麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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生きているのが一番大事!らしい

妹と兄甥が「フォニックスの講習」に出かけている間、私は小2の弟甥Kの言動じっくりと楽しませてもらいました。朝から、日課である家庭学習とピアノの練習をするに当たり、ダラダラしながら、「いやだ、いやだ」と言って取り組む姿に、「一番、好きなことはなに?」と言っても「どれも普通」というため、「自分の意思で何かを考えたり、選んだりしていないのではないか? 何事もただ受け身なだけなのでは?」と気になり出しました。

e0143522_1891497.jpgそこで「Kちゃんは、いろいろなお稽古ごと、習っているでしょ?何が一番、好きなの?」と聞いてみました。数あるお稽古ごとの中で、唯一、Kが自分で選んだ「ダンス」というだろうと思っていましたが、「ダンスはふつう」というので、私の方がわけがわからなくなりました。

今度は、「じゃぁ、たとえ話よ。万一、お父さんとか、お母さんが病気になって、お稽古ごとを全部、辞めなければいけなくなったとするでしょ? その中で、一つだけ、続けられるお稽古があるとしたら、何がいい?」と聞いてみたのです。私は「大好きな純子先生に会える『音感』というのでは?」と思っていましたが、「水泳」という答えが返ってきました。

「えぇ?水泳? ダンスじゃなくて? うそでしょ? 毎週、あんなに水泳の前に、イヤだイヤだと言うのに?」と私の方が驚いてしまいました。すると、「だって、津波が来た時に、泳げなかったら困るじゃない。リズム感がよくても、生き残れないと思うんだよね」というのです。

「音感に来なかったら、会えないじゃない…」と不満をもらすと、「生きていれば電車の中や道で会えるよ。でも、泳げなかったら、もう会えない」と言われて、ただ、受け身で「イヤだ、イヤだ」と言いつつも、いろいろなことを考えている甥を面白く感じました。

そして、思ったことがあります。それは、「子どもに自由を与え、自分で考えさせること」も大事なことではありますが、それと同様に、「イヤだ、イヤだ」と言っても、いろいろな体験をさせたり、時に追いかけてでも、「やらせてほしい(構ってほしい)」と思う時が、子どもにはあるようなのです。なぜなら、「やらなくていい、自由にしなさい」と言った途端、「自分に対する愛が足りない(関心が薄い)」と怒ったりもするからです。

子どもは全てに「自由」を与えられるより、「不自由」や「窮屈」でも、誰かと一緒に、何かに取り組む経験も求めていますし、時に「恥ずかしいこと」「つらいこと」も経験するから、他者への思いやりや優しさも学ぶのかもしれません。そして、一番、大事なのは、元気でそこに生きていてくれることにこそ、感謝しなければと思わされた「生きていれば、会える」という言葉だったのでした。
# by k-onkan | 2017-04-05 23:08 | 児童 | Comments(0)

英語も音感も、基礎が大事!

一般的に幼児教育を受けたり、小学校受験の準備をしたりした子は、公立小学校であれば小学3年までの予備知があると言われています。反対に、「ゆとり教育」が終わった今、何の準備もせずに小学校にあがったら、授業の進み具合が早く、単元ごとに確実に理解するのは、子どもだけの力では難しいと感じます。

e0143522_1628677.jpg幼児期の子どもには、「堅苦しい勉強などさせるべきではない」という考え方もあると思いますが、最近の幼児は、「タブレット」や「DVDレコーダー」などの機器も上手に操れる賢さを持っています。せめて、入学前に「先生の話を聞く」「自分の名前の読み書き」や「数字の数え方」程度は、興味の中で知らせ、小学校に送り出した方がいいと感じます。

さて、幼児期からさまざまな教育を受けて公立校に進み、小学6年生の後半に、模擬試験などを受けて受験勉強の真似事をした甥Yは、公立中学でも苦労せず良い成績を取ってきています。しかし、一科目だけ、壊滅的なものがあります。「英語」です。

学年末試験の二週間前に、「Yの英語が壊滅的」と楽院の生徒たちに知らされ、毎日、英語の勉強に付き合ったのですが、根本的な事柄に理解できていない上で、日々、難しいことを覚えているため、「耐震偽装の高層マンション」のような状態に仕上がっていたのです。

「こんなことなら、もう少し早く、英語の勉強を無理なく始めさせておくべきだった」と思いましたが、本人が英語に興味を示さなかったため、「中学校になって授業で習うようになったら、自分で学ぶだろう。幼児期から児童期と家庭学習で身に付けた力だけで、子どもがどこまで自力で新しい科目を習得できるか見てみよう」という気持ちで静観してきました。

