麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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同じなら平等なの!?

小学生の子どもたちは、木下音感協会創立40周年記念パーティーで演奏するため、毎週、土曜日にお弁当持ちで、練習を行っています。パーティーでは、男女がチームに分かれて、「スタンツ(余興)」も行なうことになりました。

e0143522_23534384.jpg男子班の中には、土曜日に小学校があって、あまり練習に参加できないお子さんがいます。合唱は、短い練習時間でできる曲目だけを出演させることになっていますが、スタンツは、一緒に参加できるように、瑠音先生が「その子用の持ち場」を考えたのです。しかし、それも、なかなか練習する機会がありません。

私たち大人は練習時間がなくても、「なんとか他の子と同じことをさせてあげたい」と思ってしまいますが、それが「自分だけ上手にできない」という劣等感になったり、消化不良を起こす原因になったりしては、いけないと思うことが、最近、増えてきました。

ちょうど、お母さんから、「学校を休んで練習に出る日を作った方がよいでしょうか?」との問い合わせをいただいたので、まず、子供本人に「出たいか、出たくないか」を確認していただくことにしたのです。

こどもの答えは「どちらでもいい」というものでした。「どちらでもいい」は、「出たくない」ではないので、もしかすると、「出てもいい」という意味だったかもしれません。しかし、出ることにしたら、自分の責任を果たすことを求められます。そして、いい加減なことをしてしまうと、一生懸命、頑張る他の子の足をひっぱり、子供たちの不満の原因になることもあります。そこで、今回は、「どちらでもいい」なら「それほど出たいとは思っていない」と理解して、「スタンツはムリに出さない」という結論に落ち着きました。

本人は、自分が参加しないことに、少し驚いたのかもしれませんが、「自分が出ない経験」をしてみないと、自分が「出たい」のか「出たくない」のか、想像することができるようにはならないと感じます。

もし、友達が楽しそうにダンスをする姿を見て、「やっぱり、ぼくもスタンツがやりたかったなぁ」という言葉が出たら、「そのことに気付いてくれて嬉しい」とお母さんから、伝えてほしいと思います。そして、「次は、『どっちがいい?』と聞かれたら、『どっちでもいい』ではなく、出るか、出ないか、どちらかに決めよう」とアドバイスをしていただけたらと思います。

もし、今回、特にコメントがなければ、本人にとって、学校もたいへん、楽院もたいへん過ぎず、ちょうどいい状態なのかもしれません。何しても大人はとかく、「他の子と同じことが平等にできること」にばかりに目をむけがちですが、子供本人が全力投球できる「限界」を見極めることも、大事なことだと思うのです。
# by k-onkan | 2017-12-10 23:53 | 児童 | Comments(0)

叱られるうちが花!

成果報告会から1週間が過ぎて、児童部のレッスンがあったのですが、子ども達は普段通りの様子で、発表会の出来に悪びれることもない様子だったので、反省する時間を作りました。

e0143522_13384281.jpg「先週の発表で、舞台で何度も頭を振った人がいるんだけど……」というと、「見た、見た。知っている」との言葉が一部の男児から返ってきました。「どうして、あんなことしたんだと思う?」というと、「ピアノでミスをしたから、じゃないの?」との答え。さすが、子供は「自分もしそうなこと」を想像する力があるようです。

その子が舞台袖に戻ってきて、瑠音先生は「なぜ、舞台であんなに頭を振ったの?へんでしょ!」と注意したそうです。しばらくすると、私のところに憮然として態度でやってきて、「あれはぁ。本番なのに、間違えてごめんなさい、という意味で、頭を二回下げたんです!」と怒った口調で弁解にきたのです。

凸凹の気質が言わせているのだとしても、「自分は間違っていない」という態度に、私もカチンときたので、「キミが、たとえ、間違えても、そんなことはお客様には関係ない!間違えたなら、余計『ごめんなさい』の気持ちが分かるように丁寧に1回お辞儀をして帰ってきなさい。2回頭を下げたくらいで、『間違ったこと』は帳消しにはならない!!」と、伝えたことを、子供たちにも知らせました。

