麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
一番こわいのは、マナ先生..
by 出演園児の母 at 10:48
昔、近所の顔なじみの飲食..
by k-onkan at 10:32
>「じぃじ」 凄いです..
by ha-i at 01:48
ばら組の保護者さま ..
by k-onkan at 17:06
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2016年 04月 ( 30 )   > この月の画像一覧

最初はだれでもドキドキするもの

毎週、一緒に楽院に通ってくるS兄弟なのに、今日はなぜか、三年生の弟しかいません。純子先生が、「どうしたの?」「一人で来た」「なんで、一人なの?」「にいちゃんが、『音感がこわい』って駅で泣いていて『先に行け』って言われたから先に来た」「えぇえええ?たいへんじゃない」。それからは、大騒ぎです。

e0143522_18375378.jpg兄のY君は、音感も歌唱も絶好調で、楽院を怖がる理由はないはずです。しかし、成功願望が強い凸凹の特性を持っているため、何か混乱しているのかもしれません。最近、ピアノのレッスンが進級して先生も変わり、新たな試練を感じていることもあり得ます。

慌てて、お母さんに連絡を取って、本人を探していただくと、ほどなく本人も到着しました。顔を見ると、いつも通りの落ち着いた顔をしています。「どうしたの?何か心配事があるの?」と聞くと「ピアノが緊張する」という答え。「ピアノの何が緊張するの?」「こころをこめて弾くこと」 。それは、とても高度なことで、誰でもすぐにできるようになることではありません。

「ピアノの先生の所へ行ったら、一緒に練習してくださるでしょ?できるようになるために、練習しているのだから、最初はできなくてもあたり前。あきらめずに続けていると、言われていることがわかるようになる思う」

「音感だって、最初はイヤで緊張したでしょ?」「はい。嫌でした」「でも、今は平気でしょ?」「平気です」「緊張してドキドキすることは誰でもあるの。新しいことはドキドキして、当たり前だから、もう少し我慢してごらん」「そして、困ったことがあったら、ただじっと駅で泣くのではなく、誰かに電話してください。駅で子供がシクシク泣いていて悪い人に連れて行かれたら、困るから」と話しました。

さて、8歳から10歳は、脳の発達という見地で考えると、語学がいちばん、伸びる時期だそうです。それは、相手によって言葉遣いを変えたりできるようになったりすることからもわかります。せっかく、語学が伸びる時期なら、外国語を学ぶ前に、自分に何が起こって、どのように困っているか、など、説明できるようにしたいものです。

兄を置いて、先に楽院に向かった弟も兄が気になったのでしょう。何度か、「兄から連絡がないか」とお母さんに電話をしていたようです。けれど、兄が泣いているなら、一人で動かず、泣き止むまで一緒についているか、「にいちゃん、泣かないで、一緒に行こう」と声をかけて気分を変えたりもしてほしいと思います。

兄弟は年を経て、だんだん、別行動をする機会も増えてくるでしょう。けれど、同じ場所に出かけるときは、一緒に行動させていただきたいのです。なぜなら、子供だけで行動しているときに災害に遭遇することも皆無ではないからです。そんな時、兄弟がいたら、力を合わせることができると思います。また、子供達が別行動をする機会が増えていっくなら、外出中に緊急事態が起きた際は、家族、それぞれ、どこで落ち合うか、などを話し合っておいていただきたいと思うのです。
by k-onkan | 2016-04-30 23:34 | 児童 | Comments(0)

本が好きな子に育ててほしい

私の知人で、保育園を卒園した人に読書が苦手な人が多いような気がするのです。こう書くと「保育園に対する差別だ」と叱られるかもしれませんが、これは、保育園か否かというより、幼児期に特定の大人から1対1で本を読んでもらう経験が少なかったのではないかと感じています。

e0143522_2235514.jpgもちろん、保育園に通っても読書が得意になることもあると思います。たとえば、14歳でカナダの5大学に合格したという天才少年と呼び声が高い大川翔くんの通った保育園は、とにかく、たくさん読み聞かせをすることが特徴だったそうです。園児のお母さんが迎えにくるたびに、「〇〇くんママがお迎えに来られました。今日は、○○くんママに本を読んでもらいましょう」。つまり、園児の数だけ、子どもたちは本を読んでもらえるというしくみです。

