麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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新しい試み・・・

洗足学園で行われた『山田和樹×声優アニメコース特別公演』に両親と妹一家と出かけてきました。洗足学園にはオーボエ奏者の従兄が勤めており、山田和樹氏が演奏をされる際には、「木下音感の皆さんもぜひ」と声をかけてくださるため、会場では卒業生や保護者など、懐かしい方々にお目にかかることができました。

e0143522_10223659.jpgさて、小学2年の甥は、自分も音楽を学んでいることもあって、一般のお子さんのように、音楽会で騒いだりすることはありませんが、知らない大曲を聴くのはやはり、たいへんなことのようです。そのため、最初のブラームスのピアノ協奏曲の間は、楽章が変わるたびに、プログラムを開いては、「今、ここらへん?」と指で確認していました。

少し、飽きてしまった弟甥ですが、二曲目の「夏の夜の夢(劇付随音楽)」が始まれば、ロマンティックなメロディーを美しいと感じたり、誰もが知る有名な「結婚行進曲」が登場するので、楽しめるのではと、期待していました。

さて、休憩が始まると、指揮者の登場前に、和樹先生が「アニメ声」と呼ぶ「声優の卵たち」が登場し、ナレーションが入りました。もともと、この作品は、シェークスピアの戯曲を元にしているため、これまでも演劇や映画などの作品としては、発表されてます。ただし、音楽会のホールで声優が声の演技をしながら、オーケストラが壇上で演奏するというのは、初めて見る光景でした。

これまで、声優やアニメ作品などは、専門学校で学ぶのが常だったと思いますが、音楽大学でも新しい科として、誕生していることを知りました。新しい試みには常に、賛否両論あると思いますが、私はディズニー作品にあるクラシックの音楽と映像を融合させた作品を思い出しました。そして、賛否両論あっても、新しいものを生み出して、音楽を知らせる機会を作る大切さも感じたのでした。

個人的には、声の芝居も聞き漏らさないように集中して、オーケストラの楽器の音色もそれぞれ聴こうとすると、すごく疲れましたが、これまで、音楽よりアニメーションの世界に興味があった方たちが、オーケストラの音色の美しさや表現の豊かさに触れる機会となれば、それだけでも、価値があることだとも思ったのです。
# by k-onkan | 2017-08-12 23:20 | 音楽 | Comments(0)

夢を追っても期限つき・・・かも

最近、自分が年をとり、若い人が夢を追って努力する姿に、元気をもらうと感じる場面が増えてきました。若者が夢を実現するために一生懸命、取り組むのは尊いことです。でも、自分が長く生きたからこそ、分かるようになったことがあります。それは、夢は「願ったからかなう」というものではないことです。どんなに素敵な夢でも、間違ったタイミングに、間違った努力をしていたり、その努力が不十分であれば、夢は実現しないかもしれません。

e0143522_2255551.jpgそれでも、私は基本的に、子どもが「なにかやりたい」と言ったら、「やってみなさい」というタイプです。それは、私が想像力豊かで心配症な父親とその親族に育てられ、「何かをやりたい」と思うと、口に出す前に「できない理由」を突き付けられて、ほとんどのことを諦めた、聞き分けのよいタイプの子どもだったからです。

それでも、今思うと、心配症の親族に育てられたことで、「自分が絶対にやりたい」と思ったことは、どのように実現するかを、根回しや説得の方法を考えたものでした。また、「自分で宣言したこと」の責任は、自分が間違っていないことを証明するために、本気で腹をくくらなければならず、簡単には逃げ出せないというプラスもありました。けれど、若くて未熟だった頃は、「親に反対された」という恨みに、本当は自分の努力が足りなかったことを隠して、すべて、大人の責任にする無責任なところもあったと記憶しています。

そんな経験もあったから、子供の年齢が小さい間は、たくさん心配して、いろいろな知識を与え、ある年齢を超えたら、「自分で挑戦しなさい」と自由にさせたいと思っています。でも、自由を与える時には、伝えておきたいこともあります。それは、「自由に挑戦する期限を決めること」そして、その時がきても、夢がかなわない時には、「腹をくくって諦めて、他の道を探す」という選択を突き付けるのも、時に、親がしなければいけないことかもしれません。私にとっては「留学を切り上げて、家業を手伝って」と母に宣言されたのがその時期でした。

心配症で色々な行動を制限する親も、いろいろな道を見出して挑戦させる親も、金銭的な援助でただ見守り続ける親も、そこには異なる形の愛情があるのだろうと思います。でも、どんな方針の親御さんの子どもであっても、いつか、大人になるために、腹をくくらなければならない時がきます。

