麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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反抗期がないと危ないってホント!?

一般では、「反抗期がない子は危ない」と言われるようですが、兄甥Yもはたから見ると「反抗期がない」ように見えるかもしれません。でも、「とても扱いにくい時期」はもうあったと記憶しています。それは小学2年生の頃でした。Yは幼い頃から身体も大きく、常に、2学年上の友達と一緒に音感を勉強していたので、難しい時期も、その子たちと同じ頃に来ました。けれど、当時、幼馴染のお母さんが不治の病で入退院を繰り返すのを見聞きしていたため、「親しい人との別れ」を感じたのか、反抗期らしき様子は徐々に薄れていきました。

e0143522_12281037.jpg「反抗期がない子は危ない」と言われるのは、子どもに反抗する気力がないほど、親が抑圧してしまうことで、精神的に追い詰められてしまうことを心配されての言葉かもしれません。しかし、実際は、派手な反抗期もあれば、子どもの心の中だけで静かに収められるものもあります。また、親が「反抗された」と気づかないまま、終わる反抗期もあるように思います。

また、多少、過保護、過干渉、過管理の親がいても、子供が自分で考えて行動でき、その結果に自分で責任を持たされているなら、親からの支配や圧迫、抑制もそこまで感じないのではないかと思います。大きな反抗をする子どもは、子どもが所属するグループや友達を、親が管理したり、全てを過保護にして子ども一人では何もできないように育つ過程で、気概のある子どは親に反抗して、そこから抜け出そうとするのではないかと感じます。中には、親の抑圧を跳ね返せず、そのまま毒親の影響を受け病んでしまう人もあり、そういう人にとっては「反抗期がないのは危険」だと感じます。

もしかすると、反抗期は終わったと思っている甥Yにも、支配的な私たちの考えを否定したり、抵抗をしたりする時期が激しく到来するのかもしれません。しかし、それで子どもが一方的に「悪くなった」と思うことはありません。私たち親世代と違う新しい時代を生きるためには、私たちと違う考えを持つことが、必要であり、そのための課題なのだろうと思っています。

もちろん、反抗される親世代にも言い分はあって当たり前です。それぞれの時代にできることを試行錯誤して一生懸命、子育てをしてきても、ボタンの掛け違いなど、日常茶飯事です。それを子どもから全否定されるのは、つらいものがあります。それでも、それぞれの違いを知って双方の妥協点を見つけるために「反抗期があった方がいい親子」もいると、そんな風に感じます。

何にしても、「反抗期がないのは危険!」というたった一つのフレーズを鵜のみにして思い悩むより、物事には常に裏表があって、一般で言われることの深い意味まで考える習慣を、子どもたちにはつけた方がいいと感じるのです。そうした多くの情報から自分の望む答えを選んでいけることが一番、大事だと思います。そして、世の中に、たとえ自分と考えが違う人がいたとしても、それによって自分が全否定される理由などないのですから――。
by k-onkan | 2017-03-31 23:26 | 思春期・反抗期 | Comments(0)

伯母バカですが・・・・・・

甥Kが我が家にお泊りしている間の一番の行事は、友人のホストファミリーの観光のお供でスカイツリー観光をすること、そして、我が家で最後の食事会を開くことでした。自ら、アメリカで暮らした経験とさまざまな国を旅した経験から、外国の方が喜ぶ「おもてなし」はプライベートな場所で日常的な時を一緒に過ごすことと感じていました。そこで、妹に料理のほとんどをお願いしてテーブルいっぱいのメニューを用意して「日本での最後の晩」を演出することにしたのです。

e0143522_1224421.jpg今回、外国からのお客様を迎えて確信したことがありました。それは甥兄弟の気質の違いです。弟甥は誰の懐にでも入り込み、自然に可愛がられる性質です。私の大学時代の友人にもすぐに懐き甘えていました。また、英語もできないのに、自分からアメリカ人のご夫妻に近づき、「これ、どうぞ」などと言って可愛がられます。一緒に観光地を歩いていても、「あれ、まだ来てないよ」とか、「どっかへ行ってしまったんじゃない?」と探してみたり、自然に相手を思いやる様子を見せます。

