麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2016年 01月 ( 31 )   > この月の画像一覧

一瞬、兄とそっくりに見えたかも!?

数週間前のことです。年長の甥Kが、地方の幼稚園へ指導にうかがった私に「どうだった?独唱の子は上手?」と聞いてきました。その幼稚園には、とても美声の男の子がいて、独唱のプログラム順について、私たち大人が悩んでいることにKは気づいていたようです。子どもは面と向かって何も言わなくても、自分に関わりのあることは聴いていないようで聴いているものなのでしょう。

e0143522_14231655.jpg「Kちゃんとどっちが上手?」と聞くKに、幼児といえども、嘘やおべんちゃらは通用しません。「歌だけなら、Kが上手だと思う。音程も。音感も……。でも…」「声はその子?」。自分から確信をついてきます。ちゃんと、自分が美声の持ち主でないことを自覚しているのです。

毎年、音楽祭の独唱者は、木下先生が、各園の子どもたちの声を聴いて選び、それぞれの力量にあった曲を与えますが、後半になるほど独唱曲は難易度を増します。今年の音楽祭で、幼児の中で一番、難しい曲を歌うのが甥Kです。お腹の中にいる時から、多くの刺激を受けて、兄甥が音楽の勉強する様子を見聞きしてきた弟は感覚がよくて当たり前です。兄ができることは、何でも簡単に習得できたため、音感、合唱、ピアノは小学生と一緒に勉強しているので、特別なことではありません。当然、一番、難しい曲をトリにしたいところですが、難点があるのです。それは、妹の子どもは二人とも深刻なアレルギーを持ち、決して美声ではないことです。

後からビデオなど機械を通して聴けば、その音程の良さ、リズムの正確さ、歌唱力に、「幼児でもこんな難しい歌が歌えるのだ」と感心できますが、音楽ホールでは「声のいい子」には絶対に敵いません。そんなことからKを幼稚園児のトリにはしませんでした。しかし、根拠のない自信を持つ次男坊は、「それでも一番後ろで大丈夫だと思うけどなぁ…」と言っていたのです。

さて、先日、近県の幼稚園で独唱に選ばれたお子さんが、木下先生の指導を受けに来られました。そのお子さんは大勢の園児の中から選ばれ、その団体のトリをつとめるだけあって、それは美しい声をしていました。また、東京の木下先生の指導を受けに来ているという緊張感から、指先をピシッと伸ばし、態度も顔も真剣そのもので立派です。

その姿を見て驚いたのはKでした。普段、小学生の中で皆に弟のように可愛がられ、甘えているKが、同い年の賢い目をした男の子の存在に「これは負けられない」と見たこともないほど、姿勢を正し、真剣な顔をしました。瞬間芸ではありましたが、その日だけは、兄甥Yとそっくりでした。いつも以上にアレルギー症状が出て声はかすれていましたが、友達に感化されて全力投球で自分の持ち歌に取り組む姿を見ると、子どもには競争をしたり、刺激を受けることは、成長に欠かせないことだと感じたのでした。
by k-onkan | 2016-01-31 23:21 | 幼児 | Comments(0)

お客さんがいるから悪さ!って・・・

音楽祭を二週間後に控え、地方の教室から、木下先生のレッスンを受けるために、お子さんたちが楽院に来られました。地方から来る子どもたちは、「楽院の厳しさ」に緊張するのか、朝から涙をこぼす子もいて、みんなまじめな顔つきをしています。

e0143522_9262585.jpg反して、楽院の子どもたちは、いつもと異なる独特の緊張感に耐えられないのか、「僕たちは先生たちなんか、怖くない」と見せたいのか、なぜか、毎年、地方の教室のお子さんが来ると、ふだん以上の悪さをして私たちを怒らせます。たとえば、真剣に独唱している仲間の横で悪ふざけをしたり、おしゃべりをしていて、友達の歌を聴かないのです。「他人の歌を聴くのも勉強」です。