その結果、英語は「壊滅的」でちょっと勉強しても、平均より少し上にしかならなかったことから、家庭で毎日、「親子一緒」にラジオの基礎英語を聞いて勉強すること、そして、文法ドリルを日課にすることとなりました。また、春休みには「フォニックスの講習」を受けることにしました。フォニックスはイギリスの小学校で読み書きを教える方法ですが、Yが英単語を記憶するために、ローマ字読みの誤った発音をすることがずっと気になっていたからでした。

講習の初日は弟甥を私に託し、親子で講義を受けにいきました。アルファベット一つひとつにストーリーがあり、その発音を教えていただくのが、とても分かりやすく面白かったそうです。そして、「字を覚えたての子どもがひらがな見つけると読もう、読もうとする気持ちがよくわかった」とのことでした。瑠音先生も英単語を読みたいと思って、街中で英単語を探しながら帰ってきたそうです。

さて、2020年からは公立小学校でも3年生から英語の時間が始まり、5年生には科目として学ぶようになると聞きます。感覚と雰囲気だけで物を覚える小2の弟甥は、今から少しずつ、英語に興味を持つ素地を作っておかなければと思い、自分も英語の勉強を再開しようと思っているところなのです。
# by k-onkan | 2017-04-04 23:20 | 教育 | Comments(0)

北風と太陽、どっち?

今日は、兄甥Yが母子で「フォニックス(アルファベットの発音)の講習」に出かけたことから、弟甥Kを私が監督する役が回ってきました。しかし、自宅を出る前から、「飲みなさい」と言われた薬も飲まず、目は腫れて顔はパンパンにむくみ、アレルギーの重い症状が出た上に、出発時間も遅れて、妹の激しい雷が落ちる中で我が家にやってきたようです。

e0143522_2151367.jpg開口一番、「Kちゃんは、ぐーたらするのが、一番好きなんだ」と言い出しました。私もお休日はキビキビ動きたくないので、Kの言い分も分かります。しかし、預かった以上、私にも責任がありますが、逆境に挑戦するのが好きな兄甥と違って、弟は一筋縄ではいきません。

たとえると兄甥は「北風と太陽」の「北風」によって頑張りますが、弟甥は「太陽」を好む感じがします。そこで、「ムリに勉強もピアノもしなくていいよ。一日、ぐーたらしよう」と誘ってみました。すると、「まぁちゃんたら、ひどい」と怒り出しました。「なんで?」と聞くと「お母さんに、『ちゃんとやってない』ってKちゃんが怒られるよ。それに、まぁちゃんも『やらせてくれなかった』って言われると思うよ」というのです。

そこまで想像できるのなら、なぜ、サッサとやらないのかが不思議ですが、負けられません。「いいんじゃない?やりたくないんだから、やらなくても。それで、勉強もピアノもできなくても、自己責任でしょ……」と言ってみました。「やりなさい」といっても、「ぐーたらが好き」。「やらなくていい」というと「ひどい」と怒るのですから、いよいよKも、難しい時期に入りつつあるのかもしれませんが、弟妹は、こうした面倒なやりとりにこそ、自分に注目が集まり、愛情を感じている、というのもあるのかもしれません。

Kと問答をしても、仕方ないので、私は同じマンションに住む親戚に依頼された書面作りを叔父の家ですることにしました。すると、黙々と宿題をこなし始めました。やはり、「やりなさい」というより、大人が一緒に勉強したり、働いていることが、一番、効果的な「やることをやる」というメッセージかもしれません。

宿題とピアノを終わらせて、午後からは私の知人と花見に行くことにしました。その際に、「これから会う人はKちゃんも会ったことがあって、いろいろとお仕事をお願いしている方よ。だから、調子にのって、『麻奈先生もぐーたらなんです』とか『いつも、ワーワーうるさくて』とか言ってはダメよ。たとえ、本当のことでも、家族以外の人に、余計なことをいうとKちゃんがデリカシーのない子だと思われるからね。でももし、相手が『麻奈先生は厳しいんでしょう?』と言われたら、本当のことを言うのは、いいわよ」と念を押しました。

Kの言葉などなくても、私が「面倒くさがりで、うるさいこと」は友人なら知っていることでしょう。でも、大人と付き合う時の「暗黙の了解」のようなものは、知らせておこうと思ったのでした。勉強は嫌いですが、こうした心の機微は、だれよりよく分かるのが、Kの長所なのだと感じました。
# by k-onkan | 2017-04-03 23:03 | 児童 | Comments(0)

暗闇のナイスガイはだれだ!

