k-onkan | 2015-11-27 23:14 | のぞみクラス | Comments(0)

親に勝るものはない

最寄りのJRの駅で「都内唯一の24時間認可保育園」という広告を見かけました。見学に行った知人の話では平日は毎日、お泊りで週末だけ家庭に帰るお子さんもいるそうで、保育士さんが「1週間かけておむつを取っても、家に帰るとまた、おむつに逆戻りで、子どもが不憫」と嘆くほど家庭にいるより保育園にいた方が人間らしい生活を送れる、それほどの環境で育つお子さんも、この日本にはいるのでしょう。

e0143522_2114688.jpgさて、最近、凸凹っこの勉強を見て「自閉っこには事前の説明が必要」という話を書きました。定型発達の子はすべてのルールを事細かに説明しなくても、それまでの経験からヒントを探したり、無意識で理解したりすることに気付きます。ですが、自閉っこには「ルールやヒント」だと説明せずに放っておいたら、ヒントを活用できないことがあるのです。

ですが、それは自閉っこだけではありません。生後数か月から保育園で長時間保育を受け、大人と一対一で関わった経験が乏しい子も、何かを教えた時に自閉っこと同じくらい大きな課題にぶつかることがあるのです。ただし、その原因は脳ではなく、1対1の大人との関わりの不足や経験不足によるものかもしれません。

幼児教育の重要性は非認知的能力を育むことと言われます。非認知的能力の中には、知らず知らずの内に身に付いた無意識の賢さも入っているのではないかと私は感じています。私たちは、生活環境やまわりの人間関係、などから無意識のうちにいろいろなことを学んだはずです。

たとえば、お店屋さんに生まれれば、見よう見まねで接客をしたり、大人の表情からいろいろな情報を感じ取ったりできるようになっていたりします。弁の立つ人の子どもは、知らず知らずのうちに、論理的に話す習慣を備えていたりもします。

ですが、一日、保育園で過ごすお子さんは、どんなに保育園で色々な活動をしても、経験が多いとは言えないのです。なぜなら、日々の生活はルーティンで、見よう見まねで、はっきり分からなくても、生活ができてしまうからです。たとえば、大勢の子どもが同じ活動をしていても、「自分がどんな目的で何をしているか」をきちんと理解している子は多くありません。

いろいろな保育園や幼稚園で、幼児と出会いますが、「話がよく理解できて、賢い子だなぁ」と感じるお子さんには、会話が豊富な家庭があったり、興味を持った時に疑問に答えてくださる親御さんがいると感じます。

働く親御さんにもいろいろな都合はあるとは思いますが、大勢の幼児を集団で教える仕事をしていると、「親御さんのサポートが豊富な子」と「親御さんの助けがないまま、学ばなければならない子」が同じ土俵で頑張らせることに私は不憫さを感じるのです。なぜなら、幼稚園や保育園という集団生活を乗り切る土台となる能力は、家庭で培われたものだからです。

「自分で考えなさい」と言われて自分で考えられる子どもには予備知識があります。もしかしたら、身近な大人が話してくれたことや、本で読んだこと、大勢の人との関わり等から、知識が豊富なのかもしれません。そして、それは、どれも、親御さんや身近な大人との関わりや手助けから、生じたものではないでしょうか。

たとえば、一人で本を読める子には、言葉に興味を持ったり、文字に関心を示した時に疑問に答えてくれたり、教えてくれた大人がいたはずです。言葉を聞いたこともなく、文字の存在を知らないまま、自分から文字を読める子どもには育ちません。

最近では、何事もお金を払ってプロに任せることができる時代になりました。絵本の読み聞かせ、体を使った遊び、歌い聴かせ、工作、料理などです。実は、楽院で行っている「望クラス」も、本来はお母さんが家庭でしてくだされば、わざわざ、授業料をいただくような内容ではないと今でも思っています。もちろん、お預かりしたからには「望クラス」に通われるお子さんは幼稚園に入って集団生活で困らないようだけの発達を促すお手伝いはしていますが、それでも、本当は週に1回、教室の課題として学ぶより生活の中でいろいろな経験を通して、身につける方がもっと力になるだろうとも思います。

