麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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ランドセルの魔力で無理やり……

4月から小学校にあがる6歳の甥Kにランドセルをプレゼントしました。長男の時は、「自分たちで買うから」と言っていた妹も、二人目で兄弟そろって小中学校入学で「買ってくれる人は誰でも神様」という気持ちだったのでしょう。「Kちゃんに買ってあげようか?」と口にすると、Kよりも早く「ありがとう」の言葉が妹から返ってきました。

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実は、半年前から、生意気な言動が多い割にはやるべきことをやらないKに、「もう1年、幼稚園に行った方がいいのでは?」と、私たち大人は、それぞれ苦言を呈していました。そのため、K本人も「もしかしたら、本当にもう一年、幼稚園に行かされるかもしれない。その時は、違う幼稚園に行きたい」とドキドキしていたようです。

そこに、Kが大好きなグリーンの縁取りのついた黒いランドセルをプレゼントしたのです。満面の笑みで私に甘えるその様子に、伯母は見事に手玉に取られてしまいました。その姿は、昔、もっと甘え上手であった妹の小さい頃の姿と重なり、遺伝子の不思議を感じるほどでした。

さて、ランドセルにすっかり気をよくしたKを少しだけ困らせたくなりました。「Kちゃんには好きな人ランキングがあるんだってね。まさか、ランドセルをプレゼントした私が、3位にも入っていないなんてこと、ないわよね?」とちょっと怪しい声を出してみせました。ちゃんと、数日前に、「1位お母さん、2位お父さん、3位にぃに、4位はK子ちゃん(幼稚園で3年間、ずっと好きだった女の子)、5位は純子先生」と発表していたのをちゃんと知っていたのです。

Kは、「ランドセルがなくなったらたいへん」と思い、急遽、「3位」に私を入れ、「1位お母さん、2位お父さん、3位がまぁちゃん」と繰り上げたようですが、兄から「ボクだって兄なのに3位以内に入らないなら、もう遊んであげない」と言われ、二人を同着3位にして解決したようです。幼児でも、自分を大事に思う色々人のさまざまな感情にさらされ、子供なりに、いろいろとやりくりしているようです。

ランク外だった私がランドセルの力でお情け入賞しましたが、入学式が終われば、すぐに順位は下がるのかもしれません。でも、親戚の口うるさい伯母さんの立ち位置は、そんなところでいいのです。そして、私は、こうして甥たちに何かしてやることが、平凡でも幸せなことなのだろうと、思ったりするのです。
by k-onkan | 2016-02-29 23:29 | 幼児 | Comments(0)

幼児期に皆でが、楽だから・・・

最近、ネットで「毎日かあさん」という漫画を目にしました。毎月曜日に毎日新聞に連載されている漫画のようなのですが、その時は、「大抵の大人は涙する」という文章と共に「思い出の夢」という漫画が流れてきました。

e0143522_20571829.jpg作者が女手一つで育てた息子と娘が小さかった頃の夢を見て、「家なんてもっと汚くてもよかった。洗濯物もためちゃえばよかった。食事なんて手作りすることなかった。あんなに抱っこして欲しがっていたのに。もったいなかった」というセリフに、なんとも言い難い寂しさと愛を感じます。現在、子育てをするお母さんには、是非、わが子が抱っこさせてくれるうちに、十分に抱っこをしてあげてほしいと思うのです。何しろ、子どもの成長はあっという間ですから。

さて、興味がわいたので、さかのぼってこの漫画を読むと、幼児教育について書かれたエピソードがありました。10年以上前に書かれたのだと思うのですが、保育園に通っていた息子さんが年中になって、「そろそろ、さすがにひらがなを教えなければ!」と思って作者が教えようと挑戦するのですが、息子さんがあまりに記憶しない様子に断念したということでした。

幼児教育のプロとしては、学ぶことより身体を動かすことが好きな男の子に、「学ぶって楽しい」とか「自分で考えて答えが分かった」と目を光らせる瞬間に遭遇できるのが、何よりの喜びです。しかし、一般の幼稚園保育園の先生やお母さんには、男児に物を教えるのは、すごく難しいことかもしれません。

