麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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悪いのは子供じゃない!

百マス計算で著名な陰山先生のツイートに、「子どもの前に立ち、静かになるまで待つようにすれば、言葉も感情も激しくすることなく、指導できる。ところが、それで静かにしない子どももいる。そういう子は、集団から離して、個別に指導する。その様子を見て、また子どもはどうすべきかを考えるようになる。やはり、大声はいらない」というものを見かけました。

e0143522_122017.jpgこのご意見はとても納得できるものです。しかし、例外があります。それは、幼児期の六年間をかけて、物事の分別も教えず、大人の話は静かに聴くという習慣を身につけてない子どもばかりのクラスでは、たとえ、先生が目の前で静かに立っても、生徒が静かにできないということです。

私は、25年間、幼児期の音感教育、木下式を幼稚園、保育園で指導してきました。どこの園にいっても、園児たちは「先生の話は静かに聴く」ことが習慣づけられています。しかし、数年前、はじめてであった保育園の子どもたちは、机に向かうと、とたんに隣の子と話を始めて、常にザワザワしていました。

通常、クラス全体が騒いでいても、一番、うるさい一部の子どもたちに威厳のある声で、「静かに」といえば、全員が気づいて静かになるものです。しかし、その保育園では、注意を受けた子どもたちが黙ると違う場所の子どもが騒ぎはじめます。私にとって、はじめての経験でしたが、「これが、保育園から来る子どもによって学級が崩壊する」ということなのだと実感したものでした。

30名の年長児が、常にザワザワしているクラスで大声を出しても、指導する自分が疲れるだけです。そこで、最初はホイッスルの力を借りました。笛のピッという音がすると、さすがに全員が黙ります。そこで、「先生と音感のワークをしたい人は机に座ったら静かに話を聴こう。先生の声が聴こえないほど騒ぐなら、ワークはしません」と伝えました。

わざわざ、そのために購入した笛でしたが、本当に使ったのは最初の日に1回、そして、二週間後のレッスンで、「音感の勉強をする時は、静かに話を聞く」ということを思い出すために、もう一度使っただけでした。その後は「シッー」と呼気の強い音を出せば、私語を止められるようになってきました。

しかし、月に3回1時間の音感の時間だけで、「大人の話に静かに聞く」という習慣を身につけさせるのはとても難しいことです。そこで、普段の保育の時間から、「先生が話をする前には全員を静かにさせること。静かになるまで大人は行動を移さないこと」を担任の先生にお願いしました。

クラスに静かに話を聞けない子どもがいると、その子供が悪いことになってしまいます。しかし、子供をそうさせている責任は、大人にあると、私は思っています。幼児たちが「大きな声を出さないと、話を聴けない」とか「学校へ行って大人の話に興味を持てない状態」に幼児期に育てないことが、幼児教育の目的なのだと思います。なにより、子供が大人の話をきちんと聞けないのは、子供自身が、普段、ちゃんと話を聞いてもらえていないから、ということも忘れないようにしなければと思うのです。
by k-onkan | 2016-06-30 20:14 | 教育 | Comments(0)

卒業生からの幸せな報告

大学生になる卒業生のMちゃんからとても嬉しいメッセージをいただきました。大学時代に一生懸命、取り組んできた音楽サークルの最後の舞台を終え、引退したというお知らせと、子供時代に音感を学んだことに対する感謝が記されていました。

e0143522_2044738.jpgMちゃんは、これまで25年間、私が教えた子どもの中で、5本の指に入るほど模範唱を真似ることが苦手なお嬢さんでした。本人はとてもまじめに取り組んでいるので注意するのが申し訳ないのですが、一つひとつ、出す声が音程に合わないのです。

兄も弟も歌が得意だったので、なおさら不憫で「一日も早く、なんとかしなければ」と真剣に向き合ったことを記憶しています。頑張っているのに違う声が出る、まじめな女の子にとって、「苦手なことを見逃さない私は、イヤな存在であっただろうと思います。それでも、6年生まで音楽の勉強を続けたことは、決して、マイナスなことばかりではなかったようです。