昔なら、木下先生の雷が落ちたところですが、最近は様子を見て、我慢の限界を超えたあたりで、私が雷を落とします。私がいなければ、瑠音先生、そして、純子先生が、その時々、「これ以上、我慢できない」というところで叱ります。よその保護者は震えあがるようですが、長く楽院に通う生徒には、先生とバトルも「親密度」を表すようなのですが、せめて、お客さんの前くらいは、緊張して、「よそいきの顔」を見せてほしいと思うのです。

そんな騒がしい一日に、何にも惑わされず、飄々と自分のことをするのが、4年生の凸凹っこYくんです。今や合唱団の第一声部で中心的なYくんが練習の合間に「中抜けをしたい」とのご連絡をいただいていました。なんでも、能の教室の発表会があり、その場当たり稽古があったのですが、親御さんの話では、「抜けても必ず、合唱に戻る」ということでした。

ところが、いざお迎えが来て出かける時に弟に耳打ちをしていきました。「なんだ?」と木下先生がいうと、「もし、5時までに帰れなかったら、鞄を持って帰ってきてって」というのです。「えええ?帰ってこられないことがあるの?」と私たちは驚きました。なぜなら、(そんなことは聞いていなかったから)です。もっとびっくりしたのは、弟のKくん。すっかり、昼食の時間は食欲がなくなってしまいました。

凸凹っこは特性として「予定通りに物事が進まないとパニックする」という傾向があるといいます。Yくんも幼い頃はそうでした。ところが、今やいろいろな経験を積み、自分の判断で「戻ってこられなかったら、鞄を持って帰って」と耳打ちする知恵までついてきました。予定以外のことを言われてパニックしたのは、私たちまわりの人間だというオチまでついています。

その様子を見ると、「特性だから」とまわりがすべて受け入れたり、「予定通りに物事が起きるよう過剰に配慮すること」にはやはり疑問を感じるのです。もちろん、最初から、わざと予定を外したり意地悪をすることではありませんが、時々は「自分の思惑通りにはいかない」「何が起きるか分からない」という経験を、子どもの頃から、少しずつできることも、いざという時に、役立つことがあると思うのです。

さて、予定通り、途中で戻ってきたYくんに、名誉団員の先輩たちが「まっていたよ」と喜びの声をあげました。やはり、合唱団の若きホープがいるのといないのとでは手伝いをする先輩の気持ちも違います。ちょうど、時間があったので、Yくんに「この『まっていたよ』の意味は分かる?」と聞いてみました。「中抜けしたから」との答えが返ってきたので、「いなかったから待っていたんではなくて、Yくんがいないと合唱が締まらない。頼りにしているから帰ってくるのを待っていたってことよ」と説明しました。

「待っている」という言葉一つをとっても、そこには色々な意味が隠れていて、健常の私たちであっても、相手がどんな思いや考えを持っているか、理解するのは難しいものです。ですが、「待っている」という言葉通りの意味以外のニュアンスも言葉には隠れていることをYくんをはじめ、子供たちには、いろいろな経験から知ってほしいと思っています。
by k-onkan | 2016-01-30 23:25 | 児童 | Comments(0)

音楽に関係なく聴覚訓練は大事!

本来、赤ちゃんは胎児4か月から耳が聴こえているものだそうです。思えば、妹が妊娠中に、「赤ちゃんがお父さんの声を覚えた」と嬉しそうにしていたことがありました。なんでも、毎日、仕事から帰ると、妹のお腹に向かって「ただいま。今、帰ったよ」と話しかけ続けたそうなのです。最初は、男性の低い声に反応しなかったお腹の子が、父親の声を聴くと動くようになり、「お父さんの声を認識した」と思ったのでしょう。私が面白半分で妹のお腹に話しかけても、一切、動かず、がっかりしたものでした。

e0143522_181436.jpg現代の生活は、メールやスマホで声を出して会話する機会も減っています。最近、赤ちゃんや幼い子に、とても低い声で話すお母さんや、あまり話しかけないお母さんが増えていますが、幼児にとって低い声による語りかけは刺激が充分ではなく、聴覚の発達を促すことにはならないのです。聴覚の臨界期は、6歳から7歳で大人と同じになると言われます。つまり、それまでが発達途上にあり、その間に鍛えることが大事なのです。