最近、こんなことがありました。1歳前から保育園に通い、現在5歳になる生徒さんがいます。この子は、個人発声でも集団レッスンでも、すぐに目線が泳ぎ、長い時間、視線を合すことが難しい子です。今回、音楽会で独唱をするので、家庭でも独唱の練習ができるようにお母さんにテープをお渡ししました。働くお母さんに宿題を出すのは申し訳ないとは思いますが、他の子が家庭で練習してきて、自分だけ練習がしていないと引け目を感じるのが、子どもです。お母さんは毎日、練習してくださったようです。その結果、レッスンの間中、注視して話を聞けるようになっていました。毎日、10~15分でも親御さんが真剣に関わってくださるだけで、意欲と自信がまったく違うのです。やはり、どんなに便利な時代になって、いろいろなことが外注可能になっても、親御さんが、一番、いい先生であることには変わらないと思うのです。
by k-onkan | 2015-11-26 20:59 | 教育 | Comments(0)

間違えにも整合性は大事

S兄弟の「時刻と時計の問題」の取り組みを分析しながら、「これが自閉脳なのか」と強く感じています。それは問題の間違い方にありました。定型発達の弟は、時計を1時間、読み間違えて計算するというケアレスミスが多くあります。たとえば、7時20分を8時20分と読み間違えて計算するので、答えに1時間誤差が生じます。思えば、「子どもの頃に自分もやりそうな間違え」です。

e0143522_19421160.jpgしかし、凸凹っこの兄の間違い方にはまったく整合性がないのです。たとえば、長針が「7」を指していることに気を取られ、いきなり、答えに7時間と書いていたりします。そうかと思うと、しばらく正解をだし、突然、時計を左回りで時刻の計算をしてしまうこともあります。また、長針の「2」を見て「10」が正解なのに、「2」に惑わされて「20」と書いていたりもします。まるで、時計の仕組みを知らない幼児が気分任せで答えたような間違い方です。救いは、その中に「ふつうの間違え方」があることです。今の目標は弟がする「ふつうの間違い方」だけになるまで、時計の問題を繰り返して、ルールが理解できるようにすることです。

たとえば、時計は必ず「右回り」に進むこと。1時間は60分あること。時計は12分割して短針で時間、長針で分を表していること。こうしたことは、定型発達のお子さんは、わざわざ、説明しなくても、自然に気づくことのように感じます。ですが、凸凹っこに限っては意識化させて教えなければと感じます。

ちょうど、百マス計算で有名な陰山英男先生がツイッターでこんなことを提唱されていました。それは、「学校の勉強は、簡単で薄い問題集をやること。分からない問題はできるようになるまで、何度も同じ問題をやること。その際、一問たりとも間違いがあっていけない。間違えなくなるまで徹底してできるまで続ける。一回できたら、同じ問題集を3割の時間でやること」。

お母さんは、現在、似たような課題を反復して与えているところです。「時計と時刻」で問題を間違える度に深く落ち込む凸凹っこの姿はとても不憫です。音楽に取り組んでいる時の自信に満ち溢れた姿と大違いだからです。しかし、「時計と時刻」の問題は、学校を卒業して社会で働くようになったら絶対に必要になる課題です。そのためにも、今は、私たち教える側が観察と分析力を駆使して、少しでも、楽しく、確実に身につけさせたいと思っているのです。
by k-onkan | 2015-11-25 19:42 | 発達障害 | Comments(0)

無意識では分からないかも

私には毎日、心待ちにしているメールがあります。それは、2年生と4年生のS兄弟がその日に取り組んだ算数の課題とかかった時間、それぞれ、どこをどのように間違えたか、その時の子どもの反応をお母さんが記録したものです。私は、手元にある同じドリルを見ながら、それぞれの間違え方から混乱している理由を分析して、教え方のコツをお母さんにアドバイスするのです。

e0143522_15584389.jpg2年生の弟はたいへん賢い子ですが定型発達の調子の良さからか、「わかった、わかった」と軽く考え、ケアレスミスが多くあります。ピアノや音感でもそれが原因で中々、課題が合格しないことがあるので、毎日の算数の課題で物事を緻密に仕上げる習慣が少しでもつくことを願っています。

4年生の兄は凸凹の特性をもっていますが、4歳から木下式によって鍛えられた音感、歌唱、ピアノは着実に進歩し、合唱団を支える人材に育ってきました。それなのに、他の科目は2歳年下の弟に追い抜かれそうで、いつも劣等感を持っていることが、私にはどうしようもなく、不憫でした。

自慢のようで恐縮ですが、この子の音楽能力だけはゆるぎないものとなったのは、木下式のカリキュラムが低年齢の幼児のために、微に入り細をうがつ工夫をした教育法で、音楽に必要な幼児の能力を余すところなく引き出すように作られているからです。他の課題も、木下式と同様、小さな躓きを見逃さず、細かな点に気を付けて反復を繰り返せば、一点の曇りもなく理解させられると、私は信じているのです。