「楽院での日々は決して楽しいことばかりではなかったけど、先生方のお陰で、そこそこピアノが弾けて、楽譜が読め、音程が分かるようになったことで、たくさん楽しい思いをすることができました。小さいときのままのスーパ音痴な私だったら、これほどまでに音楽を楽しめなかったと思います。子供時代は、「歌う喜びと」いわれても、何のことか分からなかったけれど、子供時代に感性を育てられたこと、そして、音楽を楽しめる基礎があることが、本当に人生を豊かにしてくれたと思います。毎日、毎日、子どもの相手をするのは、体力も気力もいることだと思いますが、将来、こうやって教えてもらってよかったなと思う生徒が出てくると思います。お体に気をつけてがんばってください!」。

卒業生が成長して、大人になって、頼り甲斐がある存在になると、年をとった私たちは、子供から労わられたり、やさしくしてもらえるのだと嬉しい反面、過ぎ去った時間が懐かしく、また、少しだけ、寂しくも感じたりするのです。今夏から、1年間、海外の大学に留学するMちゃんですが、きっと異国の地でも、音楽を通して楽しい経験ができるのではないかと期待しています。
by k-onkan | 2016-06-29 23:42 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

幼児期なら誰でもできる!

毎月3回、指導をする保育園に出かけてきました。音感のレッスンを始めた頃は、「音感が苦手」といって興味を示さなかった男児がクラスの中心となって声を出すようになっていたり、気分が乗らないとへそを曲げて、一人で部屋の片すみで不機嫌な様子を見せていた女児が、誰より意欲的に取り組む姿が見られ、とても嬉しく感じました。

e0143522_19224739.jpg幼児期の子どもは、まだ大人が考えるほど「向き、不向き」や「苦手意識」を持って物事に取り組んでいるわけではありません。特に、木下式の音感かるたによる連合学習は、「みんなとやること」として、んとなく参加していても、知らず知らずのうちにできることが増えていきます。特に、一般の童謡が歌えるほどに課題が進めば、「音感の好き、嫌い」に関係なく「歌う喜び」を感じられるようになるようです。これは、音楽に癒しの効果があるという以外に「深く息を吸って声を出すこと」、そして、「人と協調して何かを作り出すこと」は、幼児にとっても、究極の喜びであるからかもしれません。

保育園に教えにいくようになって、深く呼吸をとって、お腹の底から声を出すことが苦手な子どもがとても多いことに、すごく驚きました。これは、昔のように、子供たちがのびのびと体を動かしたり、深く息を吸って声を出すことができる環境でなくなったことも一因かもしれませんが、自然に息を取れないと、響きのある美しい声は生まれないのです。

木下式は、「どんな子供も音痴にしない」という信念によって生まれているため、人間が本来、持っている感覚を使いこなせるようにして、音痴を是正します。1年以上、勉強すれば、息を深く吸うのが不得手な保育園の子どもたちであっても、ずいぶん音程がよくなってきます補助についてくださる保育士の先生は、「それぞれの成長に差はあっても、みんなが音符を読み、書けるようになっていること、そして、一人ずつ、声を出して歌えるようになっていること」に驚かれています。

音感教育を始める前と、始めた後の子どもたちの成長さを見ると、「音楽が好きかどうか」「歌が好きかどうか」「楽器に興味があるかどうか」「音感が必要か否か」などに関係なく、人間として生きていくために、すべての子どもが、自分の身体を使って、自分の声をきちんと出せるようにすることは、人間として生きるための基本ではないかと思うのです。
by k-onkan | 2016-06-28 23:20 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

声の美しさの基本は呼吸!