反して、兄甥は元来、「大事にしている少人数」にだけ自分の本質を見せ、狭い世界で生きるのが好きなタイプです。特定の誰かと仲良くなるには、1対1の長い時間が必要なため、一期一会の場で自分をアピールするのは苦手です。ただ、「自己紹介くらい、自分でしてね」と言っておけば、事前に文章を作って記憶しておくなどの努力ができるのが兄甥の長所です。

私が、甥たちにうるさく、「次はあれをやって、これを持ってきて」と命令する様子に学生時代の友人たちは「本当に麻奈は甥たちが可愛くて仕方ないのね」と呆れられています。しかし、実は甥に限らず生徒たちにも同じように「先生風」をふかせて、命令しているだろうと思います。そして、甥や生徒たちが私のいうことを聞いてくれるのは、そうなるまでに、それだけ手をかけて一緒に苦楽をともにして、可愛がったという自負はあるのです。

スカイツリー観光の後、学生時代の一番の友人から「麻奈が甥っこたちを可愛がりたくなる理由が分かった」というお言葉をいただきました。甥たちは決して「なんでもいうことをきく、『いいこ』」ではありません。しかし、大人と一緒の時に「子どもだから」と無茶なわがままを言ったりしません。また、自分の考えは持っていますが、大人の方にいきなり生意気な口をきくこともないと思います。

低学年の弟甥は楽しくなると調子に乗って叱られることもありますが、二人とも子どもらしいところと大人びたところが混在し、よその方が短時間、付き合うのであれば、比較的、苦にならない子どもです。そのことを、「かわいがりたくなるのが分かる」と言われたに違いないと、伯母バカの私は思っているのです。
by k-onkan | 2017-03-30 23:57 | 我が家のこと | Comments(0)

子供の成長ははやい

楽院も春休みになり、1年生の甥Kが我が家にお泊まりにきています。普段はいい加減ですが大事な時に結果を出す兄甥とは違って、今ひとつ、信用がおけない弟甥。でも、兄とは異なる才能があるようです。それは、「人を観察する力」と「人に愛される性質」のようです。

e0143522_10451057.jpg数週間前にもこんなことがありました。それは職員室で宿題をしていたKに「何か菓子パンを買ってきてくれ。Kもおやつに何か好きなものを買ってこい」とお金を渡したそうです。すぐ近くにある顔見知りのコンビニでKはクリームパンを買ってきたようです。

菓子パンを割って、開口一番、「なんか、黒いものが入っているぞ」という父に、「大丈夫だよ。食べられるよ。そういうパンもあるんだよ」と言ったようですが、子どものいうことが信用できず、恥ずかしながらコンビニまで行き、店員さんから「そういうクリームである」と説明されて帰ってきました。

後から話を聞いた私と妹は、「それはバニラビーンズというもので、そうやってすぐに文句をいう人のことを『クレーマー』というのよ…」とからかいながら、同じことを二度としないように、説明しました。

後日、この話をKに確認してみました。「じぃじが、Kちゃんの買ってきたクリームパンがおかしいってコンビニに言いに行ったんですって?」「ぼくは次の日に具合が悪くなってから言えばいいのに、と思ったよ」「でも、次の日に具合が悪くなっても、クリームパンが原因かはわからないんじゃない? それで、Kちゃんはその時、じいじになんて言ったの?」「大丈夫だよ。そういういうクリームもあるんだよ。食べちゃえば大丈夫だよ。って言ったのに『そんなことあるか』と言って聞きに行ったんだよ……」。赤ちゃんだと思っていたのに、冷静で大人びた口調に、少し驚いてしまいました。

ところが、この話にはオチがありました。それは、妹一家が、父方の祖父母宅に遊びに行った時のことでした。いただいたホワイトチョコレートを割った途端、「あ、何か黒いものが入っている」とKは大騒ぎをしたといいます。そして、おばあちゃまから「それは、バニラビーンズよ」と言われ、一緒にいた妹から、「いやだぁ。Kちゃんたらジィジにそっくりじゃない」と言われて「そんなことないよぉ」と甘えていましたが、父もKも次男坊だからなのか、よく似た性質を持っています。