なぜなら、男児は女児のように、静かに言われたことを守ったり、真面目に座って話を聞く子は少ないからです。気づくと、机の上の物でいたずらを始めたり、お友達にちょっかいを出したり、全然、違うことを考えていたりで、学習させるまでの道のりが遠いからです。

もちろん、男の子の中にも優等生の「出木杉くん」のような男の子も存在します。しかし、そのためには0歳~1歳にさかのぼって、大人が色々なトーンの声で色々な言葉を語りかけたり、本の読み聞かせをしたりして、感情と言葉の意味が理解できるように導く必要があります。こういう子なら、幼稚園の先生やお母さんでも、十分に能力を引き出せるはずです。

しかし、たいていの男の子は、お母さんや先生が好む前向きで明るい言葉がけでは決して意欲を持ちません。彼らをやる気にさせるには、「みんなで競争して誰が一番に言えるかな?」という言葉だったり「これを覚えられないと叱られちゃうかも?」と少し否定的な言葉だったり、そういうものが頑張る原動力になったりします。

どうせ、学習しなければならないなら、幼児期でなくて小学校に入ってからでいいという考え方も、一般にはあるようです。しかし、残念ながら、幼児期に記憶する練習をしたことがある子と、大きくなるまで、記憶した経験がない子では、その記憶度には差があると感じます。

幼児期に競い合って、友達と一緒に覚えることで、知らない間に難しいこともたいして意識せずに覚えられたりするものです。幼稚園でも、保育園でも、一週間のほんの1時間でも、好きでも、嫌いでも、関係なく、みんなで一緒に修行だと思って学ぶことも、とても大事なことだと思うのです、大人になればなるほど、頭は固くなっていってしまうのですから。
by k-onkan | 2016-02-28 23:55 | 教育 | Comments(0)

音楽に言葉は一番大事

最近、土曜日の児童部クラスに進級してきたHちゃんは、幼い頃からインターナショナルスクールに通っているため、日本語より英語が得意です。しかし、楽院で歌う曲は基本的に日本語の歌詞です。音楽と言語は、密接なつながりがあります。言葉が受け止められないと、その歌詞を記憶したり、意味を理解したり、自分で再現するのも難しく、折角、歌好きになっても、みんなと一緒に参加することが難しいのです。

e0143522_17555083.jpg楽院の生徒としてレッスンに参加するための日本語力はどうしても、必要です。本当はもっと、早期に音感教育と併行して、日本語の単語も教えてあげるべきでしたが、私たちも、中々、音感以外の時間を取るのは難しく、今回、初めての試みです。とはいっても、6年生から中学生の上級生にお願いして、カードをHちゃんに見せて、ひらがなで書きとらせて、確認させているのですが。

これは、決して難しいことをさせているわけではありません。望クラスで使っている絵カード、「くだもの・やさいカード」「動物カード」などの図柄を見て、日本語でその単語を思い出して、それをひらがなで書きだし、木下式の母音に注意してはっきりと発音するという練習です。

しかし、実際にやらせてみると、思いのほか難しいことが分かります。たとえば、普段「杉山先生」と呼んでいても、ひらがなに書くと「すぎあま」と書いていたり、「ほうれんそう」が「ほうれんせい」になったり、英語と同じく、自分の勘と響きで日本語を造っているようです。

英語の学校に行っているのですから、日本語より英単語が先に出てくるのは当然ですが、一番、気の毒なのは、日本語でも英語でも正式名称が分からない時です。たとえば、レタスは、一般に、幼児がキャベツと間違え易いものですが、そこから、ロールキャベツを思い出して「ミートボール」と言うなど、漫画や笑い話になるような面白い間違い方をします。

ですが、現実の社会で、レタスを見て「ミートボール」という単語が浮かんだら、家族以外の人と意思の疎通を図るのは、とても難しいだろうと思います。たとえ、第一言語を英語にするとしても、たとえインターナショナルに通っていても、日本に住むなら最低限の日本語力を家庭内で補わないと、英語も日本語もどちらも中途半端になってしまうのではと心配になります。