今年度、はじめて、埼玉県の登録園の指導に出かけました。ここは毎学期、教諭の皆さんが、木下式の講習会を受けて、園児の音感指導を行っており、年に何回か、私が、教諭と園児の指導をさせていただいています。幼稚園の門をくぐると、しばらく会っていないはずなのに、どこからともなく園児がやってきて、「麻奈先生、こんにちは」と喜んで迎えてくれます。以前に、音感の指導をしたのは、半年以上も前のことなのに、子供たちは、ちゃんと、覚えているようなのです。それは、毎日、保育の中で、音感のレッスンを行っているからかもしれません。

e0143522_19541473.jpgそれぞれのクラスを指導すると、年少は年少なりに、年中、年長は年長者らしく、お稽古に取り組む姿勢がよく、理解力や集中力を感じられました。何より、嬉しかったことは、年中、年長の子どもの声がとても美しかったことでした。これこそ、教諭自ら、木下式の指導法を勉強して実践した成果です。研修を受けた教諭は、音感教育だけでなく、日常の保育についても、木下式の声の出し方で鮮明に話す習慣が身に着いています。その結果、幼児たちに集中力が備わっていくのです。

つまり、毎日、聞いている先生の声が美しければ、子供たちの声も響きが生まれ、美しくなるのです。これは、高い声で、話しかけられれば、必然的に、呼応する声も高くなり、低くボソボソとした声で、話しかけられていれば、その受け答えも、同様の低い声になることを表しています。

さて、木下式で私たちが、「声の良し悪し」にこだわるのは、「声を出すこと」は、人間として生きるための基本だと考えているからです。特に、木下式の発声法は、お腹の底から声を出すため、知らず知らずのうちに呼吸が深くなり、腹筋や横隔膜が鍛えられています。つまり、正しく歌を歌うために必要な「呼吸」は、人間として生きるための基本でもあるということです。

子供たちの真剣な取り組みに、私は、25年前のことを思い出しました。はじめて、この園に指導にいった時のことは拙著にも書いたことがありますが、失礼ながら、当時の園児や教諭は、「教育」からはほど遠い存在で、子供たち全員が集中して、何かに取り組むことは、とても難しいことでした。

ところが、今では、卒園生がいる小学校の参観にいくと、「他の園から来た子とはまったく違う。落ち着きと集中力をもって、先生に集中している」と評価されるようです。25年前のことを思い出すと、私は「夢なのでは?」と思ってしまいますが、これは、大人が継続して努力した成果なのだと思います。一見、不可能に見えることも、コツコツと続けていくことで、大きな結果を成し遂げるという証明なのかもしれません。
by k-onkan | 2016-06-27 23:47 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

ばぁばの子育てに思うこと・・・

毎週、行っているベビークラスの引率に、お祖母ちゃまが孫を連れて参加してくださいました。その様子を見ながら、つくづく「ばぁばの子育て」がありがたいと思いました。こう書くと若いお母さんから「ならば、子供はみんな祖父母で育てればいいじゃない」と反感を買いそうで心配ですが、それでも、あえて「ばぁばの子育て」について書いてみようと思います。

e0143522_19195085.jpgまず、「ばぁば」は孫の気持ちがよく分かります。小さな子供が「やってしまいそうな悪い行動」は、事前に察知できるため、手を添えたり、カバーして、よその人に迷惑になる「人を叩いたり」「人のものを盗ったり」は生じないようにします。

常に子どもに目配りをもって、観察しているため、子供は駄々をこねたり、逃げ回ったりする必要がありません。祖父母は、子供に危険がないように観察し、体力、気力ともに、クタクタになりながら、付き合ってくれます。そんな祖母の姿を見ながら、子供は大人の気持ちがよくわかる落ち着いた子に育つかもしれません。これは、ばぁばがわが子を育てる時に想像以上の苦労をした経験の上に成り立つものなので、尊敬と感謝の念を忘れないようにしたいと感じます。

