麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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大事なものを失っていく経験

合唱団の第一声部として、活躍してきた声の美しい凸凹っこに、最近、少しずつ、声変わりの兆しが見え始めています。合唱をする男児で、美しいボーイソプラノを持った子どもほど、声変わりはつらいもので、就職試験の「人生における挫折」のテーマに選ぶほどの衝撃だといいます。

e0143522_16562759.jpg正解願望が強い凸凹っこは、「自分が思っているのと、まったく違う声が出る変声期」とどのように向き合っていくのが、私はとても心配でした。3年前に変声期を経験した中2の甥は、「自分の声どの高さで出てくるか、声を出すまで分らなくて、声を出すのが怖かった。最近、やっと慣れて思った通りの高さで声が出るようになった」と言います。

変声期に兆しを、凸凹っこは「キノシタが向いていない」と表現したようです。これまでは、みんなのお手本をして、誰よりも歌上手だったのに、最近、思わぬ声が出て、注意されているから、ということのようです。言い回しや発想は、凸凹っこらしいですが、自分からお母さんに気持ちを明かしたことが成長なのだと感じます。

これまで、先輩たちの変声期を近くで見てきたお母さんは、「身体や声の変化は自然なことで、成長は喜ばしいこと。そして、音感や発声に関しては、楽院の先生に相談するように」とアドバイスをされたようです。

特別練習が始まってから、凸凹っ子が友達から離れて孤立していることは気づいていました。これまでは合唱団の第一声部として、誰にも負けない自信があったのに、声変わりの兆しで、自信に陰りが見えて、自信をもって、友達の和の中に入っていけないのかもしれません。

凸凹の気質を持つお子さんは、「自分のこと」にばかり目が向き、他の人の様子を観察したりすることは、少ないように思います。そのため、声変わりの兆しが見えて、「違う声だ!」と注意されているのは、凸凹っこだけではありません。もしかすると、これが、「他人の状況や他人の経験を考えるよい機会になるのかもしれません。

当たり前に持っていたものを少しずつ失っていく、という不安な経験が、凸凹っこの気持ちを暗くしたり、鬱状態に陥らせないように、お母さんとともに、よく観察していかなければ、と思っているところです。と同時に、凸凹っこの歌声に、メロメロだったお祖母ちゃんのショックにも、十分に気を付けてあげたいと思っているのです。
# by k-onkan | 2017-11-30 16:55 | 発達障害 | Comments(0)

上手になれば、それでいい・・・・・・

成果報告会が近づき、毎日、小学生が、ポツリポツリと、木下先生から歌唱指導を受けにやってくるのですが、中には、木下先生の熱い指導で、真剣になればなるほど、涙を見せる子どもがいたりします。そんな様子を見ると、「子供相手に、そこまで求めなくてもいいのに、かわいそうに……」と思う大人もいるでしょう。けれど、木下先生が注意しているのは、歌が下手なことではないのです。

e0143522_192417100.jpg本当は自分の力を持っているのに、それを出し切らずに、泣いて誤魔化そうとしたり、コホンと咳払いをして、病気のふりをしたりすることが「ダメ」と言っているのです。また、優等生タイプのお子さんのなかには、失敗して叱られることを嫌って、最初から挑戦しないようにする子もいます。

学校であれば、「失敗せずに得意な場面で、頑張って点数が取れれば、評価は高いかもしれません。しかし、楽院では、それを許されません。音楽を学ぶ上で、なんでも、苦労なくできることなど、何もないため、多少、不得手な事柄も、自分から「やろう」「乗り越えよう」という心持ちが必要なのです。

現在、楽院に通っているお子さんの中で、音楽の道に進むお子さんは、そんなにいるわけではないと思います。それでも、これほどまでに、真剣に音楽に向き合わせるか、それは、生きることにも、同じように向き合ってほしいと願っているからかもしれません。だから、子供時代を楽院で過ごした卒業生は、大人になって社会に出てから、「楽院に通わせてもらってよかった。役に立った」というのでしょう。

子ども相手に真剣に、「先生は、憎くて叱っているんじゃないぞ。キミが上手にならないと、先生が、お父さんやお母さんに「悪い先生だ」と思われるのは、いやだから、どうにか、上手にしてやろう、そう思っているんだ。本当は、どうでもいいんだぞ。先生の子どもじゃないんだからな」。

