麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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楽院の子供たちが仲良くできるのは

恒例の夏の「海の家」が終わって、大人たちはみんなホッと一息ついているところです。特に、パートナーの家業だからといって、目立たないように、でも、子供たちの送迎をして、一心不乱に砂に穴を掘り、海の中で子供たちの監督をしてくれる義弟には、感謝以外の言葉が見つかりません。

e0143522_1057691.jpg今回、途中から、電車で参加されたお母様は、「子どもが11人もいたのに、喧嘩もせず、始終おだやかだったこと」に驚かれていました。楽院の子どもたちは、小さい頃から一緒に育っていて、長所も短所も見せ合いながら、同じルールのもとに時間を過ごす経験をしています。そのため、少しくらいの諍いがあっても、長引いたり、誰か一人がつらい思いをすることはありません。何より、子どもたちよりもっと、怖いガキ大将のような大人が大勢います。それゆえに、子ども同士は、基本的には仲間意識が強いと感じます。

私や木下先生は、子どもたちの前で決して公平ではありません。男の子の目の前で女の子の味方をしたり、その横で、女の子を同時に応援したりします。子どもたちは自然に「先生たちは、自分だけの味方」ではないことを受け入れつつ、だからといって、「大事な時は助けてくれる相手」だと、分かっていくようです。このことが、分かれば、楽院の先生は、さほど怖くなくなり、対等に物を言えるようになります。但し、親御さんのように「自分だけ」を可愛がってくださったり、自分だけの都合で動くことはないので、自立していないと、居心地が悪いかもしれません。

ネットなどでよく、「一つの意見」を賛同されると、すべての考えを認められないと、納得がいかない大人を見かけます。ですが、Aについては賛同できても、Bについては違う考えを持っていたり、Cについては半分しか賛同できない、などということは、ざらにあるでしょう。また、考え方が平行線の場合は、どこまで話し合いをしても、解決せず、時間を無駄にすることさえあります。

楽院の子どもたちが仲がよくいられるのは、基本的な考え方が共通する親御さんの子供たちが、楽院に預けて下さっているから、だろうと思っています。たとえば、音楽の能力が高めたくても、わが子に厳しいことは体験してほしくない、という方は楽院には通ってこられませんし、音楽面の能力を求めても、多種の友達との関わりを否定される方は、楽院は向いていないと思います。

楽院にわが子を通わせてくださる親御さんは、いろいろな考えや価値観を持ちながらも、「わが子に音楽能力をみにつけさせたい」と考えると同時に「いろいろな人と関わり、自分で人生を切り拓ける大人になってほしい」と願っている方だから、子供たちも一緒にいて、居心地がいいのだろうと思います。

私たちと付き合いが長い高学年の生徒には、合宿や「海の家」で、「この子にはこんな特性があるから、気を付けてあげてほしい」とか「音楽面は素晴らしくてもこうした弱点があるから、カバーしてね」と、一般なら個人情報であり、短所に見えることも、子どもに隠し立てせずにきちんと説明して、理解を求めることがあります。

子ども同士の世界はシビアです。子どもは、誰かが特別扱いをされていると感じるとすぐに「ひいきだ」「納得がいかない」と文句を言いだします。でも、大人と違って、子どもたちのいいところは、それぞれの事情を理解できれば、お互いを助けたり、気を使いあったりもできることです。幼い頃、自分が配慮された子どもが高学年になって、後輩を配慮する立場になることもあります。そんな「順番とめぐりあわせ」が子どもたちの絆を強くしているのかもしれません。

楽院に入って途中でお辞めになるお子さんも存在しますが、それは、親御さんと楽院との考え方の基本に相いれないものがあったのだと思います。親御さんと楽院の考え方に相違がある中で、音楽の能力だけ求めて、通わせ続けると、最終的に、気の毒な思いをするのは、お子さんです。どんなに私たちが親身になったとしても、やはり子どもは、「親御さんの子ども」であり、その子どもの教育に責任を持てるのは「親御さん」しかいない、このことを忘れないようにしたいと思っています。
# by k-onkan | 2017-08-07 23:42 | 楽院だより | Comments(0)

なんで、こんなに海は辛いの?

