麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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ピアニカだって、吹ける!

定期的に指導にいく保育園で、保育士の先生からこんなメッセージをいただきました。それは、年長児のクラスでピアニカを吹かせた際に、ほぼ全員が歌っただけで、メロディーを記憶して、間違わずに吹いていたことに感動した、ということでした。

e0143522_18585088.jpgこれまで2年かけて、木下式を学んできた幼児はメロディーを音名で記憶する力がついています。また、ピアニカの鍵盤には、「低いシから高いファ」まで「音感かるたのシール」が貼ってあるので、難しくないのです。

幼児たちには、最初に、読譜教材を歌うように、「ドドソソララソ」と音程正しく歌わせます。その後、同じメロディーをピアニカの鍵盤にある音感かるたシールを探りながら、弾かせると、どの子も間違いなく吹けるのです。

中でも「きらきら星」のメロディーは「ドドソソララソ」「ファファミミレレド」「ソソファファミミレ」という3つのパターンを覚えたら、後はその繰り返しです。そのため、なんどか、反復していれば、誰も間違わなくなるのです。

幼児たちに、「ピアニカも吹ける!」という喜びが生まれたためか、私の顔を見るたびに、「今日はピアニカする?」と尋ねる声があがりますが、本来、音感の時間にグループで鍵盤楽器をするカリキュラムにはなっていません。それでも、ピアニカに触れさせるのは、保育園で学んだ音感教育が、少しでも、小学校で、子どもたちの自信につながることを祈っているからです。
by k-onkan | 2017-05-31 23:57 | 保育園 | Comments(0)

はやく覚えなくちゃ!!

真夏のような暑い日に、二週感ぶりの保育園指導がありました。通常は、2週間も間が空くと、子どもたちは音感で教えた課題をはじめ、いろいろなことを忘れているのですが、担任の先生方が子どもたちに音感の存在を忘れさせないように、さまざまな工夫をしてくださったようです。実は、私もこの二週間、努力したことがありました。それは、新たに音感をはじめた年少児30名の名前を記憶することです。

e0143522_2025944.jpgこの保育園に指導に出かけるようになって4年が経ちました。それぞれのクラスには、3年前に卒園した子の弟妹、2年前に卒園した子の弟妹、この間、卒園した子の弟妹と、どんどん、新しい名前が増えていきます。卒園と同時に古い名前が新しい名前に上書き保存されれば、こんなに便利なことはありませんが、生憎、人間の脳はそんな風にできていないようです。新しい名前を憶えようとすればするほど、その子のお兄さんやお姉さんの名前が先に出てくるのです。

最初の年は、最初数か月で全員の名前を覚えましたが、毎年、新しい人の数が増えて、少しずつ、記憶までの時間が増えています。このままでは、今年の子の名前を全て覚えるまでに1年がかりかもしれない。焦った私は担任の先生にお願いして、「子どもたちの顔写真と名前」が分かるアルバムを作っていただいたのです。

保育園の指導がない日も、時々、アルバムを開けて写真と名前を見ていると、「エビングハウスの法則」ではありませんが、忘れてもすぐに記憶がよみがえり、定着していくのです。そして、保育園のお稽古がない日でも、「どんな名前の子で、どんな性質を持っていたか」を思い返せるようになってきました。まだ似た名前や苗字が違って同じ名前のお子さんなどは、胸のバッチが便りですが、1学期中には名札がなくても、全員の名前を呼べそうです。

音感の時間に「私の目を見て話を聞く」ことを徹底するためには、まず私が子どもの目を見て、子どもの話を聞くことがたいせつだと子供たちから学びました。いいかえると、子どもたちが私を麻奈先生と覚えて呼んでくださるうちに、私も、なるべく早く86名全員の名前と特長、性質を完璧に覚えたいと思っているのです。
by k-onkan | 2017-05-30 20:21 | 保育園 | Comments(0)

父の誕生日に思うこと

私の父が、子供たちに「いい声」を求めるのは「歌上手」を育てる上で、絶対に避けられない課題だからです。しかし、それ以外にも理由があります。それは、声が「生きる活力」を表し、ときに、「自分を守る武器」にもなるからです。人は自信があるときは、大きな声でいきいきと高く話します。反対に、自信がなかったり心配ごとがあったりすると、声は小さく低くなるものです。

e0143522_2004112.jpg今でこそ、よく通る声で、人前で喋ったり、幼児のレッスンをする私ですが、幼少期は、声が小さな気弱な子どもだったのです。小学校の頃の私は、勉強は問題なくできましたが、先生の質問の回答がわかっていても、自分から手をあげて発言することはありませんでした。たまに、先生が当ててくださっても、私の声はどんどん小さくなるばかり……。そのため、成績表の備考欄はいつも「声が小さい」「自信がない」と記されていたものです。