しかし、一般の幼稚園、保育園で、絵本の読み聞かせに挑戦したとしても、毎日、2~3冊読むのが精いっぱいです。また、20人の子どもがいれば、20通りの好みがありますが、必ずしも、全員が好奇心を持てる内容とは限りません。「子どもを本好きにしたい」と思うなら、幼稚園、保育園の先生だけに、その責任を押し付けるのではなく親御さんが、自ら本を読む姿を見せたり、わが子が興味を持つものを一緒に読んだりする必要があります。

中には、「自分は親に読み聞かせをされたことはないが、本が好きで自分で読むことができた」という人もいるかもしれませんが、幼いうちに自分で文字を読めたり、書いてある言葉の意味か理解できたとしたら、それ以前に、文字を教えたり、本の面白さを知らせる環境があったはずです。誰から手もかけられずに、一人で自然になんでもできるようになる幼児などいないからです。

さて、わが子が将来、自分で本を読み、そこからいろいろな情報を得たり、深く物事を考えられるかどうかは、幼児期に本と親しむ機会があるかどうかにかかっていると感じます。また、親御さんが本を読むことが苦手だったとしても、幼児の絵本くらいなら、読み聞かせることはできると思うのです。ただし、平坦に無表情に読むと、子どもが「本は楽しくない」と思ってしまうこともあります。本の文章も音楽のように、強弱、緩急、表情をつけ、子どもを楽しい気持ちにさせてほしいのです。
by k-onkan | 2016-04-29 22:34 | 乳児 | Comments(0)

昔はよかったは、後ろ向きだけど

土建業を営む友人が興味深い話をしてくれました。それは、「昔の職人と今の職人の違い」という話です。昔の職人さんは、ビートたけし氏の小説に出てくるような昭和の時代に、やんちゃなことをすると、親から殴られながら、大人になって立派になっていいたのだとか。たとえば、もめごとが起きても、警察のお世話になどならずに、自分たちで解決できたといいます。

e0143522_23242898.jpgけれど、今の職人さんは、少しでも、「こつん」とされようものなら、声を震わせて「訴えます」といって、自分の権利を主張するそうです。高校、大学としっかり出ていて学歴もあり、きちんとした職を持つ親御さんに育てられているのに、人間としての成熟度が低い、そして、その原因は、「親の育て方」にあると友人は思っているようです。

どんなに立派な学歴や職業を持っていても、他人の気持ちを理解せずに、自分の権利を主張して、義務を果たさない大人を育ててしまうのは、親が「子供の育て方」がわからないのではないか。もしかすると、親御さんが頭が良すぎるから、「こうしたら得をするわよ」とか「これは、権利だから言っていいのよ」という知恵ばかりを子供に教え、「何をすればまわりの人が喜ぶか」とか、「困っている人がいるから助ける」とか、人間としての本質を教育していないのではないかと感じているようです。

たとえば、怪我をした時にも、昔の職人と今の職人では違いがあるといいます。たとえば、最近、工事現場でパイプが落ちてきて腕を怪我した人がいたそうです。怪我をしたら、労災なので休むことになりますが、昔の職人は釘を踏み抜いても、「自分が休んだら現場がたいへんだから」といって仕事に出てきたのだそうです。

今の人は、「休む権利があるから休む」と口に出してしまうようです。怪我をして働けないのは仕方ないとしても、その間、他の人が自分の穴を埋めているのです。そういう人たちの感情を察することなく、「休むのは当然の権利だから」というのは、人間として未熟だと、年寄は感じます。

また、もう一つ、昔と違うことがあります。それは、自分が怪我をした原因を作った人を見つけ、とことん責めることを望むことだといいます。たとえば、パイプが当たって怪我をしたら、そのパイプを落とした誰かをみつけ、会社からも厳しく注意してほしいと思うようです。