昔は赤ちゃんの耳元で鈴を鳴らして、音源を探させる遊びをしたり、明るい色の物を目の前で動かして、目で追わせたりする遊びをしたものでした。これは、耳や目を使いこなす効果があります。

しかし、最近、耳元で鈴を鳴らしても音源を探そうとしない赤ちゃんが出てきました。雑多な音の中で、「こちらが聴いて欲しい音」「こちらが見て欲しいもの」を探して見たり聴いたりが難しいのかもしれません。最近は、働くお母さんも増え、毎日の生活に追われている方も多いかもしれませんが、子どもに話しかけたり、特定の物音に「あれ、なんだろう?」と意識を向けさせることで、健全な目や耳を育てることを忘れないでいただきたいのです。

万が一、わが子が、話しかけても返事をしなかったりしたら、気を付けてあげてほしいのです。長年、幼児を預かっていると、中耳炎になっているのを気付かないまま、片耳が難聴になっていたりする子もよくいます。片耳でも、聞こえにくい間は、同じことを学んでも、同じ量の情報が入っていないこともあります。

幼い頃から聴覚訓練を受けた私は「音感は誰もが持つ能力で他の人も同じように理解できる」と思っていました。しかし、18歳でアメリカに留学した際、人には聴覚の良し悪しがあること、そして、それが言語の習得を左右すると知りました。その時、初めて、適時に聴覚を鍛えられたことの恩恵を感じたものでした。それでも、健康な耳を持ち、日常生活に困らないなら、特別な訓練は必要ないという考えもあるでしょう。

しかし、最近、健康な耳を持っていても聴くという習慣を持たないまま、成長する子どもが増えているような気がするのです。子どもたちは、なんとなくは聞いているのですが、集中して聴いていないので、理解できているか定かではありません。せっかく、健康な耳を持っていても、使う機会がなければ、使えるものも使えなくなってしまいます。

木下式では、幼児の音感能力、歌唱力を高めるために、言語訓練を施します。その際、高い声で話しかけることを鉄則としています。幼児は高い声で話しかけられると、意識が呼び覚ましされ、耳を傾けようとします。幼児に聴こえる声を模倣させることで、人の声や自分の声を聴くという習慣を作り、聴覚訓練をしているのです。これは、音楽や語学を学ばない子どもでも、ふつうの生活をする上で、欠かせないことではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-01-29 18:01 | 幼児 | Comments(0)

音楽の前に身体づくりも!

木下式では、音感かるたや歌唱訓練の際、直立不動で取り組みます。しかし、最近、じっと立っていられない子、立たせるのが気の毒なくらい身体ができていない幼児が増えています。

e0143522_17514131.jpg幼稚園、保育園で音感をはじめ、いろいろな課題に一生懸命、取り組むため、また、小学校にあがって勉強するためには身体づくりが基本なのに、現代の子どもたちは土や砂利、草木の上を歩く機会もなく、移動は自転車の後部座席や自動車―-―。足首や腰を使いこなせないまま、成長しています。そのため、楽院の小学生でも、合唱の時に行儀が悪く見える子が年々、増えて困っています。

木下式のカリキュラムには、「身体的動作と表現」と言って、音楽に合わせて、行進、ジャンプ、ケンパ、スキップなどをして、身体を使う課題もありますが、それも、現代の子どもにはかなり難しいようです。もっと、未就園児のうちに、もっと、身体づくりに気を付けて、育てるべきではないかと感じていました。

先日、2歳の女の子が3歳のお子さんの望クラスに参加した時のことです。じっと立っている3歳児の横で、2歳児はグルグル、フワフワと、動きまわります。その成長の差を目にしたお母さんは平静ではいられなかったようです。しかし、その子を観察すると、2歳は足底が地にしっかりついていないように見えます、叱るよりも安定感のある足首を育てる必要を感じるのですが、お母さんは「好きなことをしている時は、いくらでもじっと立っていられる」と納得がいかないようです。

でも、私たち大人も、自分が好きなこと、楽しいことなら何時間でも、熱中できますが、苦手なことはなかなかやる気になれません。幼児も同じだろうと思うのです。好きなことに集中していれば、身体を動かす間も惜しいですが、たった10秒の「音感かるたの説明」も、興味が持てるようになるまでは、集中できないものです。だから、フワフワ動きたくなってしまうのかもしれません。