「家では弟妹を相手に、大きな声で話したり、ケンカをするのになぜ、学校では声を出さないのか?」と父は憤慨したものでした。でも、三月生まれだった私は、同級生に比べて知らないことが多く、自分にまったく確信がもてませんでした。その不安な気持ちが私の小さな声や姿勢に表れていたはずです。

そんな私に、父はいつも一生懸命でした。「なわとびができない」と言われれば、朝から特訓が始まり、「内股」と言われれば、庭に手作りの平均台が作られました。当事、今より、何倍も若かった父は、今より何十倍も厳しかったものでした。いまだに、親戚から「小さい頃、パパがスパルタでかわいそうだった」と言われることもあるほどです。

けれど、私自身は、そこまでは不憫に感じたことはなかったのです。ーー毎朝、泣いて見せてはいましたが――なぜなら、父がいかに必死で、本気だったか、幼いながらも、感じ取ることができましたし、何より、できるようになった時の喜び方は、私を幸せな気持ちにしたものでした。

もし、子ども時代の自分が「ありのまま」を受け入れられ、何の努力もさせられる機会がなかったら、大人になった今も目立たないように暮らしていたかもしれません。そして、思うことは、子ども時代にこそ、全力を出していろいろなことをしておいた方がいいということ。

時に、辛かったり、悲しかったりしても、その後には、喜びや楽しさもあります。そして、できれば、子供時代に喜怒哀楽を共有するのは、一期一会の他人ではなく、家族であってほしいと思うのです。
by k-onkan | 2017-05-29 23:52 | 自分のこと | Comments(0)

心がないと音楽にならない

岐阜の幼稚園で園内研修があり、新任の先生とベテランの先生が休日を返上して、木下式の指導法を勉強されました。はじめて、木下式に出合う人にとって一番、難しいことは「言葉」の扱い方でしょう。アナウンサーや役者さんなど話すことを専門にしていないと、「母音アエイウオ」を意識して、話す習慣がある人は少ないからです。しかし、幼児に正しい発声を教えるためには、母音の習得は避けて通れません。

e0143522_1823213.jpgもう一つ、木下式の指導を学ぶ上で必要なことは情感(心)です。音楽でも言葉にも大事なことは表情が豊かであることだと思います。「喜びの音色」「怒りの音色」「哀しみの音色」「幸せな音色」は、楽器の音色にも、言葉の響きにも、そうした表情は浮き上がるのです。音楽には、「遊び心」が求められます。どんなに楽譜に忠実で技術があっても、表情がなければ、決して、感激はしないでしょう。

一般に新人の先生は、木下式の「研修」に参加すると、「何をさせられるか」とオドオドしています。そんな中で、お腹の底から全力で発声をする木下式の訓練をしても、緊張で声も出ないでしょう。そこで、新人がいる時は、「趣味や好きなことは?」を聞いて、リラックスさせ、それぞれの性質を観察しています。

これまで、いろいろな場所でこの質問をして「山登り、ボルダリング、食べ歩き、スポーツ観戦、サッカー観戦、ショッピング、クッキング、読書、ピアノ」など、多種の答えが返ってきたものでした。そして、それぞれの「好きなこと」に取り組んでいる時の高揚した気分や感情を使って、お腹の底から声を出すきかっけにしてきました。

今回、ショックだったのは、「趣味は思いつきません」という答えにはじめてであったことでした。「趣味がないなら、好きなことや、していて楽しいことは、ないの?」ときいたのですが、「パッとは何も……」というのです。

自ら「声は低い方です」というこの先生でも、幼児たちと接するのですから、そのまま放置するわけにはいきません。この先生の声域を拡大するために、私を全力で押させたり、ボールを素早く投げさせたり、足をあげさせたりしながら、同時に声を出すことに挑戦させました。その先生は、私が「高音まで声を出すまで、諦めない」と気づくと、自分から口を開け、自分の持っている声を隠さず、出すようになっていきました。

しばらく、先輩教諭に相手をしてもらい、ボールを投げながら素早く声を出す、壁を押しながら声を出すなど、大人になったらあまりしない「子どもの遊び」のようなことをしながら、声を出しました。身体を動かしている時は、声を出すのですが、しばらく立つと、また普段の低く小さい声に戻ってしまいます。声が自然に出せるようになるまで、身体と連動して声を出すことを、練習した方がよさそうです。

「趣味がない」というその若い教諭に、「これからは、幼児に教える「音感かるた」が趣味になるように、一生懸命、頑張ってほしい」とお伝えしました。教えることが、上手になれば、毎日の仕事が一番、好きになることもあると思うからです。そして、次に会う時には、声が出るようになっていることを期待しています。
by k-onkan | 2017-05-28 23:56 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

喜怒哀楽はどこへいったの?

