麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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ルールが大切~KYにならないために~

最近、若い子がKYという記号を使い「空気読めない」と表現します。「麻奈先生、ふっる~い!今はもう使わないよ」と言われるかもしれませんし、「空気は吸うものだ。読むものじゃない」とお叱りを受けるかもしれませんが、若い子の使い方を聞くと、「場の雰囲気を感じないで、行動したり発言したりすることがKYにつながるのだろう」と私なりに解釈しています。楽院でも子供たちに「KYはダメ。空気を読もうよ」と言うことがあります。「みんなが真剣な時には、真剣に」「周りの人が急いでいる時には自分も急ぐ」つまり、その時何が適切であるか、共通の認識、常識、を持って適切に状況判断ができることが大切です。

皆で舟を漕ぐ際に、それぞれの進行方向が異なっていたら、決して前へは進めません。「どちらの方へ向かうのか」「漕ぎ始める合図」など共通の心構えが必要です。巷では「そんなの関係ね~」という芸が流行り個人主義が横行していますが、「自分は関係ない」と思っていたのでは、一緒に何かすることができません。大切なことは「人のふりみて我がふり直せ」。友達の良いところ、悪いところから、自分も学ぶことなのです。たとえば、だれかが褒められていれば、「あんな風に声を出せば自分も褒められるのか」と真似る子にしたい。反対に叱られていれば、「自分も気をつけよう」と自己反省ができる子であって欲しいのです。まじめな子は、人が叱られるだけで顔色が悪くなることもありますが、小さいストレスに慣れるのも生きていく上で必要なことです。注意されたら、直せばよいと分かれば、皆と一緒に注意されることも苦にならなくなります。

大人ならば言葉で事前に「して良いこと・して悪いこと」を知らせれば理解するでしょうが、子供は言葉のみで理解するほど人生経験がありません。熱いものは触れてみないと分かりませんし、「いい加減にしないと怒りますよ」と言っても本当に雷が落ちるまでことの重大さを理解していなかったりします。体験しなければ分からないことってたくさんあるものです。「先生の話(手本)を聴く・真似する(違う声を出さない)・行儀を良くする・泣かない・ふざけない・一生懸命頑張る」という、楽院で授業を受ける際のルールも、体験させながら理解させていくことになります。

e0143522_1172479.jpgはじめは言葉で「先生の話を聞こう」と教えます。そして、守っていなければ「Kくん、先生の話を聞きなさい」と注意します。これを地道に繰り返していくことによって、教室内のルールを徹底できるのです。この注意は、一人ずつ個別に与えられるものではありません。Kくんが「話を聞きなさい」と注意されたら、それはクラスのYちゃん・Tちゃん・Hちゃん・MくんLくんにも同じこととして認識されるのです。改善されない際には、「Kちゃんが先生の話を聞かないで、いつもよそ見をしているけれど、いいのかな?」他の子にもそれについて、考えさせる機会を与えます。「だめ~」「みんなは楽院に何しにきてるの?」「おうたが上手になるように」「そうだね。お歌が上手になるために来ているのに先生の話をきかないと、上手にならないでしょ?だから、お話は聞かなくちゃいけないのよね」。この話で、子供たち全員に、共通の見解を持たせることができるのですが、この行為を「先生が子供と一緒になって一人をいじめている」「先生の考えに子供を誘導している」と感じるかもしれませんが、仲間として共通の見解を持たないと、身勝手なKYが増え授業ができなくなってしまうのです。

幼児期には、大人の判断で半強制的にでも伝えなければならないことがあります。それは物事の善悪です。小さい子供は「楽しいこと」「おもしろいこと」が大好きですが、それ以外は、大人の判断によって与えなければなりません。子供は大きくなれば、自然に分かるようになる・・・と思っていませんか? 覚えていないだけで、私たちも子供の頃、先人に教えられてきたんだと思うのですが・・・。
# by k-onkan | 2008-03-12 01:18 | しつけ | Comments(1)

