麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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男児は将来に期待できるから・・・・

最近「男児はいってもきかない」「しつけをしても無駄」という意味あいのメッセージを持つ漫画やツイートなどをよく見かけるようになりました。確かに男児は女児に比べると話は聞いていないことも多く、自分だけのルールがあって、女性には理解できないこともあるかもしれません。

e0143522_8531892.jpg思えば、子供の頃、2歳下の弟が、まさしく、そんな様子でした。2~3歳の頃はスーパーやおもちゃやで欲しいものがあると、いきなり床に寝転がって泣きわめき、「ほしい、ほしい」が始まったものでした。母が慌ててガムを買おうとしても、いっこうに泣き止みません。当事、なぜか弟の気持ちがよく理解できた私は「そっちじゃなくて、ガンダムが好きよ」と母に教えて泣き止ませていたという話を聞いたことがあります。

未就園のころは叱っても分からない子犬のような存在だったので、母も弟のいうことを受け入れていましたが、いつまでも、躾をしないわけにはいきません。幼稚園から低学年にかけて、私の記憶の中の母は、よく泣きながら弟を追いかけて叱っていたことを思い出します。

身内の肩をもつようで恐縮ですが、子供の頃は迷惑をかけた弟も、教育の現場には実によくいるタイプで、男の子特有のやんちゃと可愛さを持っていました。しかし、同時に、「話をきかない、落ち着きがない、女の子に比べて遅れている」など、育てる側にはがっかりするような性質も多々ありました。まさしく「男児とは、そういうもの」というタイプです。

もし、弟が今の時代に生まれ、今の時代のお母さんに育てられ「言ってもきかない」「教えても分からない」「他の子と違う」と諦められたら、すぐに普通級から支援級に入れられていたかもしれません。それほど、男の子を社会に出せるように育てるのは、難しいこと、ともいえるかもしれません。

女児に比べると、興味のない話には耳を傾けない男児を女親が育てるのは、思考回路が異なり、とてもたいへんです。けれど、「違うから仕方ない」とあきらめたら、「ダメなことはダメ」さえ教えることができなくなります。結局、大事なのは「どれだけ本気か」を見せられるかどうか、かもしれません。

基本的に男児は、女性にはくだらないことにしか見えないことが好きで、女性がニコニコ笑っていると、安心する生き物のように感じます。そんな男児にお母さんがニヤニヤしながら、1回か2回注意したところで、心に響かないのは当たり前かもしれません。そんな状態で、「何度も言ったけれど、きかない」とあきらめたら、その男児は、とてもかわいそうな気がします。本来、親が教えておくべきことを、放棄されたように、私には見えるからです。

この連休は、二人の30代の男性卒業生が、私たちのパソコンを治してくれることになっています。プロとして専門知識を持って立派に社会で活躍する二人を私は感心するばかりです。でも、彼らもまた子供の頃は「女児と比べて……」とか「全然、話を聞かないが大丈夫か?」とお母さんをはじめ、まわりの大人たちにとても心配をかけた時代があったのです。そして、彼らのお母さんも「男の子だから、言ってもムダ」とはけっして、思わず、その時々、できることを最大限、されていました。

男児育ては、まじめで優等生タイプのお母さんには、心が折れそうになることが多くあります。それでも、男児はいつかお母さんに「子供の頃は、困らせられたけれど、大人になったら、立派になった」と豹変する可能性も持っています。それを信じて、あきらめずに、関わってほしいと思うのです。
by k-onkan | 2017-04-30 23:37 | 親業 | Comments(0)

不憫だからこそ、力を出せるように・・・

重いアトピー性皮膚炎を持ち、かゆくなると集中できなかった3歳の孫弟子Sちゃんが、一生懸命、「音感の勉強」に取り組めるようになりました。赤ちゃんの頃は、アトピー性皮膚炎があまりの重く、夜に親子で安らかに眠れた日などないと聞くと、いかにたいへんな子育てであったかが想像できます。

e0143522_191142.jpgSちゃんの指が2歳児にしては、驚くほど力強いのも、アトピーの痒みをおさめるために、身体中を掻きむしり続けたからと聞いて、「人間は環境によって発達する」と言っても、なんと不憫なのだろう、と思ったものでした。