それぞれのご家庭の教育方針があることですが、私は自分自身が海外で暮らし、外国語を学んだ経験から、幼児期は基礎となる母語をきちんと読み書きできるようにして、理解して、話せることが何より大事であり、それが、後に外国語を習得する近道だと感じています。また、早期に外国語を聴かないと理解できないという心配も、音楽を勉強している人は、聴覚がいいと言われ、発音の真似は難しくないのです。

もちろん、ご両親のどちらかが外国籍で、最初からそれぞれの言葉で話しかけて二重言語環境で育てるなら、それぞれの言語を習得することも可能だとは思います。しかし、二重言語で育つお子さんは、最初の言葉を発するまでに時間がかかることから、幼児のイライラも感じたりすることもあります。幼児にとって、言いたいことを、自分の言葉で表し、それを理解してもらうのは、重要な学びの第一歩なのだと思います。

幼児期に外国語を教えるべきか否かはともかく、わが子には、新聞が読める程度の国語力だけは身につけさせたいものです。また、その予備練習は、幼児期の遊びや活動の中で、すでに始まっていると言えるかもしれません。
by k-onkan | 2016-02-27 23:54 | 音楽 | Comments(0)

卒業生って、ひどい!?

最近、卒業生をお母さんに持つ3歳のIちゃんがレッスンの度に涙をこぼすので少し心配しています。泣く理由は単純で「パパとトイレに行きたかったのに、もうお仕事に行っちゃった」など、些細なことです。しかし、半年前に妹が生まれたり、引越しで生活環境が変わったりと不安が多いのだろうと思うので、泣き止むまで私が抱っこをすることもあります。

e0143522_12593167.jpg音感の授業が泣きたくなる理由は他にもあります。いろいろな家の行事と重なり、最近、月1回ほどレッスンを欠席していたところ、後からレッスンを始めた意欲的なお友達が「高いレ」と「高いファ」の違いを覚えてしまい気後れを感じていることです。

幼児にとって、「レスリング」「ファントマ」というカタカナ語は聞き慣れないものです。しかし、どちらが「カメがおすもうごっこをしている図」で、どちらが「ロボットの名前」か、正しく記憶できた子から、レッスンの内容がより深く理解できて自信が持てるようになるのです。

反して、この二つを混同しているうちは、友達の様子を見てから「音感かるた」を探すため、不安で仕方ないものです。毎週、通っていれば自然に違いを覚えられますが、間が空くと定着せず、「自分だけ分からないこと」に不安になります。楽院が基本的に「レッスンをお休みしてはいけない」、「欠席したら振替レッスンをお願いする」理由は幼児がすぐに記憶する柔軟性を持っていても、反復しないと忘れてしまうということを知っているからです。

そこで、久しぶりにお母さんのMちゃんに「下の子も生まれ色々と忙しいと思うけれど、最近の自信のない様子が心配」とメールしました。2歳から3歳になった時期は、一番、好奇心が豊富な時期です。「お勉強」ということでなくても、遊びを通して知らない物の名称を教わったり、絵本を読みながら、知らない単語の意味を説明してもらったり、料理のお手伝いをしながら数を数えたり、そんな相手をする大人がいるか、いないかで、その子が今後、物事を順序立てて理解できかどうかの分かれ道です。

さて、久しぶりにレッスンを見学したMちゃんは卒業生ゆえに、こんなことを言いました。「楽院には泣きながら通うものだと経験上、思っていたから、泣いても、そういうものと思って気にもしなかった…」。私も瑠音先生もびっくり!!

確かに、幼稚園の年中や年長になれば、レッスン時間なのに「もっと遊びたい」とか、「やりたくない気分」とわがままや甘えで泣いて見せたら、「やりなさい」と言うでしょう。また、友達に負けたり失敗したりがいやで泣いて見せても、「泣いていてはできるようにならない。泣かずにやりなさい」と教えただろうと思います。

でも、Iちゃんはまだ未就園児の3歳です。妹が生まれて、急に大人の注意が赤ちゃんに向かえば、一生懸命、お姉さんをするより、赤ちゃんのように振る舞いたくなったり」するそんな不安定な時期です。