ここまで他人の木下先生に踏み込まれて、子供が心を開くと、その後は、本当に上手になるのです。すると、「こんなに上手にできるじゃないか」と帰っていきますが、次のレッスンでは、また、気弱な人に逆戻りしていたりもします。それでも、諦めずに、しつこく指導するのが、木下先生なのです。そして、木下先生は、子どもに嫌われることも、怖がられることも、恐れていません。上手にできれば、それでいいのです。
# by k-onkan | 2017-11-29 23:23 | 楽院だより | Comments(0)

頑張っただけでは十分でない

毎週、指導にいく保育園では2週間後の「発表会」に向けて子どもたちが頑張っています。年長児はその中で、童謡を披露しますが、このクラスは3年間かけて、木下式を勉強した初めてのクラスです。これまでと同じ出来で満足するわけにはいきません。お客様から拍手をいただけるよう、行儀に気を付けて、練習にも一生懸命、取り組ませたいと思っています。

e0143522_1357056.jpgクラスに行くと、前回、「集中できずに違う声で歌った」という理由から立ち位置を換えた男児がふてくされていました。私が決めた立ち位置が気にいらなかったのでしょう。世の中には、ごねれば大人が面倒くさくなって、子どもの思いを通すと、知っている子どもが大勢、いますが、木下式に関しては通じません。

私は「怒るなら、やらなくていいよ」としばらく放っておきました。男の子はごねても、私が立ち位置を変えることはないと分かると、しぶしぶ、練習に参加し始めました。そんな中、普段から、とても、一生懸命、取り組む男児の頑張りが空回りをして、違う声を出していることに気付きました。「違う声が出ているから、交替」というと、その男児は涙をこぼし始めました。それほど、場所を交替することは、子どもにとって不名誉なことのようです。

音感教育をしていて大事なことは、歌が上手かどうかよりも、注意された時にどのような対応をするか、にあります。素直に注意を聞ける子は、歌が得意でなくてもやがて伸びていきますが、どんな才能があっても、指摘されたことに怒ったり、不貞腐れる子は伸び悩んでしまいます。

私は、場所を替えられて怒った男児と、涙が止められない男児たちに、「注意されたら、直すことが大事」であることを伝えました。そして、「もとの場所に戻りたいなら、怒ったり、泣いたりせずに、注意されたことを直しなさい。それが直らない限り、場所は変えられない」を伝えました。木下式を通して教えているのは、歌唱というより、物事に取り組む心構えなのです。

涙が止まらない男児は、いつも、とても頑張っている子どもです。私も内心では「気の毒」な気持ちもありますが、頑張りが空回りしやすい子供には、早く勘違いを知らせる必要を感じています。なぜなら、大人にも多くいますが、「頑張っていること」を前面に押し出す人は、「頑張ったのだから」と結果が芳しくなくても、認めてほしいという姿勢を見せたりするからです。

私はそんな時に、子供たちにする話があります。それは、「一生懸命ならば、なんでも許されるか?」という話です。「お母さんが、すごぉく一生懸命、作ったご飯が劇的に不味くても、食べられる?」。子どもにたずねると、皆、異口同音、首をブルブル振って、「NO」といいます。「一生懸命やっている」といても、内容が伴わなければ、感謝されないこともある、これは、すべてのことに共通するように思うのです。

「頑張ってやる」のは、何かに取り組むためには、当然のことであり、「頑張っているから」、上手にできなくてもいい、という理由にはならない、このことを幼児に知らせるから、木下式は厳しいと思われるのでしょう。でも、大人になった時に、結果を出している人をねたんだり、しないように、幼児期に知らせておきたいことなのです。
# by k-onkan | 2017-11-28 13:55 | 保育園 | Comments(0)

きっと、できるから!!

日曜日は恒例の津市の教室の指導にうかがいました。赤ちゃんクラス、シニアクラス、そして、音楽祭に推薦予定4年生のAちゃんのレッスンを行ないました。小さい頃から、K教室で音感を学んでいる女の子は幼い頃は音感が嫌いで、毎週、泣きながらレッスンに通っていました。でも、最近、とても頑張っているのです。

e0143522_19415925.jpg音楽祭が近づく中、この教室で「今回、音楽祭に推薦しても、なんとか乗り越えられるのでは……」と感じたのは、そのお嬢さんだけでした。ですが、本人にやる気がなければ、どんなにまわりが期待しても、よい結果は出ません。そこで、教室の先生から親御さんにお話いただき、家族で話し合っていただきました。

最初は「東京へ行くのは怖い」と言っていた女の子ですが、しばらく考え、自分で「東京へ行く」と決めたようです。そのためでしょう。私のレッスンでも細かいことを、求めても、一生懸命、対応する様子がありました。