しかし、大事なことがあります。それは、昔から、「「年寄りっ子は三文安い」という言葉があることです。これは、「年寄りに甘やかされて育った子は、他の子よりも値打ちが低い」という意味です。祖父母の中には、子供を喜ばせるためには、どんな散財も厭わない方もあり、心を鬼にしないと過剰な甘やかしをする結果になることもあります。

時に、子供の気持ちをちっとも理解できない理不尽な存在の親であっても、それでも、親こそが子供と一緒に育っていくべき存在です。また、若い親だからこそ、祖父母に勝っていることもあるのです。それは、子供の運動能力や、好奇心をとことん伸ばすだけの体力です。また、わが子が悪いことをした際に、「自分の責任」として、心を鬼にしてきっぱりと叱れるのも、祖父母よりは親なのかもしれません。

そして、思うのです。結局、子供を育てる時には、若い両親だけの子育ても、祖父母だけの子育ても、女親だけの子育ても、男親だけの子育ても、先生(外注する)だけの子育てでも不完全であり、いろいろな人が力を合わせて、一人の子どもの自立や幸福のために、手を貸すことが子育てなのではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-06-26 23:18 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

ピアノには脳を鍛える効果がある!

楽院では、2週間後の学内の成果報告音楽会を控え、ピアノの試聴会を行いました。子どもたちの練習過程を保護者の方に聴かせるのは、ご家庭でも、本番までの子どもたちを側面支援していただくことが目的です。

子どもたちの演奏を聴くと、「普段のレッスンで言われていることを消化できている子と、そうでない子がいることが分かります。しかし、幼児期に木下式を受けて音感が定着している子の強みは、子供が本気になって頑張ると、見違えるほど変化する底力があることです。ここは、一般のピアノ教室に通うお子さんと、楽院の生徒の違いです。だからと言って、平素、努力しない言い訳にはならないため、日々の積み重ねを説いているのですが……。

e0143522_13205160.jpg演奏が終わって、ピアノの先生方から、演奏の評価、アドバイス、これからの練習の仕方などのお話がありました。私は、東北大学の認知症の研究をされる脳医学で著名な瀧靖之先生が「たとえば、運動神経がいい運動選手や、高い偏差値の大学に通う人は、さかのぼると、子供時代にピアノをやっていたことがわかっている」と書かれていたことを思い出しました。ピアノを勉強することで、「脳梁」が大きくなったり、音楽が運動神経と強い関わりを持っているなど、理由はいろいろあるのでしょう。

ピアノは学校の成績とは直接、関係がないので、「別にそんなに一生懸命、やらなくても」とおろそかにしがちです。けれど、ピアノの練習をすることで、脳の未発達な部分も一緒に鍛えられていくように感じます。そう考えると、ピアノは自分の脳を鍛える修行になる、と思って頑張ってほしいと思っています。

それを自ら、証明しているのが、5年生の凸凹っこYくんです。小さい頃は、手の力が弱く、音感かるたや鉛筆を握らせても、すぐに落とすほど弱い手指をしていました。ピアノを始めた時も、5本の指を同時に動かして何かを弾くことは難しいと思うほど、不器用な手指でした。それが、7年経った今、ピアノでソナチネの曲を弾き、弟の独唱にハーモニーをつけて歌えるほど、音楽面では器用になってきました。

何より、人とコミュニケーションを取ることや協調することが、苦手な特性がありながら、他のどの子どもよりも、木下先生の指先から、その意図を汲み取って、忠実に音楽を表現する器用さを持っています。7年前、もし「この子は、そういう特性だから、何かをさせることがかわいそう」と何もさせなかったら、現在の姿はなかったはずです。そう考えると、音楽の力、ピアノの力は口では言い表せないほどのパワーがあると思うのです。
by k-onkan | 2016-06-25 23:18 | 音楽 | Comments(0)

音楽で求められる「賢さ」とは?