ご両親が食べ物や環境を整え、特別な療法を取り入れて、なんとかアトピーが落ち着いたことから楽院に通えるようになったのは、半年ほど前のことでした。しかし、それまで、「痒みがあること」で許されてきたことが多く、音感の勉強も自分が苦手な課題や、少しイヤになると「かゆい、眠い、おっぱい」と愚図るので、私も少し困っていました。

アトピーがつらいのは理解できます。実際、体温が上がると身体が熱くなりかゆくなるのでしょう。しかし、「かゆい」と言ったら、全て許されると思わせたら、これからの人生でつらいことがある度に「かゆい」と言って、周囲を黙らせていくでしょう。それがとても気になっていました。

数か月前から、Sちゃんの母であり楽院の名誉団員であるEさんに、「それで、あなたはどうしたいの? 自分で叱れるの? それとも、私たちが叱った方がいいの?」という話をしていました。世の中には、いろいろな親御さんがいます。「自分ではどうしても叱れないから、先生に代わりに叱ってほしい」というお父さん、お母さんもいれば、「わが子だからこそ、よその人には叱ってほしくない。叱るなら自分が!!」という瑠音先生タイプのお母さんもいます。

私の仕事は音感を教える上で、その時々、子供に必要な対応をすることなので、それが、「叱ること」であれば、代行は厭わないのです。でも、一番、気になるのは「お母さんの気持ち」です。子どもたちとは、これから長い間、音感を教える中で関係は親密になります。たとえ、私に叱られても、「麻奈先生という人は、そんな人」だと受け入れてくれるでしょう。しかし、大人のお母さんは「わが子が麻奈先生に叱られた」と傷ついたら、その後の関係回復はとても難しいものがあります。もちろん、卒業生ですから楽院の先生が「叱ること」が愛情だと知っていますが、それでも、アトピーに対する不憫な思いは、他のことがらとは違うように感じ、お母さんの意向を聞いたのです。

なんどか、「自分で頑張ります」というので任せたのですが、これまで、すべてを受け入れてきたお母さんの言葉からは、どうしても何も聞き入れられず、1週間前、ついに瑠音先生が引き取り、「自分のわがままに“踏ん切り”をつける」という経験をさせたのでした。

今週のレッスンは、前の晩に「明日は音感、行かない」と言って泣いてお母さんを困らせたようですが、楽院に来ると、私の前では別人のように、聞分けよくレッスンに取り組み、「ドヤ顔」で写真に写り帰っていきました。その晩は、夕飯も食べずに寝てしまい、夜中も痒みで目覚めることなく、朝まで眠ったと報告がありました。それほど、自分の力を使い切ったはじめての体験だったのかもしれません。

子供にいろいろな事情があると、大人はつい不憫になり、いろいろなことを許してしまいがちです。けれど、そうして、叱ったり、注意したりする人がいなくなることで、子供の中には、放出できないエネルギーが体内にたまってしまい、余計、子供がわがままを言ったりしてしまうこともあるのかもしれない、と、そんなことを思ったSちゃんのお宅からの報告だったのでした。
by k-onkan | 2017-04-29 23:59 | のぞみクラス | Comments(0)

赤ちゃんが教えてくれたこと!

金曜日は大勢の赤ちゃんが通ってくる日です。0~1歳と月齢が小さい子どもたちは、毎週、小さな変化があり、成長をとても感じます。数週間前、私がボールを持って名前を呼ぶと、片手を上げるだけだった1歳の子が、最近は、毎回、はっきりと「ハーイ」と返事をするようになってきました。また、1歳の子どもたちの様子を見ている0歳児は、声はまだ出しませんが、自分から片手をあげる動作をはじめるようになりました。きっと、もうすぐ、口をあけて「アー」と言い出すことでしょう。

e0143522_18161212.jpg
子どもたちは、ボール遊びの時に、「手をあげるとボールが来る」という仕組みを覚えたようです。ただし、まだ「自分の名前」の後に手をあげることは、完全に把握していないのか、他の子の名前で手をあげて、ボールがこないことを、怒ってしまうこともあるようです。

望クラスで「ボール投げ」をしているのは、子供たちに「自分の名前を理解する」「名前を呼ばれたら返事をする」「先生を呼ぶ」「先生も返事をする」というやりとりを知らせたいからです。体操教室ではないので、ボールの投げ方などは特に指導はしていません。投げられない子は、手で私のところまで、運んでくる子もいますし、力の強い子は、頭の上に持ち上げて投げ放つ子もいて、それぞれです。何にしても、ボールとの関わりからも発達が感じられるので、家庭で自由に十分にボールと関わらせてあげてほしいと思っています。

