麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2015年 12月 ( 31 )   > この月の画像一覧

絶対音感の教室はニセモノ!?

今年最後のブログは、若くしてお母さんになった卒業生が面白い題材を与えてくれました。それは、とある場所には有名な靴屋さんがいて「子供の足を見れば、その子がどんな子かがわかる」といわれる方で若いママに人気だそうです。その人が「絶対音感は生まれつきの能力だから、絶対音感をつけるなどという教室はニセモノ」と発言したことから、それは若いママ友の中で流行しつつあるのだという話でした。
e0143522_1144426.jpg
「絶対音感が生まれつき」という言葉は、ある意味では正しいかもしれません。なぜなら、幼児の耳は胎児4か月から発達しており、胎教のためにたくさん音楽を聴いたお母さんの子や、妊娠中も演奏活動をしていた音楽家の子どもなら、特別に耳がいいこともあり得るだろうと思うからです。反対に、ただ静かに寝かせて、聴覚に何の刺激も与えられなかった子供の中には耳の感覚があまり鋭敏ではない子もいると感じます。ですが、医学的には、耳が大人と同じように出来上がる7歳までに聴覚を鍛えることで、絶対音感を身に付けることは可能です。

これまで、大勢のお子さんに音感教育をしてきた経験から、生まれつき耳の良し悪しはあると感じます。ですが、生まれつき鋭敏でないから、鍛えなくてよいというものではないと感じるのです。訓練によって耳を鍛えることで、鍛えない子どもに比べて、聴覚は確実に鍛えられるからです。そして、耳はとても大事な昨日です。目をつぶると、耳がどれほど、重要な役割を担っているか感じられるはずです。まわりの雰囲気を察知することや運動面も、司っているのが耳なのです。耳が悪いのは生まれつきと放っておくことで、言語面でも、差しさわりがあるでしょう。

私は、大人になってから英語の勉強をした割には、日本人が苦手とされる発音で苦労せずに済みました。これは、幼児期、児童期を通して、絶対音感をつけるための訓練を受けていたことが理由であり、他の人が苦手とする外国語の発音の習得が容易だったのです。最近、知ったのですが、英語と日本語では周波数が違うといいます。そのため、日本人にとって英語の周波数は聴こえづらいからこそ、発音が難しいのだといいます。しかし、私は他の人に聴こえない音があることにも気づかず、自分が聴こえる通りに真似して言語を覚えることができました。これは、音楽を学ぶための聴覚訓練、つまり、絶対音感を身に着けさせられていたからだと思います。

最近、「絶対音感がニセモノ」と言われるかと思えば、ゲームソフトで「絶対音感を付けるゲーム」がネット上で多く出回っていたりもします。それだけ「絶対音感」に興味や関心を持つ人が多いということなのかもしれません。年の瀬にいただいたブログのネタは「来年も、木下式を世の中に知っていただくために、くじけずに頑張ろう」と思うものだったのでした。
by k-onkan | 2015-12-31 23:09 | 自分のこと | Comments(0)

聴こえない子、話せない子が増えている!

今年のうちに書いておきたいことに、「聴覚と言葉」についてがあります。10日前に学んだトマティスメソッドについて、冬休みに入ってからいろいろと調べたことから、聴覚訓練として木下式が持つ役割のようなものに気づいたからです。

e0143522_23394177.jpgトマティスメソッドのトレーニング機器は特別に設計されたものです。低周波音が多めのチャネルと高周波音が多めのチャネルの間を突然切り替え続けることで、 対照的な2通りの音を知覚させ、中耳の筋肉が収縮と弛緩を繰り返すようになっています。低周波音を知覚するには耳は特別な努力を必要としませんが、高周波音の場合は必要です。このことが耳にとっては体操になるのです。体操を繰り返し、だんだんと耳の働きがよくなると、音という感覚情報が適切に脳に伝わるようになります。(日本トマティスのホームページより)

日本トマティスのホームページには、実際に加工された音楽でその効果を体感するページがあります。その音楽は、イコライザーを使って、低音を落として高音を上げて作っているようです。モーツァルトのバイオリン協奏曲を聴いていると、突然、高周波を増やした音に切り替われるのです。その音は不自然で、私にはとても不快なものがあります。しかし、この突然の切り替わりが筋肉の運動になるようです。