バランスボールがきて喜んだのは、のぞみクラスの赤ちゃんだけではありませんでした。小学生の子どもも「先生、やりたい」とせがみます。ですが、小学生のレッスンは、レッスン中にやることがたくさんあって、なかなか、一緒に遊ぶ時間は作れません。

e0143522_18192992.jpg途中、独唱の練習をしていた際に、自分の力を出し切れず、高音域の声を出す前に諦める女の子と、声の出し方が遅鈍な男の子に、全力を出すことと速く声を発することを教えるために、バランスボールを押したり、投げたりする相手をしました。

最近、小学生の子どもの相手をすると感じるのですが、発声でも、勉強でも、遊びでも、周囲と同じくらいの力は出しても、それ以上を出すことがなく、喜怒哀楽が薄いことが気になっています。

私も、子どもの頃は、平和主義でだれとも争いごとを好まず、力を出さない子どもだったので気持ちも分かるのですが、当事は、私のような子どもばかりではなく、意欲のある子、勝気な子、全力を出す子が、多くいました。今は全員が、同調して馴れ合いのようで、気になっています。

「今は、さとり世代だから」と言われたら、それまでですが、楽院の私たちは、音感のお稽古でも、遊びでも、虫取りでも、合宿でも、「やる」となったら本気が出せます。何事も、持っている力を全部、出さないと不完全燃焼のような気がするからです。

もちろん、相手と呼吸を合せて協調するなら、ボールを落とさないために、相手が取りやすい場所にボールを投げたり、相手がとれる速度を考慮することもあります。ですが、本気の自己主張や負けん気を示す時は、子ども相手でも、本気でボールを押し、ボールを捕まえるために、機敏にも動けます。音楽でも遊びでも、必要な時には、自分の持っている力を全部出せることも、大事だと思います。

泣いたり、怒ったり、笑ったり、悲しんだり、本気でできるのは、子ども時代の特権です。もっと、いろいろな体験をして、心から、感じて欲しいと思った子どもたちとのひと時だったのでした。
by k-onkan | 2017-05-27 23:41 | 児童 | Comments(0)

バランスボールがきました!

望クラスの教室に、ピンクのバランスボールが増えました。1-2歳の赤ちゃんだと、ボールに全身が隠れてしまうほど、大きくて、怖がるかと思いましたが、幼児たちは臆せず、ボールに近づいて、押したり、転がしたりと楽しんでいます。子どもは丸くて動くものがとても好きなようです。

e0143522_18165049.jpg「音感の教室なのにどんどん、体操器具が増えていくね」とお母さんになったOGから笑われますが、聴覚、視覚、身体感覚を同時に使って音感を習得する「木下式」を実践するためには、それ以前に、幼児の身体機能が十分に発達していることが、不可欠なのです。

最近、「ボールを追うことが書字識字に関係ある」というお話を伺ったので、3歳児のクラスではよくボールの投げっこをしています。その中に、ボールが床を跳ねる音を耳にすると、反射的に目をつぶり、身体をよじるお子さんを見つけました。私自身、幼い頃、左右の視力に大きな差があり、ボール投げが苦手でした。でも、大きいボールや風船なら、楽しい気持ちで関われたことから、このお子さんのために、バランスボールを購入することにしたのです。

大きなバランスボールは、少し、はずみをつけて投げても、床を打つ音がドッチボールに比べて鈍いためか、その子は反射的には目をつぶらないようでした。また、自分より大きいボールの動きは遅く見えるのか、全身でバランスボールにおおいかぶさり、捕まえられるようです。

バランスボールに身体を預けて、ゆらゆらしたり、素筋を伸ばしたり、一通り、楽しんだ後に、ドッチボールでもボール投げをしてみました。バランスボールで慣れたのか、どっちボールも、少し目に入るようになっていました。大人には、些細なことに見えるのかもしれませんが、いろいろな体験を通して、目や耳の使い方は、どんどん、変わっていくのだと感じた出来事でした。
by k-onkan | 2017-05-26 23:05 | のぞみクラス | Comments(0)