私たちは「幼児の音感教室」の先生なので、赤ちゃんであっても、相手をする時には「ルール」を大事にします。順番を守ることや、返事をすることが、将来、音感を教える際に必要になるからです。でも、相手はたった1歳の子どもたちなので、ご家庭では自由にボールで遊ばせてほしいと思っています。

もちろん、子供が望むなら、「音感の先生とするように、「名前を呼んで、返事をさせて、ハイ!と答える」というルールで「音感ごっこ」をするのも、時にはいいのかもしれませんが、それだけになったら、つまらなくなってしまいます。ボールで遊ぶ、遊び方にも、いろいろなバリエーションがあっていいと思います。ただ、私が教室でするには、限られた時間しかないため、遊びのバリエーションは各家庭にお任せしたいと思っています。

私たちが「音感の先生」として「教えたいこと」と、家庭でお母さんが子どもと関わる中で、「覚えてほしいこと」は同じである必要はないと思います。言い換えると、家庭の中でまで、「お母さんに「先生役」をしてほしいわけではないのです。また、私たちはロボットではないので、100の力を持っている中で、100のすべてを全力投球できたりはしないものです。上手に力を出したり、力を抜いたりすることを生活の中で、親子が関わる中で、見出してほしいと思っています。

そして、ボール遊びをはじめ、いろいろな遊びは子供だけでなくご両親にも楽しんで欲しいと思います。家庭で自由に十分に、遊んでいる子どもは、集団の中に入った時に、ルールが存在しても、さほど、それに抵抗は示さないものです。集団で、子供がルールを嫌がるのは、教室以前に家庭の中でも、「あれはダメ、これをしなさい」という縛りがあって、自分の自由にできる時間が少なすぎている時なのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-28 23:14 | のぞみクラス | Comments(0)

不可能なことなんか、ない!

半年前、言葉が出なかった凸凹の気質を持つ男の子は、半年間、木下式の訓練をしたことで、言葉が出るようになり、オウム返しもなくなりました。何より「音楽」がとても好きなので、自分の名前に反応をしなくても、音名や音感かるたの名称、そして、カラー五線譜の記譜の場はどんどん理解していきます。

e0143522_1753591.jpg誤解がないように書きますが、私は「自分の名前が分からないのに音符が書けるのです。すごいでしょ?」と言いたいわけではありません。願わくば、健常児も記憶するのが難しい「間音」が書けるなら、自分の名前にも反応してほしいと思っています。しかし、これまであまりに長く「わからない子」「反応しない子」として扱われてきたこの子には、とにかく「好きなこと」「わかること」「興味を持てること」に反応する喜びを知らせながら、普通のことにつなげていきたいと思っています。

数か月前、このお子さんがクラスに入ったことで、「楽院は音感を教える場で、療育の場ではない。わが子のクラスにこの生徒を入れないで」という理由から楽院をお辞めになった方もありました。どんなに高い音楽能力を持っていても、それほど、すごい状態だったのです。

そして、残念なことかもしれませんが、発達障害を持つ人たちが社会に対してどんなに「理解してほしい」「ありのままを受け入れて」と訴えても、あまりに非常識な行動をしたり、「言ってもわからない」としつけもしないまま放置されれば、周囲に迷惑がられて排除されることは事実なのです。今、楽院で私にできることは、預かった生徒の能力を伸ばし、少しでも、迷惑だと思われないように育てることだけです。お母さんにも世の中の厳しい現実を受け止めていただき、一緒に頑張る約束をしました。

脳医学の瀧靖之先生は、好きなことを伸ばすことで、脳の他の部分まで伸びることがあると教えてくださいました。この子には、音楽が何より「好きなこと」であり、「心に響くこと」であるので、木下式のカリキュラムをどんどん詰め込むことで、もしかすると、日常のことにまで、波及するような気がするのです。

数か月前は、音感かるたの名称「しかられたのシ」を真似るだけだった子が、今は、「シシシシしかられた」のメロディーを聴いて、「しかられたのシ」と答えるようになりました。きっと、すぐに、音名で識別できるようになるでしょう。半年前は、言葉も出なかった子が、そんなことができるようになるのです。可能性を大事に伸ばしていきたいと思います。

