麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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みんな一度は通る道!?

先週は、秋分の日で、児童部のレッスンはお休みだったため、2週間ぶりのレッスンとなりました。そんな日は、子どもが「音感を辞めたい」と言い出す時期です。「なぜ、そんなことが分かるか?」それは、私にも子どもの頃があって、土曜日に、「お誕生日会」や「お出かけ」に誘われるたびに、「土曜日は休めないお稽古ごとがあるから(それも自宅で)」というのが、とても嫌だったからです。そして、一度でも「自由な土曜日」を経験したら、翌週からレッスンに行くのがつらいのです。

e0143522_1255522.jpg私が、レッスンをしていると、数名のお母さんが私に手招きの合図をくださり、「外でレッスンを嫌がっている子がいる」ことを伝えてくださったのです。2年生のその男児は、とてもいい声をしており、木下先生に最近、期待されています。でも、本人はそんなことには気付かず、幼い頃のまま、意欲があるのか、ないのか、分からない様子です。

一般では、子どもの自発性が大切といいますが、「音感を付ける」「歌唱力をつける」時間は限られています。意欲のない子どもが本気になるのをいつまでも待つ時間はありません。そんな理由から、楽院では、幼い頃から、さまざまな刺激を与え、子どもが自分から意欲をもって取り組むように、促しています。また、小学生になって合唱団に入ったら、低学年でも口型なども細かく指摘される機会が増えていきます。

男の子は、木下先生がいよいよ本気で向き合うようになった時期に、「音感のレッスンがない土曜日」を経験したのですから、「音感に行きたくない」という気持ちは、自然の流れともいえます。

隣の建物の柱に隠れたその子に、私は、「とりあえず、外にいて、事故にあったりすると、心配だから中に入ろう」と教室の中にいれましたが、ロビーで「恥ずかしいから入れない」と中に入ろうとしません。教室の子どもに迷惑がかかるので、まゆみ先生とバトンタッチをしました。しばらく、大人たちに説得され、どうにか、望クラスまで入り、その後もまゆみ先生に諭されて、どうにか、ピアノのレッスンが始まりました。いつものことをやり始めたら、ずいぶん、気持ちは落ち着いたころです。

私は、ことを荒立てないために、しばらく、見ないふりをしましたが、最後にいつも通りに個人発声を行いました。その時に、「木下先生はね。キミの声を素晴らしい声だと思っているのよ。甥のKよりもいい声なのよ。でも、ダラダラしていたり、口型を「直せ」と言っても、直さないと、上手にならないでしょ?だから厳しいことをいうのよ。嫌いだから言っているわけじゃないのよ」と説明しました。

「甥Kよりいい声だと思っている」と聞いて、一瞬、目が輝き、驚いたような顔をしています。「音感は、楽しいことばかりじゃないけれど、上手になるためには、先生に注意されたことを、直さないと上手にならないよ。「直せ」と言われるのが、イヤだからやめたいと言う人は、大人になっても、嫌なことがあったら、すぐにやめる人になってしまうんじゃないかと、先生は心配なの……」

その頃には、ずいぶん、落ち着き、大人の話も素直に耳に入るようになったようです。心に余裕が出ると、とたんにいつもの悪い癖で歌うため、「キミのその口は、「エ」じゃゃないのよ。『この口を直せ!』と注意する先生が悪いの? 直さない自分が悪いの?」と聞くと「自分」と照れ臭そうな返事がかえってきました。

「音感は何年、勉強している?」「3歳からだから。4567…。5年も通っているのよ。お父さん、お母さんが、そんなに長く通わせてくれているんだから、上手にならないと、かわいそうでしょ? 最近、少し褒められるようになったのに、「辞めたい」と言われたら、仕事を頑張っているお母さんはがっかりだと思う。せめて、もう少し、先生たちから「上手」と言われるようになるまでは、続けなさいね」。