けれど、工事現場で働くなら、だれが、どの立場になっても、おかしくないのです。自分が怪我をすることもあれば、誰かを怪我させてしまう可能性もあります。少し想像力を働かせたら、誰かひとりを責め続けることより、誰にでも起こりうることだからこそ、事故が起きないように、それぞれが心を引き締めて、みんなで気を付けるようにと、指導する会社が正しいと思うのですが、怪我をした人は、それでは、納得がいかないようなのです。

人間としてあまりに成熟度が低いと、何か問題が起きた時に、「守ってやろう」「かばってやろう」という気持ちは起きないのだと友人はいいます。そして、「こういうことは、子供が幼稚園の頃に親が教えるものではなかったのか」と疑問を感じるようです。

教育に従事するものとして、賢くする、能力を引き出す責任がある一方で、子供たちが人間として成熟するための教育は、社会で生きるために、絶対に必要だと、再確認する話です。

さて、木下式が厳しいといわれるのは、歌上手で音感の出できる子を育てる中で、全力を尽くす子、責任を果たす子、他人と協力する子、人の気持ちを考える子、自分中心に考えない子など、人間の本質を育てることも、行っているからかもしれません。けれど、幼児期に人間としてのありようを示すことで、その子が、将来、社会に出て、いろいろな方から可愛がっていただくためにも、絶対に大事なことだと思うのです。
by k-onkan | 2016-04-28 23:22 | 子育て | Comments(0)

新入園児は泣くものだから

幼稚園が始まると、生活が変わり、とても疲れてしまうお子さんも多くいると思います。楽院でも3歳児のIちゃんが、幼稚園から帰ると毎日、大泣きするようになり、楽院のレッスンに通うのもたいへんそうです。けれど、私たちにとっては、毎年恒例のことです。新入園児が新しい生活に慣れるまで、様子見をしながら、必要に応じて、気分を変えさせたり、親御さんに付き添っていただいたりなど、子供が頑張れるように、この時期はご機嫌もとります。

e0143522_2158189.jpg幼稚園に入る前には、家庭でなんでも子ども中心に物事が進んでいた子にとって、集団生活は我慢がいっぱいでつらいものです。もちろん、大人になったら我慢しなければいけないのでその練習の第一歩なのですが、最初から、すべてスムースに進まないものです。最初は泣いたり、いやがったりする気持ちに折り合いをつけて、やるべきことをやれるように、していきたいと思っています。

さて、子供が泣くと、本人も疲れますが、その子を連れている親御さんも、不安なのかもしれません。わが子が泣く理由がわからず、ただただ疲れ果ててしまうこともあるでしょう。ですが、親御さんもかんしゃくを起こしたり、無理に泣きやませようと思わったりせず、とりあえず抱っこをして「疲れたんだよね。よく頑張ったね」と声をかけてあげていただきたいと思います。また、は腹が立つことがあっても突き放すのではなく、気分を変えさせてあげていただきたいと思います。その後、「頑張っておいで」と応援してほしいのです。

こう書くと、「先生たちは、昔より甘くなった」と言われるかもしれません。ですが、まだ3歳です。そして、物事の道理がわかっていない内には、怖く厳しくして、いうことを聞かせても仕方ないように思います。

ただし、いつまでも変化や成長がないまま、「泣けば思い通りになる」と思っている様子が見えたら、「いい加減にしておきなさい」と叱るべき時もくるでしょう。私たちは子どもの気持ちを理解する努力はしますが、だからといって、子供のわがままを100パーセント受け入れようと思っているわけではありません。親がわが子を大事に思うように、子供にも親を思いやったり、感謝したりできる子に育てるためには、時に、叱らなければならない時は、絶対にあると感じます。ですが、「叱ること」が幼児期にはとても効果がある分、二度と同じことで叱られなくてすむように、瞬間的に叱り、回心させ、決してだらだら、叱ってはいけないと思っているのです。
by k-onkan | 2016-04-27 23:57 | 幼児 | Comments(0)

子供にもプライドがある!