凸凹を持つ子の得意なことを伸ばすことに関しては、以前、読んだ「ぼくは数式で宇宙の美しさを伝えたい」が素晴らしい書物でした。「あなたの息子は16歳になっても、自分で靴ひもを結べるようにならないだろう」という医師の言葉を、跳ね返したのは、母の愛情でした。息子が好きな世界を見つけ、それをとことん学べる環境を整えました。それと同時に、社会と関わる努力も決して否定しなかったことが、「いずれ、ノーベル賞候補となる」と言われるジェイコブに育てたのです。

障害あると、言っても通じない、しつけをしてもしつけができない、と大人はあきらめたくなることばかりかもしれません。けれど、それは、もしかすると、大人が「その子が分かる方法」で教えていないから、かもしれません。凸凹を持つ子に必要なことは、「丁寧な子育て」と言われますが、それは、凸凹がなくても、年齢の低い子ども、誰にでも必要なことだと私は思うのです。
by k-onkan | 2017-04-27 23:52 | 発達障害 | Comments(0)

やってよかったと言われるように!

千葉県の西南にある保育園に私が指導に行くようになり、4年が経過しました。その地域は、最初は、20団体弱しかなかった保育園がどんどん増えて、もうすぐ三十数園になる予定です。行政は待機児童の解消のために、保育士さんが不足していても、どんどん増やしているそうです。しかし、実際はその中に定員が満たない園もあり、保護者は「内容」を見て保育園を選ぶ時代になったのかもしれません。

e0143522_16531289.jpgお蔭さまで私が教えに行っている保育園は希望者が多いとのことで、園長先生から「音感をはじめて3年が経って確実な教育成果を現場の先生たちが、肌で感じられるようになったことが大きい」との言葉を頂きました。以前から、「英語や工作、読み聞かせ、運動」等、幼稚園のように、いろいろな教育をしている保育園でしたが、それでも、園長先生の悩みは、地域の小学校の入学式で目にする自園の子どもたちの行儀や集中力の不足にありました。それが、音感教育によって、卒園式や入学式でも、教育の成果が感じられるようになったと言っていただいたのです。

木下式は、音感かるたを使ったカリキュラムで、発達に差がある幼児たちであっても、それぞれに、発達せざるを得ない状態にしていく教育です。音感を通して、意識して、見る、聴く、体を使って反応するということを集団で取り組むことから、最初は「声が出ないから音感が嫌い」「歌はあまり興味がない」と言っていた子どもでも、いつしか、歌うことに自信が持てるようになり、それが自信になるのです。

園長先生は、音感をはじめた当事、お母様から「音感がある日は保育園に行きたがらず、困っている」と相談を受けたKくんにとって、この教育がすごくよかったと言われます。なんでも、卒園式ではとても目立って頑張っていたようで、ご両親も教育の成果をとても喜んでくださったようでした。

最初は「友達ができて、自分が苦手なこと」は、誰でも、「やりたくない」と思うものです。しかし、それは、「できない」から「やりたくない」のであって、できるようになれば、「楽しいこと」に変わるのです。

最初に、この保育園にうかがった際には、私自身、「1年間で、果たして、この子たちをどれだけ発達させられるか」、正直、とても心配でした。特に、「この教育に向いている子はいいと思うけれど、向いていない子にはかわいそうなのではないか」とのご意見を下さった保護者の方の子は、名前を呼ばれても返事もせず、言葉もあまりなかったお子さんでした。しかし、1年後には一人で歌が歌えるようになり、卒園式の呼びかけの言葉も、皆と一緒に、それぞれ担当した言葉を述べていました。親御さんからも、「きちんと言葉を記憶して、はっきりと発表できたのは音感のおかげ」とのコメントを頂きました。

その翌年から、正式に3歳児から5歳児まで月3回のお稽古を指導するようになりました。今年の年長児は保育園で3年間、木下式を勉強した子どもたちです。最後の1年でどこまで伸びるか、とても楽しみにすると同時に、これまでの年長児以上の、成果を披露する責任を感じているところです。
by k-onkan | 2017-04-26 23:50 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

幼児が自ら対応する木下式

大阪の幼稚園に研修にうかがってきました。内容は年中児30名の指導と教諭の研修でした。木下式は指導者の声による模範唱によって刺激を与え、幼児に反応させることに特徴があります。その際、全員が反応したくなるように「高めの声」で手本や模範唱を示すことが鉄則となっています。

e0143522_15475320.jpg訓練を行う過程で幼児は「先生の声に集中する」「先生に注視する」などを身につき、無駄な動きも減っていきます。そのため、「木下式を受けると、行儀が改善される」と言われていますが、実際は「行儀がよくなる」のは子供の身体が育った結果かもしれません。