実は、電子音で作ると不愉快な感覚を持ちますが、同じようなことをピアノという楽器でもできるのです。それは、同じ曲の中で高音域の鍵盤の音を増やすと同じ曲でも、高く聞こえたりするのです。つまり、トマティスメソッドで行われる訓練は、音楽を専門に勉強した人たちは、少なからず、訓練されてきたことでもあるのです。

こう書くと音楽を専門に勉強しない人には、「聴覚訓練は必要もない」と思われるかもしれません。しかし、最近、乳幼児の言葉の習得や発達が、ぐんと遅くなっていると感じています。医学的には耳に問題がないのに、中々、言葉を話すようにならない子がとても多くなりました。

トマティスメソッドでは、「人間の声には耳で聞いたものしか含まれない」というフランス人耳鼻咽喉科医アルフレッド・トマティスが唱えた学説がありますが、これは、音声心理学者Raoul Hussonによってソルボンヌ大学心理学実験室で確認され、1957年3月にフランス科学アカデミーで「トマティス効果」として、同年6月にパリ国立医学アカデミーで「聴覚を起源とする発声の変化と生理学的臨床的適用例」として報告されているそうです。

もし、現代に生きる子供たちが言葉の習得が遅くなっているとしたら、聴いている言葉の量が減っているのではないか、また、話しかける大人の声が低くなっていることにも、原因があるのではないか、と感じるのです。

乳幼児は、お母さんが高い声で自分を可愛がる声―マザリーズーーに反応するといわれています。そして、トマティスメソッドで言われるように、高い声を聴くことで耳が鍛えられるとしたら、高い声で話す大人が、まわりにいない子どもの聴覚は十分に鍛えられないまま、成長してしまうのかもしれません。

木下式で、はじめて、幼児に発声を教える時は、必ず、模範となる声を聴かせて、真似をさせます。最初は低い音域しか真似できなくても、少しずつ、高い声が出るようになるのです。しかし、この仕事を27年していて思うのは、子供たちの声が年々、低くなっていることです。

それに伴って、聴覚も昔に比べると、鋭敏ではなくなっているのかもしれません。現代社会には、常に電子音をはじめ、雑多な音があります。その中から、意味のある音を選んで、言葉として学ぶのは、幼児にとって、とても難しいことなのかもしれません。だから、健常児、健聴児であっても、言葉の習得が、昔の子供より、遅くなっているのかもしれません。

子どもが言語を習得するためには、10000時間、その言語を聴く必要があります。もし、ご自分の子供の言葉が遅いと思うなら、意味のある言葉を、子供が「言葉だ」と認識できるように、大人が意識して、高めの声で話しかけてあげる必要があると思います。

30年前に子育てをした、お祖母さん、お祖父さん、世代は、現代の子が言葉の習得が遅いことを、密かに心配しています。ですが、「発達が遅い」などというと、煙たがられて、孫を可愛がらせてもらえないこともあります。ですから、本当のことをいうのは、ある意味、かなり相手のことを思っているともいえます。そして、もし、「発達が遅い」「言葉が遅い」と言われたら「他の子も話せない子がいる」とか「いちいち、昔と比べないで」と反発するより、「なぜ、昔と違うのか」「自分が育った時代と何が違うか」を考えることも大事かもしれません。

現代に育つ子供は、運動をする機会、手指を使う機会も減っていますが、自分の耳や声を使う機会も、圧倒的に減っています。それが、将来、どういうマイナスになるかはわかりませんが、気になることがある人は、ぜひ、改善するために、できることをした方がいいと思うのです。わが子が将来、最低限、親御さんができることはできるようにするために。
by k-onkan | 2015-12-30 23:37 | のぞみクラス | Comments(0)

しつけは、絶対に家庭で!