たとえば、我が家にお客様があっても、Yは細かなことに頓着しませんが、Kは「花は応接間だけじゃなくて玄関にも飾ってね…」とか、「ここをもっときれいにしないとダメだよ……」とまるで父に監督されているようです。この間、生まれた赤ちゃんだと思っていたのに、もう「将来、この子と付き合う女性はたいへんだ」と想像をめぐらすほど、子供の成長ははやいということなのかもしれません。
by k-onkan | 2017-03-29 23:43 | 我が家のこと | Comments(0)

とあるテレビ番組を見て-3-

教育の特集の後は、地方で増えてしまった「猫」の話になりました。それは、ご主人と死に別れた女性が飼い始めた1匹の猫が始まりでした。「不妊手術はかわいそう」「外に出さないのはかわいそう」ということで、気づくと最初の妊娠、数か月後には子猫が出産し、1年半で家の中の猫は37匹に増えて、生活が破綻してしまったという話をしています。

e0143522_14495985.jpgその話しぶりから、その女性がとても優しい方だというのはよく分かります。けれど、「かわいそう、かわいそう」という優しさの結果、行政のお世話になって手術費用を出していただいたり、動物を保健所で処分されたり、生活が破たんして生活保護に頼る状態になるくらいなら、最初に心を鬼にしてでも「手術をするか」「外に出さない」などの対応が必要だったとも思うのです。

「ねずみ算」という言葉がありますが、動物の繁殖力は凄まじいものがあります。何かを育てるなら、その前に知識が必要だと感じます。最近、日本の各地で、外来種の生物が和種の生物を食べて、生態系が変わってしまっているという話を耳にします。「大きくなりすぎて、自分では飼えない。でも、殺すのはかわいそうだから」と川や池に捨てた生物が、人間にも危害を加える危険な生物として、恐れられているという問題も多いようです。何かを育てる、ということに関して、私たちは決して無責任でいてはいけないのだと思うのです。

そして、それはペットだけでなく、人間であっても同じだと思うのです。たとえば、子どもが何かの障害を持っていたり、外国出身で日本語が苦手だったり、それぞれにいろいろな事情はあることと思います。しかし、将来、自分にできることをして生きていくためには、「かわいそう」だからと先延ばしするのでなく、今、しなければいけないこと――不妊治療か、療育なのか、教育なのか、という違いはあっても、育てている大人が責任をもって、見極めていくしかないと、思ったのでした。
by k-onkan | 2017-03-28 14:50 | 教育 | Comments(0)

とあるテレビ番組を見て-2-

「スパルタ幼稚園」のVTRの後、子育て中の女性芸人から「小学校に入ったら、嫌でも勉強するのに、幼児の内から、させるのはかわいそう」という意見が出ました。しかし、そこには、自分の子どもと幼児期に教育を受けた子どもたちの差が不安で仕方ない、という気持ちも見え隠れしていました。

e0143522_14233042.jpgその不安からなのか、「子供時代に親子でたくさん遊んだ人の方がいい大学に進んでいるという話がある」との言葉が出ました。確かに、私も「親子でたくさん遊んだ人が、優秀になる」ということに納得がいきます。しかし、この「遊ぶ」という言葉で大人は誤解してはいけないことがあります。

一般に「遊び」というと、「子どもの好きなこと」と考えてしまいますが、実は賢い子の「遊び方」は好奇心や興味が刺激され、自ら創造したり、深く思考したりする遊びであることが多いと感じます。

たとえば、「親子で遊ぶ」としても、高い料金を払ってレジャー施設で遊んだり、海や山近くのホテルで設置された器具で遊ぶのではなく、大自然の中で自分の身体や頭を使ってさまざまな体験をしたり、屋内で親子で何かを作ったりして遊ぶのとでは、同じ結果はでないかもしれません。

途中、「池上さんが子どもの頃はどんなことをしていましたか?」という質問が出ました。難しいニュースを易しく解説できる「池上彰」氏は賢い大人の代表ともいうべき存在です。その池上さんがどんな子ども時代を送ったか、会場は興味津々だったと思います。