もちろん、お稽古の途中で隣の子に寄り掛かったり、ちょっかいをかけたりすれば、「行儀」を注意しますし、「まっすぐ立とう」なども伝えます。しかし、幼い時期から「行儀のことばかり」をうるさく言ったら、レッスンができません。手短に必要なことを知らせたら、スムーズにお稽古を開始することを、現場の先生に指導させていただきました。

木下式は導入時には幼児が思わず応えたくなったり、集中したくなる「緊張感のある声」でレッスンをすることになっています。けれど、幼児が成長して、自ら適切な声を出せるようになったら、いつまでも指導者は声を張り上げる必要はありません。幼児が自分で考えて活動できるようになるからです。そうなると、指導者に手本に関係なく、正しい声で歌ったり、音を聴いたりができるようになるのです。そして、このことを、指導する先生自身が、身に付けていただく必要があります。

木下式の効果が高いのは、幼児たちが「音感かるたのカリキュラム」を学ぶことで、日常生活で、話が聞けたり、注意深く見たり、手指を使ったり、身体が育ったり、指示行動ができるようになることです。つまり、音感教育を行うことで、「音楽」から離れた場面で効果が見えるのです。これが、幼稚園、保育園で、「音楽」以外にも「必要な教育」として認識されている理由なのですが、効果を出すためには、教諭のみなさんの努力がとても大切だからこそ、定期的に研修や指導の要請があるのだと思っています。
by k-onkan | 2017-04-25 23:46 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

何をしたいかは自分次第!

数日間、ネット上で「返還型奨学金(学資ローン)の滞納率の高い大学の偏差値を調べてみた」と題した記事が回ってきました。内容は、国立大学や有名私立を出た人の平均年収は全体的に高く、偏差値が低い大学出身者が全体的に低いことから奨学金を返済するのが難しく滞納率がより高くなるということのようです。個人的には「みんなが大学に行くから自分も……」という理由で、奨学金を借りてまで大学へ行ったら滞納者が増えるのは当然だと感じます。

e0143522_0253361.jpg本来、義務教育ではない大学に行く際には、本人によほど「学びたいこと」「成し遂げたい夢」がなければ、「大学卒業証書」だけにはあまり意味がないと年寄りは思います。でも、実際は「皆も大学へ行くなら、自分も後4年、就職までの時間が欲しい」という気持ちも分かるのです。私も若い頃には、一日も長く学生でいたいと思った未熟ものだからです。しかし、年をとった今だからわかるのは、まっとうな学生は18歳から22歳までの貴重な時間を有意義に過ごすことができていたということです。

奨学金という名の学資ローンの元本は税金です。それを滞納したり、踏み倒す人が増えたら、制度そのものが続かなくなっていくでしょう。お金を借りてまで大学に行って安定した収入が得られる人がわずかなら、無理をして大学に行くより手に職をつけるなど、自分にしかできないことを見つける方が、生きる上で役に立ちそうにも感じます。

一般に「手に職を付ける」というと、「ならば中卒でいいのね。うちの子は漢字も計算も苦手で、いくら教えてもできないから、中卒ならそれでいい」という意見も耳にしたりします。しかし、たとえ、大学に行かないからといって、小学校の勉強はしなくていい、というわけでもありません。この国では何の仕事に就くには最低限、小学校で学ぶ「漢字や計算」は必要だからです。

そして、何があっても、「わが子を大学まで行かせたい」と考える家庭ならば、子供が小さい内から「自分から楽しく好奇心をもって学ぶ習慣」「コツコツ地道に勉強する習慣」を親子で意識する必要があるのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-24 00:25 | 教育 | Comments(0)