一度、演奏が終わってしまったら、どんなに後悔しても、取り返しがつかないから、きちんと練習して本番に臨まなければならないのです。他にも、歌詞をぽっかり忘れた子、ピアノで何度も何度も弾きなおした女の子もいたのですが、どちらも、普段、「集中すること」が苦手で、合唱などで、行儀の悪さを指摘されている子たちでした。「本番だけ上手にやろうと思っても、できないから、練習の時に、先生たちに言われたことを、もっと素直に受け止めなさい!」という話をしました。

最後に、子供たちに聞いてみました。「Kちゃんの歌、みんなはどう思った? すごく下手だった?」。丁度、午前中は学校があり、その場にいなかった2年生の甥について、子供たちに尋ねたのです。子どもたちは、不思議そうな顔で「別に~。いつも通りだったよ」という答えが返ってきました。

「でも、Kちゃんは、終わった後に、瑠音先生から、どつかれたのよ」と知らせました。子どもたちは、口ぐちに「なんで? 失敗していなかったのに……」と不思議そうな顔をしました。ピアノが思いのほか上手にできたと思ったKは、調子に乗って、独唱の時は、普段、注意されていた「口型」や「歌い方」を何一つしないまま、戻ってきたのです。お客様には気づかれないかもしれませんが、「教わったことや、言われたことをしないで戻ってきたこと」に瑠音先生は怒ったのです。

兄甥のYはKが叱られたと聞いて、「ボクも小さい頃、集中していなかったり、調子に乗って失敗したら、お母さんにどつかれたよ。Kちゃんは叱られるのが遅いくらいだ」と、叱られることが当然という口調で、慰めの言葉を口にしていました。

そして、それに対する瑠音先生の言葉に、私たちは妙に納得してしまいました。それは「なに言っているのよ。Kちゃんはこれまでは失敗しても『Kちゃんだから、仕方ない』って叱る気にもならなかったのよ。でも、叱れるようになったのは、やっと期待できるようになったということ。進歩なのよ」という話でした。

子供たちには、「お母さんが音楽会で失敗しても、成功しても、何も言わないのは、もしかすると、『期待されていないのかもしれない」という話をしました。すると、ピアノで何度もつかえた女の子が「うちは、叱られたよ」と嬉しそうに報告していました。

その言葉に、「でもね。あまりに、何度も何度も、同じ失敗していると、いつか、お母さんも「期待をするのはやめよう」と何も言わなくなることもあるから、叱ってくれる間は、まだ『気にしてくれている』証拠だから、早く結果を出せる人になってね」と苦言を呈したのでした。

音楽会を初めてご覧になった、0歳児の親御さんは、「芸事の世界は厳しい」と感じられたようです。なぜなら、舞台に立ったら、どんなに幼い子どもであっても、誰にも助けてもらえないで、自分でどうにかして戻ってこなければならないから、ということのようです。そして、その通りです。舞台に立ったら、自分しかいないから、生半可な気持ちでは出ていけないことを、楽院は教える教室です。そのため、一般のお教室の発表会のような華やかさはありません。

楽院を卒業した子どもたちが、打たれ強いのは、こうした場を定期的に与えられ、時に成功し、時に失敗する経験を通して、「自分の心」との向き合い方や、立ち直り力(レジリエンス)を身に付けたからだろうと思います。しかし、そこには、『子どもの出来』について、心底から応援したり、がっかりしてくれる親御さんの存在があることが一番大事です。それがないと、子供は失敗しても、「何も感じないまま」、時間と経験だけが過ぎてしまうこともある、このことを大人は忘れないようにしたいものです。
# by k-onkan | 2017-12-09 23:37 | 児童 | Comments(0)

お母さんも我慢して頑張れ!!

「また、今週もブログにネタを提供してしまった・・・・・・」というお母さんのエピソードを、書くべきか、書かないでおくべきか、数日悩みましたが、お母さんの気持ちが不完全燃焼のままで、日々、過ごしているといけないので、あえて苦言をブログに残すことにしました。そして、これは、「この母子の特別なこと」ではなく、子供を思う親ならだれしも、「やってしまう失敗」として、読んでいただけたらと思うのです。

e0143522_14523536.jpgこのお母さんは、自身も小さい頃から楽院に通った卒業生です。入学時に、「自分には、耳に優しいことではなくて、『本当のこと』を言ってほしい」と約束したママでもあります。それでも、できれば言いたくないこともあるのです。それは、子どもの成長を楽しみに通ってくるママに、「こんな状態では、楽院では預かれません。しばらく、ママが楽院に引率するのは我慢しなさい」と――。