二人の兄弟の取り組み方を観察していると興味深いことが分かります。それは、定型発達の弟は無意識で要領よくこなすことができ、反対に凸凹っこは無意識で理解すること自体が難しいようです。ただし、一度、できるようになれば、凸凹っこは間違えることがありませんが、定型発達の人には、その時々の感情や体調でミスが生じたりします。

たとえば、新しい形式の問題が登場すると、必ず、ページには解説があります。弟は要領よくその中から答えを探して、正解を見つけるのですが、兄は、「そこにヒントがあること」を知らないまま、やみくもに問題に取り組み、想像を超えた不正解を書いていたりします。

私は「ヒントがページの中にある」とか、「1時間は60分ある」「長針は五跳びで動く」「頭の中で時計を思い浮かべて考えなさい」など定型の子にはわざわざ言わなくても自然に分かることをルールとして頭に入れさせるように、アドバイスしています。

少しでもハードルを低くして、弟に派手に負けないようにしてほしいと思っています。定型発達の子は失敗することで、学んだり、気づいたりすることも多くあるのですが、凸凹っこは失敗すると、「自分はダメだ」というショックが大きいように思うからです。失敗しても、立ち直れる方法まで見せないと、勉強が嫌いになってしまいます。

木下式を教えていると、子供が失敗をしてそこから立ち直ることも大事な体験だと思うことも多くあります。ですが、だからといって、「自分はできない」ということを、何度も何度も感じさせたりはしていないのです。できないことも、方法を変えたらできるようになるところまで、毎回、もっていくから確実にできるようになっていく。これが木下式の秘訣ですが、それを一般のお母さんに上手にしていただくのが実は何より難しいことなのかもしれません。
by k-onkan | 2015-11-24 23:51 | 発達障害 | Comments(0)

叱るのは難しい・・・

最近、親御さんであっても叱ることが難しいという悩みを持つ人が増えました。ですが、私は親だからこそ、叱っていただきたいと思うのです。叱って効果があるのは子供に対して、愛情がある人だけだからです。たとえば、保育園は親代わりの施設なので、先生方が子供を叱ることもあるでしょう。その中には、本当に子供に対する愛情から叱る先生もあれば、自分の業務に差しさわりがあるから叱る先生もいるかもしれません。また、愛情からというより、責任によって叱る先生もいるでしょう。子供はそうした違いを見抜く力を持っています。ですから、やはり、叱るべき人は、まず、わが子を愛する親御さんであってほしいと思うのです。

e0143522_1045031.jpg残念ながら、最近は親であってもわが子に愛情をもてない人が増えているようです。そういう人が叱ると虐待のようになり、「しつけのつもりだった」といういいわけを耳にします。ですが、しつけは、大人の都合を子供に押し付けるために行うのではなく、子供が社会で生きる上で絶対に反してはならないルールを教えるために家庭で行うものだと私は思っています。

こういうと、「何でもかんでも家庭では教えられない。社会に出て経験を通して学んでほしい」という意見も聞きますが、あまりに基本的なことを子供時代に家庭で知らされていないと、その人の評価が下がったり、「常識がない」と周囲から敬遠されることもあるかもしれません。

では、具体的にどんな時に子供を叱ればいいのでしょうか。私は、自分の生徒なら、誰かを傷つける行動をしたり、自暴自棄な態度をしたり、欲求を通すためにルール違反をしたり、不遜な態度をとったり、できるのに涙でごまかしたり、怠けたりしたら、叱ります。それが、楽院の生徒として「これだけは、絶対にしてはいけない」と教える事柄だからです。それ以外の事柄は、子供の心の動きや、そこに至るまでの伏線を観察して叱るかどうかを慎重に考えます。これを見誤ると、叱られた子供が真意を誤解したり、反対に逆ギレして、恨みを買うこともあると思うからです。叱るポイントは人によって少しずつ異なるものです。たとえば、お母さんが「ダメ」と言ったことも、お父さんに聞いたら、「悪いことじゃないから、いいよ」と言われるかもしれません。家族の中でも、異なる価値観が存在するのです。社会に出たら、もっと異なる価値観が多く出合うでしょう。