ベビークラスを始めてちょうど、1ヶ月が経過しました。最初は、できなかった「手はおひざ」ができるようになったり、「○○ちゃーん」と呼ぶと「ハイ」と返事をしたり、私が歌って聴かせる音感かるたと同じかるたを探して取って来たりと、毎週、できることが増えています。

e0143522_18274220.jpg首都圏では、1歳から始められる「幼児教育」がブームのようですが、1~2歳の内から男児を集団クラスに入れるのは、注意が必要かもしれません。男児は、自分独自の世界観を持ち、甘えん坊な面があります。女児に比べると幼く、理解力がなく見えますが、それは幼児期の男児の特質なのです。

それなのに、女児と比べて「ダメね」「理解力がないわね」と、早くから集団行動を無理強いすると子どもはもっと抵抗を示すでしょう。男児は、急いで集団行動に取り組ませるより、その子が好きなことを、じっくりと集中して取り組む時間や、体を使うことを大事にしたいものです。10人の子どもがいたら、それぞれの性質や性別や月齢によって、成長と発達が異なることを忘れないようにしたいものです。

一般では、「いい子」とか「優秀な子」というと、なにか特別な能力があったり、大人の指示に従順で、行儀のいい子供のことを指すのかもしれませんが楽院で私たちが求める「いい子」は少し違います。それは、私たちが教えるのが、他の何の科目でもなく、音楽だからです。

音楽という科目は、頭の良さも求められますが、それは、「1+1が必ず2になる」という類の賢さではありません。もちろん、記憶力も必要ですが、感受性も求められ、他人の気持ちを読み取る力も大事です。国語的な頭の使い方もしますし、算数的な頭も求められます。また、一定のリズムで演奏するためには、運動能力や反射性も必要で、自分の身体を自由自在に使いこなせることも必要なのです。

そのため、音楽を教える際の「いい子」は、「学ぶことに素直であり、教えられたことを吸収して、自分なりに考えられる子。好奇心があり、自分から頑張る自己主張のあるお子さん」なのです。私たちが幼児期のお子さんが「目が輝いているかどうか」にこだわるのは、目を見れば、素直か荒んでいるか、好奇心があるか諦めているか、気力があるか、無気力であるか、すぐに分かるからです。

乳幼児期に、他のお子さんと一緒に活動できなくても、児童期に他の子と同じ能力がなくても、大人になるまでに、きちんと自信が持てるだけの能力が身に付けられれば、それでいいと思います。ただし、幼児期から「できないのが当たり前」と何の努力もせずに、あるがままを受け入れれば、何歳になっても「できないまま」成長する可能性はあるのです。ですから、1歳には1歳、2歳には2歳、3歳には3歳、6歳には6歳、10歳には10歳でに習得すべき、体の使い方、頭の使い方、心の成長を、段階をおって、経験させていくことが大事なのではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-06-24 18:27 | 音楽 | Comments(0)

改造計画、続行中!!

1週間前から、1年生の甥Kの「改造計画」のため、妹は家族で毎晩、マラソンをしています。兄甥は義弟と5キロ弱、弟甥は3キロ弱を走っています。短距離が得意なKは、ダーっと一気に走っては休み、休んでは走るのですが、マラソンは地道にコツコツ、走り続けなければなりません。「どんな時も、全力で頑張ってほしい」との願いから、両親も一緒に、全力で付き合っています。

e0143522_13342872.jpg先週の土曜日のことです。その日は、Kは「歌が上手になった」と木下先生に褒められてたいへんご機嫌でした。普段なら、絶対に私には分けてくれないおやつを「まぁちゃんもどうぞ」とお皿に半分、持ってきたのは、隠れて独唱の練習をさせた私に対する感謝の表れだったのかもしれません。

木下先生に褒められた効果は、晩御飯の後のマラソンにも影響しました。その日は足音も軽く、コツコツと走り続けることができ、初めて母を負かしたといいます。小さな頃から運動を習慣にしている子どもが本気になったら、何もしていない大人は簡単には敵わないのかもしれません。「改造が必要なのは自分だった。Kちゃんにマラソンで負けちゃった」と告白していました。

