麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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心配してもいい。でも、し過ぎないで!

二ヶ月前に弟が生まれて「赤ちゃん返り中」のAちゃんが望クラスのレッスンにやってきました。赤ちゃんが多いクラスには私や瑠音先生と大人の手が多いため、新生児を預かり、Aちゃんがお母さんとピッタリと密着できるようにしていました。

e0143522_19333866.jpgけれど、赤ちゃんが母乳を欲して泣き声をあげると、Aちゃんも激しく泣き始めました。最初は「Aちゃんはお茶やおやつ、ご飯が食べられるけれど、赤ちゃんはおっぱいしか飲めないから、お母さんを貸してあげて」と優しく説得してみましたが、どうしても泣き止めません。

私たち大人は、子供に泣かれるとなんとか納得させて平和的に解決したいと思うものです。でも、幼い子どもの耳には、説得の言葉が耳に入らないこともあります。そんな時は、かわいそうですが子どもに踏ん切りをつけさせるために、無理強いが必要な時もあると感じます。

私が憎まれ役を引きうけるのは、常なので、私がAちゃんを抱きあげました。お母さんから離されたAちゃんに、「怒ってるんじゃないよ」と言いながらも、「これ以上、Aちゃんの我を通させることは、下の赤ちゃんにかわいそうだからダメ」ということを態度で知らせたのです。

最初は、お母さんから離されて悲愴な泣き声を出していましたが、チューチュータオルを持って心が落ち着いたところで、「Aちゃんはいい子、いい子。赤ちゃんの喉が渇いて、死んでしまったらたいへんだから、おっぱいは飲ませてあげてね。やさしいね~」とゆるゆるとゆすりながら、言い聞かせていると、なんとなく落ち着いてきました。きっと、わがままを見せても、心のどこかでは弟に譲らなければいけないことをちゃんと知っているのだろうと思います。

最近、「Aちゃんがお母さんを必要とすることは愛着を育てる上でとても重要なこと」だと、発達心理学を学んだ先生から言われたことから、お母さんはお姉さんの気持ちを慮らなければと一生懸命です。その気持ちを感じて、出産直後は「お姉さんらしくしよう」していたAちゃんが「赤ちゃんに返っていい」と思っているようにも感じます。もちろん、たった2歳の子どもには、気持ちが弱ったらお母さんに甘えてほしいですし、私も「子供がお母さんを欲する気持ち」を否定するつもりはありません。

ですが、忘れてはいけないことがあります。それは、下の子もまたお母さんを求めているということです。まして、母乳しか摂取できない現時点で、お母さんの代行はだれにもできません。そんな時に、「お姉さんの気持ち」だけを優先したら、今度は弟がまわりに何も求めず、簡単に諦めることを覚えそうで、私たちは心配になってしまいます。

精神科医や発達心理学者は、「当事者」を診るのが仕事です。そのため、個人の「問題点」と「心配ごと」だけを考えて、アドバイスを下さるものです。それがお仕事なので当然ですが、そこに矛盾が存在していることも忘れてはならいと感じます。

それは、もし、「弟」が診察の対象者であれば、「お姉さんばかりの我が通って、弟が諦めてしまうことは問題です。もしかすると、発達の妨げになることもある」という指摘を受けるはずだからです。つまり、精神科医や発達心理学は、個人を診るのが専門で、それぞれの人間の兼ね合いや、その調節について言及することは、あまりないのです。

でも、子育ては、常に、いろいろな人の気持ちの兼ね合いが大事です。兄姉の気持ちだけを優先すると、その間に弟妹が欲求不満になることは多々あるでしょう。また、反対に弟妹ばかりを構っていて、兄姉が情緒不安定になって夜泣きに発展することもあり、こちらを立てると、あちらが立たずで、お母さんはその狭間でとてもたいへんです。だからこそ、お母さんには、特定の一人だけに真面目に心を痛め過ぎず、いろいろな人の手を借りて、おおらかに、幸せな子育てをできるようにすることが大事だと感じます。

今、お母さんが多少、間違ったことをしても、しっかりと子供と向き合っていれば、なんらかのSOSを察知して、正すことができるはずです。また、子育ては学校の勉強とは違うので、「間違えないように」「なるべく完璧な子育てをしたい」などと思わない方がいいと感じます。子育ては、学校の先生に評価されるようなことはないものです。万が一、評価が下されるとしたら、日々、成長している子供たちの姿によって、評価されているのではないでしょうか。
# by k-onkan | 2017-04-15 23:19 | 子育て | Comments(0)

大人ほど子供はつらくないかも・・・

あるお母さんから他の教室でのお子さんの様子についての悩みをうかがいました。その教室では10人の幼児が一緒に数学系の課題に取り組むそうですが、話をきけない子どもたちが授業についていけない、とのことでした。

e0143522_12162966.jpg担当の先生に相談したところ、「話をきかない子はそのままで進みます。できるようになるまで、このクラスを受講してください」との回答にお母さんの気持ちが弱ってしまったようです。