片道1時間以上通う場所から、お祖母ちゃまと連携で通わせたお母さんにしてみたら、中途半端な時期にやめさせたくないと、思うことでしょう。これが、数年前なら、お母さんも「通がたいへんだから、辞めてくれてよかった」と思ったかもしれません。しかし、いろいろなことができるようになり、やっと安心した頃の「辞めたい」は、お母さんにショックだっただろうと思います。

でも、これが、親子が互いの気持ちを見せ合う大事な機会なのかもしれません。働くお母さんにとって、子どもが「いきたい」というお稽古事に通わせ、経済面で応援することはできますが、小さい頃に「お稽古がいやだ」と泣く子を一生懸命、なだめたり、諭したり、という経験は、なかったはずだからです。

3歳から5年、嫌がることもなく、ただなんとなく、連れてこられて、その場で、やることをやってきた男の子が、はじめて自分の「やりたくない」という気持ちを持ったこと、これも、また、成長なのだと思います。しばらくは、「いきたくない」「頑張って」「辞める」「辞めないでほしい」というやりとりは、続くかもしれませんが、これも、みんなが、一度は通る道、だと思います。子どもが、お母さんに甘えて、本心を言えることもまた、大事な親子関係の構築だと思います。お母さんには、疲れすぎずに付き合っていただきたいと思っているのです。
# by k-onkan | 2017-09-30 23:03 | 児童 | Comments(0)

公共の場では手をつなごう!

今日は朝からイヤな思いをする日だったようです。よくいくベーカリーに入ると、2歳ほどの女の子がいて、「ママ、*+%&$#……」と何やら言いながら歩き回るので、少し心配になりました。1~2歳の子どもは、欲望の赴くままに行動するからです。

e0143522_19211969.jpg案の定、私の目の前で、女の子は、小さく可愛いひとさし指を出すと、あんドーナツのトレイに近づき、一番中央の一つをつついたのです。その後、指についた砂糖を舐めたので、(絶対に触っているなぁ)と確信しました。しかし、お母さんは離れた場所にいて、子どもの行動には気づいていません。

この年になると、恥ずかしさもないので、「すみません。お子さん、触っていますよ」と伝えました。すると、お母さんは「あ……」というだけで、子どもに注意するわけでも、抱きあげるわけでもありません。仕方がないので店員さんに、「このパンは処分された方がいいですよ……」と伝えました。

後から、そのお母さんがレジの前で店員さんに「お金を払います。すみませんでした」と謝っている声が聞こえました。その様子から、このお母さんも決して悪気はないことが分かります。ただ、「どうしたら、欲望のまま、歩き回る幼いわが子の行動を止められるか」を知らなかっただけなのでしょう。

朝から、「嫌味なおばさん」をしてしまいましたが、一つだけ、「いいことをしたかも」と思ったことがあります。それは、パンが処分された後は、そのお母さんがずっと、女の子を抱いて、商品に触らせないように気を付けて買い物をされていたことです。

楽院に帰ったら、1~2歳児を持つお母さんに「言葉の理解が十分でない幼い子どもを公共の場に連れて出たら、大人は手をつないだり、抱っこをしたりして、保護者の目が届く場所に置かないと、私のような嫌味なおばさんに遭遇すること」を知らせようと思ったのでした。
# by k-onkan | 2017-09-29 19:21 | 幼児 | Comments(0)

子供中心に育てるのはダメ!