これはIちゃんだけではありません。一緒に勉強する他の3歳児たちも、それぞれシッターさんやお祖母ちゃんに引率されてくると、「お母さんと来るお友達がうらやましい」と泣きたくなる日もあります。そんな時は、ちゃんと機嫌も取って、「お母さんが来たら、見てもらおうね」とご機嫌を取ります。本当にお母さんが来られれば、子供の頑張りを見ていただいています。幼い子にもさまざまな感情はあり、心が平穏でないと学べないものなのです。

そして、卒業生に強く伝えたいことがあります。それは、どんなに厳しくした卒業生でも、2~3歳の小さい頃は、ちゃんと優しい声でご機嫌も取ったものですし、頑張れば猫なで声で褒めて、なるべく、泣かないように配慮はしたということです。

何より一番、違うのは、今と昔の親御さんです。叱る時は、激しかったものですが、根っこはもっと愛情深かったように思います。たとえば、楽院でわが子が泣くと「どうして、泣いているのでしょう?」という質問はよく受けたものです。「行動が遅いので、ご家庭で早く行動する練習をしてみてください」と言えば、家庭でも気を付けて生活をしてくださったものでした。
また、マジックミラー越しでわが子の様子を観察して、よその子に劣っていれば、こちらがお願いしなくても練習させてくださったりしたものでした。

「わが子が叱られないように」と隠れて努力する親御さんが多かったことから、私たちも音感を教えることだけに専念できたのです。また、私たちが厳しくても、ちゃんとレッスンが終われば、親御さんが抱き留めて「よくやった」と言ってくださるという信頼もありました。

残念ながら、現代社会の親御さんは、働いていてとても忙しかったり、子供のことを愛していても、そのことに子どもが気づきにくい生活環境だったりすると感じます。そのため、楽院も私たちが親御さんに代わって子どもを抱っこして、ヨシヨシしたり、猫なで声を出す期間を作るために、1歳児からの「ベビークラス」を開いているのです。

とりあえず、現代の親御さんにお願いしたいことは、幼児の内は、自分の子どもだけ手先が不器用だったり、自分の子だけ運動が苦手だったり、自分の子だけ言えない言葉があったり、知らないことがあったら、日常生活の中で、楽しく補完してあげていただきたいのです。どんなに仕事が忙しくても、それが、お子さんにとって、「お母さんとの時間」の記憶になるはずですから。
by k-onkan | 2016-02-26 23:57 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

親だから子を守る努力はしよう

最近のニュースで耳掃除をする際の事故が増えていると聞きました。なんでも、わが子の耳掃除中に鼓膜を破ってしまう親御さんもいれば、自分の耳掃除中に子どもにじゃれつかれて鼓膜を傷つけるなど、いろいろな事例があるようです。

e0143522_12272895.jpg私の親族には子供時代に患った耳の感染症で聴覚に障害を持った人がいます。音楽に関わる人にとって耳が聴こえなくなることは、致命的なことなので、耳に関しては過剰なほど神経質な方です。そのため、ニュースから「鼓膜に穴が……」と聞くだけで、背筋に寒いものが走るほどです。

さて耳の事故を予防するには、普段から、大人も「耳掃除をしている時は、気を付けなければいけない。いきなり動くと鼓膜が破れて耳が聴こえなくなる。絶対に動いたり、驚かせたりはしないこと」と真剣な声で子どもに伝える必要を感じます。

今でこそ、笑い話ですが、私が子どもの頃、耳掃除は父の担当でした。「いかに危ないことか」を聞かされていた私たちは、耳掃除の間は、硬直したかのように動かないように気を付けたものでした。父の心配が子供だった私たちにも伝わってきたからです。

最近、行きつけの小児耳鼻科に、「子供が泣いてもお母さんは子供を押さえる手は絶対に離さないで!」と言う張り紙を見かけました。耳鼻咽喉科の診察は、乳幼児にとって、苦しいものです。ですが、苦しいからと自由にして痛い思いをしたら、もっとつらいのが子供です。お母さんは、子供が泣いて嫌がると、無意識で手の力が緩むのかもしれませんが、大けがをさせないために、お母さんも強さを持って、子供と関わるという心構えも大事なのかもしれません。
by k-onkan | 2016-02-25 23:27 | 子育て | Comments(0)

悪いことをしたら厳しい声と表情を!!