レゴランドの後は、卒業生のCちゃんのお宅に短い時間でしたが、赤ちゃんの顔を見によりました。数年前まで、C」ちゃんにはよく楽院のお手伝いをお願いしていたため、幼い甥たちもよく可愛がってもらいました。結婚して会う機会が減ってからも、アレルギーがある甥たちでも食べられるようにと、いろいろなものを贈ってくださるのです。一度、甥にもCちゃんの赤ちゃんに会わせたいと思っていたのです。

e0143522_20461391.jpgKがまわりの大人から「怪獣」と呼ばれていた赤ちゃん時代、Cちゃんがベビーシッターをしてくださったことがあるのです。その頃は、本当に自由気ままだったKは、Cちゃんにも結構迷惑をかけていました。それなのに、当時とはまったく違うおとなしいモジモジくんに育ったKに、Cちゃんは「Yとそっくり。こんなにおとなしい人になっちゃって」と驚いたようです。K自身は、赤ちゃんのYくんが、あまりに自由奔放に自己主張できることに、驚き、「怪獣って呼ばれていたね」と帰りの電車でポツリと口にしていました。

電車の中で「Kちゃんも小さい頃は、Yくんみたいに大きな声を出して、なんでも自分の思い通りにしようとして、よくお母さんに叱られて、みんなからは怪獣って呼ばれていたのよ。でも、ダメなことはダメって教わったから、今はお兄さんになってきたんだね」と説明しました。

子どもというものは、自分がわがままだった頃の記憶はないようです。そして、躾を受けた子供ほど、「大人の言うことをきけない子ども」の存在にとても驚いたりするようです。きっと、自分は改心させられたのに、「この子はいつ、注意されるのだろう?」とか「いつまでも、自由にさせてもらって、ずるい」と思うのかもしれません。

どんなお子さんにも、共通するのですが、話を聞いたり、善悪について自分で理解できるようになった子供は、必ず、周りに親身に教えたり、注意したり、躾をした大人の存在がいます。反対に、大人の存在があっても、「ありのまま」を放置させられたら、何歳になっても、わがままなまま、体だけ成長してしまいます。

楽院で「しつけ」を大事にするのは、しつけをしないままでは、どんな能力、どんな才能があっても、開花するKとがないと、経験から知っているからです。拙著にも書きましたが、「自分がやりたい気分の時」しか、勉強できない子は、どんなに地頭がよくても、努力ができないものです。そして、しつけを受けた頭のいい子には敵わないこともあるのです。だから、「やるときはやる」「ダメなことはダメ」「我慢する」「自分の思いばかり通さない」などは、家庭の中で躾として教えるのが好ましいと感じます。

私が出会うお子さんの中には、地頭が良いのに、親御さんから躾や教育を受けていないため、賢く見えないお子さんもいます。もちろん、幼稚園やおけいこ事には通っているのですが、親御さんからの教えが見えないのです。親御さんからの教えがある子とない子では、知性のある人間と野生人ほどの差があります。やはり、せっかく人間として生まれてきたからには、野生人ではなく、人間に育ててやってほしい。だから、親御さんは、ただ、ありのままのわが子を受け入れるのではなく、「ダメななことはダメ」「我慢するときは我慢する」「自分だけで生きているのではない」くらいは、家庭でわが子に伝えてほしいと思うのです。
by k-onkan | 2015-12-29 23:44 | しつけ | Comments(0)

兄弟はそっくり

長い休みには恒例の甥との時間を作りました。今年は、年長の弟甥Kが一人で、我が家にお泊りにきました。これまで、兄のおまけのように、一緒に行動してきたKは、兄甥が年長だった時に比べると幼なく、理解していないことも多くあり、少し気になっていました。そこで、「冬休みは一人でお泊りにきたら」と誘ったのですが「ニィニが一緒でないとお泊りは無理」と断られました。「無理」と言われると、是が非でもさせたくなるのが、我が家の愛情です。来年になれば、小学生と中学生になる兄弟は、これまでのように、一緒に行動できることも減っていきます。Kが一人でも自分で考えて行動できるようにしておきたいと思ったのです。

e0143522_2093159.jpgお泊り初日は、レゴランドへ連れていきました。約束通り一人でお泊りに来たので、最初にご褒美のお出かけをしたのです。但し、我が家の移動に自家用車はないので、電車を何度も乗り継いでお台場まで行かなければなりません。

電車に乗るたびに、「今は高田馬場駅。日本橋まで行くからね」と説明したうえで、いくつ乗るのか数えさせ、「降りる駅になったら、教えてね。教えてくれないと、忘れちゃうから」と伝えます。大人が一緒だからと、何も考えさせないと、体験は記憶に残らないからです。