望クラスでは、低い10センチの高さの平均台の上を歩いたり、幼児用トランポリンをジャンプしたり、ブレキエーション(木製のうんてい)にぶら下がったりなど、身体を作る課題を多く取り入れています。でも、足首がフワフワする2歳児には、それだけでは足りないように感じます。

そこで、身体の専門家である栗本啓司先生にうかがったところ、「その子が歩きやすい方向でカニ歩きのように横向きで、疲れるまで歩き続けるのがいい」と教えていただきました。「縄や棒の上等、興味が持てるような工夫をしながら歩く」とのことでした。また、足首を育てるためには、金魚体操もいいようです。その際は、大人も心地よく揺れることが大切なようです。これは、小学生になってからでも、ぜひ、行ってほしい課題です。合唱の時に、じっと立っていられないお子さんは、どうみても、身体づくりの課題が不足しているように見えるからです。
by k-onkan | 2016-01-28 23:46 | のぞみクラス | Comments(0)

自分の希望だけは通らない…

音楽祭が2週間後に近づき、楽院でも幼児部の子どもたちが、週3回、合唱練習に励んでいます。今年は、幼児を持つ人なら誰もが知る「あんぱんまんマーチ」を歌います。幼児が見るテレビ番組の主題曲だからと、侮ることはできません。タイトルからは想像できない音楽的な難しさがある曲です。

e0143522_1312530.jpgそのため、当初はメロディーを歌わせるつもりだった幼児たちにも、急遽、第二声部(下のメロディー)を教えることになったのです。歌唱には、口型、音程、言葉の組み立てが必要で、統一性がない歌声が乱れます。幼児たちは、小学生に比べ口の回転が遅い分、音程の捕えが遅くなり、小学生の足を引っ張ってしまいます。

楽院は、他の幼稚園と違って木下式の本部で、直接、木下先生の指導を受ける教室です。そのため、幼児であっても、歌声に乱れがあるのは好ましくないため、当初の予定を変更して、下の声部を担当することになったのです。そして、こうして、異なる旋律を覚えて歌うために音感能力が大切なのです。幼児部の子どもたちも教えれば、すぐに新しいメロディーを覚えるのですが、「歌えるかどうか」と「歌いたいかどうか」は別の話のようです。

年中のMくんは、「あんぱんまんのメロディーの歌うパートが変わった」と言ったとたん、不機嫌になり、しばらく涙ぐんだりしていました。

もしかすると、親御さんも、「せっかく、メロディーを覚えたのに」とご不満に思われるかもしれませんが、実は、下のメロディーを音程を外さずに歌うことも、音感を鍛える上で、大事な課題なのです。また、合唱は、一人で口ずさむ歌と違って、他者と力を合わせて美しいハーモニーを作ることを守る必要があります。そこには、一人ずつの「ぼくは、このパートが歌いたい」という希望は通らず、理不尽でも、指揮者が「君はこのパート」という指示に従うしかありません。

さて、ちょっと練習をすれば、新しいメロディーを覚える子どもたちですが、問題は、小学生が「聴きなれたメロディー」を歌った時に、つられることなく、美しい二部合唱になることです。そのためには、もう少し徹底して教えなければと思っているところです。
by k-onkan | 2016-01-27 23:10 | 音楽 | Comments(0)

頑張って自信をつけて調子にのる・・・・

楽院の生徒は、幼い頃から、音楽の勉強以外に合宿などで共に生活をしているため、幼馴染のように成長しています。そのため、発達障害の特性を持つ子が少しくらい不思議な発言をしても、誰も気にしません。他の子も色々な失敗をして指摘されたり注意を受けたりしていますし、歌や音感の能力では対等だからでしょう。

e0143522_19352618.jpg今や合唱団の重鎮となった凸凹っこYくんは、自分の歌唱力に自信を持ち、本来なら、調子にのって天狗になるところです。しかし、合唱団の重鎮になると、木下先生からより音楽的なことを求められ、時に、「おぉ。素晴らしいな」と褒められることもあれば、「全然、違うぞ」と注意される日もあります。ただ大きな声で好きなように自己主張して歌うだけでは、褒められないことから、Y君自身、説明がつかない理不尽なことを受け入れつつ頑張っています。