「私の子供の頃は正反対で、まったく勉強はしていません。外で遊んでばかりいました。暗くなったら、本を読んでいました」との答えが返ってきました。この答えに「自分で本をスラスラ読めるようになっていたこと」そして、長野出身の池上氏の子ども時代の遊びは、今と違って、自然の中で好奇心をもって、いろいろなことを体験から学ぶことができただろうと感じました。

残念ながら、今の時代に都市部に住んでいる子どもが、池上さんと同じような遊びをしたいと考えたら、参加費を出して大自然の残る無人島などで、監督者についていただき、サバイバル経験でもしないと難しいと感じます。

そう考えると「幼児期はただ、遊んでいれば大丈夫」ではなく、この時代を生き抜くために、必要な能力は、幼稚園、学校にお任せではなく、それぞれの家庭で考えるべきことだと感じます。そして、大事なわが子だからこそ、「子どもだからかわいそう」と優しく囲い込むだけでなく、親がいなくなった時に、社会の世話にならずに、自分で生きられる力だけは、つけるつもりで、教育はしておくべきだと、やはり、強く思ったのでした。
by k-onkan | 2017-03-27 23:17 | 教育 | Comments(0)

とあるテレビ番組を見て―1―

最近、連絡がなかった卒業生から、「テレビで楽院みたいな幼稚園を特集しているから見て!」というメッセージが入りました。それは、テレビ東京系で放映されていた池上彰氏の番組で、紹介されていたのは運動系で厳しいと有名なB幼稚園と、文化系で規律を重んじている幼稚園でした。双方の幼稚園ともによく雑誌などで紹介され、私も知っている園でした。

e0143522_13165881.jpgそれぞれの園長先生は、「全員ができるまで諦めさせない挑戦意欲、できたという成功体験」などのキーワードを言われ、保護者はしっかりと考えを持ってそれぞれの幼稚園に通わせていることが分かります。しかし、スタジオの人からは「スパルタだ」「子どもがかわいそうでは?」「勉強は小学校からすればいいのだから」という意見が出てきます。

私が平素、幼児に音感教育をしながら強く感じていることがあります。それは、子どもというものは「みんなができること」は自分もできるようになりたいと願っていることです。その特性を生かしていたのがB幼稚園で全員が取り組む「三点倒立」でした。これは誰もができる種目だそうで、これにクラス全員で取り組み、「失敗する人がいるとやり直し」という挑戦を繰り返し、成功体験を育んでいるとのことです。

通常「できる子とできない子」がいると大人は「できない子がかわいそうだから」といって、できる子にもさせないようにするという考えに陥りがちです。本当に教育をするなら、できない子を「できるようにする」ことが大事なのだという園長先生の考えに、強く同意できました。

一部の大人の中には子供たちに競争をさせて一番とビリを意識させることは、「できる子が、できない子をバカにしていやな性格になる」と考えを持つ人がいます。しかし、この幼稚園では「できる子どもたち」が三点倒立ができずに、「他の子どもたちに迷惑をかける芸人さん」にできるコツを教えていました。楽院の生徒たちにも共通するところが、ありますが、できるようになるまでの苦労や厳しさを経験した人は、簡単に弱い人、できない人をバカにはしないと感じるのです。

手前味噌ですが、木下式にも、誰にでも覚えられる「音感かるた」と「歌唱曲ドレミはみんなの仲良しさん」があります。この課題は、「耳が聴こえない」「喉に障害がある」などの事情がない限りは、誰でもできるようになる課題なので、これを卒園までに習得させることで、歌上手な子どもを育てているのです。

私は、幼児期に何をさせたいかは、個々の家庭の自由だと思います。けれど、小学校に入って授業についていくための「話を聞く力」とか「本が好きになる努力」「鉛筆を持つ器用さ」「強い身体」だけは、どんな方法でも、家庭で育て、送り出してほしいと思っています。なぜなら、小学校に入った時にあまりに他の人と差があると、それだけで、「学習に対するやる気」も失せてしまうと思うからです。
by k-onkan | 2017-03-26 23:04 | 教育 | Comments(0)