私の子育て失敗記

私は20年近く楽院で音感を教えてきました。少なく見積もって300人以上の子供たちと真剣に向き合ったことになります。一般の幼児教室や学校と違って、一人一人に手をかけ、すべての子を楽院の生徒として恥ずかしくない子供に育てる教室です。幼児部を修了(最低3年通学)した子供はすべて名前を聞いたらいろいろなことを思い出すことができると思います。その子の性格や特質、何が得意で何が不得手だったか、音楽会で何の曲をどのように歌ったか等です。それだけ、一人ひとりとの関わりが深い(生徒の数が少い?)教室です。そういうところで子供と接していると、子育てのヒントがたくさん見えてきます。

それでも、「麻奈先生は自分の子がいないから親の気持ちなんか分からない」と思う人もいるでしょう。確かに、私には自分のお腹を痛めて生んだ子はいないので、女親特有の-無条件にわが子が愛しく他は何も目に入らない―という気持ちを理解することはできません。しかし、私にも子育てに失敗したと思う経験があるのです。こんなことを言うと、どこかに隠し子でもいると思われるかもしれませんが、残念ながら違います。

e0143522_6544216.jpg私には6歳年下の妹がいます。彼女が生まれた頃、木下式が世間に認められはじめ、両親はとても忙しかったようです。そのため、私と弟で、妹の面倒を見ていました。おんぶひもで背負って公園に行くと近所の人に「良く面倒を見てえらいわね」と言われ、とても誇らしくもありました。小学1年にしては、オムツ替え(オムツは洗えませんでしたが・・・)もでき、粉ミルクを量って作り人肌に覚まして飲ませたりと、今思うと良いお姉さんだったと思います。年の離れた妹は、皆から可愛がられ暴君のようでした。両親は、仕事が忙しくあまりかまうことができないので、悪いことをしても「小さいから・・・。姉(兄)がちゃんとしなさい」とあまり叱られることもありません。兄姉と言ってもまだ7歳と5歳の子供です。ろくなことを教えられるわけはありません。「どこの家の庭に忍び込むと児童館への近道だ」とか、「となりの家の庭にある枇杷の実を上手に落とす方法」とか。今の時代にはない楽しいことがたくさんありました。弟は、特に妹を可愛がっていたので、じゃれあうと「Lちゃんはつよいなぁ。痛い。痛い」とわざと勝たせてやっていました。幼稚園に入るまで、妹は男の子がみんな自分より弱いものと信じていました。自由奔放な赤ちゃん時代を経て、妹は幼稚園に入園し、当時、我が家の自宅に教室があった楽院に入学したから、さぁたいへん!

幼稚園に行けば男の子に立ち向かい泣かされて帰ってきます。小さい頃より音楽が自然と耳に入る環境にいたので楽院の授業は安心かと思えばそうではありません。ずばぬけた音感能力を持っていたのですが、それまで人に負けた経験がないものですから、かるたを取るのが人より遅いと言っては泣き、先生に何かを指摘されては泣き、いつのぞいてもべそをかいています。
大事な妹が泣いている! そこで、ますます、家に帰って甘やかしてしまうわけです。ピアノで新曲の宿題をもらうと必ず「まぁちゃん、弾いて」。そこで、優しい姉の登場です。すると、妹は楽譜を読まなくても耳で聞き覚えて弾けるようになってしまいます。私の小さい時は、楽譜が読めるまで何度も何度もしつこく練習をさせられたものですが、この子にその苦労はありません。算数でも、国語でも、動物の子が真似て覚えるように、私たちの真似をして覚えていきます。小学生になっても、作文が書けないと言われれば、自分の宿題をほったらかして弟と二人で手伝ってやりました。自分の忘れ物を気にしなくても、妹がおはしを忘れたと聞けば、小学校から弟が抜け出し走って家に取りに帰るのです。私と弟は、妹に一生懸命で自分のすべきことを忘れ、いつも、叱られてばかりでしたが、妹は学校の成績も良く、忘れものはしない、親に迷惑をかけない優等生に育っていきました。たった一つ、きちんとした大人から何も教えられていないということ以外は・・・。