Yくんは、小さい頃から、凸凹っこの特性から誤った理解や学習をしないように気を付けて育てた生徒です。そのため、分からないことや困ったことがあると無意識でピアノを弾く私に目で合図をして、説明を求めてきます。余裕がある時や大きな誤解が生じそうな時はYくんだけでなく、他の子にも説明をしていますが、必ずしもYくんの望み通り常に説明できるわけではありません。時に「説明はいいから、とにかく、やれ!」と言われる日もあるのです。

先日もこんなことがありました。それは、大学生の先輩たちが練習に参加した時のことでした。5~6年生の子どもと名誉団員だけで歌うことになったのですが、木下先生が「Yは、入れ」と声をかけました。Yくんは、「自分は四年生なのに、なぜ、入れと言われたか」が気になって仕方がないのか、私に説明を求める目をしています。

Yくんは合唱団の第一声部で中心的に歌っているので、先輩と歌うのは妥当だと思いますが、アンサンブルの練習では、指揮者が「入れ!」と言ったら入り「抜けろ」と言われたら抜けるしかありません。なぜなら、指揮者も、声を聴きながら様子を観察しているからです。けれど、Y君自身、音楽に自信が備わり、「入れ」と言う言葉の裏に「上手だから」と言う言葉を期待しているようにも感じるのです。

最近、私はYくんが「自分は説明を受けて当たり前」と思っているのではと少し心配しています。だからこそ、そろそろ、「君にだけ特別な説明はできない」と伝える時期かもしれません。万が一、分からないことがある時は、「覚えておいて後で聞いてね」と問題を覚えさせておく練習も大事です。

とにかく、子どもというものは、努力を積んで、何かができるようになると自信が芽生え、その後、調子に乗ってしまうものです。万が一、調子に乗り過ぎたら、過信し過ぎないように、注意し、落ち込んだら、また努力するという、その繰り返しで成長していくのだと思います。
by k-onkan | 2016-01-26 19:35 | 発達障害 | Comments(0)

耳は鍛えるほど、発達する!

大学生や成人した卒業生が合唱練習に参加するようになって、小学生の子どもたちは年上のお姉さん、お兄さんの存在がとても嬉しいようです。また、卒業生は卒業生で、レッスンが終わってから私の伴奏で歌う「カラオケの時間」を楽しみにしています。私はといえば正直、「一日、練習したのにまだ歌い足りないの?」と思いますが、「次は、3年生の時、独唱した曲が歌いたい」と「子どもの頃に歌わせてもらえなかった曲が歌いたい」と、昔を思い出して挑戦する卒業生の姿が微笑ましいので、時間の許す限り、おつきあいしています。

e0143522_15341263.jpgこうして、「歌が大好き」とか「音楽を楽しめる」大人に成長した卒業生たちですが、必ずしも、子ども時代に、音感や歌が得意だったわけではありません。中には、幼い頃は、どんなに適切な模範唱を聴かせても、同じ声を真似できない、調子っぱずれの子もいました。

木下式の模範唱(手本)を真似できない際にはいくつかの原因があります。たとえば、気分散漫であったり、行儀が悪かったりすると、「聴くこと」に集中できないことが調子はずれの原因です。そこで、「動かないで集中して音を聴きなさい」と言えば、正しい音程が捕えられるようになっていきます。

しかし、真面目に取り組んでいるのに、音程が外れてしまう子は、他の子に比べて聴覚が未発達であることもあり、「今の声は高い」「今は低い」と言われても、正しい音程との差が分からず、なかなか、同高の声を出せるようにならないのです。他の子が難なくできることに時間がかかると、子どもにとってつらいものですが、耳が未発達の場合は、叱ってもできるようにはならないので根気強く、正しく聴く習慣を持たせるしかないのです。聴く耳が育てば、いつか真似ができるようになっていきます。子ども時代は「音楽は苦手で自分は劣等生」と思っていた子が、大学で「音楽の活動に夢中」になったりします。これは、長い年月を経て、耳を鍛えてきた成果でしょう。

しかし、万一、他の子より苦手意識のあるからと、親御さんが、「この子は生まれつき、耳が悪いから」と何もしなかったら、「耳で聴くこと」も同じ声で歌うこともできないまま、成長してしまいます。最初は、人より劣っていてもいいのだと思います。大事なことは、最終的に、それを乗り越えて自分の自信にかえていくことではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-01-25 23:32 | 音楽 | Comments(0)

聴こえない子、増えている!?