東京駅で、保護者のTさんと待ち合わせをして、特急に乗って、千葉の海の家へ出かけました。駅に着くとお迎えは、木下先生で、子どもたちはすでに、海に遊びに行った後でした。私たちも急いで着替え、海へいきました。

e0143522_14101587.jpgちょうど、純子先生が、お昼ごはんのカレーライスのなべを取りにいくということで、交替して子どもたちのいる海へ入りました。1年生のMくんは、海が初めてだったのか、誰彼かまわず、足をからめてつかまってきて可愛いのですが、波に乗る瞬間、自分の顔に塩水がかかるのが、怖いからのようでした。

「どうして、こんなに塩からいの?」と文句をいうので「海だからよ。海は塩水なのを知らなかったの?」と聞くと「塩水だって知っていたけれど、こんなに塩辛いと思わなかったよ」と怒っています。頭で知識として知るのと、体感して知るのでは、これほどまでに、違うのです。その子は何度も「どうして?どうして?」と不満を口にしていました。

普段、おとなしい2年生のIちゃんが、海女のように海に潜り、貝を拾ってくるのですが、どんどん、沖に向かっていくため、瑠音先生と義弟は、監督しながら、気が気ではなかったようです。普段、水泳教室に通っているため、泳ぎに自信があるのだと思いますが、人間に管理された「プール」と「海」は違います。どんどん沖にいってしまうことに、普段、自然と関わっていない怖さを感じたようです。

楽院でも、千葉でも、子どもを預かって海や川に入る時は、大勢の大人で常に人数を数えて、細心の注意を払って管理しますが、それでも、気が付くと潮の流れで全員で沖の方へと進んでいたりするものです。やはり、人間は生きる上で、自然を知ることは、関わることは、大事なことのように思います。

普段、合宿の川遊びでは、私がカメラを持っていることが多いので、「先生には絶対に水をかけないで」とうるさく言っています。そのためでしょうか。4年生のKくんは、既に海水の中にいる私に「麻奈先生にも水をかけてもいいの?」と聞いてきました。そんな心配ができるようになった反面、「麻奈先生は高齢だから、ぼくたちと一緒に公園へ行かないの?」と言って、私に「デリカシーがない」と怒らせようとしたりもするのです。男児は、4~5年の頃が一番、生意気で、私に抵抗する時期のようです。

さて、恒例の海で、毎年、必ず行うことが、砂浜にスコップで穴を掘って、子どもたちを埋めることです。海水を吸った砂はとても重いのですが、それを自分で砂を動かして脱出させます。大切に育った子ども達は、いつも誰かに守られて安全を見守られています。ですが、非常事態には自分一人で、なんと頑張って解決しなければならないこともあるものです。遊びの中で、「困難」から抜け出すことも経験させておきたい、そんな理由から、昔からある遊びかもしれません。思えば、私が幼い頃にも、親戚と一緒に海に行って、こんな遊びをしたものでした。

今年、最初に埋められたのは1年生のMくんです。前日、おにぎりを持たせた途端、あっと言う間に砂浜に落とし、お菓子を渡せばお菓子も落とし、スイカを与えると、「タネがある果物は食べられない」と言う受け身な姿に「もっと、自分のことを自分でさせなければ」と切実に木下先生は思ったようです。

砂に埋められたMくんは、これまでの子どもたちのように、泣いて必死になって砂を動かすのではなく、すぐにフーッと言って諦めてしまいます。この姿は、私たちにも初めての体験でした。これまでの子どもは自分の無力さに悔し涙を流したり、必死になって砂の中でもがいたからです。 

でも、Mくんは、あまりの重さには「一人では無理」と思ったのでしょう。すぐに諦めて動かなくなってしまいました。木下先生は、「これを使え」と言って、特別に小さなスコップを渡したのですが、意味のない場所にやみくもに触れて砂を周囲に飛び散らせるばかり。スコップを使いこなすのも慣れないと難しいのでしょう。

これまで、何度となく砂に埋められた経験がある先輩たちは、「お腹のところを掘れ」「腰を動かして」と声をかけていますが、すぐに「フー」と休んでしまいます。みんなで「頑張れ」「腕をつかって、突っ張って腰を動かして」と最後まで全員で見守り、どうにか、脱出できました。

次は初参加の4年生のKちゃん。しっかり者ですが、体力より知力で勝負するタイプなので、最初は「私は結構です」と言っていましたが、「オンカンで、やらないという選択肢はない」と気づくと、度胸を決めて埋まりました。砂の重さで途中、少し涙目になっていましたが、頭を使って、どこの砂を動かせば、自分が自由になるかを考えながら、掘っていました。

これまで、なんどとなく木下家の「海の家」を経験している子は、砂の重さを経験しています。でも、新参者ばかりが埋められる姿を見ると、「オレも埋めてほしい」「もっと深くしても大丈夫」と軽口をきいてしまいます。でも、いざ、深い穴に埋められると、涙目になりながら、必死の形相で砂から脱出を試みます。普段、生意気な子が無駄口もきかずに、一心不乱で取り組み、健気でかわいい姿を見せる時間でもあります。