また、電車の中では兄甥が1年生になった当時の学校での出来事などの昔話をたくさん聴かせました。兄甥は、私たちからいろいろな話を聞いて育ってきましたが、弟にはじっくり話を聞かせることが少なかったように感じるのです。Kがどのように理解したかはわかりませんが、神妙に聞いていました。

駅の数を確認するKは、ちゃんと、「次、降りるよ」と私に声をかけます。いつもなら、長く電車に乗るとすぐに寝て兄に背負われる甘えん坊ですが、私と一緒なので、緊張して大人びた顔をしています。日本橋から銀座線に乗り換えて、次は新橋を目指します。路線地図で確認して新橋駅で「ゆりかもめ」に乗り換えです。

私は「初めての電車だから場所がわからない。だから、Kちゃんがゆりかもめという字を見つけて乗り場を探して」と課題を出しました。すると、一生懸命、「ゆりかもめ」の標識を見つけて、私に行き先を教えようとする姿がありました。そして、ついに、「ゆりかもめの駅」を見つけた時のKの誇らしそうな顔!子供にとって大人に教えられることがあるのは自信につながるようです。

お台場海浜公園の駅で私が地図を確認していると、小さい声で「あの人たちに途中までついていけばいいよ」と兄妹を連れたお母さんのことを目で知らせてきました。「どうして?」と聞くと「電車の中で僕たちと一緒の場所に行く話をしていた」というのです。普段、大人の話を聴いていないと、言われることが多いKが珍しいことを言います。「すごいね。探偵みたいね」というと、「Kちゃんはちゃんと人の話は聴いているんだよ」といいます。動物的な勘と生きる知恵のようなものは、甥が年長の時より、鋭いようです。

「レゴランドへ遊びに連れていく」といっても、私と出かけると、問題を出されたり、考えさせられることが多いため、甥たちには敬遠されますが、こうした時間に、私は甥たちの長所や短所、課題を見つけようと思っています。これも職業柄なのでしょう。

兄甥Yが年長だった時に比べ、状況を観察したり、生きる知恵は長けている弟甥ですが、漢字や文字に対する力、自分から考えようとする気持ちは少し足りていないように感じます。これまで、何事も兄を頼れば問題が解決して、自分で考える必要がなかったからかもしれません。

ですが、やっぱり兄弟でそっくりと思ったことがあります。それは、レゴランドの中にある子供が自由に遊べるスペースでのことでした。いろいろな遊具に挑戦したい気持ちはあるのですが、まず、まわりのお子さんの様子を観察し、決して、我を出さず順番が来るまで静かに待っているのです。その姿が兄甥Yの幼い姿にそっくりでした。我が家ではわがままで自己主張が強い次男も外へいくと本当に遠慮がちなモジモジした人だったのでした。
by k-onkan | 2015-12-28 23:07 | 幼児 | Comments(0)

若者よ!大志を抱け!!

我が家の年末の恒例行事に、卒業生を招くパーティーがあります。今年は、21歳から29歳までの卒業生7名が我が家に顔を見せに来てくれました。男性陣はシステムエンジニアの29歳、医療ロボットを研究する大学院生、外資系のコンサルティングの就職が決まった大学4年生、世の中のためになることをしたいと熱い思いを語る大学3年生。女性陣は、娘のような存在でいつも、合宿を手伝ってくれる26歳、丸の内でOLをする25歳、バークリー音楽大学に通う21歳――。幅広い年齢層の若者が集まりました。

e0143522_0315452.jpgそれぞれ、子供の頃にはいろいろなお世話をした思い出があります。大人になってどんな立派になっていても、在籍中は一度は我が家にお泊りに来たり、メソメソ泣く子の練習に付き合ったり、どの子にも何かしら恥ずかしい思い出があるでしょう。その子たちが頼り甲斐のある大人に成長して、私の知らない世界の風をたくさん持ってきてくれることはとてもうれしいものがあります。

集まった卒業生の中に、将来を密かに楽しみにしているのが大学3年生のHくんがいます。今時の若い男の子はみな草食系と言われ、あまり冒険を好んだり、困難に挑戦したりしない雰囲気がありますが、、この子は大きなことを口にする分、何かをなし遂げる時には、すごく大きな成果を出すかもしれないと、期待させる子です。