継続は力・・・それしかない。

お稽古事で一番、大事なのは休まずに続けること。これは、昔からよく言われてきたことです。芸事でもスポーツでも、何ごとにも共通点があると思いますが、壁にぶち当たって、そこで、「もういや」と放り出したら、そこまでです。

e0143522_803415.jpg「一度、はじめたことは最後まで続ける」、これは、我が家のお稽古ごとに対するスタンスです。現在、中学2年になる甥は、今も合気道とピアノの勉強を続けています。小学生の時に習っていた水泳と体操は1級になるまで継続し、中学進学とともに終わりにしたようですが、今でも、走ったり、泳いだりは彼の得意なことです。現在は陸上部の中長距離選手として大会に出られるように、計画的に練習をしています。

実は、兄甥は決して運動神経がいいタイプではありません。生まれてすぐから観察してきた私たちは、スポーツマンの義弟ではなく、運動が苦手な「木下家の血」を濃く受け継いでいると感じ、申し訳なく思うことが多くありました。

また、斜視が重く、対象物が二つ見えたことでボールなど、動くものも好んで近づいたりはしなかったこともあり、センスだけで見ると、決して、「運動向き」ではなかったことは、素人でもわかりました。それでも、諦めずに継続していれば、他人より進歩が遅くても、他人より多少、格好が悪くても、いつかできるようになります。

子どもを「諦めずに通わせる」ためには、通っている子ども以上に、応援する親御さんの意欲がなくならないことが大事に感じます。「わが子他の子より目立たない」「才能がありそうな気がしない」「他のものが魅力的に見える」など、親御さんが目移りする理由も、たくさんありますが、「子どもに力をつけること」を目的に、親御さんの心がぶれないことを願うばかりです。
by k-onkan | 2017-05-25 23:46 | お稽古事 | Comments(0)

水があるってありがたい!

数日前にマンションの貯水槽のポンプが壊れて水が止まるという事件がありました。ちょうど、その1週間前から耳に残る異音が気になりはじめ、自分はこんなに聴覚過敏だっただろうかと思っていましたが、その音は、日々、大きくなっていきました。そして、ある時、ピタッと異音がしなくなりました。

e0143522_16521638.jpg異音がやんで静寂を喜んだのもつかの間、今度は水が出なくなっていました。災害のために、水は用意してありましたが、それでも、出るのが当たり前の蛇口から、水が一滴も出ないのは、すごくストレスに感じてしまいました。

14時間後、工事が完了して、水も出るようになりました。その時は、「静かになったことも、水が蛇口から出ることにももっと感謝しよう」と思ったはずなのですが、日、一日と、それが当たり前になってきたのかもしれません。けれど、何事も「限りがあって、大事なもの」という意識をもって、もっと、丁寧に暮らそうと思う出来事だったのでした。
by k-onkan | 2017-05-24 22:50 | 自分のこと | Comments(0)

一つの能力を伸ばすと他が伸びる

木下式のカリキュラムは、2~3歳のお子さんに無理なく、音感教育を行うために作られていますが、この訓練が発達障害を持つお子さんの「感覚統合」にも効果があるという理由から、一般の、「音感のクラス」とは別に「凸凹っこの感覚統合」を目的にした短期のクラスがあります。

e0143522_15443732.jpg音感のクラスは、聴覚訓練という見地から音感が確実に定着する4歳半までに訓練を開始することをお勧めしていますが、凸凹のクラスは小学生になったお子さんでも、木下式を受けることができます。

これまでも何人も小学生の凸凹っこが、このクラス体験に見えましたが、彼らにはある共通点がありました。それは、目の輝きが強く意欲があり、ハキハキと声を出すということでした。しかし、「ハイ」と自信をもって返事をしたからといって、こちらが想定する通り、理解しているとは限らないので、何を見て、何を考えているかを、観察しながら、凸凹を持つこでも「指示」が分かりやすいよう、キビキビとレッスンしています。

2~4歳児が取り組む「木下式のカリキュラム」は、一見、簡単そうに見えるかもしれませんが、聴覚、視覚、身体感覚を同時に使うため、年齢が大きくなればなるほど、難しいもののようです。