音楽は素晴らしい

先日、「子供時代に音楽を習った人は、習っていない人に比べて、幸福だと感じる率が高い」という話を耳にしたのですが、すぐにインターネットで「大手音楽教室とどこかの大学が協力して集めたリサーチ結果」として、同じ趣旨の記事が回ってきました。音楽にたずさわる人は異口同音「音楽は癒し」と言います。音楽を楽しめる人は、自分の気持ちが折れそうな時も、人の演奏を聴いたり、自分で演奏することで、自己治療できるかもしれません。

e0143522_221324100.jpgそういえば、6年前の東日本大震災の後は、東京中がうす暗くなって、さすがの私もかなり心が折れそうになりました。信じていたものが一気に崩れ落ちたような焦燥感と不安感は今思い出しても、ドキドキしてしまいます。そんな時に救われたのは、ライブハウスで聴いた生演奏、そして、友人に誘われてイヤイヤ付き合ったカラオケでした。それまでの不安は一掃されて「また明日から頑張ろう」と気持ちを変えられたのです。

音楽を学んでも、裕福にはしてくれないかもしれませんが、「幸せ」を敏感に感じ取れる能力を与えられるかもしれません。だから、いつの時代であっても、音楽はなくならないのかもしれません。

そんな話を、小学生のレッスンの時に、4年生のKちゃんにしました。女の子は高学年になると、木下式の発声がしづらくなる時期がやってきます。身体が発達することで、それまでの腹式が急に胸式になり、上手にブレス(息)がとれなくなるのです。自分の身体の変化に慣れるまで、「いつ声がひっくり返るか分からない」という状態で歌うことになります。

私自身、小学6年の頃に同じ経験をしているので、女の子たちの不安な気持ちはよく分かります。しかし、そんな時、心配すればするほど、その不安は確実に的中して失敗して、もっと自分に自信が持てなくなるのです。

なんとか、リラックスして自分の声を出すコツを掴ませたいと思い、こんな話をしました。「大昔、何も無い時代にも、きっと人は歌ったり踊ったりしていたと思うの。なんで、歌ったり、踊ったりしたんだと思う? 先生は、地震や大雨とか天変地異が起きた時に、神様に「どうか守ってください」とお願いするために歌ったり踊ったりして、神様に捧げたのではないかと思うの。神様は、きっと、すごく高い場所にいるでしょ?『高い声を失敗したら、どうしよう』とオドオドしながら歌ったら、絶対に声は高くならないでしょ? だから、高いところへ向かって声を出そう」と思って息を取ってみて?」。

本当か嘘か、分からない想像の話でも、子供はそれをきっかけに高いところを目指して深い息をとることで、難なく声が出ることもあります。でも、心のどこかで、音楽は神様に捧げられるために存在するものだと、確信している自分もいるのです。だからこそ、美しく、心地よいものであって欲しいと願ってしまうのかもしれません。
by k-onkan | 2017-04-23 22:13 | 音楽 | Comments(0)

立場が違うと正解も違う!

昨日のブログで「凸凹っこの減らず口は集団レッスンでは止める」ことを書きました。それは、家庭で許されることでも社会では許されないことがあることを、知らせたいからです。けれど、一つ、誤解していただきたくないことがあるのです。それは、もし、私たちに、十分な時間がある際には、「1対1」で本人の話を聞くこともあるということです。

e0143522_21481855.jpgお稽古事や学校などの場は、家庭とは存在意義が異なるものです。そのため、特定の子どもが一人だけ、勝手な話を続けると、授業に支障があり、他の生徒から反感を持たれることもあります。私が「凸凹っこ」の誤った言動をキビキビつむのは、他の生徒が不公平を感じさせないためでもあります。

だからといって、家庭では、私がレッスンで取り締まるようにわが子の私語を禁じたり、姿勢を正させていただきたいわけではありません。家庭では子供が話したいことを十分に発言でき、親御さんもそれに耳を傾け、楽しい時間を過ごしたり、スキンシップをとったり、忙しいお父さんと遊ぶ時間も大事だと思います。

子供も大人も、自分の希望がかなえられていないのに、他者のルールだけに従うのは難しいものです。大人が「わが子にこうあってほしい」と願うのと同様に、子供も「お母さん、お父さんにこうあって欲しい」という思いはあるはずです。そして、正解は場所や状況、人間の立場によって変わることもあり、決して正しいことは一つではないと、子供以前に、親御さんには忘れないでいただきたいと思うのです。

これまで、大勢の凸凹の気質お子さんと関わっていますが、その中で一番、劇的に発達をしたと思うYくんは、とても恵まれていたと感じますそれは経済的な余裕以上に人間に恵まれていたと思うのです。わが子のことを思う両親をはじめ、両方の祖父母に親戚、そして、信頼できる幼稚園、小学校、そして、親子二代で通う教室に通えたのは、とてもラッキーでした。