ある食事会で低学年のお子さんが、オレンジジュースと炭酸水を頼むのを見かけました。その子は、二つの飲み物を混ぜて飲みたいと思ったのでしょう。私の生徒であれば、「(レストランで実験は)行儀が悪いからダメ」と止めますが、誰にも迷惑をかけない場所でなら実験はさせるだろうと思います。なぜなら、子供の興味の芽は大事ですし、新しい挑戦に新しい発見があるかもしれないからです。しかし、中には「食べ物に対する冒涜だからジュースと炭酸水を混ぜてはいけない」と考える大人もいるでしょうし、「子供のすることだから容認する」という人もいます。子供は子供で、「大人だってウイスキーと水を頼んでいるのに、なぜ、ジュースと炭酸水を頼むのは、ダメなの?」と思うかもしれません。

「叱ること」が難しいのは、それぞれの価値観や考え方によって、「叱り時」のポイントが少しずつ異なるからかもしれません。自分にとって正しいと思う叱り時が、必ずしも、他の人の叱り時とは同じではないこともあります。だから、「他人のお子さん」「関わりのないお子さん」を叱るのは、難しいものであり、やはり、価値観を共有する親御さんに叱ってほしいと思います。

たとえば、楽院の生徒は親御さんが「楽院で学ばせたい」という願いを持って、お預かりした子供なので、私も「楽院の生徒としての理想」の姿を教てそれを共有することができます。ですが、生徒でないお子さんに、私たちの理想を押し付けるつもりはないのです。

それでも、私があえて、無関係のお子さんを叱るとしたら、それは「どんな価値観の下でも、誰が見ても、「絶対に許されない行為」と感じる時です。例えば、身体の大きい子が小さい子をいじめていたり、集団で一人に危害を加えていたり、公共物を破壊していたり、危険な遊びをしていたら、逆恨みされても、理由やいいわけは聞かずに叱るでしょう。

それでも、尚、私は親御さんに子供を叱っていただきたいのです。なぜなら、幼い子供にとって、やはり、一番、大事に思う相手は親御さんであり、愛情がある相手だからです。
by k-onkan | 2015-11-23 23:40 | しつけ | Comments(0)

原因は大人にあるかも!?

三連休の中日は、三重県の教室に指導にうかがいました。0歳児ベビークラスと1歳児ベビークラス、音楽祭で独唱候補の小学生、そして、シニアクラスを行ってきました。3か月ぶりのベビークラスでは、それぞれのお子さんが成長していました。
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中でも、これまでお母さんの後ろに隠れていた1歳9か月のKくんが、大きく成長していてうれしくなりました。何より感激したのは、音感かるたの「しかさんが目から涙を流して泣いているのは、しかられたのシだったね」という説明を言葉として理解できるようになっていたことでした。

「説明なのだから、言葉を理解するのは当然」と思われるかもしれませんが、通常、0~1歳のお子さんは音感かるたの説明を聞くと、その言葉の抑揚を音楽のメロディーように楽しんでいるのであって、一つひとつの単語の意味を理解しているわけではないことが多いのです。

ですが、Kくんは、何も言わずに、かるたの絵柄だけ見せて、「取ってきて」というより、「泣いているシカさんを、取ってきて」と言って音感かるたを見せた時の方が、確実に記憶しています。「泣いているシカさん」という言葉を覚えているため、私が持つ音感かるたを見なくても、その図柄を記憶し続けられているようなのです。Kくんにとって、早期に言葉が理解できることは、これからの強みになるはずです。なぜなら、言葉の受け止めがいいことによって、本が好きな子に育つ確率が高くなるからです。

Kくんのお母さんは小学校の先生です。普段から本を読んだり、語りかけも多くしていらっしゃるのでしょう。また、前回のレッスンで「ルールは明確に短い言葉で」「語尾にアクセントおくと、言葉尻に印象が残って全体を覚えられないので、お母さんが話し方に気を付けましょう」などのお願いも気を付けて生活してくださっていました。

ですが、今回、新たに気になった課題もありました。それは、一般に幼稚園や学校の先生は「教育をすること」を重視する傾向があるため、幼い子どもにとって大切な「遊びから学ぶこと」「自分で失敗する経験」「できるようになるまでの過程を楽しむこと」などを一足飛びに済ませようとしてしまうことにあります。

教育の最終目的は自立であるため、大人は子供につい「正解」を求めたくなりますが、子どもは「間違えたら、何が起きるか」を探求するために、わざと間違えたりして実験することもあります。特に、0~2歳は日々の生活の中で楽しみながら学ぶことが大事です。自分で失敗してみたり、間違えたりしながら、自分の身体を通して色いろと気づくことこそが課題であり、学習なのです。私たち大人も赤ちゃんよりもっと賢くなって、赤ちゃんが何を考えて行動しているかを観察する必要があるのです。