木曜3時クラスは、レッスンが終わると、すっきりした生徒たち―おもに孫弟子―が、のぞみクラスの運動器具で楽しく遊んでいきます。ちょうど、学校から帰る小学2年の甥もピアノの練習を終えて、とても楽しく交流しています。そこに、木下先生がやってきて老化防止に練習している楽器の披露をしたりするので、とても賑やかです。

e0143522_12405811.jpg子どもたちは、レッスンを終えた自己肯定感と、楽院に慣れ親しんでいるという余裕から、少し調子に乗る時期です。ちょうど、演奏を終えた木下先生が、のぞみクラスの部屋を覗くと、2歳のAちゃんが、甥Kと楽しく遊ぶ邪魔をされたくないと思ったのか、「あっち行って」とドアを閉めたようです。木下先生は、笑いながら「あっち行って、って言われちゃったよ」と私に伝えにきましたが、これは、「危険なサイン」です。

なぜなら、その昔、2歳だった弟の長男が、普段、甘やかしていた父に「じぃじ、あっち行って」と言って激怒、させたことがあるのを思い出したからです。「この家は、誰の家だと思っている。あっちへ行ってとは、何事か」と叱り、お嫁さんと一緒に謝っていたことを思い出したからです。

私は、望クラスで遊ぶAちゃんを抱いて「ここは、木下先生のお教室よ。木下先生に『あっち行って!』という人は、来てはいけないのよ。Kちゃんだって、小さい頃、木下先生に『あっち行って』と言って、瑠音先生や麻奈先生に、とても叱られたのよ。Aちゃんも、絶対に、大人に『あっち行って』はダメよ」。優しく言い聞かせると、ことの重大さに気づいたようです。「一緒に、謝りにいこうか?」と促すと、素直に「うん」というので、木下先生に、一緒に「ごめんなさい」をしました。「いいよ、いいよ」と言っていましたが、その優しい声が怖いのです。

昔なら、一家の大黒柱であるお父さんは、上座に着席して、おかずは一品多いなど、特別な存在で、決して、子供が口答えをしていい相手ではありませんでした。でも、子ども中心の現代社会では「お父さん、お母さん」より、子どもが偉いと勘違いさせやすい環境にあります。でも、それを知らないまま、自分が中心で、やりたい放題を許されたら、決して、子供らしい素直さは育たないと感じます。

家庭のことは、それぞれにお任せするとして、楽院の中では一番、偉いのは木下先生です。そして、子供たちが、どんなに歌唱や音感が身についても、教えてくれる先生や、通わせてくれる親御さんより偉そうにしてはいけない、このことだけは、「楽院のルール」として知らせておきたいと思っているのです。

木下先生のように、ウワっと激情的に叱る人は、現代社会には少なくなってきました。とはいえ、口に出して言わないだけで、かわいくない態度を取る子どもを「かわいい」と思ったり、優しくしてくれたりする人はほとんどいません。子どもを子どもらしく、素直に可愛く育てるためには、「子ども中心」ではいけないのだと思うのです。
# by k-onkan | 2017-09-28 23:36 | しつけ | Comments(0)

手こずる時期も大事!

毎週、瑠音先生が、一人で見ている2歳半の女の子がいます。レッスンが始まると、必ず、一度、「暗い部屋に行きたい」と言って、瑠音先生と二人で暗い部屋でじっと抱き合ったり、「お母さんはあっち行って」と外に出して、瑠音先生に自分の欲求を通したりと、ひと騒動あるようです。

e0143522_2023614.jpg今日もまた、「やらない」が始まったので、隣の「木下先生の部屋」にいくと、木下先生のひざに抱かれて、瑠音先生には、ジェスチャーで「あっち行って、バイバイ」としたそうです。一番、怖いはずの木下先生に愛想を振りまけば、厳しい女の先生たちは手が出せないと思ったのでしょうか。

どんなに幼くても、女の子には女性特有の特別な力が備わっているように思います。なぜなら、瞬時に、その場で一番、偉いのは誰か、誰に可愛がられたら、得か計算できるように感じるからです。とはいえ、2歳のころから、努力をするより愛想を振りまく癖がついたら、たいへんです。「木下先生に抱っこしてもらえるのは、ちゃんとお稽古をする人だけ…」と言い聞かせ、なんとか、レッスンは、おこなうことができたようです。

1~2歳児のお子さんは、こんな風に「子どもの自我」や「子どもの気持ち」を受け止めながら、その中で、「やっていいこと」「やってはいけないこと」を理解するまで、丁寧に付き合っています。