ある保育園での出来事です。その保育園では、昨年、年少、年中、年長と三学年が一斉に、音感教育を開始したので、年中と年長は別の時間帯に同じ内容のレッスンを行っています。けれど、最近、年長クラスの中には、「頑張る子・成長のはやい子・理解力のある子のグループ」と、「おとなしく誰かの後ろについていくグループ」と意欲に差が出てきてしまいました。このまま、レッスンを続けていくと、「音感が得意な子」と「適当に取り組む子」に分かれてしまうでしょう。

e0143522_1959953.jpgそこで、率先して頑張るタイプと、人の後ろについていくタイプを二つに分け、人の後ろを好むお子さんを年齢の小さいクラスに参加させ、「小さい子のお手本」という使命を与えました。すると、これまで、月齢の大きい子や理解力のある子の影に隠れて、意欲を見せなかった子たちが、「小さい子に負けるのはいや」「自分はお手本だ」と立派な姿を見せたり、張り切ったりするようになりました。

反対に、理解力があったり、音楽に馴染みがあるお子さんは、自分たちの後ろにいるはずのメンバーがいないことで、少し不安になったようです。なぜなら、これまでは、その子たちに注意がいくことで、多少手をぬいても注意を受けることはなかったからです。中には、「自分も小さい子のクラスにいきたい」と願いでるお子さんもありました。

もしかすると、小さい子のクラスの方が、お稽古が楽だと思ったのかもしれませんが、時間も内容も同じです。ただ、小さい子のクラスと参加すると自分にもっと自信を感じるのかもしれません。「小さい子のクラスに行きたい」というお子さんは、しばらく、その希望をかなえてあげたいと思います。

異年齢のクラスで、勉強させると、どんな効果があるか、森の木々を例にご説明しましょう。たとえば、森の中に、よく茂った高木、その下に中木、そのまた下に低木があったとします。一番、日光を浴びるのは、高木です。けれど、この高木をどければ、中木や低木にもがあたります。けれど、高木がある限りは、中木と低木には、十分な日はあたりません。

つまり、いつも、同じ子どもが褒められるのではなく、普段、注目を浴びないグループも頑張れれば認められて、やる気が出せる状態を作りたいのです。反対に、いつも「ほどほどの頑張りで認められている子どもたちには、本気を出して、もう一歩、挑戦してほしいと思っています。

さて、私たち、大人は集団の中に、ついていけない子がいると、「無理をしてまで一緒に、難しいことをやらせるのはかわいそう」と思うものです。特に、苦手意識をもっていて、まったく関心を示さない男の子と出会うと、無理をさせるより簡単な課題をさせてあげることが親切な気もします。ですが、子ども自身は、「負担にならないこと」より、「お友達と一緒にできること」を望んだりします。特別扱いをして、無理をさせないより、大人が少し余計に手をかけて、他の子と同じにできるようにしてあげることの必要性を感じます。そして、どんなに遅れている子でも、「みんなと一緒にやりたい」と自分で意思表示をした子は、すぐに結果は出なくても、必ず、後からできるようになると、信じているのです。
by k-onkan | 2016-04-26 23:57 | 幼児 | Comments(0)

手先の器用さは大人の責任!?

大阪の幼稚園の教諭の研修会に出かけました。まず、32名の年長児をお借りして、私が授業をしながら、「ふだん、どのような点に気を付けて、指導するか」を先生たちと確認しながら、すすめました。普段、担任の先生が勉強して、音感を指導しているため、お子さんはコツを教えると、すぐに上手になります。その反面、少しでも、気を抜くと、参加しなくなってしまいます。32名のお子さんがいたら、全員がモチベーションを高く、取り組めるようにすることが、担任の先生の腕の見せ所かもしれません。

e0143522_20711100.jpgさて、その幼稚園だけの問題ではないのですが、とても気になったことがあります。それは、年長になった子どもたちの手先が、20年前、30年前に比べて、不器用になっていることです。タッチ一つでドアが開いたり、水が出たりで、手先を使うことが減っているということも一因があるはずです。

その幼稚園のお子さんたちは、皆さん、「おんぷをかこう6巻」を勉強しており、音感かるたから、正しく五線譜上に音符を書いていました。ですが、書いている音符が、まるで、ミミズが這ったようなマルなのです。よく観察すると、子どもたちは、みな鉛筆を持つ位置が芯に近すぎています。そのため、芯の先が、自分の手指に隠れて、自分が書いている対象物をよく見ていません。