それぞれの性質や気質に合せて、穴の深さを調節しつつ、「オンカンでやると言ったら、やらない選択肢はない」という言葉通り、全員が砂から脱出を経験しました。そして、最後は、卒業生のY先輩と中二の甥Yで、「ゆうちゃん対決」をしました。「若さと筋肉がある若者にはかなわない」と言いながらも2歳の娘に勇姿を見せるために頑張り、先輩とYはほぼ同時に脱出しました。可愛かったのは、その姿を見ていた2歳のAちゃんが、自分も穴に埋まって自主的に砂から脱出する練習をしていた様子でした。

海の後は、子どもたちが公園で遊ぶ間に、木下先生ご自慢の千葉のお刺身を用意し、「新鮮なお刺身は、美味しいぞ。残すヤツは、もう二度と来るな」と言われ、普段、偏食の子どもも、全員、残さず食べる様子に「来てよかった」「楽しかった」という子どもたちの気持ちが表れていました。食事を終えて、瑠音先生の車と私たち電車組、そして、直接、お迎えに来られたご家庭の3つに分かれて帰京しました。子どもたちは、どの子も海で真赤に日焼けした顔に、たくさんの思い出を胸に親御さんのもとへと戻っていきました。
# by k-onkan | 2017-08-06 23:08 | 楽院だより | Comments(0)

今年も海で子供と一緒!!

今日から楽院の選抜児童は千葉の木下先生のところで「海の家」のお泊りです。まだ、合宿から1週間も経たないのに、もう子供たちと付き合おうというのですから、よほど子供が好きだと思われても仕方ありません。でも、木下先生にとっては、合宿で特に厳しく鍛えてきた男の子たちを可愛がって遊ばせるのが目的なのかもしれません。海の家では、「合唱の練習」などの修行的なことはありません。せいぜい、砂浜に埋めて自力脱出くらいでしょう。

e0143522_12551411.jpg今年は男子6名女子3名と大所帯の「海の家」です。現地で卒業生ファミリーも合流予定です。参加者は合宿よりも早い時間に、楽院に集合して、瑠音先生の車と有志の保護者所有の車、2台に分乗して出かけていきました。私が楽院までお見送りに行くと、子どもたちから、「麻奈先生はいかないの?」との声があがりました。私は、出張や諸々があるので、一日だけ電車で日帰りの予定です。

女の子たちには、「一番、怖いのはまゆみ先生だから、叱られないように気を付けて」と送り出しました。女の子たちも、小さい頃からピアノを習っているので、「知ってる」と言って出かけていきました。楽院では、木下先生や私など、分かりやすく激しくわかり怒るタイプが怖がられますが、本当に一番こわいのは、静かで穏やかで我慢強い人を怒らせた時です。

子どもたちが出かけた後は、お母様たちと、近所でお茶をさせていただき、合宿であったブログには書けない「いろいろなこと」や個人的な出来事などをお話しました。生徒たちは、合宿で起きたいい出来事も、わるい出来事も、それなりに親御さんに報告していると知って、とても安心しました。もちろんその中には子どもなりに「これは、お母さんにしていい話」「これはしない」と決めているはずです。

そして、これは、本人がお母さんには報告しなかった話のようです。女子班の班長はマラソン大会のゴール直前にハーハーぜーぜーとお腹を押さえて、具合悪そうに涙を流して帰ってきました。楽院では、いつもしっかりしていて、弱みを見せる機会が少ない女の子なので木下先生はとても心配しましたが、私は、具合が悪くなった理由がなんとなく想像できました。

それは、予想に反して下級生に負けて、精神的に参ったのだろうということでした。そんな時は、みんなで大騒ぎするより個別に看護師の先生に見ていただいた方が、女の子たちは落ち着きやすいように思います。

マラソン大会が終わって、朝食を取って帰り支度をしてさよならコンサートも終わって、バスに乗り込んでしばらくして、私にポツリと「負けたのが、○ちゃんだったから、いいことにする。○ちゃんは頑張っていたと思うから」と自分に言い聞かせ、心を納得させている姿がありました。

お母様には、そのエピソードの更なる裏話をお聞きしました。なんでも、今年は合宿に向けて、母娘で走っていたのだそうです。お母さんより速く走れる自分に、「今年は、結構、いい線にいけるかも」と思っていたようなのですが、お母様が、膝を痛めて一緒に走れなくなって、お母様はとても申し訳なく思っていらっしゃいましたが、ここで子ども本人に「申し訳ない」と謝る必要はないと思います。ですが、次回の機会には、最初から自転車等を使って、最後まで練習に付き合ってあげていただけるようお願いしました。

子どもを応援するために、親子で一緒に走るのはとても貴いことです。でも、もっと大事なことは、親御さんが怪我をしたりしないこと。そのためには、大人が文明の利器を使ってでも、最後まで付き合ってあげた方がいいと、個人的には感じます。