1歳から2歳になる子どもたちの持つ可愛さと賢さは、何ものにも代えがたいものです。しかし、同時に自我も育ってくる時期で、なんでも、大人の思い通りには従わすこともできず、親御さんにとっては、扱いにくい時期でもあります。

でも、この時期こそ、わが子の視線の先を見て、子どもが何を欲しているかを理解し、お互いに意思の疎通ができるまで、丁寧に付き合うことが、親子の絆を育て、近い将来、教育を受けられる子どもに育つかどうかが、決まっていくように感じます。

反対に、どんなに社会のルールを守れる人間に育てたいと思っても、言葉の理解が十分でない未発達な時期に、長時間、預けっぱなしにしたり、子どもの存在を無視していたら、子どもは、いじけた気持ちになってしまうと感じます。

この女の子は、毎週、「おけいこがイヤ」とか「やらない」と言って、瑠音先生をてこずらせていますが、実は、とても幸せそうに見えます。なぜなら、1対1で「手間をかけさせる時間」こそ、無理なく少しずつ、「自分の心に折り合いをつける」「わがままを抑える」「大人の言葉を理解し、受け入れる」習慣を備えさせているからです。そして、それは、他の曜日に同級生とグループレッスンを受ける際に、担当の私に、一切、わがままを見せずに頑張ることで証明しているように思うのです。
# by k-onkan | 2017-09-27 20:00 | のぞみクラス | Comments(0)

しゃべり過ぎ、要注意!

いきつけの近所の整骨院で、「Yくんはいかがでしたか?」と聞かれ、一瞬「?マーク」が浮かびましたが中2の甥Yが区で行われる陸上大会に出場すると言っていたことを思い出しました。走る時に首が痛いといった甥を、とても心配してくださったので、「分かったらご報告します」とお約束して帰ってきたのでした。

e0143522_19221940.jpgその日、遅く妹から「1500メートルが区で第1位でした」という連絡が入ったので、「整体の先生の話」を伝えると、甥から「自分で言うから、結果は絶対に言わないでね」と釘をさされました。甥は、私が色々なことを喋るのを知っていて、時々、私のSNSやブログをチェックしているのです。

そんな中、ネットで、タイムリーな記事に出合ってしまいました。それは、「10代の息子にかかせていい恥、かかせていけない恥」というもので、「子どもが気恥ずかしい、気まずいと感じることでも、健全なことであれば、してもかまわないが、気恥ずかしい行動の中には、絶対に許されないものがある」と書かれていました。

その中の一つが、「息子のことを人にしゃべり過ぎる」がありました。Yは私の息子ではありませんが、「なんでも、人にしゃべり過ぎる」、というのは、まさに私のことです。そして、子どものことをしゃべり過ぎの傾向がある人は、きちんとそれについて、子どもと話すことと、話し方まで記されていました。

たとえば私なら、「私は、Yが自分で話す前につい、代わりに答えてしまう癖があるの。なるべく、気を付けるけれど、もしやってしまったら『自分で言うからいいよ』と言ってね。絶対止めるから。その時は、やさしく止めてと言ってくれれば、必ず止めるから」と、伝えておくように書かれていました。

これまで、甥には、そんなことを伝えたことは一度もありませんでしたが、甥は私を「しゃべり過ぎの傾向がある伯母」と認識して、私がしゃべり過ぎる前に、「自分で言うから、言わないで」と先手を打ってきていることに気づきました。

相手は、子どもだと思っていても、日々、いろいろなことを学び、吸収して、成長を続ける間に、どんどん進化しています。私たち大人も、子どもより年齢が上だからと、努力を怠っているうちに、子どもに精神年齢を追い越されないとも限りません。子どもたちに、軽蔑されないように、できることは、努力を続けていかなければと思う出来事だったのでした。
# by k-onkan | 2017-09-26 23:20 | 自分のこと | Comments(0)