1歳10カ月のYちゃんは、数週間前から、保育園に通い始めました。ママの復職が決まったからです。最初は数時間から始め、先週からお母さんも仕事に出て毎日8時間ほど、保育園に滞在しています。保育園の前後は、お祖父ちゃまが面倒を見てくださっているようですが、毎日必ず、15分、誰かと別れるたびに大泣きするとかで、声は枯れ、顔つきもたった1週間で、ずいぶん大人びたと感じました。

それが、1週間前にお祖父ちゃまとレッスンに来たときのことでした。最初は、メソメソしていましたが、自分の子どもたちと、孫娘と、二代にわたって楽院に引率されてきたお祖父さまは、孫娘がグズグズ泣いて見せても「ほら、頑張れ」と背中を押してくださるのです。たぶん、お祖父ちゃまは、孫娘が、メソメソすることで、私たちから叱られる方が不憫だから、心を鬼にして、厳しいジィジに徹しているのでしょう。

今週も、お祖父ちゃまとレッスンだと思っていると、引率はママでした。「どうしても音感をしている姿をみたくなって、職場の皆さんに頭を下げて来てしまった」のだそうです。でも、Yちゃんは「ママ、ママ」とすがって「音感のおけいこ」にはなりませんでした。

子供の気持ちになれば、よく分かります。朝からずっと、念仏のように「ママ、来る、ママ、来る」と唱えながら、それを心の支えに、保育園で過ごす1歳の子どもにとって、ママがお迎えに来たら、仲良く家に帰って、一緒に時間を過ごすサインです。それが「今日は、早く帰って『音感』に行こう」と言われたら、子どもはがっかりです。どんなに「音感の時間」が好きでも、「お母さんとべったりの時間」には勝てないのです。

もちろん、お母さんの「自分が、わが子が音感で成長する姿を一つも見逃したくない」という気持ちも痛いほど、分かります。でも、たった1歳の女の子が、ママと離れてつらい気持ちを我慢して、保育園生活に慣れようとしている時です。もう少しだけ、ママが大人になって、「なぜ、子どもの成長を待ってやれないのか」と私は憤りを感じました。

「どんなに連れてきてくれても、こうして、泣きっぱなしのままでは教えられない。このまま――子どもの気持ちが分かるのに、無理やり泣き止ませて、レッスンをさせる――の状態が続くなら、楽院に通ってくることをお断りするかもしれない」と伝えました。この子が不憫でも、他の子に迷惑になるので、その日も別室にいき、「ママと一緒にいたくても、泣くのは止めて」と説得はしました。その後は、ずっと、「ママの膝の上でいいから」と友達がお稽古をするのを見学させて帰したのです。

他の卒業生ママに「出禁になっちゃった」と言って帰っていったというママは、さぞ、悲しかっただろうと思います。子どものために「良かれ」と思ってしていることが、ともすると、大人の「自己満足」で、子どもにとっては「百害あって一利なし」など、想像もしなかったと思うからです。

もし、これが、毎週、音感の時間だけはママが仕事を早退して引率できるというなら、私もここまで厳しいことは言いません。子どもにも「やっとママと一緒だけど、音感の時間はわざわざ、ママが来てくれるみたいだから、一緒に頑張ろうね」と言えるのです。しかし、ママの仕事の都合で、来たり、来なかったりでは、1歳の子供に理解させるのは、難しいのです。それならば、「音感のお稽古はジィジと一緒!!」を徹底して、ママが早く帰れる日は、ロビーのマジックミラー越しに隠れて子どもの様子を観察して、終わるまで待っていてあげてほしいと思います。

子供たちは保育園の生活に慣れるために、毎日、凄まじいストレスと戦っています。特に、乳児期から母子で愛着を築き、その上、楽院で多くの刺激を与え、頭脳も身体も発達を促した子だから、一般のお子さんに比べて、母子分離に堪えがたい苦痛があると感じます。大人の言葉を何でもよく理解している分、つらさも人一倍、あるのです。