もちろん、親御さんがスポーツマンタイプの元陸上選手などで走るのが特技であれば、子どもと対等に走るのも、いいでしょう。でも、運動が得意でない大人は、本気になった子どもには絶対に敵いません。子どもは「お母さんだけ、自転車でずるい」というかもしれませんが、それでも、途中で、親子で練習を止めるよりは、最後まで付き合ってくださったことの方が、親子で何かを協力したといういい思い出になるように思うのです。
# by k-onkan | 2017-08-05 23:53 | 楽院だより | Comments(0)

保育園の先生は親代わりだから

恒例の保育園指導に出かけました。楽院は、7月後半は三期講習会と尾瀬合宿があり、保育園の指導は2週間半ぶりとなりましたが、子どもたちは楽しそうにお稽古に取り組んでいました。さて、音感のレッスンの際に、年少のクラスで、担任の先生たちにお願いしたことがありました。それは、それぞれの子どもたちの状況をメモして記録すること以上に大事にしたいことでした。それは、子どもたちが一人ずつ、歌って上手にできたら、自分のことのように、喜ぶ姿を子どもに感じさせること」です。「上手だったね」「すごいね」という明るい声の賞賛もいいですが、3歳児なら、背中や頭をナデナデされるのも、子どもは大好きです。

e0143522_1126124.jpgまだ「お稽古事」に馴染みがない3~4歳の子には、「先生の指示に従って、課題を進めていく音感のレッスン」は正直、楽しいことばかりではありません。時に、我慢して取り組むこともあるでしょう。そうした小さな積み重ねが子どもの集中力、忍耐力、記憶力に繋がっていくのですが、一般では、幼児がお稽古ごとなどを頑張る原動力は、親御さんの存在です。「親バカ」と言われても、わが子だけを見て、その進歩を褒めたり、喜んでくださることで、子どもがつらいことも乗り越えていきます。

保育園の子どもたちは、親御さんと離れているので、音感のレッスンの時に、上手になって喜んでほしい相手は、「担任・副担任」の先生たちです。「あれができない」「これも」と気づくことも大事な仕事ですが、それだけでは、子どもたちは息がつまります。子どもが、上手にできたら心から「上手になったね。先生も嬉しい」と喜んでくださることが、幼児期の子どもたちが頑張る力になります。

働く親御さんを持つ子どもにとって、保育園の先生は、親代わりです。だからといって、すべての代行を他人の保育士さんに託すことは不可能ですが、音感の時間だけは、「自分のクラスの子どもをわが子のように応援してほしいのです。そして、自分も園児と一緒に勉強しているつもりで、見守ってほしいと思います。幼児たちの「あれができない、これはダメ」を指摘して、それを指導するのは、私の仕事であり、指導法を勉強していない先生にできることは、「子どもを側面から批判せずに、応援すること」であり、それが、保育園に通う子どもたちの能力を高める一助になると感じています。
# by k-onkan | 2017-08-04 23:24 | 保育園 | Comments(0)

家では本当の姿を見せるかも

今年の合宿で、感心したのが幼児部の子どもたちです。今年は、年長1名と年中2名の女児が参加しましたが、5日間の集団生活でも、涙も見せずに、最初から最後まで楽しそうに頑張っていました。その中で特に驚いたのは、年長の女の子が自分の髪を自分で三つ編みをしてまとめることを家で教わってきたことでした。小学生の女の子でも、髪を一つにしばることはできても、三つ編みをして、前髪が顔にかからないようにするほど、手の込んだことをする子はいませんでした。

e0143522_1124048.jpg合宿で、頑張る女の子の中には、楽院の先生の前では、特別な「いい子の自分」だけを出そうとして、その分、お母さんに「あるがままの姿」を見せる子も多いのです。合宿で頑張ってきたから、お母さんに甘えて、わがままを言っているので、許容できる範囲では受け入れてあげていただければと思います。

幼児部から合宿に参加して「楽しい」と思うためには、「音感のお稽古」だけでなく、日常生活においても、先生の指示やまわりで起きていることを理解できて、身辺自立している必要があります。今年の子どもたちは、音感においても、日常生活においても、自立していると感じました。それでも、家に帰ったら子どもらしく、親御さんに甘えていてほしいと思います。

今回、初めて、合宿に参加したお子さんも、「それなりに」は楽しかったと思いますが、小さい頃から合宿を経験しながら、少しずついろいろなことを身に付けたお子さんに比べると、「わからないこと」が多く辛いこともあったかもしれません。

それでも、小学生になったら、少しずつ、親御さん以外の他人と生活する機会は、大切にしなければと思います。子どもには必ず、家族以外の人と関わりたいと思う時が来ます。その時に、他人と歩調を合わせられないと、寂しい思いをすることもあるからです。
# by k-onkan | 2017-08-03 23:00 | 幼児 | Comments(0)