けれど、気分屋のKは、毎日、走り続けられるわけではないのです。お腹が痛い日もあれば、気分が乗らない日もあります。いろいろな理由で「できない言い訳」をするKに「音楽会の本番も、マラソンのレースも、Kちゃんが気分のいい日ばかりに開催されるとは限らない。どんな日も一生懸命、頑張らないといけない」と諭されていました。

叔母として何がしてやれるだろう」と思い側面支援を考えました。「お母さんにマラソンで勝った日には、50円をあげよう。これまでに何回、勝ったの?」「1回」。私は50円を渡しました。弟は兄に比べてお金に対して強い欲があるので、一番、苦手なことをするためのご褒美にしたのです。

賞金を出すと決めた日に、早速、「今日もお母さんに勝ったよ」と幸せな声の連絡がありました。私は内心、(このペースで勝ったら、20回で1000円も出すことになる…)と思いました。そこで、「いいんだよ。Kちゃん、無理に頑張らないで、つらい時はゆっくり走っても」と意地悪なことを伝えました。すると、「負けないよ」という答えが返ってきました。さて、賞金に釣られて、いつまで頑張れるのか、分かりませんが、2週間後には、親子で5キロマラソンに挑戦するといいます。それまで、地道にコツコツ走れるようになるために、少しだけ、馬の鼻先ににんじんを出しているのですが……
by k-onkan | 2016-06-23 13:38 | 児童 | Comments(0)

話が聴ける男児に育てるコツ

男児にとって、集団行動は難しいものです。けれど、男児であっても、集団行動ができる子も存在するのは、まぎれもない事実です。いろいろな幼稚園、保育園で、そうした男の子を観察して、私なりに見つけた共通点があるのです。

e0143522_20112058.jpgそれは、お母さんが忙しく働いていたとしても、子供が好奇心をもった時には、ちゃんと話をきいて、子供の質問に答え、親としてわが子のためにできることは、一生懸命、取り組むお母さんの子供です。

たとえば、「ねぇ、お母さん、これってどういう意味?」と聞いた時に、「今は、ごはんを作っていて、忙しいんだから、余計なことを言わないで」と言ったとします。子供は自分から「何かを学ぶ」という気持ちは失くしてしまうでしょう。

反対に、「今は、ごはんを作っていて手が離せないけれど、後で、必ず、聞くから、お母さんに聞きたいことを、絶対に忘れずに覚えていてね」というお母さんであれば、子供は一生懸命、お母さんに「伝えること」を記憶して、後からでも話そうとするでしょう。十分に話を聞いているお母さんの息子は、男児であっても、「人の話に注意深く耳を傾けることができ、いろいろなことを学ぼうとします。

反対に、「あれはダメだからね、これをやらないでよ」。一度に、たくさんのことを騒がしく注意するお母さんの男児は、子供自身も、落ち着きがなく、他人の話を聞けないことが多いと感じます。これは、お母さんの子どもに対する注意の言葉が、かえって子供を興奮させて落ち着きなくしている可能性もあるのです。

子どもにきちんと、聞いて欲しい時は、お母さんも落ち着いた語調で、子供の目を見て、噛んで言い含めるように説明する必要があります。何かをしながらのついでに、注意を与えるのではなく、子供が何を考えているかじっくり目を見て観察しながら、話して聴かせるのです。こうして、向き合ってもらった幼児は、最終的には、物事に落ち着いて取り組めると感じます。

結局、幼児期に、大人の話を注意深くきけるかどうかは、その子が、きちんと話を聞いてもらったかどうかに、左右されると感じるのは、私だけではないだろうと思うのですが……。
by k-onkan | 2016-06-22 20:11 | 幼児 | Comments(0)

学習より大事な学びもある!