本来、赤ちゃんは胎児4か月から耳が聴こえているものだそうです。思えば、妹が妊娠中に、「赤ちゃんがお父さんの声を覚えた」と嬉しそうにしていたことがありました。なんでも、毎日、仕事から帰ると、妹のお腹に向かって「ただいま。今、帰ったよ」と話しかけ続けたそうなのです。最初は、男性の低い声に反応しなかったお腹の子が、父親の声を聴くと動くようになり、「お父さんの声を認識した」と思ったのでしょう。私が面白半分で妹のお腹に話しかけても、一切、動かず、がっかりしたものでした。

e0143522_14282783.jpg現代の生活は、私が子どもの頃に比べてずいぶん変わりました。大人はメールやスマホで声を出して会話する機会も減っています。最近、赤ちゃんや幼い子に、とても低い声で話すお母さんや、あまり話しかけないお母さんが増えていますが、幼児にとって低い声による語りかけは刺激が充分ではなく、聴覚の発達を促すことにはならないのです。聴覚の臨界期は、6歳から7歳で大人と同じになると言われます。つまり、それまでが発達途上にあり、その間に鍛えることが大事なのです。

私が子どもの頃は、赤ちゃんの耳元で鈴を鳴らして、音源を探させる遊びをしたり、明るい色の物を目の前で動かして、目で追わせたりする遊びをしたものでした。健康な耳や目を使いこなせるようにする効果があるのです。しかし、最近、耳元で鈴を鳴らしても音源を探そうとしない赤ちゃんが出てきました。雑多な音の中で、「こちらが聴いて欲しい音」「こちらが見て欲しいもの」を探して見たり聴いたりが難しいのかもしれません。

働くお母さんも増え、毎日の生活に追われている方も多いかもしれませんが、子どもに話しかけたり、特定の物音に「あれ、なんだろう?」と意識を向けさせることで、健全な目や耳を育てることを忘れないでいただきたいのです。万が一、わが子が、話しかけても返事をしなかったりしたら、気を付けてあげてほしいのです。長年、幼児を預かっていると、中耳炎になっているのを気付かないまま、片耳が難聴になっていたりする子もよくいます。片耳でも聞こえにくいと、同じことを学んでも、同じ量の情報が入っていないこともあります。

幼い頃から聴覚訓練を受けた私は「音感は誰もが持つ能力で他の人も同じように理解できる」と思っていました。しかし、18歳でアメリカに留学した際、人には聴覚の良し悪しがあること、そして、それが言語の習得を左右すると知りました。その時、初めて、適時に聴覚を鍛えられたことの恩恵を感じたものでした。それでも、健康な耳を持ち、日常生活に困らないなら、特別な訓練は必要ないという考えもあるでしょう。

しかし、最近、健康な耳を持っていても聴くという習慣を持たないまま、成長する子どもが増えているような気がするのです。子どもたちは、なんとなくは聞いているのですが、集中して聴いていないので、理解できているか定かではありません。せっかく、健康な耳を持っていても、使う機会がなければ、使えるものも使えなくなってしまいます。

木下式では、幼児の音感能力、歌唱力を高めるために、言語訓練を施します。その際、高い声で話しかけることを鉄則としています。幼児は高い声で話しかけられると、意識が呼び覚ましされ、耳を傾けようとします。幼児に聴こえる声を模倣させることで、人の声や自分の声を聴くという習慣を作り、聴覚訓練をしているのです。これは、音楽や語学を学ばない子どもでも、ふつうの生活をする上で、欠かせないことではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-01-24 23:27 | 乳児 | Comments(0)