昔は、「姿勢を伸ばせ」とか「鉛筆の持ち方」「箸の持ち方」など、いろいろとうるさく言ったものです。子どもの頃は、「うるさいなぁ。書ければ、姿勢などどうでもいいのでは?」と正直、思ったものでした。しかし、「正しい持ち方」や「正しい姿勢」をすることは、身体を正しく使い、より、簡単に上手になる近道なのかもしれません。

最近は、学校でも家庭でも、箸や鉛筆の持ち方など、口うるさい存在は減っています。ですが、気が付いたら、できるなら、早期に直せる癖は直しておきたいものです。先日、ご紹介した「賢い子に育てる究極のコツ」には、幼児の手先が器用かどうかは、大人次第という意味のことが、書かれていました。幼児期に子供と関わる機会がある方は、どうか、気を付けて見ていただきたいと思います。悪い癖によって、後から、身体に負担がかかったりするのは、かわいそうですから。
by k-onkan | 2016-04-25 23:07 | お稽古事 | Comments(0)

手を放しても、目は放さず・・・

幼児期は、「お友達が頑張っているから、自分も」という気持ちもあり、集団で全力を尽くすことができました。しかし、小学生も4年~5を過ぎた頃には、素直な男児であっても「自分が友達に比べて、これができていない」とか「友達の方がよくできる」など、それぞれの差を感じるようになるようです。そして、がんばっても簡単には結果が出ないと分かると、少し荒れて、悪い態度をしたりもします。

e0143522_19335712.jpg音感のレッスンや合唱中の態度の悪さが見えたら、スランプを乗り越えるためのアドバイスをしたりしつつ、親御さんにも「家庭でも、気を付けて見守ってください」とお願いしています。音感のレッスン中のことは、私たちが、責任をもって指導をしますが、一つの場所で態度の悪さが見える時には、他のおけいこや学校でも、態度がすさんでいることもあるからです。

一人ひとりは、いい子であっても、「マイナスな気持ち」を持った子ども同士がつるむと、結果として、悪いことが起きることもあります。過保護と言われても、小学生の間は、大人の目は失くさないでいたいと思っています。

最近、児童部のレッスンが終わると、いつまでも数名の男の子が遊んでいきます。先生たちが掃除をする横で、ボールで遊んだり、ゲームで遊んだり、掃除の手伝い(邪魔?)をしながら楽しそうにしています。「暗くなるから帰りなさい」と促しても、「家に帰っても、誰もいないから」とか「ちゃんと、家の人には連絡したから」とちっともいうことを聞きません。帰り道が心配だから、早く追い出していますが、気にもなっています。

なぜなら、一人は声変わりが確実に近づいている6年生の男児も、もう一人は、家族が忙しくて家に帰ってもさみしい4年生の男児は、二人とも、心に何か不安なことがあるように見えるからです。きっと、楽院にいれば、先生たちに大きな声で怒鳴られたりして、構われるため、いつまでも、帰らないのかもしれません。レッスン時間や合宿であれば、とことん、おつきあいしますが、普段のレッスンは、終わったら、暗くなる前に返さなければと追い出すように返しています。でも、心配はしているのです。寂しい同士、不安な者同士で、大人の知らない場所で悪いことをしたりしないように、心にはとめておきたいと思っているのです。
by k-onkan | 2016-04-24 23:31 | 児童 | Comments(0)

口型や手指はわが子のようなもの

幼い頃は、「先生ができるようにしてあげるから、やってごらん!」という言葉に乗ってきた子供も、小学生になると、なかなか、モチベーションがあがらなくなるものです。周囲に自分よりできる人がいると気づいたり、自分の短所にも目がいくようになるからかもしれません。時に、「どうせ、自分なんか」と卑下した諦めを感じることもあります。

e0143522_18421493.jpgそれでも、どうにかモチベーションをあげて、成果を出させるのが、私たちの仕事です。「音楽会にいい曲がもらえるように」「音楽祭の代表に選ばれるように頑張って」など色々な理由を与えますが、長年の付き合いなので、子供たちも慣れてきます。