どこの幼稚園、保育園に教えにいっても、必ず、クラスに一人は存在するのが、「みんなと同じことができずに悪い態度をとる男児」です。本当は、みんなと一緒の活動がしたいのに、手先が不器用だったり、行動が遅いことから、すぐに癇癪を起こして泣き叫びます。他の子の迷惑になるので、先生が違う部屋に連れていくと、怒ってもっと騒ぎだします。新学期から数か月経ってもそんな様子が続くと、クラスの友達からも「迷惑な友達扱い」をされるようになり、「○くん、ダメだよ」とか「次はこれをやるんだよ」と教えられ、もっと不愉快な気分になり、癇癪を起こす、という悪循環の繰り返しです。

e0143522_19582627.jpg何歳であっても、男児は、基本的に集団行動が、苦手な生き物だと私は思っています。そのため、保育園や幼稚園で、音感のレッスンをする際には、「やりなさい」と無理強いをすることはありません。その日に、全てできなくても、卒園までに、同じことができるようになれば、それでいいと思っているからです。ただし、無理強いしないといっても、無視するわけではなく、目の端では、その子の存在を確認しながら、見えないふりをするのです。すると、寂しがり屋の男の子は、いつの間にか、戻ってきて、一緒に音感の課題をしていたりするのです。

一般に、幼稚園や保育園の先生、そして、お母さんは、「みんなと同じことをさせること」がとても重要なようで、「やりなさい」とか「頑張って」「お母さんは、これをやってほしいなぁ」とどうにか、やらせようと必死になります。けれど、本人が自分から「やりたい」と思ってやらないと、何も身につかないのです。

その上、「みんなと同じことをしないと、先生(お母さん)が心配して構ってくれる」と学ぶと、子供の迷惑な行為はもっとエスカレートします。しかし、本来、「迷惑なことをする子」より、「一生懸命、頑張った子」に対して、大人はもっと、目を向けるべきだと感じます。

先日も、ある保育園の年少クラスに、泣いたり、騒いだりする男児がいました。先生が世話を焼きっぱなしだったので、「やりたくないなら、やらなくていいよ。でも、他の人は、勉強しているから泣かないで静かにしてね」と声をかけました。

その際、付き添いの先生たちには、「やっていなくても、見ないふり」をお願いしました。泣いたり、騒いだりしても、誰も構ってくれないと分かると、他の子と一緒に、「おんぷをかこう」に取り組みはじめました。「麻奈先生、できたよ」と結構、楽しそうにしています。しかし、「目を見る、手はおひざ、足をバタバタしない」など、音感のルールを守るのは、できないようで、自分が好きな時に、好きなかるたに触り、勝手気ままな行動をします。「音感をやりたいなら、約束を守って。約束が守らないなら、やらなくていい」。その男の子は私の言葉に「ギャー」と泣きましたが、しばらく見ないふりをしていると、また、自分の席に戻って、取り組み始めました。

通常ですと、「ルールなんか、守らなくてもいいから、課題をやってほしい」と思われるのかもしれませんが、どんなに、課題ができても、ルールを守れない人は、社会に出てから、少なからず問題を起こすものです。たとえば、小学校で「勉強ができるから」と騒いでいたら、クラスの友達にも先生にも迷惑です。また、どんなに頭がよくても、他人の気持ちや都合を思いやれない人に育ったら、知識は役に立たないかもしれません。

私は幼稚園や保育園で、幼児期に、音感教育を行うのは、単に「音楽の能力」を高めるためだけでなく、物を学ぶルール、他人との関わり方、全力を尽くして努力すること、などまで、教えているのです。ですから、その日、課題をやったか、やらないか、より、ルールを守って、お友達と関われることの方が、大事な時期もあるのです。音感の指導は、子供が「自分から意欲をもって取り組むようになってから」でも間に合うのですから。
by k-onkan | 2016-06-21 19:57 | 幼児 | Comments(0)