特に発達障害を持つお子さんは、両手両足を交差させて、音楽に合わせて行進したり、目と指を同時に動かしながら、ピアノの音を聴いて、口型を用意して、読譜するなどが、難しいようです。また、ピアノの前で立って話を聞いたり、歌を歌ったりする際に、足首や体幹がしっかり安定して育っていないと感じることが多くあります。そうした状態で、学校生活を送るのはたいへんだろうと想像します。

楽院では、音感教育を行うために必要な能力を育てるために、さまざまな運動器具を用意しています。中でも、凸凹っこに効果があるのが、ブレキエーション(うんてい)です。肩よりも高く手を伸ばして、5本の指を使って渡るうんていを行なうと、子どもたちの目線に気力がわくと感じます。

木下式の訓練で育つものがもう一つありました。それは、相手との「タイミングの図り方」です。指導者の「ハイ」という合図によって、タイミングを計って声を出すのですが、この時、自分のことしか考えていないと、タイミングがずれてしまいます。こうしたことを理解して、相手に合せることで、自分のことだけでなく、相手の存在も意識する習慣になるかもしれません。

このクラスは発達障害の特性を改善するための「療育的な課題」を改善することが目的ですが、歌を歌ったり、聴音書き取りをしたり、ピアノを弾くなどと学び、音楽を得意にすることで、他の能力が伸びたお子さんもあることから、途中で、能力が向上すれば、他のお子さんと一緒のクラスに参加されることもあります。体験授業は無料です。凸凹がある方でも、ご興味のある方は、ぜひ、一度、木下式を体験してみませんか。
by k-onkan | 2017-05-23 23:42 | 発達障害 | Comments(0)

一生、わが子について謝れますか?

最近、「ごめんね。うちの子が迷惑をかけて」とまわりに謝るのに、子ども本人をきちんと叱れない保護者が増えたように感じます。たぶん、親御さんは「叱っている」と思っているのかもしれませんが、実際は愚痴や小言ばかりで、子どもの目を見て本気で「何がどのようにいけないのか」「それは、いつ、どこでならしていいことなのか」など、きちんと伝えたり、叱ることができていないのかもしれません。

e0143522_1943212.jpg子どものしつけをする上で大切なのは「ママ友選び」かもしれません。特に、子どもが1~3歳のうちは、お母さん自身と子育てやしつけの感覚が似ていると感じるお母さんと、友達になって、子ども同士で遊べると、いい影響があると感じます。反対に、行儀を大切にするお母さんと、行儀はまったく頓着しないお母さんが子どもを遊ばせると、どちらかに違和感が出ることもあるからです。

但し、子どもが幼稚園、小学校に進んだら、価値観の違う人にも出会うのは当然ですし、その中で自分が惑わされないように上手に他人と付き合うことも大事です。担任の先生をはじめ、同級生が気の合う人ばかりではないこともあるでしょう。そして、苦手なタイプを排除するほど、自分の世界は狭まってしいます。

それでも、尚、価値観があった人との関わりが大事なのは、子どもが生きていく上で、自分のタイプや属性を知るためです。そこで、親御さんが「価値観の合う人を選んでつきあう場所」もあれば、幼稚園や小学校で「いろいろなタイプと付き合う場所」の両方が必要なのだと思います。

そして、どちらの環境に身を置いても、わが子に「ダメなことはダメ」と教えるためには、お母さんは、友達の子どもでも、公園などで出合うよその子にもわが子と同じく、注意することが大事です。たとえば、わが子が乱暴をしたら、「ダメ!」というお母さんが、よその子が乱暴したときに「自分の子どもではないから」と見ないふりをしたら、「どうして、ぼくにばかりうるさく言って、よその子はいいの?」とお母さんに対して落胆したり、不満を持つでしょう。

こんな時、価値観が近い親御さんばかりのグループなら、それぞれが「自分の子に注意」をして、それぞれが責任を果たせばいいのですが、いつも価値観が合う人ばかりとは限らないのが大人の世界です。ならば、どんな環境でも、誰にでも「ダメなことはダメ」を徹底して伝えることが大事になります。

私が子どもの頃は、大人はよその子どもも叱ったものでした。当事、子どもで未熟だった私は、失礼にも「うるさい大人だなぁ」と思ったものですが、今思えば、「自分の子どもだけでなく、よその子」についても真面目に考えてくださった時代だったと思うのです。

現代のなるべく「敵を作らない時代」にあると、よその子を注意して、よその親御さんから恨みを買うのは恐ろしいことですが、ここは、「わが子のため」と思って、大人が考え方に信念を持つ必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2017-05-22 19:43 | しつけ | Comments(0)