その一方で、子供の頃の様子を知っているため、失敗する時には痛手も大きそうで心配もつきないのが、親心も感じるのです。なにしろ、いまどき、自分が片思いをする女の子が、いかに素敵な女性か、どんなところが尊敬できるのかを何時間で熱く語り続けられるのは、もしかしたら、素晴らしい才能かもしれません。

私は拙著にも書きましたが、木下式を受けた子供に、音楽家になってほしいとか、世の中を変えてほしいとか、大それたことを願っているわけではありません。それぞれが持って生まれた役割のようなもの果たして、社会の一員として、自分が幸せだと思える人生を送り、健康であればそれが一番、うれしいことだと思っています。

もちろん、他人様に迷惑をかけることや、社会のルールに反することは困るので、同じ同性の目線として、あまりに「好き、好き」と言われ過ぎると疎ましく思う可能性があることも伝えています。これは、小さい頃から、お世辞やきれいごとではなく本音で付き合ってきた間柄だからこその本気の言葉でもあります。嫌なことを言っても定期的に顔を見るのは、幼い頃からの付き合いが決して、表面的なものではなかったからかもしれません。
by k-onkan | 2015-12-27 22:30 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

クリスマスを幸せに感じるコツ

クリスマスにいろいろなことをしたのに、3歳の娘はちっとも喜んでくれなかったというお母さんのお悩みを聞きました。クリスマスコンサート、クリスマスプレゼント、食事会ーー。「子供のため」と思って色々な計画をしたそうです。しかし、3歳のわが子はまったく、喜んでいるように見えず、お母さんはがっかりされていました。

e0143522_19391163.jpg未就園児の子にとって、クリスマスというイベントの意味はそこまで深いものとして、理解されていないように感じます。3歳児はイベントを理由にいろいろな場所に出歩くより、家でお母さんとおもちゃで遊んだり、一緒に何かをした方が幸せに感じる年ごろです。

また、子供が「クリスマスは幸せで楽しかったなぁ」と思いだすのは、大人になってイベントを祝ってくれる大人がいなくなったり、特別なことがなくなって、はじめて「あの頃は幸せだった」と思うものかもしれません。

さらにいうと、一方的にたくさんのものを与えられ過ぎても、子供はそれを当たり前に思うだけで、何が幸せかわからなくなってしまうかもしれません。クリスマスコンサート、食事、プレゼント、いろいろなものを得るための努力をするのは、まわりの大人ばかりで、子供本人が、クリスマスを迎えるための心の高まりを体験していないのも「幸せ」を感じられない理由かもしれません。子供だからといって、「クリスマスが来るのが当たり前」と思ってしまうと、「クリスマスを楽しみにする」気持ちは薄れるように思います。

最近、私のクリスマスは、妹一家のホームパーティーにお呼ばれするのが恒例となりました。妹が作ったクリスマスの食事とケーキ、そして、クリスマスツリーの下には家からのプレゼントを並んでいます。

甥たちにとって、クリスマスは、一年で最も楽しみな行事です。ただし、子供だからといって、「毎年、あるのが当たり前」の行事ではありません。甥たちにとって、クリスマスは、一年を通して色々と、勉強やおけいこ事、日常のことを頑張ってきた延長線上にあるものです。

例えば、幼稚園のクリスマス会の練習で「声が小さい」と言われたら、「このままだと、クリスマスはこないかもしれない」とお母さんから、ダメだしが出ます。甥たちも、「子供だからといって無条件でクリスマスが来る」とは思っていないでしょう。特に、妹が怒るようなことをして、「今年は、クリスマスはなし」と言われたら「絶対にしない」でしょう。我が家は有言実行。脅しはありません。

そして、忘れがちですが、子供を頑張らせるためには、両親も仕事の合間を見つけて、一懸命、子供たちを喜ばせるために、クリスマスの準備をしています。たとえば、お母さんは土日の出勤でありながら、夜中や早朝に、クリスマスの下準備をしていたり、お父さんはたまの休みでありながら、子供たちと部屋の掃除をして、クリスマスの飾りつけをしたり、買い出しをします。喜びの前には、努力があるのです。

毎年、クリスマスプレゼントに囲まれて幸せそうな甥たちの顔を見るたびに、人は幸せを感じるためには、幸せであることを当たり前と思わないこと。そして、自分で努力することで手にすることこそが、幸せをもっと、色濃く感じるスパイスなのかもしれません。
by k-onkan | 2015-12-26 23:37 | 親業 | Comments(0)