木下式は「親が子どものために」と作られた教育法です。そのため、子どもが嫌がっても「追いかけて」でもその日にやるべきことは最低限させるのが楽院です。昔の親は子どもが嫌がっても「必要なこと」と思えば、親が本気で関わったものだったからです。しかし、ほとんどの教室や幼稚園、小学校はそういう場所ではありません。現在、楽院で口うるさく同じことを反復しているのも、よその教室や幼稚園、学校で、「口うるさい人」がいなくても、自分から取り組めるようにするためです。

幼児期であれば、「好ましい友達のいる教室」や「教え方の上手な先生」を選んで、お稽古事に通えるかもしれません。しかし、実際、幼稚園、小学校に入れば、それが私立であっても、いろいろなクラスメートがおり、中には経験が浅い先生もいるはずです。どんな環境でも、他人に責任転嫁せずに、わが子が自分から吸収できる人に育てるために、「幼児期の限られた時期」にできる経験は、多い方がいいと感じています。

また、見ている保護者は、心が折れそうでも、本人はその時間を結構、楽しんでいたりもするものです。大人は「何も身についていない」と思うと「時間の無駄」と思いますが、家庭で、10人の子供から受けるのと同じ刺激を与えるのは、難しいものです。また、ある日突然、自分から「一生けん命、やろう」と思う時期がくるかもしれません。

楽院は追いかけてでもやらせる教室ですが、だからといって、何どもかんでも、無理強いしてやらせることが、正しいとは思わないのです。本人の気持ちが入っていないと、表面的に取り組んでいても、何も吸収されていないこともあるからです。

実は、私は木下式を指導する際、場所によって、変えている姿勢があります。それは、楽院なら預かったお子さんには、その日の内にやるべきことは最低限、やらせますが、保育園で指導する際は、「やりたくない」という子には無理強いをしないようにしています。その日は、あえて「見ないふり」をしてあげると、子供が「自分もできそうだ」と確信をもった時に一緒に参加するようになったりするからです。

能力差がある中で、「自分から取り組むため」には、「他の子と対等にできる」と子供が自信を持てる時だけなのです。だからこそ、同じことを繰り返し、丁寧に指導することは、先に吸収した子どもには余裕になり、後からついていく子どもは、他の子に追いつく時間を与えられているのだと感じます。

話をきかない子は置いていかれるお稽古事を「続けるべきか」「辞めるべきか」は、親御さんの考え次第です。しかし、最初は優秀だと思っていたお子さんが途中で息切れしたり、最初は遅れていても、後から本気を出していい結果を出す子どももいることから、途中の出来、不出来にはそこまで一喜一憂しない方が、よいと個人的には思います。そして、どんな紆余曲折があっても辞めずに続けた人が、結果的には一番、力がついているものなのです。
# by k-onkan | 2017-04-14 23:13 | お稽古事 | Comments(0)

母であっても、社会人であっても

先日の「幸せになる教育」と題した講演の中で、幸せになっている若者は、「5つの条件」を満たしている、というお話をしました。それは、①身の回りのことが自分でできる②心身が強い③与えられた場で責任を果たす④得意なことがある⑤自分の考えを持っている、と感じます。そして、これは、若者だけでなく「母になるため」「社会人になるため」に大事なことではないかと思っています。

e0143522_18501810.jpgたとえば、母になった時に、この5つを満たしていないと、①わが子について何も決められないかもしれません。②わが子と一緒に遊んだり、活動したりもできないでしょう。③母親としてわが子が問題行動を起こしても、止めないかもしれません。④わが子に何かを教えようという気持ちになれないかもしれません。⑤大人に考えがないと、わが子に善悪の区別も教えられないかもしれません。そう考えると母親で「5つの条件」を満たしていないと、子育てで迷惑をかけてしまうかもしれません。

また、「社会人」になったら、①自分のことができないと、仕事で他者に迷惑をかけてしまうかもしれません。②身体や心が弱ければ何かを最後までやり遂げるのもたいへんだろうと想像します。また③責任を果たす習慣がないと、失敗したり、うまくいかない時に突然、放り出してしまうでしょう。④得意なことがないと、自己肯定感がもてず、落ち込んだ時に気分転換をするのも難しそうです。⑤自分の考えがないと、万一、不当な目にあった時に誰かに相談したり、解決する助けを求めることもできないかもしれません。

こどもに、どんな教育を与えるかは、それぞれの自由ですが、その中で、最低限、この5つは、家庭で子どもたちに伝えていきたいと感じます。これから時代はどんどん、移りゆくでしょう。その時に大事なことは、ロボットではなく「人間ならでは」にしかできないことのような気がするからです。
# by k-onkan | 2017-04-13 23:48 | 子育て | Comments(0)