今日は、望クラスで「2歳児は怪獣」をそのまま表すような出来事がありました。2歳9か月の男の子、Tくんが型はめをしながら、わざと違う場所を選んで、私の顔色を見ながら、ヘラヘラ笑うのです。ちょうど、失敗した大人が照れ笑いをするような様子でしょうか。

e0143522_12384230.jpgきっと、これまで面白かった型はめ課題が、簡単になったため、わざと円を四角の枠に入れたり長方形を三角に入れたりを繰り返して、私を挑発してみたのかもしれません。そこで思いっきり不機嫌な様子で「わざと、間違えてはいけない」と低い声を聴かせました。

一般では、「失敗を許容しないと失敗できない子になる」と言います。確かに、一生懸命、取り組んでの失敗であるなら、受け入れるべきだと私も思います。最善を尽くしても、できないことは、世の中にはたくさんあるでしょう。それは、叱られたり、責められるべきでないと私も思います。しかし、何の努力もせずに失敗したり、調子にのったり、病気に逃げたり、涙に逃げたり、笑ってごまかす失敗は、木下式では「ダメ」なのです。

音楽祭本番の朝、難しい曲が当たった小学生はオーケストラと音合わせをして、マイクの調整を行いました。その際、緊張から吐き戻しをしそうになって、歌えなくなった女の子がいました。普段から、そういう性質はありましたが、十分に練習して、心さえ強く持てば、きちんと歌えることを知っていました。そのため、私も木下先生も、オーケストラのメンバーの前でも「ちゃんと歌え」「しっかりしなさい。出られなくなるよ!」と叱咤激励しました。万が一、そこで、「大丈夫、気持ちが悪いの?」と優しい声をかけていたら、この子は自分から舞台に挑戦する強さを発揮できないことを長年の経験から知っているからです。

その姿をご覧になった指揮者の先生が、「父母でも叱れない世の中で、父母のようにきちんと叱っていたことに感激した。叱られた子も、尊厳を尊重されているから怖がっていない」との感想を寄せられました。子どもにとっては、私たちの怖さより、本番に対する恐怖の方が勝っているのかもしれません。でも、それほど、プレッシャーに立ち向かうことは強い心が必要です。

さて、最近、「叱ること」「しつけること」が分からないという大人が増えています。「叱ることも」「しつけることも」できないというなら、せめて、わが子が、嫌なことや、悪いをしたら、お母さんが笑って困った顔をするのではなく、「不機嫌な声や表情」を見せていただきたいと思うのです。また、お子さんが、いいことをしたら「嬉しい声と明るい表情」で喜んでほしいのです。また、わが子に悲しいことや痛いことが起きたら、「申し訳ない声で残念な表情」を見せた方がいいと思います。

いいことをしても、悪いことをしても、つらいことがあっても、親御さんはいつでも、くニヤニヤしていたら、子供にとって親御さんがどのような存在か、正直、分かりづらいと思うのです。たとえ、言葉が通じない幼児であっても、お母さんが表情豊かに言葉がけをするだけで、気持ちの通じあうのですから。
by k-onkan | 2016-02-24 23:37 | しつけ | Comments(0)

保育園でも時間に限りはある!

保育園の指導がありました。数日前に保育参観をしたクラスは、参観に参加した子、不参加だった子の雰囲気がまったく違うことが分かりました。親御さんが特別に褒めたり、認めたりされたかはわかりませんが、子供自身は、「特別に親御さんに見てもらった」という気持ちが自信となって成長を感じるのです。中でも、これまで、クラスで一番、音感に興味を持てなかった男の子が、意欲的に取り組むようになったことに新鮮な驚きがありました。

e0143522_1593145.jpg保育参観でも一人ずつ音符読みをした際も、多少、間違えましたが、最後まで頑張る姿があり、うれしくなりました。もしかすると、普段の様子をご存知ないお母さんは「自分の子だけできない」と不安に思われたとの心配もありますが、私には本人のプラスになっていることが、一番、うれしいのです。