もし、この子が最初から、寝かせられっぱなしで、何の刺激もないまま、保育園に預けられていたら、発達は遅かったかもしれませんが、ここまで保育園生活に抵抗しなかっただろうと想像します。そして、保育園で、集団の和も乱さなかったでしょう。

それでも、幼少期から音感教育を受けさせることを選び、復職も自分で決めたことです。働くママとして、子どもの成長を見られないのはつらいと思いますが、そこは「仕方ないこと」として割り切らなければ、と思います。「仕事もしたい」「育児もしたい」とどちらも中途半端な関わり方をするには、どちらも責任が重いことだと思うのです。

働くママであることを選んだら、それに一生懸命、打ち込むことで、子どもに自分の姿勢を示すという愛情の示し方もあるはずです。きちんと、スキンシップの時間を持ち、「大好きよ」「可愛いね」と言葉にしていたら、バリバリ働くママの子供であっても、ちゃんと、親から愛されていることを確信して成長します。何より、一番、大事なのは、ママ自身がぶれないようになること。そして、それは子供が保育園に慣れるのと、同じくらい、ママにも時間がかかるのでしょう。そして、それが、「出禁」の期間なのかもしれません。
# by k-onkan | 2017-12-08 23:48 | 保育園 | Comments(0)

音感能力と小学校受験について

木下音感楽院は、「音感能力」を付けることを目的に、音楽教育を行なっています。「音感」という能力は、幼児期の限られた時期にしか身につかないことから、幼児部の間は、「休学」という制度がありません。それでも、「どうしても、小学校受験に力を入れたい」という方は受験の間は欠席して、試験が終わってから振替授業を行って、他のお子さんとの能力差を埋めたりしています。

e0143522_1922512.jpg何年かまえに、「大人のいうことをまったく聞かない」という3歳男児を預かりました。最初は望クラスの課題からはじめ、どうにか「物を学ぶルール」を身につけ、音感のレッスンになったところで、「小学校受験の準備をしたい」というご相談を受けました。当時、音感の勉強を始めたばかりで、まだ、歌唱力も音感も定着していない中で、1年以上、レッスンを受けられないなら、楽院に復学させることは、お子さんにとって、あまりに厳しいと思い、お断りしたことがあります。

そうした事例があることで、「楽院は、小学校受験をする人の復学を認めない」と思われてしまいそうですが、それぞれのお子さんが持つ『歌唱力』『音感能力』の定着度によって、対応は異なるため、個別にご相談をお願いしています。

中には、受験準備中であっても、楽院のレッスンを欠席しないために、受験塾を優先しながら、音感のレッスンを個別で行なっていく方もあります。それぞれ「小学校受験を最優先するか」「音感能力の取得を優先するか」は、ご家庭の判断です。楽院は、「どちらにすべきか」は申し上げませんので、お子さんにとって何が重要かを考えていただいた上で、ご決断いただいています。

しかし、実際は、ある程度の「歌唱力」「音感能力」がついているお子さんであっても受験準備のために、長く音感のレッスンを欠席されると、「全力投球する木下式のレッスン」を苦痛に感じるようになり、お子さん自身の希望で、「もう音感を勉強するのは、無理」ということもあります。

その理由は、受験のための勉強は希望校に入るための勉強で、最初はたいへんですがコツさえつかめれば、慣れることができます。しかし、統合型教育である木下式は、同時に、頭も身体も心も、耳も喉も目も鍛えるため、一度、離れると、再開が辛くなってしまうこともあるのです。

これまで大勢のお子さんの小学校受験を見てきましたが、個人的に、一番、幸せだと感じるのは、「実力で受かる希望校」「子どもの性質に合った学校」を選び、日常生活を変えずに規則正しい生活をしながら、受験をすることです。なぜか、そうした家庭のお子さんの方が、結果的にたくさん合格をいただいてくるため、単に学力だけでなく、子供の心や身体も見られていると感じます。

反対に、希望校から合格をいただいても、いろいろなことを犠牲にして背伸びして入学してしまうと、賢い子どもばかりいる環境が苦しくなったり、学校の勉強についていくための、塾通いと家庭学習の生活になって、ストレスで、追い詰められてしまうこともあるようです。