それでも、東京に行って木下先生の指導を受けるには十分ではないことを私は知っています。木下先生は、自分から学ぼうとする子どもには、どんどん新しいことを要求するからです。そのため、指導を受ける前に「これで合格点」ということは絶対にありません。

このお嬢さんが、初めてのレッスンで、少しでも嫌な思いをしないように、私もできる限りのことを教えておきたいと、指導にも力が入りました。「東京に行ったら、木下先生が言うことを、その場で直せるように頑張ってね。言われたことを直せると、次にもっと上手になるように教えてくれるから……」と説明しました。

「あなたが、K先生から教わったことができないと、「ちゃんと教えていない」と言ってK先生が叱られることもある。麻奈先生が叱られるのは、いいけれど、先生はK先生が叱られるのは申し訳ない。だから、ふだん、教えてくださるK先生のために頑張ってほしい」と伝えました。

そして、最後に、音楽祭に出るなら、絶対にレッスンの途中で涙をこぼさないこと。木下先生に教えてもらって泣くのは、「自分はダメだ」「もう教えてほしくない」という意味であることを伝えました。女の子は、私の言葉を真剣に受け止めていました。最後に、「ありがとうございました。さようなら」と帰っていきました。
# by k-onkan | 2017-11-27 19:42 | 児童 | Comments(0)

最後の舞台だからこそ…

来年2月の音楽祭に向けて認可教室の子どもたちが、木下先生のレッスンを受けに楽院までやって来ました。子どもから見ると「先生の師」である木下先生はかなり威圧感があるはずです。教室の生徒の出来が悪いと、木下先生は、容赦なく「キミの指導が悪いのだ」と先生を叱ることもあるからです。

e0143522_1436896.jpgまた、私たちも、楽院の子どもたちがお客さんの存在に浮足立つことがないように、いつも以上にピリピリとした雰囲気を作っています。きっと、よその教室の子にはかなりの緊張感でしょう。昨日はあまりのプレッシャーに、吐き戻したお子さんまでいたのです。けれど、これもまた「音楽祭」に出る試練です。

子供は「音楽祭の舞台で『一人で歌いたい』」と軽い気持ちで口にします。また、親御さんや先生も、子どもが「出たい」といえば、「どうにか希望を叶えたい」と思われることでしょう。しかし、忘れないでいただきたいことがあるのです。

プロのオーケストラや舞台スタッフによって本格的な音楽ホールで開催される音楽祭は、学芸会や教室内の小さな発表会とはまったく異なるということです。そして、「出る」と決まったら、そこには「大きな責任」が伴います。それは、教室の代表として、音楽祭の独唱者として恥ずかしくない演奏をする、ということで、木下先生はそこに妥協はありません。なぜなら、合同音楽祭は「木下先生の音楽会」であり、そこに出演するには素直に教えを請い従うしか方法はないのです。

子供たちは実際に木下先生から直接指導を受けて、「もっと口を開けよ」「もっと高く」「もっと長く伸ばせ」と、細かなところまで注意を受けると、「果たすべき責任」の大きさやその「困難」に気付き、涙に逃げる子もいます。けれど、これは避けて通れないことを本人も、まわりの大人も認識しておく必要があります。

東京合同音楽祭は、木下式を学ぶ子どもたちにとって集大成の舞台です。そのため、木下式を教える指導者は、みな一人でも多く、自分の生徒を音楽祭の舞台に送り出したいと思って、指導をしています。

けれど、実際は、途中で赤ちゃん返りをしたり、受検があったり、等思うような結果が出ないこともあります。これが、子供の教育で、事前にいろいろなことを「約束」してはいけない理由ともいえます。音楽祭は、その舞台に立たせることも大事ですが、そこに出られるようにする過程が何より、そのお子さんの成長の糧になるのだと思います。

木下式は40年間、「本物」を追求して、幼児とは思えない舞台を見せてきました。しかし、時代が変わり、「みんなで一つのものを作り上げること」や「誰かに素直に教えを請うこと」「素直に学ぶこと」が難しくなっています。そんな中で、「本物」を追求して、妥協のない舞台を作り上げるのは、不可能なのかもしれません。そんな背景がある中での、最後の音楽祭だからこそ、独唱に出演するお子さんには、涙を見せずに頑張っていただくしかないのです。
# by k-onkan | 2017-11-26 23:32 | 木下式音感教育法 | Comments(0)