親にとっては「何歳になっても子ども」であっても、30代を過ぎたら、いつまでも、親に援助され「育てられる側」をしている場合ではないと感じるからです。30歳を過ぎたら、大人として―自分の子供がいなくてもー「育てる側」の責任を果たさなければならないと思います。30代に、自力の食い扶持を稼げずに、親の援助を必要としていたら、その子どもは、やがて、高齢の親の重荷となり、親子で共倒れになることもあり得るのです。幼児期、児童期にどんなに素晴らしい教育を与えたとしても、そんな大人に育ててしまったら、その教育は無駄だったと言わなければならないかもしれません。
# by k-onkan | 2017-08-11 22:04 | 教育 | Comments(0)

どんな時代でも変えないでいたいこと

夏休みに入り、信越地方でピアノの講師をされる方から、「木下式の絶対音感をつける方法を学びたいので、東京で講習を受けたい」とのお問い合わせをいただきました。私は、木下式は「絶対音感」を付けられる教育体系ですが、「絶対音感」だけを目的に勉強することは、簡単ではないので、軽々しくはおすすめできないことをお伝えしました。

e0143522_214524.jpg本来、一般の営業であれば、自社製品のマイナス点は、決して口にせず、いいところだけを強調して売り込むところなのかもしれません。しかし、木下式が、50年という長い歳月、成果を上げ続けられたのは、創始者の「正しく指導体系を理解して子供のためになることをする人にしか実践してほしくない」という理念があったからです。ビジネスを考えれば、マイナスにも見える創始者の理念は、これまで、誰にも曲げられずに来ました。その頑固さゆえに、子供を取り巻く環境が変わった現代でも、幼児たちに一定の能力を与え続けることができたともいえそうです。

幼児期の教育は、「音感だけ」身に付けさせようと思っても、実現しません。それは、相手が幼児ゆえに、しつけも含めて総合的に身体、頭脳、心の発達を促さないと、「音楽の基礎」を育むことができないからです。そのため、一般の音楽を教えるように、「絶対音感を得るためだけ」に勉強すると、指導者も幼児も苦しくなってしまうことがあるのです。何より、木下式の指導法は簡単に見えますが、指導者が技術を習得に長い時間がかかります。

もし、これが、「誰でもいいからやってほしい」「成果が出なくても、大勢、取り組み、利益が出ればいい」という考えで行ってきたら、これほどまでに、大勢の人たちが、「子ども時代に木下式を受けてよかった」とは言ってくださらなかったであろうと思います。

これからの時代は、両親は共働きが当たり前で、どんなに「乳児期は親元で育てるのがベスト」と言っても、それが困難な時代になっていくのでしょう。親が常に成長を見守り、自分のことのように楽しみにしなくても、
それでも、幼児、児童の能力を最大限、引きだすために、これからの時代にあった工夫をして、いろいろな課題を乗り越えていかなければと思うのです。そして、いつの時代であっても、「子どものため」を思って、実践してくださる方を育てていきたいと願っています。
# by k-onkan | 2017-08-10 17:29 | 木下式音感教育法 | Comments(0)

最後は音楽に癒される

今夏、一番の暑さの頃、母方の叔父を病院で見送りました。ちょうど、その日は、知人のお父上がご逝去されたとか、友人がお母様と連絡が取れず家を尋ねると自宅で倒れており、慌てて病院に運んだという話ばかりが続き、自分たちが親の健康に気を付ける順番が来たことを実感しています。

e0143522_16594161.jpgそんな中にあって、大勢の生徒たちを千葉の自宅に呼び、小学生の子どもたちと一緒に海に入るわが両親は、多少、年老いたと言っても健康で、口うるさくても、日々、自分のやりたいことを自由にしていることに、もっと感謝しなければと思うのですが、時に、あまりに元気がよすぎて、、ついわずらわしくなり邪険にしてしまう未熟者の私です。

さて、亡くなった叔父は、私たちが子どもの頃、よく自家用車に乗せて遊びに連れていってくれるなど、お世話になったのですが、晩年は、色々なことが思い通りにならず、楽しい思い出ばかりではありませんでした。叔父がなにより、気の毒だったことは、戦争中に中耳炎を患い、耳が聴こえなくなったことでした。叔父は、姉弟の中で誰よりも優れた絶対音感を持っていたそうなのですが、音楽の勉強をして演奏活動を続けるには、「耳」に不自由があることは、致命的な欠陥だったのでしょう。音楽から離れてからは、よく「自分にとって、絶対音感があっても役に立つことは、一切なかった」というのが口癖でしたが、それは、音楽と関わり続けられなかった辛さが言わせていたのかもしれません。