さて、これまで私は、保育園では「急がせてはいけない」と思いながら、音感のレッスンをしてきました。これは、保育園という場所が遅い子や手がかかる子を特に認めるのが当たり前という雰囲気があることから、保育園のお子さんに「急ぎなさい」とか「~をしなさい」と指示するのに、躊躇いがあったのです。

実際、子供たちがどんなに楽しそうに授業を受けていても、キビキビした雰囲気があるだけで、「きちんとさせられて、かわいそう」との感想もいただいたりします。そんなことも手伝って、課題と課題の間に、幼児たちが次の行動に取り掛かれないのも、「普段の生活習慣なのだろう」と半ば、あきらめて付き合ってきたのです。

けれど、音感のレッスンをはじめてほぼ1年。それぞれのクラスで音感のカリキュラムが進み、課題が増え、レッスン時間が少しずつ長くなってきたのは、それだけ、集中時間が伸びた嬉しい成果なのですが、給食室から「出来上がった給食を2時間以内に食べ終わらせるという指導を受けているので、レッスン時間を延長しないように」との要望をいただきました。

各クラスのレッスンを時間内で終わらせるためには、子供たちにも手早く行動することを習慣づける必要があります。これまでのように、課題と課題の間、教材を片づける度に「ぼくがノートを片づける」「私がやりたかったのに…」「○○ちゃんばっかり、持っていってずるい」と小競り合いを待つ余裕はなくなったといえます。

子ども同士で関わる時間くらい、自由にさせてと思われる方もあるかもしれませんが、小学校に入れば、「決められた時間」の中で動くことを求められます。その予備練習として、自分からキビキビ動く習慣も大事なことの一つとして、幼児期に体験させておく必要もあるのかもしれません。もちろん、何でも「早く、早く」とせっかちに生活するということではなく、急ぐべき時とゆっくり時間をかけていい時の両方が存在ずるのです。

たとえば、年少のクラスで鉛筆を持てるようになった男の子たちは、気が付くと音符書きの合間にノートにいたずら書きをしてしまいます。きっと、鉛筆が持てるようになって、「書く楽しみ」を感じているのでしょう。男の子に、鉛筆やクレヨンを持たせると、迷路のようなものを長い時間、書き続けたりするものです。音感のレッスンのノートにいたずら書きをするのではなく、鉛筆と紙を与えて、子供が好きなだけ、いたずら書きができる時間も与えてやりたいものです。そういう時間が与えられていれば、わざわざ、音符書きの時間に、いたずら書きをしたくはならないと思うのです。

保育園に通うようになって、子供たちから、いろいろなことを教わっています。そして、やはり、子供同士には、「互いに競って頑張ったり」「急いだり」「少し難しいことに挑戦したり」が、とても面白い課題であり、大切なのだと思うのです。
by k-onkan | 2016-02-23 23:07 | 保育園 | Comments(0)

叱らないから優しいとは限らない

週末に、三重県の小西教室に指導に伺いました。こちらのクラスでは、月1回のベビークラスがあります。その中で、1歳1ヶ月の女の子が、コロンと転げて、床に頭をぶつけてしまいました。お母さんは、「子供を叱ったことがない」という方ですが、子供の様子に声を出して笑ってしまいました。

e0143522_16532473.jpg私は、「たとえ、どんなに可愛くても、子供が痛い思いをしている時に、お母さんは、笑わないでください」とお伝えしました。一番身近なお母さんが自分の気持ちを察してくれないと感じると1歳であっても不機嫌になるものです。案の定、いつもに比べると愚図りながらの参加となりました。大人でも痛い思いをした後は、本調子に戻るまでに時間がかかります。

私や小西先生の時代のお母さんは「子供に怪我をさせないこと」をとても大事に考えたものです。抵抗を感じるかもしれませんが、木下先生がいたら、幼い子どもが怪我をしたら、その責任は一緒にいる大人にあるというでしょう。