大人も頑張って育つもの

3日間の講習会が終わり、先生たちが帰られました。今回は3月ということで、新卒の先生が大勢、参加する会とでした。はじめて木下式の指導法を学ぶと、「こんなに大きな声は出せない」と躊躇されたりするものです。幼児の前でよく通る声が出せなければ、幼稚園や保育園の先生は務まりません。子どもたちの安全を守ったり、意欲を持って何かを取り組ませようと思うと、小声では効果が少ないからです。

e0143522_17573713.jpg今年は新卒の中で「黒いリクルートスーツ」に身を包んだ方たちを木下先生が重点的に指導し、クラスの端まで届く声を覚えていただきました。まぜ、受講生の前に出て、自分の名前を言わせます。木下先生はそれぞれの先生の声を聞き「話声位」を比べ、それぞれの声を観察します。その後、高い人から低い人の順で並べ替えて、それぞれ、声を出させていきます。

不思議なことですが、幼児と同じく先生たちに順序を付け、互いの声を聴いていると、知らず知らずのうちに、競い合いになり、その中から、最初より声を高くする人が出てくるのです。そんな中、一人だけ、どうしても声が上がらない人がいました。自分の殻を破って自己表現を難しいようです。

しかし、二日目に、木下先生から前に呼ばれ、「女性で声が低い人の特徴」として、「口を開けない―母音認識がない―」「発声行動に意欲気概がない」「反射性の欠如」「模倣能力の欠如―他人を観察できない―」「自分の声とピアノのを聴く―音高の記憶―」と、マイナス面を厳しく言われたことで、奮起したのか、声を出すようになっていきました。

3日間の講習会期間中、何かあるごとに「黒いリクルートスーツ」を前に呼んでは、「高くなった声」を再現させているうちに、先生たちもそれぞれ、自分の殻を破って上手になっていきました。

新卒の先生でも、こうして手をかけて、「頑張れ、頑張れ」と言われていると、出なかった声が出るようになります。どうか、新年度に新たに入園されるお子さんたちの声も、声域を広げて、歌上手を育てていただきたいと思ったのでした。
by k-onkan | 2017-03-25 17:58 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

次の人におすそ分けを!!

講習会は、午前10時から午後4時までと、長丁場が3日間続きます。ですが、本当にたいへんなのは講習会が終わってからの2時間です。検定試験を受ける先生、初参加の新人先生が個別に質問をしたり、指導を受けたいと並ぶのです。

e0143522_9282812.jpg先生たちが熱心に木下式を勉強してくれるなら、長く教えることはちっとも苦ではありません。ただし、他人の時間を使って何か得たら、その恩恵は、自分だけに留めるのではなく、後輩や園児たちにも、教えてあげる優しさを持っていただけたら、嬉しいです。

今回は3名の先生が、検定を受けます。皆さんにとって、一番の課題は「音感かるたの説明」であるため、私は毎日、いろいろな人の「説明」を聞いています。その中には力強く堂々と先生らしい説明をする人もいれば、確信が持てず、フワフワとつかみどころがない説明をする人もいます。また、強引に力強さだけで教え込もうとする説明の人もいる中で、少しでも木下式が理想とする「幼児にとってありがたい説明」に近づくように指導します。

私は、先生たちの「音感かるたの説明」から、それぞれの先生の気質のようなものを感じます。たとえば、事前の用意が周到にできる人かどうか、用意したものを上手に使いこなせるのか否か、的外れに手を貸してしまう人か、他人の助言を素直に聞くタイプか否かなど、エセ占い師のようですが、感じます。

たとえば、どんなに指導しても、いっこうに自分のやり方を変えられない先生は、「頑固だって言われたことはない?」「あります」「頑固でもいいのよ。裏を返せば、芯が強いのは悪いことではないから。でも、物を習う時はダメよ。他の人のいうことにも、耳を貸さないと上手にならないの。音感の指導は先生と子どもの関わり方が大事だから、『誰かとお付き合い』するのと、一緒。自分は正しいからといって正論ばかり相手に押し付けてしまうと、相手の心が離れていても、気づかないことがあるでしょう? いまのかるたはそういう感じがする・…・」。その先生は、とても素直に「心当たりがあります」と言って、どうしても変えられなかった自分の説明を変えてくれました。