しかし、長期入院中の病院で、看護師さんや、病院の方々に、「自分はクラシックが好きだ」と話し、多くのクラシック音楽のCDを病室のロッカーに持っていたことを知ると、あんなに嫌っていたはずなのに、やはり、最後は音楽に癒されたのだとホッとしながらも、寂しさも感じたのでした。

暑い時期は、誰の体力も奪いますが、特に、ご高齢になるほど、気づかぬうちに体力を消耗していたりします。どうぞ、皆様、くれぐれもご自愛ください。
# by k-onkan | 2017-08-09 22:53 | 音楽 | Comments(0)

弱っている時は優しくしたい

千葉の「海の家」からは3つに分かれて帰京しました。私は保護者のTさんと6年と4年になる兄弟と、特急に乗って帰京しました。子どもたちの日焼けで真赤になった顔は、海を堪能し、たくさん食べ、十分に楽しんだことを物語っていました。

e0143522_1233739.jpg普段、饒舌で生意気な4年生の弟くんが電車に乗った途端、無口になったので、寝てしまうことは想定していましたが、兄くんは疲れた顔をしても、絶対に寝ないタイプのようで、静かに車窓を眺めて、1時間が過ぎました。

東京駅についても、起きる気配のない弟くんでしたが、抱っこして帰るわけにはいかないので、大きなリュックを背負わせ「手をつないであげるから頑張れ」と、手を引いてエスカレーターにのせました。

普段は、デリカシーがなく生意気なことを言うお年頃ですが、眠っている時は、2歳の頃と変わらず、可愛いものです。途中で意識が戻ったところで、恥ずかしがると思い、手を放す代わりに、リュックサックの取っ手を掴み、はぐれないように気を付けました。日曜日の10時前後の京葉線は「夢の国」から返る大人たちで、大賑わいだからです。

ふと見ると、しっかり者の兄が私たちの一番、うしろを歩いていました。6年生でしっかりしていると言っても、やはり小学生です。人ごみの中で大人の視界から外れさせるのは怖いので、私たちの前を歩かせ、「中央線の乗り場まで案内して」とお願いしました。

これは、合宿の山登りでも同じ方法を取るのですが、子どもは大人の前を歩かせることで、目配りができるのです。そのため、大勢の子どもを連れて歩く時は、必ず、子ども数人の後ろに大人、その後ろに次の子どもと引率の大人で、目を配ります。

よく街中で、ご両親が前を歩き、その後ろを幼い子どもたちが「待って~」と追いかける姿を見かけますが、個人的には、あれはとても危険で、心配になります。私たちの背中には目がありません。何かあってもすぐに助けを出すためには、幼児期は視界にいれなければと思います。そして、たとえ小学生になっていても、寝ぼけていたり、疲れて通常運転でなかったりしたら、幼児と一緒で、大人が気を付けなければと思うのです。

Tさんは、私がリュックサックの取っ手を持っていたため、弟くんの荷物を軽くしていると思われたかもしれませんが、実は、犬の「リーシュ」のように、取っ手を持っていただけで、さほど、荷物を軽くしていたわけではありません。それでも、どこかがつながっていれば、子供は安心を感じます。また、前から後ろからと大勢の人が入り乱れる駅の構内で、子どもたちとはぐれてから、探す方がずっとたいへんです。なるべく互いに離れないように気を付けて進み、中央線のホームにたどりつきました。

その頃には、少しいつもの弟くんに戻っていました。意識が戻ったら、いつまでも幼児扱いは、プライドが傷つくでしょうから、あからさまに助けたりはしませんが、ホームから線路に落ちない程度にリュックサックの取っ手に手をかけていました。

小学生も高学年にもなると、できることも増えて、生意気な言動も増えて、「一人でできる」ことが増えてきます。その分、大人も保護する必要がなくなり、忘れがちですが、どんなに生意気になっても、疲れていたり、病気の時、そして、心が弱っている時は、さりげなく、手を貸してやりたいと思うのです。それは、彼らが幼い頃からお付き合いをしてきた生徒だから、ではなく、子どもと一緒に過ごす大人として、当たり前のことかもしれません。
# by k-onkan | 2017-08-08 23:31 | 児童 | Comments(0)