時代が変わっても・・・・・・

「ジェネレーションが違う子供いろいろなことを押し付けたくない」というお母さんに出会いました。20代の若いお母さんではなく、私に近い年齢のお母さんからの言葉だったのため、いろいろなことに気づかされました。

e0143522_15314398.jpg私と同世代の方の中には、親の世代の言うことを素直に受け入れた人もいれば、反発して正反対のことを好んだ人もいます。それが子供の躾にも反映されているのかもしれません。親がした通りには決してしたくないので、正反対なことを試みているつもりでも、結果的には親と同じようなことをしてしまっているのかもしれません。

そのお母さんも、「親のいうことが通用するとは限らないので、子供に自由を与えて、親はその後ろからついて歩きたい」。つまり、親が口を出さずに、子供に考えさせて、体験から学ばせたい。だから、うるさくいろいろと言いたくないということなのかもしれません。

私も、友人世代のそのお母さんの言い分も理解できるのですが、幼児との付き合いに関していうなら、私が子どもに自由を与えて、自分で考えさせて体験から学ばせるとしたら一瞬たりとも、目をそらさず、幼児が物にぶつかったり、道路に飛び足したりしないように、神経を研ぎ澄ませて、後ろを歩くと思います。

けれど、現代社会で、「子どもを自由をさせたい」というお母さんは、子供に自由に与えながら、自分もまったく別のことをしていて、子供の行動から、目が離れてしまっていることが多いように感じます。そして、万一、子供に何かあっても、それは子供自身の責任で、親の責任だとは考えないのかもしれません。

ですが、昔なら、一緒にいる幼児が、怪我や火傷、事故にあうのは、一緒にいる大人の責任でした。なぜなら、幼い子供は自分で自分のことを気を付けられないからです。だからこそ、昔の大人は、支配的なほど、子供の動向に目を配り、注意して、口うるさくなったのだろうと思います。

今のお母さんが、そこまで子供を支配したくないということであれば、親がいなくても、絶対に危険がないように、一緒にいる間に手をかけ、目配りして説明しておかなければと思います。それでも、未就園児の内は、やはり、大人が責任をもって、子供に怪我をさせたり、事故に合わせないようにしなければと思います。子供の意思を尊重することで、大けがをしたり、命に危険があったら元も子もありません。どんなに時代が変わっても、人間が生きるために必要な知恵や生活習慣、自分の命を守るための心得は、変わらないと思うのです。
by k-onkan | 2015-12-25 23:29 | 子育て | Comments(0)

先生が頑張るから子供も・・・

3日間にわたる木下式音感教育法・三期講習会を開催しています。来年2月11日に行う第38回東京合同音楽祭のための歌唱指導をはじめ、若い先生を育てるための指導法の講義や検定試験などを行います。

e0143522_1929773.jpg今回、受講する幼稚園、保育園の先生方に、何度となくお話ししたことに「型があるものは、それを維持するために努力が必要」ということがあります。たとえば、木下式を実践する幼稚園、保育園の先生は、どんなに緊張する場面でも、幼児たちの前に立ったら、正しい音感かるたの説明をして、正しい声で模範唱をして、ピアノの伴奏をしなければなりません。これも一つの型です。

ですが、幼稚園、保育園の先生は音楽の専門家ではありません。その方たちが子供に対してきちんとした型を教えるためには、努力が必要です。そのため、木下式は、年3回講習会あり、その中には検定試験の制度があるのです。

この試験は講習会を6回受講したからといって、受ければ誰にでも免状を出すものではありません。実技試験で、好ましくない課題があると、それは追試となり、勉強をしていただくことになります。そして、全ての課題に問題がなくなってから、免状をお渡しするので、「木下式は厳しい」と言われています。けれど、たとえば、子供の前で、「あ、ごめんね。先生が間違っちゃった」と言ってヘラヘラと笑う先生に指導されたとしたら、幼児たちも決して本気にはなれませんし、全力を出して頑張ることなどはできません。

幼児にとって指導を受ける先生がベテランか新任かは関係なく、どの先生のことも尊敬できる状態にあってほしいのです。そのため、木下式の講習会は実践に重点をおいているのです。実践園に務めたら、先生も勉強して、子供の手本となる話し方や、発声ができなければなりません。だから、40年近く、講習会を続けてきたのです。