妹が11歳になった時、私はアメリカに留学しました。それまで私を母親代わりとして事を足らしていたので、さぞ困ったでしょう。何しろそれまで、父母にわがまま一つ言う必要がなかったのです。何でも、私と弟のところで、妹の願いはかなっていたのですから。ある日、母からアメリカの私に電話がありました。
「Lがわがままなのよ」。
「知らなかったの?」
私は耳を疑いました。そして、心配で1人では家においていけないというのです。その頃、我が家は、古い洋館のような建物に住んでいました。天井が高く家が広いのですが、何しろ古いものですから、ミシミシといろいろなところで音がします。それが、本当に何かの音なのか、ただ単に建てつけが悪いのか、私たちが子供の頃から人の歩くような音や何かが軋む音がしていました。

昔はその建物の一室で楽院を開いていたのですが、生徒が増え教室が手狭になったので、徒歩5分のところに教室だけ移動していました。そのため、学校から帰ると家には誰にもいないわけです。私が日本にいた頃は、夕方に帰って妹と一緒におやつを食べて学校の話を聞いたり、宿題を手伝ったり、夕飯を作って食べさせたりもしましたが、もう誰もいません。「さみしければ教室に来なさい」と母に言われても、教室にはよその人もたくさんいます。自分だけの母親ではありません。ちょうど、思春期で不安定な時期に差し掛かっていたためでしょう。一人ぼっちの家に「お化けが出る。怖い」と泣き、妹も母もずいぶん精神的に参ったようです。気が休まるように、家の角に塩を盛ったりしていたようです。

最近、よそのお子さんを見ていて、「あぁ、私は最初の子育てに失敗したのだなぁ」と思います。10歳の子供にとって、4歳の子が取り組む問題は簡単で当たり前です。だからと言って10歳が4歳の子供の代わりに何でもやってはいけないのです。4歳の子に10歳の知恵を与えてはなりません。4歳の子が自分の速度で間違えながら理解していくことこそ、この子に必要なことであり、そのプロセスから真の理解に結びつくはずだったのです。しかし、こうしたことを理解するには10歳児は子供過ぎました。実際、20年間、よその子供とつきあって、いろいろな子供と親御さんの例を見て、最近、やっと「小さい頃の妹に対して悪いことをしたのだ」と気づいたのです。妹に好かれたい一心で欲しがるものを与え、何でも願いをかなえたことは、彼女のためにはなっていないのです。願いが適うことが当然であると、それが手に入らない時不安になります。

私は、子育てに取り組むお母様に、「こういうことをしてはいけませんよ」とお話することがあります。その一つ一つは自分がこれまで体験したことや子供を通して感じたこと、自分が子供だった時に嫌だったことです。

「ピアノは絶対に、手助けしすぎてはいけませんよ」。これは私が妹にしてしまい失敗したことです。妹が「楽譜を読むの嫌い・・・」と言っているのを聞くと申し訳ないと思います。そして、大人になった今でも、妹が安易に私に助けを求めてくると、幼い頃、妹の宿題をやってしまった自分への人生のしっぺ返しのように感じます。「そんなことは自分でやりなさい!」と思っても「仕方ないなぁ」と彼女にやり方を教えることにしています。本当は自分でやってしまう方が、段取りを説明してやらせて、その出来をチェックすることより簡単なことです。しかし、大人だって、自分にダメなことがあったら改善していくことが修行です。気長に教えようと思っています。そして、妹はと言えば、自分の幼少を反省して厳しくわが子の教育にあたっています。自分が与えて欲しかったこと、足りなかったと思うことを一生懸命息子に伝えるため、怖いお母さんをしています。

私は、これが擬似子育て体験で良かったと思います。昔は、自分の子供を育てる前に、たくさん擬似体験をしました。妹や弟の世話をしたり、近所の小さい子を可愛がったりしました。楽院の子供たちも合宿に行くと1年生から6年生の縦割りのグループで活動します。班長がいて、班員がいる。年上はいばったりして怖いこともあるけれど、年下の子を助ける。そして、自分が先輩になったら、下級生に同じことをして伝えていくーーー。そんが楽院の合宿です。こういう体験がないと、いきなり子育ての本番です。練習もせず、リハーサルもしない本番--。考えてみれば、なんと度胸のいることでしょう。