実際、受験のためだけを考えて生活したことで、「受験で求められる『指示に従うこと』ができるようになっても、自分から想像して考えて、行動したりができなくなった」という話もきくため、「何を目標に受験をするのか」「何を犠牲にしてもよいのか」等は、家族でよく検討することが大事だと感じます。

楽院は、それぞれのご家庭の方針にそって対応はしますが、楽院を続けることが、かえって、お子さんに負担になると感じれば、「他の音楽教室で楽しく、音楽と関わること」とお勧めすることもある教室かもしれません。
# by k-onkan | 2017-12-07 23:22 | 楽院だより | Comments(0)

子育てが浄化する・・・・・・

卒業生がお母さんになって、楽院に通ってくると、私たちにいろいろなことを教えてくれます。 働くお母さんを持った卒業生ママは、お母さんが生前、「あなたは子育てに専念して」と遺した言葉を守り、わが子と過ごしています。

e0143522_746127.jpgわが子と十分に関わりながら、「自分も子どもの頃、お母さんに『こうして欲しかったのだ』という思いが湧きあがり、涙がでそうになる」と教えてくれました。きっと、卒業生ママは、子どもの頃の自分の気持ち―インナーチャイルド―とわが子を通して対話しているのかもしれません。

亡くなったお母さんの味方をするなら、私が知る限り、そのお母さんはバリバリ働きながらも、手作りの洋服を着せたり、休みの日には、家族ぐるみで出かけたり、働いていても、できることを精いっぱいしていらっしゃいました。土曜日のレッスンの後は、迎えにこられて、よく子どもたちの歌声も聞いてくださったものです。

当時、楽院には、保育園に通っているお子さんが少なかったこともあり、面接の際、まゆみ先生が「楽院に通わせるなら、引率はシッターさんではだめです。お母さんが、必ずレッスンを見てあげてください」と、今の時代なら、拒絶されそうなお願いをしましたが、忙しい時間をやりくりして、必ず、ママか一緒に働く伯母ちゃまが、窓からレッスンを見ていてくださったのです。それでも、働く親を持つ子供本人は、他のお子さんと比べて、寂しかったり、「こうしてほしい」「ああして欲しい」という思いが心の奥底にずっと残っていたのでしょう。

私は、「子育て」というのは、自分がしてほしかったことを、わが子にしながら、その時の負の思いや親への慕情を、弔うためのものなのかもしれないと感じています。自分の子どもを授かると、卒業生は、共通して、「自分がされていやだったこと」を強く記憶して、子育てにあたります。

三人姉妹の二番目だった卒業生ママは、小さい頃に「あなたは、可愛いだけでいい、良く食べていい子ね」と言われ、その通りにしていたら、いつしか、姉にも、妹に対しても自信を持てるものが、何もなかったという記憶があるようです。

3人姉妹を教えた私は、音楽に対する感覚や音感能力、そして、音楽的情感は、その2番目のお嬢さんが一番、あったと記憶しており、姉妹たちも、それに関しては一目おいていたはずなのですが、本人の記憶には、「何も期待されなかった」「何も希望を聞いてもらえなかった」と残っているようです。

そのためでしょうか。わが子を育てる上で、「どうしたいの?」「話合おう」と1歳の男児には、少し気持ちを尊重し過ぎている内に、男児はどんどん、身勝手になり、「これではいけない」とそれまでのやり方を改め、ダメなことはダメ、と言えるようになったと言います。

卒業生とその子供たちを見ていると、人間が親になるというのは、自分の親への感謝、そして、ときに、うらみつらみなど、負の感情まで、さらけ出して、自分を犠牲にしてわが子を育てる中で、気持ちを浄化させていくためのものなのかもしれない、と感じます。

確かに、自分の子供がいない私でさえ、多くの生徒たちを通して、「自分はこうして欲しかったのだ」「あんな風に扱って欲しかったのだ」と感じたことがあったのですから、お腹を痛めたわが子を通しては、もっと強く感じるはずです。


世の中では、子育てより、外で働くことの方が、女性にとって大事なことにいわれていることもありますが、子育てによって、女性が、自分の母に対して、気持ちを浄化したり、次の世代に、愛情を継承することも、女性にしかできない、大事な大事な仕事だと、私は思っています。
# by k-onkan | 2017-12-06 23:45 | 子育て | Comments(2)