さて、今回の検定試験でも、若い先生たちは、いろいろなことを教えてくださいました。それは、講義で実践方法やコツを教えられた時の反応です。先生の中には「やりなさい」と言われてただ真似をする人もいれば、言われたことの意味を自分なりに感じて、それを自分らしく表現する人もいます。残念ながら、表面的になぞると、幼児はそれを見透かして効果的な指導にはならないのです。

幼児にはすごい能力が隠されています。ですが、その能力を引き出せるかどうかは、一緒にいる大人にかかっています。できないことがあるのは、決して、幼児自身の責任ではありません。講習会では、そんなことをお伝えしながら、実践方法を教えさせていただいているのです。
by k-onkan | 2015-12-24 23:25 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

ワンコにも都合はある・・・

卒業生Cちゃんの家を訪問して面白かったのは、愛息Yくんだけではありませんでした。このお宅には、赤ちゃんが生まれる数年前にやってきたルパンというきれいな小型犬がいます。動物は、遠くから見ても、スキンシップするのが得意ではない私には、通常、犬も猫も決して近づいてきません。ところが、ルパンが一生懸命、私に愛想を振りまいてきます。「どうしてだろう?」と最初は不思議に思ったのですが、Yくんに「ダメ」と叱った後は更に、信愛の情を示してきた様子を見ると、犬にも感情があって、赤ちゃんが生まれてから、いろいろと我慢を強いられ、嫉妬などの感情もあったのかもしれません。

e0143522_91633.jpgYくんは小さい時から、犬がいる生活をしているため、犬をまったく怖がらずに、触ろうとします。そのため、よその大きな犬に出会っても、ちっとも怖がらずに近寄って、尻尾をひっぱったりもするようです。ですが、飼い主が一緒にいても、やはり、相手は動物です。どんなきっかけで、噛みつかれるかもしれません。数年前も、芸能人が飼う大型犬に近所の子どもが噛みつかれて事件になっていましたが、子どもの方にも、動物に対して、敬意を払う必要は感じます。

どんなに、親しく一緒に暮らしている動物でも、「食べ物を食べている時」「わが子を守っている時」の動物は、普段とは違います。犬にも、「不快に感じるタイミング」は存在して、飼い主だからといって、それを侵していいとは私は思わないのです。そこに、無防備な子供が自分の心の赴くままに、相手の口の前に手を出したら「噛んでください」と言っているようなものです。犬を飼うなら、犬のしつけも大事ですが、子どもにも、犬に対する接し方を教えなければと思います。わが子が大けがをしてから、犬の飼い主ともめごとになることを想像すると、子供にも「犬にも触られたらいやな時もあるのだから、勝手に障ってはダメよ」と教えておきたいものです。

「子どもには経験が大事」と言っても、自分の体より大きい犬にかみつかれたら、命の危険もあるかもしれません。親がわが子のためを考えて、教えたり、注意したり、禁止することには、愛があります。その愛に気づかずに、ただ自由にすれば、子供が幸せかというと、そうでもないのです。結局、子育ては、子どもに対する思いやり、そして、子どもがよその人と関わるために、思いやりを持って接することができるために、行うものなのかもしれません。
by k-onkan | 2015-12-23 09:16 | 子育て | Comments(0)

叱る時は一発で仕留める!

卒業生Cちゃんの愛息1歳1ヶ月のYくんは、とても自由にのびのび育っています。お母さんが2歳だった頃を思い出させられる可愛い顔の男の子です。そんな可愛いYくんを私は一度だけ、怖い声で静止しました。それは、「全然、見ない」という悩みのタネの絵カード――ベビークラスで使用しています――をお母さんが出してきた時でした。

e0143522_944142.jpgYくんは、そのカードの一枚をギュッと二つに折り曲げて、「してやったり」の顔をしたのです。私は間髪を入れずに「ダメ!」。その口調はYくんがそれまで経験したことがない強い刺激の声でした。びっくりしたYくんは、「うえーん」と泣きました。私を怖がったのは、Y君以上に、その昔、私によく叱られたお母さんのCちゃんだったことでしょう。