我が子が「このまま育ったら、将来、人様に迷惑をかけることになる」と悩んだお母さんが小学3年生の息子を殺してしまったという悲しいニュースがありました。このお母さんが何を悩んでいたか分かりませんが、子育てで困ったことがあったら、一人で抱え込まずに、助けてくれる人に助けを求める方が良いと思います。「学校の勉強が優秀だったから人に頭を下げたくない」「自分の子供くらい自分で育てられる」等など。他人の介入を拒む理由は人それぞれだと思います。でも、身の危険を感じたら、仲間に助けを求め自分の種を守る動物もいます。人間も柔軟にいきたいものでね・・・。

*写真(強そうな妹を抱く優しそうな母)
# by k-onkan | 2008-03-09 14:47 | 我が家のこと | Comments(2)

たぁたんとおけいこ

私は、小学生の頃から断続的にお習字を習っています。子供の頃は、「ただ書けばいいのでしょう」とお手本をなぞったりしてきちんと練習しない、まるで「ピアノは3回弾けばいいんでしょ?」と間違えながら弾き飛ばす子と同じようなに困った生徒でした。大人になってからも仕事が忙しくなると長期でお休みをいただいてきました。しかし、昨年、楽院の純子先生が雅号をいただいたのを見て、地道にコツコツが大事なのは子供だけではないと反省したのです。子どもと同じで、まだまだ修行中の私です。

音楽祭も終わり、疲れもとれたので久しぶりに草書と隷書の練習をしました。お習字には音楽と通じるものがあります。文字の中で緊張して入れる最初の出だし、線を引いて止めるまで、音楽と同じで緊張を持続しなければなりません。音楽には強弱があれば、柔らかいところ、なめらかなところ、情熱的な強さ、リズムがありますが、文字を書く上でも共通する要素があり筆を使ってそれを表現するのはとても面白いのです。

お習字をすると母方の祖母を思い出します。私は初めての女の子の孫でしたので、たいへん可愛がってもらいました。この3月10日で白寿(99歳)になるはずでした。明治・大正・昭和・平成の時代を生き関東大震災も戦争も経験し、私たちが教科書の中で出会う与謝野晶子(詩人)、山田耕作(作曲家)に学校で習ったそうです。その時代の人には珍しくハイカラな人で、祖父の音楽留学のため、遠くフランスまで同行し、祖父が聴音・ソルフェージュ・ピアノ、フランス語を学ぶ手伝いをしたそうです。また、祖父が作曲したものを最初にピアノで弾くのも祖母だったそうです。絵画、帽子製作、立体裁断での洋服製作、最新の美顔術やマニキュアを習ったそうです。
母が10歳の頃に祖父が亡くなり、祖母は、NHKの美容体操のピアノ伴奏をしたり大学でピアノ講師をしたりして女手一つで6人の子供を育てました。小さい時から勉強したピアノに生活を助けられたのです。

この祖母には驚くべきことがたくさんありました。脳梗塞で半身が動かなくなった時もピアノの練習によって手指を動かすリハビリをして、体の機能回復を果たしました。ピアノはバッハのインベンション程度しか弾けなくなり悲しんでいましたが、何事も自分の努力で困難も跳ね除ける強い精神力を持っていたため、98歳とたいへんな長寿をまっとうしました。

e0143522_21484972.jpgそんな祖母は孫の私から見ても、一般の「おばあちゃん」とは違うハイカラな人でした。おばあちゃんと呼ばれることを嫌い「妙子さん」と呼ばせようとしまししたが、幼い私が「たぁたん」としか言えなかったため、以後、孫はみな親しみを込めてそう呼びました。たぁたんが年をとってから習い始めたものにお習字があります。何でも早期教育に越したことはないと50代から「60の手習い」を始めたのです。独特のシステムを持つ淡江社の乾長江先生のお宅に通って、草書・隷書・仮名・篆書、楷書を勉強し雅号を頂きました。私もこの淡江社で学ばれた先生についてお習字を勉強しています。