同じ教育を受けても・・・・・

子どもの頃は悪いことをして叱られてばかりだった子が大学を卒業して立派に成長しているとの報告を受けることもあれば、小さい頃は優秀だったのに大学に行った後にフラフラしているとの噂が耳に入ることもあります。こうした違いに、「同じ教育を与えたのに難しい……」とのご意見をいただくことがあります。

e0143522_13112639.jpgですが、私には思い当たることがあります。それは同じように楽院に通って、同じ教育を受けているように見えても、それぞれの家庭の考え方は異なるものです。楽院の「音楽教育」に魅力を感じて、音楽の能力の成果だけを求める方もあれば、「躾がしてほしい」「小学校受験に有利」との考え方もあります。また、オペラや音楽祭などの舞台に魅力を感じる方もあれば、音感を通した「人間としての教育」に共感される方もあります。同じ教育を受けても、その目的が異なれば、その結果が異なるのは当然かもしれません。

木下式は、親が自分の子どもが「生きていくため」に作られた教育です。そのため、一般の音楽教育よりは、厳しいところがたくさんあります。そして、そこには、単に音楽だけでなく、いくつかのメッセージがあります。それは、親は先に逝くものなので親がいなくても①身の回りのことを自分でできること、②心身ともに強いこと、③与えられた場で責任を果たせる力を持つ、④自分にしかない能力を持つ⑤自分の考えを持つ、などです。

楽院に通いながら、比較的に素直に物事に取り組むと、こうしたことを当たり前のように受け入れられ、大人になっても、いろいろな場面で結果を出してくると感じます。もしかすると、親御さんが「こうあって欲しい」と夢見た姿と同じではないかもしれませんが、本人は「自分のやりたいこと」を見つけ、充実した人生を送っているように見えるのです。

反対に、長く楽院に在籍していても、親御さんが「努力や練習などしなくても、結果が出せる天才のような人間に育てたい」と現実離れした考えを持っていると、楽院の本質的な考えとは差があり過ぎて、子どもが自分の道を探すのは、難しそうに感じます。

昔は、「楽院に通いたい」といわれても、根本的な考え方や異なる価値観を持つ方は、面接でお断わりしていた時代もありました。価値観や考え方が違う中で、お子さんをお預かりすると、その成果に差が出ることを知っていたからだと思います。

現代は、「やりたい」と言われる方に広く門戸を開いていますが、通学の途中で考え方や価値観に相違を感じる際には「他のお教室を探していただいた方がよいのでは?」とご提案することもあります。結局、同じ教育を与えても、その成果は側面支援する親御さんの関心の高さ、家庭と教育現場の共通した価値観や考え方、そして、親から子への社会的相続によって、子供の成果は、良くも悪くも変わる、ということかもしれません。
# by k-onkan | 2017-04-12 23:08 | 教育 | Comments(0)

三重県総合文化センターにてー3-

講演の最後に質疑応答の時間がありましたが、どなたも手をあげられなかったので、事前にいただいた質問にお答えしました。それは、「LGBT が増えた理由はなんですか?どのように関わるべきだと思われますか?」というものでした。文章の感じから身近にLGBTの子どもを持つ親御さんやご親族というより、生徒を教える先生なのだろうと想像しました。

e0143522_9463054.jpgLGBTとは性的少数派を総称する言葉だと思いますが、教育現場で配慮が求められるのは、性同一性障害の人に対する配慮です。たとえば、外見は女性なのに、心は男性であれば制服のスカートをはくこと、女性用のお手洗いを使うことも、想像以上に嫌なものでしょう。そのためか、私が子ども時代に比べて、明らかに、先生の子どもへの対応が変わったと感じます。それは、男女ともに苗字で「○○さん」と呼ぶことです。

LGBTも発達障害も、昔から、まったく存在しなかったわけではありません。しかし、今ほど、人数が多くなかったと感じるので何かの理由で増えているのでしょう。でも、その原因は私では答えられません。

ですが、「もし生徒にLGBTのお子さんがいたら」と想像するなら、私は、若い頃に、長く外国に暮らしたかかもしれませんが、基本的にLGBTでも、発達障害でも、異国人でも、持ってうまれたものは、そのまま受け入れる主義で、それを肯定も否定もするという気持ちがありません。

ですが、一般には性的少数派が生理的に苦手な方もいるでしょう。そう感じるのは、心の自由だと思いますが、それによって、差別したり、攻撃していい理由にはなりません。相手がだれでも、できることは、自分の役割を誠実に果たすことだと思っています。

私の仕事は、「木下式によって能力を高めること」なので、それを誠実に行うだけです。万一、自分の子どもであったなら、悩みを持つ子どもを不憫に思うと思いますが、親として愛情を注ぐこと、そして、どうやったら、少しでも、その子が生きやすいかを考える以外は、あるがままを受け入れるしか、できることはないように思うのです。

もし、万が一、苦手意識があって誠実に専門課程のことだけを教えられないなら、生徒として受け入れない方がいいかもしれないと、思います。その「苦手意識」が専門的な指導にまで、影響するように感じるからです。もちろん、苦手でも、プロとして、専門的な指導ができる人もいて、いいのだと思います。ただ、大事なのは、どちらかに極端に無理がある関係性では、いい結果はでないのかもしれません。
# by k-onkan | 2017-04-11 23:33 | 木下式音感教育法 | Comments(0)