私は、拙著にも書きましたが、1~2歳でも、わが子が悪いことをしたらメリハリのある声で、一喝するだけで、十分に叱られていることを教えることができること書きました。ですが、若いお母さんにはこの「一喝」が難しいようです。

そんな強い言い方をしたら、子どもがショックなのではないか、驚かせたらかわいそうなどと思うのかもしれませんが、何度も何度も同じことを諭して言って聞かせても、子どもが叱られているかどうか理解できずに「ワカランチン扱い」をされたら、返って子どもがかわいそうです。1~2歳の子どもは声のトーンによって判断しているだけで、単語の意味を理解するわけではありません。お母さんがしつこく言い聞かせるほど、お母さんのお小言を遊び気分で聴いてしまいます。

その日、初めて「自分がすることを叱られる」という経験をしたYくんですが、私は強い声の後は、優しい声で「物は折ったり、壊したらダメなのよ」と言い聞かせました。すると、神妙な様子でこちらを観察し、その後は、カードを見せると、遠くから神妙に見るようになりました。カードは勉強の道具で、子どもに自由に折らせたり、壊させたり、していいものではありません。いくら経験から学ぶと言っても、外に出て、子どもがよその人にして困ること――友達のおもちゃを壊すとか、人の物を自由に扱う――は、家の中のルールとして、「ダメ」と教えておく必要があります。それができない内は公共の場に連れていっても、迷惑をかけると分かっているからです。

Cちゃんは、愛息の神妙な反応を見て、「こんなYの姿ははじめて・・・・。とても勉強になった。叱った後は沈黙が大事なのね」と言います。幼児を叱る時に、キツイ言葉など必要ありません。その場の空気を支配して凍らせるだけで、十分、子どもには伝わります。

その後は、ネチネチと言わずに、どうしたら、空気が穏やかになるか、その方法を教えられ場いいのです。「ごめんなさい」「もうしないのよ」などの説明から、きちんと、子どもの記憶に残るはずです。1歳にもなれば、言葉の全ては理解できなくても、まわりで何が起きているか、誰が自分の味方か、誰が怖いかなど、子どもはかなり理解できるものです。「言っても分からない」という赤ちゃん状態は、歩けるようになる頃には終わっていると思った方がいいでしょう。

「勉強になったから、先生、もっと遊びに来て」と冗談を言われましたが、そんなに、頻繁に私が訪問したら、きっとYくんにはドキドキして、迷惑でしょう。突然、遊びに来る怖い人は、親戚までです。他人が自分のテリトリーにやってきて、いきなり叱られたりしたら、子どもは嫌なものです。やはり、お稽古事の先生は、足が重くても自分から会いに行く方がいい関係を保てるものなのだと思います。

ふだん、お互いに歯に衣着せずに言いたいことを言い合う卒業生のCちゃんの子だから、初対面で叱ることができましたが、たいていの母子には、私は気心が知れるまで、決して、叱らずに観察します。「普段、お母さんがどんな風に子どもとつきあっているか」、「何を基準に子育てをしているか」を見極めるためです。たとえば、どんなに子どもが悪い行動をするといっても、他人の私がいきなりは叱ったりはしません。なぜなら、たいてい、子どもの悪い行動の裏には、原因を作る大人がいるからです。

初対面の母子をその日のうちに、叱ったのは、私にとっても、人生、初の出来事で、Yくんにはちょっとかわいそうだったと思いましたが、「何でも、かんでも、許される」と思わせる時期は、なるべく1歳までで終わりにしないと、「これから外に出て、本人が苦労したり、まわりに迷惑をかける」という親心から、叱らせてもらいました。

1歳を過ぎて自分で歩けるようになった子どもであれば、たとえ、故意でなくても物を壊したり、人を叩いたら、私は「ダメ」と教えた方がいいと、私は思っています。なぜなら、家庭で許されることは、外の社会でも似たようなことを子どもはしてしまうからです。その時、必ず、お母さんのような存在が、悪いことをしないように止めたり、外敵から守れるとは限りません。子ども自身は、何が良くて何が悪いかを覚えないと、「迷惑な子」として、まわりの友達や大人から嫌われたり、排除されることもあります。叱ることも、子どもに対する愛情であることは、誰より、Cちゃんが分かってくれていると信じています。<つづく>
by k-onkan | 2015-12-22 23:03 | しつけ | Comments(0)