私が以前から、「春休みにしたい」と思っていたことが新6年生のYくんと「ダイアログインザダーク」に参加することでした。異なる気質を持つYくんが暗闇を体験することで新たな経験になるのではと思い、私とYくんママ、4年の弟Kくんの4人で参加したのです。

e0143522_18361770.jpgこれまで、甥たちや友人、生徒を連れて参加してきた私には、これが4回目の「ダイアログインザダーク」でしたが、その時々「だれと」体験したかで暗闇の感じ方や印象、楽しさ、安心感が異なるものです。

仕事関係でお世話になっている年上男性と参加した時は、主導権を一切、取らずに静かに参加でき、不思議な気がしました。反対に、子どもを連れていると、常に、いろいろなことが気になってしまいます。特に、今回は4年生のKくんの行動と言動が気になり、かなり「口うるさいおばさん」になっていたと反省しています。

今回、実はとても申し訳ないことがありました。私は高学年の「口をきかなくなる時期」の子どもを持つ保護者には「ぜひ、親子で体験していただきたい」といろいろな場所でダイアログをお勧めしています。中でも長く楽院に通っているのに、無口で心を許しているかどうか、分かりづらい6年生のMくんには「ぜひ、春休みに体験してほしい」と思っていました。

この催しのどこかで、互いにすれ違うことができたら、同級生で共通の話題が持てるのではないかと日にちと時間帯だけ、合わせて申込んだところ、同じグループになってしまいました。その上、偶然、他2名の方がキャンセルされ、結果的に全員知り合いというグループで回ることになったのです。しかし、本来、グループ全員が知人の場合は、他の方法で申込みをしなければならず、本当に申し訳ないことをしてしまいました。

今回、全員知人というグループでまわって、はじめて「なぜ、ダイアログが知人は4人まででなければいけないか」を実感として理解しました。全員が知り合いだと気心が知れて安心ですが、その分、暗闇に対して大事な緊張感を薄れさせてしまうように感じたのです。

特に、子どもは知っている人ばかりだと、調子にのって大騒ぎをしたり、注意深さを失うこともあるようです。今回、よその方が参加されていたら、たいへんなご迷惑をおかけするところでした。次回は、楽院として申込み、いろいろな生徒を連れて参加できたらと思っています。

申し訳ない思いを持ちながらも、実は、これまでの4回で今回が一番、楽しく感じました。それは、全員が信頼している人で互いにニックネームで呼び合ったことで、自分が童心に返れたからでした。以前、アレルギーを持つ甥たちと来た時は、その心配から、暗闇で物を食べることも楽しむ余裕がありませんでした。また、大人の友人と参加した時には、「暗闇で自分の本質がばれたらたいへん!」という気負いのようなものがありました。

デリカシーがない発言をしたり、アテンドさんの話をきかず、うるさくして迷惑をかけても、気心のしれた生徒たちと、慈悲深いお母さんたちと、「今日、この時だけ」でニックネーム「まぁちゃん」と呼ばれ暗闇を進む経験は、自分が子どもに戻ったような気がしたのです。

今回、一番、嬉しかったのは、普段、無口でつっけんどんのMくんが暗闇では、素直で優しい「ナイスガイ」だったことでした。私が困って「誰がいますか?」というと「Mくんです」と手を触れるなど、助け舟を出してくれて、とても頼りになりました。でも、それは、暗闇の中だけで、外にでれば、いつもの無口なMくんがニヤッと笑うだけでした。

体験が終わり、地下鉄の駅に向かって歩くYくんとMくんの背中を眺めながら、私にはとても感慨深いものがありました。幼い頃のYくんはいろいろなものに拒絶反応があり、正直、同級生として付き合うのが簡単な相手ではなかったと思います。しかし、こうして二人が同級生として、共に成長したことで、互いに音楽を学ぶ「ライバル」として歌や聴音、ピアノを競いあえるようになったのです。

もし、どこかの時点でMくん親子が「一緒のクラスはイヤだ」と抵抗を示したら、Yくんに刺激されて、Mくんがこれほどまでに頑張ることはなかったかもしれないと思うからです。そして、すべては、偶然のめぐりあわせなのだと、感謝を感じたのでした。
# by k-onkan | 2017-04-02 23:32 | 児童 | Comments(0)

聖天様の本殿でオペラと箏と日本画に親しむ夕べ

今日は、埼玉県熊谷市にある国宝妻沼聖天山に木下先生とまゆみ先生の三人で出かけました。きっかけは、音楽祭の反省会で副園長先生より「聖天様の本殿でオペラと箏と日本画に親しむ夕べ」というご案内をいただき、コロラトゥラソプラノの岡﨑麻奈未さんが、妻沼幼稚園の卒園生だとお聞きしたからでした。ぜひ、機関誌で皆さんに紹介したいということで、出かけました。

e0143522_13273662.jpg生憎の天気で、電車に乗り遅れるなどのハプニングの中、タクシーの運転手さんに無理を言って、ギリギリ聖天様の本殿に到着しました。現地では、長年、幼稚園でお世話になってきたY教諭が案内をしてくださり、本殿へ向かいました。