それぞれ、どんな性質を持っていても、それを否定するつもりはありません。ただし、幼児の前に立ったら、自分の欠点を隠して「好ましいかるたの説明と模範唱」をしてほしいと願っています。それは、子どもたちに「音感教育」をする先生たちの最低限の責任だと思うからです。「自分はこういう性質だから仕方ない」と開き直ったり、ありのままをさらけ出すより、少しでも、欠点を見えないように心を配ることこそが、音楽に求められる「心のお化粧」かもしれません。

子どもは、力強い、堂々とした説明が好きですが、何度も反復する中で、時には先生の優しさが垣間見えたり、時に細やかな様子が見えたりすると、「お、今日の説明は、いつもと違う?」と幼児の心が躍ったりするものです。

若い先生に、いろいろな助言をする私も、実は、父からは「ちゃらんぽらんでいい加減」と性格を分析されていて、自分にもその自覚があるのです。だから、かるたの説明をする時、音感を教えるために子供の前に立つ際は、その「ちゃらんぽらん加減」が最大限、見えないように注意を払ってはいるのです。それでも、時々、いい加減さが顔を出しますが、欠点を知っているから、気を付ける一助にはなっています。

エセ占い師のような私が、一番、見たくないのに見えてしまうことがあります。それは、先生たちが「誰のため」に勉強をしているか。上の方々から検定試験を受けるように言われて、受け身な気持ちで勉強する先生もいれば、検定を合格するために勉強する先生もいます。また、純粋にクラスの子どもを教えるために学ぶ先生もいます。誰かの指示でイヤイヤ学ぶよりは自分が恥をかかないために、貪欲に学ぶ方がいいでしょう。けれど、自分のためより、自分が受け持つ園児のために頑張る先生が、一番、上手になっていくのです。
by k-onkan | 2017-03-24 23:24 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

心もちを観察しよう!

今日から3日間、楽院のホールでは、「木下式音感教育法の指導法を幼稚園、保育園の先生が学ぶ講習会」を開催します。遠くは沖縄、福岡から飛行機で――。新幹線ができて近くなったといっても2~3時間はかかる富山、大阪、名古屋、岐阜、宮城からも総勢75名が参加されています。

e0143522_1225544.jpg木下式を実践する幼稚園、保育園に務める先生たちは、はたから見ると「先生になってからも勉強をさせられてかわいそう」と思われているかもしれません。けれど、「先生になってからも勉強できる環境を与えられていること」は、実は、とても幸せなのだと私は思います。勉強したくても、常に子供を預かっていて、勉強する暇もない、園があるからです。

大学で保育の勉強をして資格をとって園児に向き合っても、現場では「どうしたらいいか、分からないこと」だらけです。「先生」と呼ばれても本当に「先生」として自信を持てるまでには、学ばなければならないことがたくさんあります。その費用を負担して勉強させてくださる園は、厳しいかもしれませんが、ありがたい場です。

色々な考えがあるので、「それでも、大人になってまで勉強したくない」と考える方もあるでしょう。しかし、正直、「大人だから何事も完璧」というわけにはいきません。幼児たちは年齢は幼くても、ちゃんとよく観察しています。口ではっきり言わないだけで(たまに、いう子もいますが)「どの先生の教え方が上手か、どの先生が今一つか」ちゃんと見ています。ある教室で発達障害を持つ2年生のお子さんが「麻奈先生は怖いけれど、分かりやすい」と言われたことがありました。

この言葉は、優しいけれど、分かりにくい先生の存在を示唆しています。子どもは、教えてくれる「先生」を等しく「先生」と呼んでいても、個人差があることを感じる怖い存在です。その子どもを教える私たちも、ずっと学び続けないと、子どもに教えることが枯渇してしまうと感じています。

今回の講義は「音感かるた」と「歌唱曲ドレミはみんなの仲良しさん」で、木下式の根幹の部分ですが、毎回、講習会で若い先生たちは、音感かるたの説明に苦戦します。私たちも、「そんなに難しい?」と、子どもの心をつかむ説明を教えることに苦労しています。創始者は、「それぞれ人の顔が違うように、キミたちと私では、かるたの説明を言う心が違う!」と嘆いていますが、心が違うことを教えるのは難しいものがあります。

受講生も、「木下先生と違うこと」はたぶん分かっていると思います。でも、具体的にどうしたら、心が変えるかが難しいのです。語調や抑揚、声の調子や高さを変えられても、「心持ち」は目には見えません。