特に、女の子は、脳の成長が早い分、投げやりな態度になるのも早いように感じます。「どうせ、男の子の方が声がいいしーー確かに、男児の美声は女児にはない魅力がありますーー「なんだかんだ言って、先生たちは男の子が可愛いのよーー男は幼い分、いつまでも甘えてくるし女の子より素直かもーー」。

色々な理由で、女の子は悪い態度を見せることもあるのです。それも成長の一環ですが、ちょっと、ひねくれている時は頭ごなしに叱っても、いいことは絶対ないのです。その昔、自分が頭ごなしに叱られて、大人たちに反抗した体験からの動物的なカンです。

でも、幼い頃から、関わった大人としては、気分が乗らないから本気を出せない、という女の子のわがままを許すのも不本意です。ここで大人が無関心でいると、「自分は賢いから、なんでもで言いくるめられる」と手抜きをしたり、ずるいことをする苦手なタイプの女性が育つ可能性も否定できません。

これが、長年、女の子達と付き合う上でに悩みのタネでしたが、ー最近、女の子にモチベーションを上げさせる方法を見つけたのです。それは、こんなたとえ話から始まります。

「女の子は、いつか、お母さんになるかもしれないでしょ?その時、自分の子をきちんと育てられるかどうか、今のままじゃ、わからないよ。だって、自分の体の一部の口型や手や指を思い通りに操れない人が、自分の子供に、「ダメよ」って言ってもいうことを聞かせられないって、先生は思うのよね。

あなたの体の中で、脳がお母さんで指令を出していると想像してごらんなさい。「つぎはオの口型だから口先をすぼめて!」と指令を出しているのに「できない。難しい。面倒くさい」。ちっともやろうとしていないでしょう?

高い声を出すときに、口をすぼめたままにするのは、難しいことよ。でも、自分の体の中にある口や手を思い通りにできない人が、将来、お母さんになって、自分の子に「ダメよ」と言っても、多分、いうことを聞かないと思うけど。。

「子供なんか、いらないからいいもん!って思うかも知れないけれど、そういう人だって、働けば、後輩とか部下ができるでしょ?『やって』と言ってもやらない部下だったら、困るでしょう?どうやったら、できるか、考えなくちゃ。。。」

2~3年生だと、これくらいで十分に驚いて協力してくれるのです。でも、これは真理だとはおもうのです。途中で「たいへんだから、もういいや」と諦めてしまう大人には、子育ても幼児教育も本当に難しいのです。気負いすぎてはいけませんが、気長にコツコツと決して諦めないで社会に送り出したいものです。
by k-onkan | 2016-04-23 23:39 | 児童 | Comments(0)

知的教育を始めるなら、おむつはとろう!!

楽院では、音感のレッスンを始めたら、何歳であっても「おむつ」を取らなければと思っています。楽院に到着するまでは紙おむつをはいていても、レッスン前にはお母さんとトイレにいっていただき、レッスンの間は、みんなでトイレにいく時間を作ります。それでも、失敗することもあるのですが、それでも、おむつを取りたい理由があるのです。

e0143522_12421780.jpg音感は幼児の感覚を高める教育です。その訓練を受ける子どもが、「自分の尿意」に鈍感であっては、音感教育の効果はあがらないと感じます。また、どんなに幼児期に優秀であったり、知能が高くても、おむつをしていては、人間として当たり前の発達をしていないことが、心配になります。些細なことと思われるかもしれませんが、尿意のコントロールはとても大事な課題です。

幼児期は、トイレの便器にじっと座ることが、怖かったりすることもあります。そんな時は、お母さんが目の前に座って、お子さんについていてあげていただきたいと思います。私たちも、一人でトイレができるまでは、便器の前で、手を握って待つこともあります。

ただ、レッスン中に、「トイレにいきたい」というお子さんの中には、「トイレに行けば、お母さんに会える」と思い、尿意がないのに「トイレ」に行きたがるお子さんもいます。そういう時は、「お稽古の間は、トイレは先生と行きましょう」と伝えます。