私たちは子供のころからたくさんおけいこをしていました。水泳、習字、英語、体操、絵画、ピアノ、音感…。毎日必ず何かありましたが、祖母の習い事歴を見れば当然かもしれません。母の時代にはおけいこごとなどなかったそうで、家で祖母がバイオリンや絵、作文を教えてくれたといいます。
子供の頃、父はよく「辞めるとしたら、何のおけいこを辞めたい?」と聞きました。きっと父は私が「ピアノ」と言わないことを期待して聞いていたのかもしれませんが、私はいつも間髪をいれずに「ピアノ」と言っていました。「ピアノ」と言えば言うほど絶対に辞めさせないという親の意思の強さを感じました。音楽勉強に対しては、お遊び気分ではない厳しさと真剣さがあったからこそ、子どもだった私にとって「一番辞めたいおけいこごと」だったのでしょう。祖母がピアノで生計を立て6人の子供を育てることができたように、親が強制的にやらせた音楽が私の生きる道になっています。

何かを学ぶためには深く追求しなければなりません。自分が音感を教える際に子供に求める真剣さは、自分がものを習う時にも持つべきものでした。それが大人の習い事であっても。
今私は心の中でお習字の先生に「今までごめんなさい」と手を合わせています。

*写真は若き頃の祖父と祖母
# by k-onkan | 2008-03-07 14:23 | 我が家のこと | Comments(2)

不味いスープのいやな話

料理の本があって「美味しいスープの作り方」が載っているとしましょう。スープはカップ4杯と書かれているのに、「足りないから2杯・・・」。「塩は小さじ少々」と書いてあるのに「ないからいれない」とします。出来上がったものは、本の通りの味でしょうか? このレシピを使ったと言うためには、その本の通り忠実に従う必要があります。おけいこごとも似たようなことが言え、先生を信じ指示に従うこと。素直に真似、吸収すること。地道に継続することが欠かせません。

e0143522_12331193.jpg私たちは、入学の際に「どのお子さんも幼児部の年長までに、歌唱力と音感を責任をもって身に付けさせる」ことをお約束します。その代わり、親御さんにも楽院を信頼しレッスンを受けること・休まないこと・行事に参加すること・子供をよくするために協力することをお願いしています。
同じ学年の中で能力の定着が遅いお子さんや、進歩に心配があるお子さんに、楽院の責任において(つまり無料で)補講授業を行います。親御さんに通学協力の負担をおかけすることになりますが、指導者と保護者が一体となって、子供の能力を伸ばすために協力しあうのです。
能力が定着したら、行事に参加できるようになりますが、これも、好き勝手に自分が選んで参加するものではありません。能力が定着しないうちに「オペラ公演」のような見栄えの良い派手な行事に参加しても意味のないことなのです。骨組みがしっかりせずくずれそうな建物にきれいな色を塗るようなものだからです。まず、建物をしっかり建てることが先決です。

あるお母さんが、「うちの子は他の方より遅れています。何日でも通いますので、見てください」と言われたとしたら、そのお子さんのために、週何度でも来るだけレッスンするのが楽院のやり方です。最初の「音感をつける」という約束をまっとうするために、お母様が協力してくださる、ありがたいと感じ、早く期待にこたえられるよう子供に実力をつけていきます。反対に、こうした楽院の教育理念に反する際には退学をお願いすることもあるのです。

最近、教育もサービス業だと思われ、お金を払えば後は何をしても許されると考える方が増えているようです。サービス業と割り切れば、好き勝手を許し、手抜きのレッスンに授業料をいただくことも可能かもしれませんが、それをしないところが、楽院の良いところだと思っています。
こんなことを言うと「麻奈先生はキツい・・・」と言われるかもしれませんが、モンスターペアレンツの要求をすべて飲んだのでは良い教育はできません。ダメなことはダメと言い続けていきたいと思うのです。真の優しさは、ただ、わがままを許すことではないと思います。この厳しさこそが、楽院らしい優しさだと思っています。

Aちゃんが我が家に泊まっていた時、父上から送られたファックスを思い出しました。確かこんな内容でした。「君に好かれることは簡単だ。欲しいものを欲しいだけ与え、嫌なことも言わず、自由を与え、好き勝手を許したら、君はもっとぼくを好きになるだろう。けれど、それで君はちゃんとした社会人になれるだろうか・・・」。男親の深い愛を感じませんか?
厳しさの中にこそ真の愛はあると思うのですが・・・。
# by k-onkan | 2008-03-05 22:17 | しつけ | Comments(2)