その中には、怒るとこわいけれど、いつも自分のことを考えくれるお母さん、寡黙なところがあって少し怖いお父さん、いつも面白いことをいって笑わせるお祖父さん、無条件で進歩を喜んで甘やかしてくれるお祖母さんたち、厳しいけれど分からないことがあったら絶対に分かるようにフォローする先生、それぞれには異なる役割と関わりがありました。

一般にはいろいろな人がいるので、「親は苦手だから子育てに関わらせたくない」とか「親戚づきあいが嫌」という考えの方もいるようです。しかし、子供の成長と発達に関してだけ考えると、家族の仲がいい、協力して目的に向かって力を合わせられることがマイナスになることはないと感じます。

こう書くと、「身近に祖父母や親戚がおらずに、頼れる人が誰もいないから、うちの子供はもうダメ、発達はしないんだ」とあきらめる人がいるのではと心配になりますが、子供にとって必要な「厳しさも」「甘さも」「優しさも」「面白さも」すべて大事なことを忘れずに、関わっていれば状況に合わせて、子供も成長していくのでは、と感じます。何より、家庭と社会の価値観が異なることを知らせるためには、親御さん自身がそのことを忘れないようにすること、かもしれません。
by k-onkan | 2017-04-22 21:47 | 発達障害 | Comments(0)

子供の言動に要注意!

低学年に高いIQと凸凹の特性を持つ男児がいます。彼はレッスンの際、みんなで話をしている時に、自分の興味がある話題へ導いたり、何か指摘されると、自分を正当化するために、難しい言葉を使ったりします。私たち大人「幼い子が使う難しい単語」につい感心してしまいますが、ほんの少しでも感心したり、同意すると、「ということは、すべてぼくが正しいということですね」と違う結果へと転がっていきます。

e0143522_19182948.jpgネット上で出合う揚げ足取りや、一般によくいる「モンスターペアレント」などは、まさしくこのタイプで、人の揚げ足をとり、喧嘩をふっかけたり、自分のルールで自己を正当化して迷惑をかけたりしています。しかし、私は将来、生徒にそんな大人に育って欲しくはありません。そこで、子供の減らず口に気が付いたら「今はその話ではありません」「そういう意味ではありません」等、一つずつ「誤解」をつぶすようにしています。

先日、メロディーを種々の音符で五線譜に記す「旋律書き取り」をしていた時のことです。
その男児は他人の何倍もの時間をかけて音符を黒く塗りつぶすのです。私は「そんなにいつまでも塗らないでもっと短く切り上げて!」というと「僕はじっくり丁寧なことが好きなタイプなのです」といい出しました。

自分の時間にじっくり丁寧にやるなら、好きにして!と思いますが、グループで速さを競って聴音する時間に、「丁寧が好きだから」とちっとも急がないのは、あまりに他の人の迷惑です。「みんなが待っていてくれるのだから、早くしてください!」。そう言ってもいっこうに自分を変えるつもりはないようです。そこで、私がピアノを弾く速度をあげてみました。すると、時間内に書き終わらなくなり、「ウウウウ」と恨めしい声を出し私を非難しはじめました。

このまま、私に「不当な目にあった」と恨みだけ持たせるのもいけないので、説明を試みました。「じっくり丁寧が好きと言うけど、例えばあなたのお父様が「3月31日まで」の仕事を丁寧に4月5日までかけてやったら、どうなるか分かる? 次の仕事はなくなることもあります」「つまり、無職ってことですね」「無職の話などしていません。限られた時間ででき上がらないと意味がないこともあるってことです」「いい加減にやっていいということですね」「違います。世の中には丁寧にやっても、3月31日までにきちんとできる人がいるのです。だから、丁寧だから遅くていい!のではなく、少しは急ぐ努力をしなさい」。

凸凹の気質を持ちIQが高いと、IQが低くても苦労するお子さんとは、また違った面倒やご苦労があると感じます。しかし、わが子の様子をよく観察して、子供があらぬ方向へ進まないように、大人もしっかり、見極める必要があるのは、凸凹の特性を持つ子どもの保護者だけではありません。どんな子供にも、勘違いや間違った言動はあるものです。また、自分を正当性して、他人に責任転嫁をするのも、「子ども」の特性かもしれません。親だからこそ、子供の言動を観察して、気づいたら、現行犯で正していきたいものです。
by k-onkan | 2017-04-21 19:18 | 発達障害 | Comments(0)