今回、いろいろな課題に取り組む際、何度かKくんが机から物を落とす場面がありました。お母さんは無意識に拾って机の上にのせていましたが、私なら、「落としたら、自分で拾って」と言うでしょう。

落とした時に、拾うのが自分であるなら、次から落とさないように気を付けると思いますが、何も言わずにすぐに誰かが拾ってくれなら、全然、不便ではないでしょう。もしかすると、「どうして落としてもすぐに戻ってくるのか?」が気になって、わざと落としているかもしれません。

お母さんに、それを指摘すると、「普段から食卓から物を落とすことで、悩んでいました」と言われ、「私が、落とす原因を作っていたのですね」とハッとされたのです。幼いお子さんが悪い行いをしても、たいていは、そこに悪意があるわけではありません。ただ大人の対応から、誤った学習をして、その行為を継続することをKくんは教えてくれたのでした。
by k-onkan | 2015-11-22 23:54 | 子育て | Comments(0)

原因は大人にあるかも!?

三連休の中日は、三重県の教室に指導にうかがいました。0歳児ベビークラスと1歳児ベビークラス、音楽祭で独唱候補の小学生、そして、シニアクラスを行ってきました。3か月ぶりのベビークラスでは、それぞれのお子さんが成長していました。
e0143522_21102179.jpg
中でも、これまでお母さんの後ろに隠れていた1歳9か月のKくんが、大きく成長していてうれしくなりました。何より感激したのは、音感かるたの「しかさんが目から涙を流して泣いているのは、しかられたのシだったね」という説明を言葉として理解できるようになっていたことでした。

「説明なのだから、言葉を理解するのは当然」と思われるかもしれませんが、通常、0~1歳のお子さんは音感かるたの説明を聞くと、その言葉の抑揚を音楽のメロディーように楽しんでいるのであって、一つひとつの単語の意味を理解しているわけではないことが多いのです。

ですが、Kくんは、何も言わずに、かるたの絵柄だけ見せて、「取ってきて」というより、「泣いているシカさんを、取ってきて」と言って音感かるたを見せた時の方が、確実に記憶しています。「泣いているシカさん」という言葉を覚えているため、私が持つ音感かるたを見なくても、その図柄を記憶し続けられているようなのです。Kくんにとって、早期に言葉が理解できることは、これからの強みになるはずです。なぜなら、言葉の受け止めがいいことによって、本が好きな子に育つ確率が高くなるからです。

Kくんのお母さんは小学校の先生です。普段から本を読んだり、語りかけも多くしていらっしゃるのでしょう。また、前回のレッスンで「ルールは明確に短い言葉で」「語尾にアクセントおくと、言葉尻に印象が残って全体を覚えられないので、お母さんが話し方に気を付けましょう」などのお願いも気を付けて生活してくださっていました。

ですが、今回、新たに気になった課題もありました。それは、一般に幼稚園や学校の先生は「教育をすること」を重視する傾向があるため、幼い子どもにとって大切な「遊びから学ぶこと」「自分で失敗する経験」「できるようになるまでの過程を楽しむこと」などを一足飛びに済ませようとしてしまうことにあります。

教育の最終目的は自立であるため、大人は子供につい「正解」を求めたくなりますが、子どもは「間違えたら、何が起きるか」を探求するために、わざと間違えたりして実験することもあります。特に、0~2歳は日々の生活の中で楽しみながら学ぶことが大事です。自分で失敗してみたり、間違えたりしながら、自分の身体を通して色いろと気づくことこそが課題であり、学習なのです。私たち大人も赤ちゃんよりもっと賢くなって、赤ちゃんが何を考えて行動しているかを観察する必要があるのです。

今回、いろいろな課題に取り組む際、何度かKくんが机から物を落とす場面がありました。お母さんは無意識に拾って机の上にのせていましたが、私なら、「落としたら、自分で拾って」と言うでしょう。

落とした時に、拾うのが自分であるなら、次から落とさないように気を付けると思いますが、何も言わずにすぐに誰かが拾ってくれなら、全然、不便ではないでしょう。もしかすると、「どうして落としてもすぐに戻ってくるのか?」が気になって、わざと落としているかもしれません。

お母さんに、それを指摘すると、「普段から食卓から物を落とすことで、悩んでいました」と言われ、「私が、落とす原因を作っていたのですね」とハッとされたのです。幼いお子さんが悪い行いをしても、たいていは、そこに悪意があるわけではありません。ただ大人の対応から、誤った学習をして、その行為を継続することをKくんは教えてくれたのでした。
by k-onkan | 2015-11-22 23:54 | 子育て | Comments(0)