人生の恩返し

親にしてもらったことを、自分の子供にすることが最高の恩返しであると昔、聞いたことがありますが、私には返す子供がいないので、よその子に返そうと思っています。
子供とつきあうと自分の未熟さを見つめさせられることが多くあります。だから、人間は、ある年齢になったら、自分で子供を生んで、育てなければならないのだと実感させられます、自分の親に対する感謝、そして、それまでの自分を見つめなおしたり、子供を通して自分の人生のやり直しをさせてもらえるチャンスなのかもしれません。
私は、わが子に恵まれなかったので、よそのお子さんによって、自分が経験できないことや、未熟なところを反省させてもらっていると感じます。

最近、卒業した生徒たちが集まってきます。小さい頃からの付き合いですので、気心が知れているからでしょうか。迷いがある子は、親を信じ言うとおりにしていれば安心である時期が終わって、「もう子供でいられないことの喪失感」「大人になる不安」「自分は大丈夫なのか」「悩んでいるのは、自分だけなのか」「自分はちゃんと大人になって、家庭を持てるのか」「ちゃんとした職業を持てるのか」等など、いろいろな悩みを持っているようです。しかし、そういうことは、自分の親には知られたくないお年頃です。
私もかつて10代後半に自分の不安や悩みをいろいろな大人(よその人)に話し、考え、答えを見つけたものです。だからこそ、助けを求めてくれば、来るものは拒まず、私もできる限りのことはしたいと思っています。

e0143522_1427252.jpg子供のころに真剣に向き合った子供たちは、大人になって、生意気になっていても、やはりかわいいものです。心の中は、子供の頃と変わっていないのに、体だけどんどん成長し、言葉も達者になって大人顔負けの身勝手な理論で親をやり込めるようになるのですから、ママから見ると、あんなにかわいかった私の赤ちゃんが、知らないモンスターになっていく・・・。さぞかし不安なことでしょう。

1年前から、私のところに迷い込んでくるA(18)は、小さいころから楽院に通い、何よりも楽院にくるのが大好きな女の子でした。でも、ささいなことから、学校生活がうまくいかなくなり、家庭でも悪い自分しか見せられなくなってしまったようです。悪い自分の殻を見せているうちに本当の自分を見失っていました。

「家出をして危ない目に会うくらいなら、楽院に来なさい」といってから、家出の場所は我が家になりました。最初は困惑された親御さんも、夜に危険な場所に出入りするよりは私の家に泊まるほうが安心だと、容認してくださるようになり、私の手伝いをしたり、子供の世話をしたりしながら、ずいぶん大人になってきました。

でも思春期はまだまだ不安定で油断は禁物ですAのエピソードを発表するのは、本当に立派な大人になってからにしましょう。本人にも「いつか、立派な大人になったら、数々の武勇伝や交換した手紙を発表するから、立派な大人になってね」と冗談でいいあっています。こんなことが話題にできるようになったことを思うと、ずいぶん、大人になったものです。
最近では、私が失敗したり、悲しいことがあって落ち込んでいると、何も言わずにそばにいてくれたりします。まるで、大きな犬に守られているようで頼り甲斐があるのです。そんな優しいところを見せられると涙が出てしまいます。大人が子供に甘えてはいけないのですが、小さい頃から厳しく、そして愛情を持って接したから、こんなご褒美があるのだと、うれしくなります。

この思春期の不安定な時期は、一過性のもの。口をきかなくなったり、反抗的な態度をしても、親を嫌いになったわけではないのです。ただ、自分の不安をやつ当たりしてしまったり、将来に対する明確な答えを出して欲しいと思っているのかもしれません。でも、それは、誰も助けられないこと。自分が答えをみつけなければなりません。親が助けられないことを知っていていらついていることもあるでしょう。自分の家に答えが見つからないと、いろいろなことを知ってみたくなり、親が知らない友達と遊んだり、親がして欲しくない遊びにも興味を持ったりするのかもしれません。

幼ないころ、大事に育てた子なら、尚更、手出しをしないことは、まわりの大人にとって難しいものです。でも、大人は危険なことがない程度に見守って、自分で答えを見つけられる方向に導いてあげられることがベストなのだと思うのです。子育ての本当の結果が出るのは、その子が大人になって自分の子供を持つ時かもしれません。
# by k-onkan | 2008-03-03 23:25 | 思春期・反抗期 | Comments(0)