本殿の中央には高い台があり、その上に大きな箏が二台、そして、美しい桜の日本画が飾られていました。そのまわりには日光東照宮とそっくりな彫刻があり、見事な日本的な空間が作られていました。開始を知らせる鐘の後、美しい着物生地で作られたドレス姿の岡﨑麻奈未さんが現れました。

プログラムは、前半は箏、後半が西洋音楽で構成され、途中、ご自身でいろいろなお話をしながらの進行でした。大学卒業後、ウィーンに渡ってオペラ歌手としてデビューし10年という長い歳月を過ごされたそうです。でも、長くヨーロッパに住んでも、どうしてもヨーロッパ人にはなれない自分がいて、その時に、自分の中の「日本」を意識されたそうです。そして、故郷の熊谷で子どもの頃から親しんだ妻沼の聖天様に歌を奉納したい、できれば、和楽器で、そして、着物ドレスでというすべての願いを縁結びの聖天様がご縁を取り持ってくださり、このコンサートは開催されているとのことでした。

実は、私も岡崎さんに似た経験をしています。私は高校卒業後、すぐにアメリカに渡り、4年半を過ごしました。語学を習得して周囲の人と対等に議論を交わしたり、専門的な話をして、一見、アメリカに馴染んだように見えました。しかし、常に感じていたことがあるのです。それは、自分は決してアメリカ人にはなれない、ということでした。どんなに英語のために必要な「口まわりの筋肉」が鍛えられて見た目がアメリカ人と間違えられるようになっても、その国で生まれ育った人が共有する「何か」を異国人の私は努力しても、持ち得るものではないと感じていました。

よく、自分の国のことを知りたいと思ったら、外国に行くようにと言われますが、岡崎さんのコンサートはまさに、それを感じさせられるもので、ヨーロッパに長く住んだからこそ、日本の素晴らしさ、を知り、それを、もっと世の中に知らせていく役割をしたいと強く思われるのでしょう。

岡崎さんの歌声は美しく、お箏の方たちも素晴らしい名手でした。本来、西洋の音楽を和楽器で演奏するのは、とても難しいことです。邦楽の楽譜は数字で書かれているのに対して、西洋音楽は五線譜に音符で書かれています。一緒に演奏するためにはそれぞれの楽譜を自分が読める楽譜に書き変えなければ理解できないのです。その上、本来、五音階(ドレミソラ)しか使わない箏で西洋の曲を演奏するには、その度、調弦をし直したり、箏を替えたり、たくさんの作業がありました。そして、これもまた多くの方のご協力があっての挑戦だったことでしょう。

途中、「妻沼幼稚園」の卒園生で、当時木下式を勉強していたという話がありました。いまも幼稚園で歌った曲を覚えていると「カレンダーマーチ」の途中を披露されました。それは、26年前、「第13回東京合同音楽祭」で妻沼幼稚園の園児が歌った曲だと記憶しています。当時、木下式を採り入れて日が浅い中、教諭の皆さんが苦労して木下式を実践されていたものでした。

私たちが「芸術劇場で開催された音楽祭」と言われてすぐに思い出せるのは、後にも先にも芸術劇場で開催した音楽祭は、岡崎さんが出演された「1回」だけだったからです。当時、池袋に本格的な音楽ホールができるということで、私たちはホールをお借りしました。しかし、音楽祭当日、係の方から「6歳未満の子どもは会場に入場を認めない」とのお叱りを受けたのですが、舞台に乗るほとんどの子どもが年長児の「東京合同音楽祭」は、出演児が5~6歳です。どうにかお願いして、その日は無事に終わったというエピソードが残っています。

岡崎さん自身、東京芸術劇場の音楽祭の舞台を鮮明に覚えていらっしゃるそうです。「音程をよく、歌詞を覚えて」と一生懸命、練習したこと、当日は、バスの中でパンを食べながら、会場に向かったこと、舞台の上での緊張感など、今も鮮明に覚えていらっしゃるとのことです。そして、数年前、まさに子ども時代に初舞台を踏んだ東京芸術劇場で、ソロのコンサートを開かれたのだそうです。「幼稚園時代の音楽教育があっての今です」と木下先生をご紹介くださりました。しかし私たちも、音楽祭の舞台に立った大勢の幼児たちの中に、「音楽の道に進みたい」と願って努力され、世界で活躍される方が育っていたことに、また大きな喜びを感じています。関係者の皆様、素晴らしい時間をありがとうございました。
# by k-onkan | 2017-04-01 23:26 | 木下式音感教育法 | Comments(0)