時には、聞き分けられずに「ママがいい」と泣くお子さんもいます。家庭の中だけで生活している時は、自分のペースでトイレに行っても構いませんし、お母さんと一緒!も通用します。ですが、集団の生活では、いつでも、自分だけの欲求が通るわけではありません。少しずつ、少しずつ、人に合せる我慢も教えていく必要があるのだと思います。そして、その第一歩が、パンツにすることなのではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-04-22 23:40 | のぞみクラス | Comments(0)

早期英語教育に警鐘を鳴らすー「『賢い子』を育てる究極のコツ」

最近、首都圏では、英語の幼稚園の入園を希望する親御さんがとても増えているそうです。国際社会になれば、英語力が必要になるとの考えからだと思いますが、だからこそ、幼児期は、自分の生まれた国の言葉―母語―の能力をきちんとつけておく必要を個人的には感じています。

e0143522_2092480.jpg私自身、大学時代4年半にわたって米国で英語を使って暮らしていたからこそ痛感してきたことがあります。それは、国際社会で求められる「英語能力」は、少しくらい発音がネイティブに近いことではなく、「自分にきちんとした考えがあって、相手に伝えたい」という思いがあることではないでしょうか。

私たち日本人が、どんなに英語が得意になったとしても、その国の文化で生まれ育ち、それを深く理解しているネイティブとは100%同じになることは絶対にありません。その時に、自分が特化すべき能力は、生まれ育った国の言語で深く考えて議論できるだけの知識です。

先日、作文の先生とお話しをさせていただく機会がありましたが、その先生からも「旅行に行って困らない程度の英語なら、中学生になってからでも、十分に身に付きます。また、国際会議でバンバン、意見が言えるような英語力を期待するなら、なおさら、母国語で自分の意見が言えないと、何も話せないでしょう。まず、自分の母国語で、いろいろなことを感じて、深く考え、表現できないと、日本語も外国語も中途半端になる可能性がある」という話をうかがいました。

最近、読んだ「『賢い子』を育てる究極のコツ(文響社)」には、脳の成長に合わせて8歳から10歳に始めるべきお稽古事が「語学」と記されていました。小学校低学年までは未熟だった母語がこの期に大人と同じような話し方まで成長するといわれます。たとえば、相手によって言葉を使い分けたり、敬語を使ったりなどもでき、語学の能力が総合的に伸びる時期のようです。つまり、語学を学ぶべきターニングポイントです。

よく超早期に英語教育をすすめる言葉に「幼児期しか聴き分けられない音を聴き分けられるようにしておく」という謳い文句があります。確かに、日本人はRとLの聴き分けが苦手です。しかし、その聴き分けだけのために幼児期から英語を与え、二か国語のストレスを与えることが、必ずしも、お金を払っただけ子どもにプラスになるかどうかは、現時点では分かっていないと瀧先生は書かれています。それよりも、音楽を習い、音感、リズム感、運動能力を手に入れて、言語能力の土台を作る方が、将来、外国語の発音を習得する力になるはずと何度も繰り返し書かれていました。

それでも、教育熱心な親御さんは、幼児期から英語を学ばせるのでしょう。子ども時代に外国語に慣れ親しむことで、あこがれをもって、将来、「学びたい」と思うこともあると思います。思えば、私も幼稚園の課外授業の英語レッスンに強いあこがれを持っていたから、アメリカまで飛び出したのかもしれません。しかし、中高の授業以外で英会話を習ったことがない私が英語を習得できたのは、間違いなく、音楽で培った能力のお蔭でした。

どうしても、幼児期に英語を学ばせたいなら、くれぐれも、一日中、英語で過ごす幼稚園、保育園ではなく、日本語がメインで、時々、英語の時間がある園を選んでいただきたいと思うのです。危険なことなど、咄嗟の時にどちらの言語で言うのが正しいかを、考えながら話すようなストレスを幼児期に与えることで、何かもっと大事な能力を失わせるような気がしてならないからです。
by k-onkan | 2016-04-21 23:07 | お稽古事 | Comments(0)