継続は力なり・・・・・・

年が明けてから、土日、祝日と、子どもたちの合唱練習を行っています。今回は、大学生から社会人まで、4名の卒業生が参加するため、日替わりで、大きなお姉さん、お兄さんが練習に来てくれます。

e0143522_9581230.jpg今日、参加したMちゃんは大学生で、今夏からカナダに留学が決まっているお嬢さんです。子どもの頃は、兄弟が通っているから、という理由で、楽院に通っていましたが、残念ながら、すごく「音楽が好き」という様子は見られませんでした。しかし、大学生になってからは、サークル活動で歌ったりと、子どもの頃とは別人のように「音楽好き」に成長していました。

合唱練習が終わると、「Yくんが独唱していた曲が歌いたい」というので、フォスターの「夢路より」を伴奏して、木下先生に自分の声を聴かせていました。「きれいな声になったなぁ」と言われてとても嬉しそうでした。

Mちゃんの兄弟は二人ともオペラで主役をする美声の持ち主でした。Mちゃんも美しい声はしていたのですが、気が小さく、一人で歌わせられると、緊張していた声が震えたり、外したりするので、私たちも「賢い子だが、音楽は今ひとつ」だと思っていたすのですが、大人になると、自ら「歌いたい」とアピールするほど自己主張できるようになるのです。Mちゃんの変化を見ると、子どもの頃、「歌は苦手」「音程が悪い」と思っていても、継続していくことで、それが、自分の癒しになったり、特技になったりする、と感じたのでした。
by k-onkan | 2016-01-23 23:56 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

新米ママさん、頑張って!

お母さんになって1ヶ月の卒業生Yちゃんが、赤ちゃんの写真をLINEで送ってくれました。Y子ちゃんは、「自分の子どもが生まれたら、絶対に音感に通わせる」と、結婚する前から言っていましたが、私たちもYちゃんの子育てのお手伝いをすることを楽しみにしてきました。赤ちゃんが生まれてからあっという間に1ヶ月が経ち、成長するわが子の一時いっときの時間を大切にしたいと願っているようです。

e0143522_19281677.jpgYちゃんは幼稚園教諭の経験があり、若い頃から、年下の子どもと関わることに長けていました。それでも、「新生児のことは知らないことが多く、自分がちゃんとできているか不安」といいますが、Y子ちゃんは、言葉を話して聞かせたり、擬音語の絵本を読み聞かせたり、いろいろなことを試しているようです。

あと数か月したら、楽院のベビークラスにも参加できると思いますが、それまでは、家庭で高めの声で言葉がけをすること、目や耳などの感覚器に刺激を与えること、そして、手指や身体を動かせるように、親御さんが手を触れて、動けるように練習するこが大事です。

Y子ちゃんが今、一番、気になっているのは、「どうやって賢く育てればいいのか」ということのようです。Y子ちゃんは三人姉妹の真ん中で、まわりは女の子ばかりです。女の子なら、性格がよくてかわいげが大切ですが、Yちゃんの赤ちゃんは、男児です。可愛いだけでは、生きていけません。「どうやったら、賢く育てられるか?」と真剣に悩んでいるようです。

私は、賢くて健全に育てるためには、幼児期は親御さんから優しさと愛情がとても大事だと感じます。そして、もう一つ、大事なことがありました。それは親御さん自身の「勤勉さ」です。どんなに「子どもに頑張って欲しい」と思っても、親御さん自身が怠けていたら、子どもだけ頑張る人には育たないと思うからです。

料理でも、子育てでも、家事でも、何でもいいのですが、わが子と全力で関わり、楽しみ、子どもから学べるお母さんの子どもは、子ども自身も、自分から一生懸命、学び、吸収できると感じます。

子どもの頃のY子ちゃんは、とってもおっとりとしたお姫様のような女の子でした。素晴らしい感覚を持っているのに、頑張ることは苦手でした。なんでも、一生懸命、頑張って先生たちに認められようとする子はみんな「とても意地悪だ」と感じたようなのです。そんなY子ちゃんですが、わが子のためなら、努力をするお母さんになれる気がするといいます。そして、そんなY子ちゃんに、女性は母になると、強く、美しく、たくましくなると感じたのでした。
by k-onkan | 2016-01-22 23:24 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)