そんな中、私は講義の後、声は美しいのに無表情で面白くない「音感かるた」の説明をする教諭の指導をさせていただき、気づいたことがありました。それは、説明をする先生自身が、本気で「教えたい」と思わないと、どんなに技術だけ学んでも、上手にはならないということでした。

私もかつて「なぜ、こんな紙芝居のお姉さんみたいなことを本気でしなくちゃいけないの?」と思っていたことがありました。しかし、自分の中で何かが変わったのは、ある男の子のお蔭でした。それは、3年生になって「学校で音楽の時間がつらい」という理由で、途中入学してきた遅鈍な男の子を教えさせていただいたからでした。

3年生であっても、楽院に入学したら、最初に学ぶのは、音感かるたです。この男の子は、訓練で、少しずつ声が上がり、絶対に出ないと思っていた高い声が出るようになり、一般の曲が歌えるようになった時、私ははじめて「本気で教えてやろう」という気持ちを、実感として知ったのです

音感かるたの説明は、表面的に決められた文章を記憶してなぞるのではなく、幼児に「音感かるたの説明を覚えると、本当にいいことがある」と信じて教えられるようになると、心もちが少しだけ、創始者の「教えてやろう、教えてやりたい」という気持ちに通じるかもしれません。
by k-onkan | 2017-03-23 23:33 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

大切にするから厳しいのかも

何気なく、木下式のホームページのチェックをしている際に、インターエデュという教育関係のサイトに「年少の息子のために、音楽教室を探しています木下音感楽院とY音楽教室の違いを教えてください」という文字を見つけてしまいました。きっと「厳しい、怖い」と書かれているのだろうと、心の準備をしてみると、そこには「見学をされると、まったく違うことが分かると思います。木下式は近所のピアノの先生が採り入れてたくさん優秀な人を育てていると評判の教育法です」と好意的なことが書かれていました。

e0143522_934342.jpg私のブログもそうですが、良くも悪くも「本当のこと」を書いているつもりです。その私がいうのも恥ずかしいですが、「これほどまでに個々人を大事にする教室」だと思っています。ただ、個々人を大事にするというのは、全員を甘やかすという意味ではなく、個々人を大切にするからこそ、それぞれに厳しい教室だと思っています。

たとえば、凸凹があったり、母国語が日本語でないなど、手助けが必要な事情があれば、積極的に、手を貸し、他のお子さんとの差をなくす努力をしますが、それは、あくまでも「一人立ち」が目的であり、ただ、保護しているわけではありません。ですから、事情がある親子にとっても、チャレンジであり、つらいことも多いと思います。

反対に、自分でしっかりできている方には、「あの子にばかり、手を貸すのは、ずるい私にももっと手をかけて!」と不満に思われるかもしれませんが、「自分でできるのだから、しっかりやってください」と申し上げることもあるはずです。これを「冷たい」と感じる方もあるでしょうが、できている人に手を貸し過ぎると、本来、自分でできたこともできなくなってしまうのは、能力を最大限に引き出す、というお約束から離れてしまうのです。

ここで、最初の「木下音感楽院と大手音楽教室の違いは?」という問いに戻り、私が簡潔にお答えするなら「音楽と真剣に向き合わせ、一生ものの音楽能力を身に付ける教室と誰でも気軽に音楽と親しむ雰囲気を味わえるフレンドリーな教室」だと思っています。数年前、家庭でまったく練習せず、楽譜も持たずに通えるピアノ教室が長蛇の列を作るほど、人気があるという記事を見かけたことがありますが、楽院はその対極にあると思います。

子どもに音楽の能力をつけるために、必要であれば、たとえ生徒と保護者に迷惑がられても踏み込んで教えます。それゆえに、親御さんが期待した以上の能力をつけて卒業されることもあるでしょう。また、音楽を学ぶ過程で身に付いたさまざまな能力が、社会に出て必要だったと、実感すると、「自分の子どもにも」と親子二代で通う方も多くいる、そんなちょっと変わった音楽教室が、木下音感楽院です。
by k-onkan | 2017-03-22 23:33 | 音楽 | Comments(0)