今は、時代が変わり、「子供の自由」を尊重するためか、幼児が危ないことをすることを黙って見守り、止めることもなければ、身を挺して庇うこともないように感じるのです。しかし、たった1歳の幼い子にすると自分が危ないことをしていたら、気を付けてもらったり、守ってほしいだろうと思います。何より一番、身近なお母さんには、身を挺して守ってほしいと思います。たぶん、動物の親なら一人立ちできないわが子を必死に守ろうとするはずです。数日前、保育園の講演でもお話しましたが、「しつけ」の根本にあるのは、親としての愛情と、子供の気持ちを理解しようとの気持ちであってほしいと思います。

最近、「叱らない親御さん」と「虐待してしまう親御さん」の両極端が増えていますが、私はこの二つの人たちは、表裏一体なのではと感じています。「叱らないお母さん」というと、すごく優しいように感じますが、実は、わが子の一挙手一投足を見ながら、悪いことがあれば注意し、良いことがあれば褒めて、子供がよい方向へと進めるように導くのが、本当に優しいお母さんなのではないでしょうか。

どうやって叱っていいか分からないお母さんの子供は、すぐに外の社会で悪い言葉や態度も覚えてきてしまうでしょう。その時に、親御さんが、わが子にいきなり手をあげてしまわないとも限りません。そんなことになる前に、小さな良い、悪いをきちんと、見て、正してあげるのが、しつけだと思うのです。
by k-onkan | 2016-02-22 16:52 | しつけ | Comments(0)

保育参観しましたー2-

お話の後には、通常のレッスンをいつもより少し短く1時間15分かけてみていただきました。子どもたちは、大好きなお母さん、お父さんの前で、いつもより張り切ってレッスンに取り組んだ子もいれば、保護者の前ではいつもと違う恥ずかしそうな様子の子もいて、興味深く観察しました。

e0143522_1025236.jpg最後に、どこの教室や保育園、卒業生のお母さんにも、共通する最近のお母さんの「しつけ」に対する大事なお話をさせていただきました。最近、「しつけはできない」とか「どうやっていいのか、分からない」「自分もしてもらっていない」というお母さんが増えました。ですが、しつけの有無の前に、もっと大事なことがあるのです。それは、親御さんが子どもの欲求ではなく、心―感情や気持ちーを受け止めているかどうか、ということです。

たとえば、「お母さんは、仕事に行かなければならなくて急いでいて、早くいかなくちゃ!」という時でも、子どもは「お母さんと一緒にいたい」だから、泣くのです。それでも、仕事があって事情が許さないのでしょう。そこで「もういい加減にしなさい」と怒ってしまったり、何も言わずに置いていってしまったりするのかもしれません。また、普段、仕事をしている申し訳なさから、一生懸命、働いたお金で、子供が欲しがるおもちゃは、全て買い与えるのかもしれません。

ですが、それでは、子どもの心に寄り添わずに、子供の欲求だけに答えていることになります。すると、子どもは、「さびしい思いをしているのだから、買ってもらえて当たり前」と感謝もしなくなるでしょう。子どもが「行きたい」と言ったら、どこへでも連れていくのが当たり前。「ほしい」と感じたら我慢もせずに買ってもらえて当たり前。これでは、大人になった時に、本人も親御さんも困るだろうなぁと思います。

幼児期の子どもが本当に欲しいのは、物ではなくて、大好きなお母さんとの時間――、お母さんと遊んだり、触れ合ったりが、一番の幸福です。それでも、働かなければいけないなら、ほんの少し時間の余裕をみて、子どものために「本当は一緒にいたいよね。でも、お母さんが働かないと、ごはんも食べられないし、お洋服も買えない。だから、お仕事に行かなくちゃいけない。でも、夜寝る前に必ず、抱っこして、本を読んであげるから、今は、ちゃんと保育園に行ってね」。

優しい口調で説明する時間を作って欲しいのです。そして、ちゃんと、子供を抱きしめた上で、お仕事に行ってくださったら、子供もいつまでも、ギャーギャーと泣き続けたりしないだろうと思います。

しつけをするためには、その大人は、その子どもの気持ちを一番、理解している必要があります。自分の気持ちを受け止めてくれる大人だから、時に恐ろしいほどの大きな雷を落とされても、子供は愛情を感じられるのです。反対に、子どもの気持ちを理解しないまま、「しつけ」と称して、子供を大人の言いなりにしたら、それは、「しつけ」ではなく、「いじめ」と感じるでしょう。

保育参観とお話が終わって、クラスの数名のお母さんが、私の本を買いに来てくださいました。「音感が始まってから、保育園が楽しい」と言ってくれる女の子のお母さんもいらっしゃいました。そのお嬢さんは、物静かなおりこうさんですが友達を押しのけて自分を主張するタイプではありません。

失礼ながら、保育園や幼稚園、小学校などの集団の中では、「手がかからない子、物分りのいい子」がおざなりにされてしまう傾向を感じます。先生たちの手は、気が付くと、クラスで一番、手がかかる子に取られますし、褒められるのはクラスで一番、理解力のあるお子さんでしょう。すると、中間層は、話を聞いていても、いなくても、ちゃんとやっていても、いなくても、見過ごされてしまうことが多いのです。

ですが、音感では、全員が協力しないと、授業も歌唱も成り立ちません。手がかかる子も、手がかからない子も、理解力のある子も、静かな子も、一人ずつ全員の声を聴いて、ダメ出しをしたり、褒めたりすることで「自分も先生に見てもらっている」と子どもは感じます。―実際に、一人ひとりを見ますし――、それが楽しいのだろうと思います。

さて、小学校に入ったら、幼稚園育ちも、保育園育ちも、区別なく同じ先生から、勉強を習います。その時になって、予備知識の違いから子供が愕然としたり、不憫な思いをすることがないよう、保育園で育つ子にも、「頑張ること、頭を使うこと、手指を使うこと」を教え、「学びたい」と思ったら吸収できる素地を卒園までに育てていきたいと強く思っています。
by k-onkan | 2016-02-21 23:20 | 保育園 | Comments(0)

保育参観しましたー1-

月3回、指導に伺う保育園で、年中児のクラスの保育参観を行いました。このクラスでは、数週間前にも、お子さんたちのレッスン風景をビデオでご覧いただいたところ、「思ったより早口で高い声に驚いた」という感想がありました。そこで、一般ではよいとされる「諭すようにゆっくりと落ち着いた声」がどのようなものかを、親御さんたちに体験していただきました。優しい先生風に「音感かるたの説明」をすると、あまりにのんびりと落ち着いた口調であるため、大人でも眠気を誘われます。その語りかけの中で、幼児に物を考えさせたり、意欲をもって歌わせたりはできなくなることを体験していただいたのです。

e0143522_10195474.jpg木下式は、歌上手を育てるためには、「口の回転の速さ」と「高い声」を育てたいと、指導自ら、キビキビと高めの声で話しかけます。幼児たちを、知らず知らずのうちに、話し方に弾きこまれ、集中したり、意欲を持つようになるため、幼児だからと媚びを売ったようなレッスンをしないで、済んでいるのです。

また、レッスンの際には、声の高さや、口型が好ましくなければ、その都度、やり直しをさせます。「注意されたり、やり直しを命じられても、めげないことで、子供が愛おしくなった」という感想もいただいていますが、実は、幼い子は、やり直しを命じられたからといって、大人のように、落ち込んだり、プライドが傷ついたりは、「まだ」しません。その理由は、それぞれにできることもあれば、できないこともあって、どんぐりの背比べだからです。

たとえば、物知り博士が高い声を出すことが苦手だったり、ふだんの行動が遅い子が美声だったり、静かで目立たない子が音符書きでは誰より早く書けたり、性格のきつさを注意されがちな子が体操はとても上手だったり、指摘されるところも褒められる所も必ず見つかります。つまり、どの子も、やればできるし、やらなければできないという意味では、同じです。

音感教育は他の科目と違って、色々な課題が盛り込まれているため、国語や算数のように「できる」「できない」が分からないのです。幼児期の脳が柔軟な時期に、音感教育を通して、「めげずに頑張れば、できないこともできるようになる」と教えたい。そして、それは、幼児期なら、子供に能力差が少ないから、幼児教育が大事なのだと思っています。
by k-onkan | 2016-02-20 23:18 | 保育園 | Comments(0)