麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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お預け教育ではダメ!

e0143522_2358865.jpg幼稚園の保護者会から帰ってきた妹から聞いた話です。その幼稚園は、先生と保護者が団結して、行事参加や園に対して協力することが義務付けられている、今時珍しい、教育熱心な幼稚園です。園長先生による親子セミナーや、親子遠足、クリスマス会や運動会には、お母さんが練習して参加する種目もあるそうです。一つひとつの行事は、時間もとられ、苦労もありますが、一度体験すると、その良さや教育意義も理解できる。けれど10人いたら、10通りの考え方があり、中には、「月謝を払っているのに、親がたいへんな思いをして、なぜ、幼稚園に協力する必要があるのか」と不満を持つ人もいるそうです。もちろん、幼稚園の熱烈なファンや、子供を兄弟で通わせるベテランママさんもいますが、少子化の世の中で、年々、園児は減っているため、「母親が参加する行事を減らした方が良いのでは・・・」と問題になっていると言います。幼稚園に理解のあるお母さんは、「どうしたら、幼稚園のために、園児が増えるお手伝いができるのだろう」と悩んでいるというのです。なんだか、どこかで聞いた話で、とても人事とは思えません。教育の場もついに「サービス業の一種」と考えられるようになっているのだと残念に感じました。

本来、教育とは、指導する先生、育てる親、子供が努力して、共通の目標に向かって進んでいくものです。目標は「子供の成長」です。ところが、インスタント食品を安易に手に入れるように、幼稚園選びも、便利で簡単、安いが決め手となっているようなのです。どんなに良い幼稚園でも、自分が協力したり、苦労するのは嫌! それなら、教育をしてくれなくても長時間預かってくれる方が、有難いと考えるようです。教育現場を求めているのではなく、便利な託児室を求めているようです。年に親が顔を出さなければいけないのは2回だけ。子供の様子を見に来る必要がほとんどないという幼稚園に預けて、安心なのでしょうか? 働いてるお母さんが、長時間預かってくれる幼稚園を探すというなら、分るのです。それでも、時間の許す範囲で、関わることは大事だと思います。けれど、自分が楽をするため、子供から自由になる時間を長く持つため、預かり時間が安くて長く、親の協力や参加が最小限なことが良いというのは、どうしても感心できません。

子供の教育は、インスタントではできません。植物が芽を出し、枝や幹が年々太くなっていくように、長い年月が必要なものです。種に水をやったら、すぐに実がなるという簡単なものではありません。幼児教育の怖いところは、幼児期の結果が、後に大きな影響を及ぼすことがあることなのです。

親の姿勢は子供に大きな影響を与えます。特に教育の場にある「無関心」「自分勝手」「ルール違反」はいけません。無関心なお母さんの子が、子供だけ進んで意欲的に参加できるでしょうか? 自分だけ身勝手にふるまうお母さんの姿を見て、わが子だけ優等生になるわけがありません。集団の中で、浮いた行動をするでしょう。お母さんが「いいわよ。これくらい分らないわ」とルール違反やズルをして見せたら、その子の価値観は、「ばれなければいいんだよ」と善悪の判断が甘い子になってしまいます。子供は親の姿をそのまま、素直に学び生きているのです。とても怖いと思いませんか?

「うちは大丈夫。子供の教育にも関心があるし行事にも参加しているから!!」そう思ったお母さん、子供に手を貸しすぎていませんか? 何事もほどほどが大事です。5歳児の競争に大人が手を貸したら、当然、わが子は勝つでしょう。しかし、いつか、大人の手助けなしで地道に努力した子に敵わなくなってしまう時がきます。大人が一緒に競えなくなって、初めて、子供は気づくのです。「自分に力がないではないか・・・」「もう親のやり方に従っていられない」等など。一番の味方である親に反旗をひるがえす時でもあります。「一生、助けるから大丈夫?」そんなことはできません。子供の人生は、子供のもの。「じゃ、やっぱり無関心の方がいいの?」そうではありません。やはり、一歩下がって冷静に、子供の力を観察し、不足がある時には、人並みに補う努力をすることは大事ですが、自分が競ってはいけないのです。お母さん同士のつながりで一番怖いのは、いつしか、子供対子供の競争が、お母さん対お母さんに発展することです。自分の子供を武器に戦ってはいけません。誰が誰のためする努力かが分らなくなってしまいます。

一番大事なことは、親は「大人の土俵」で、努力をしている姿を見せることです。自分が学ぶ姿、真摯に努力する姿、仕事をしたり、家事をしたり、園の行事を手伝ったり、地道に生活する姿を見れば、「努力することが当たり前」だと身につくのです。手抜きをしたり、楽なことへと流されていれば、子供も当然、同じことを求めます。だから、本当に良い幼稚園は、親に手抜きをさせるのではなく、一緒に参加することを求め、子供に「親の協力する背中」を見せようとしているのです。一緒に育てる気持ちがない親になってはいけません。「月謝を払っているのだから、良くしてもらって当たり前」そんな風に思っていませんか? 自分と子供と先生、協力して良くする気持ちがないと、どんなに良い教育機関に預けても、それは「ベビールーム」と化してしまいます。
# by k-onkan | 2008-05-04 00:00 | 教育 | Comments(1)

おんかんの原稿・・・

e0143522_20541085.jpg木下式の機関誌「おんかん」の原稿の締め切りが近づいています。
それなのに、毎日のブログ更新やら、諸雑事におわれ、全然、手がついていません。あぁ、どうしよう・・・。編集長の大垣先生に迷惑をかけてしまう。

ブログを始めた時は、日々、書き溜めておけば、きっと「おんかん」の原稿を書くなんて、「御茶の子さいさい」だと思っていたのです。けれど、31人(現在の一日の最高数)とは言え、読んでくださる方がいるというのに、ブログで書いたことを、再利用するなんて、失礼なことは、できないという、「真面目で融通がきかない自分」に追い詰められています。

このゴールデンウィークは、真面目に、原稿書きをしたいものです。
幸い、この5日間分アップするブログ分は、書き溜めてあるのです。でも、毎日必ずブログに書きたいことがあるのです。こうなると、何時間でもパソコンに向かえる「良い目」が欲しいものです。最近、目と肩が痛いのは、コンピュータースクリーンの見すぎでしょうか? 老眼も、足音を忍ばせ、近づいているような気がします。

さて、機関誌「おんかん」に掲載された原稿が、ブログに再利用してあっても、皆さん、寛大な気持ちで許してくださいね。なるべく、時期をずらしますが・・・。
# by k-onkan | 2008-05-03 12:49 | 発達障害 | Comments(1)

おけいこが人生の糧になるように 

「楽院も小さい頃から厳しくて大嫌いだったけど、卒業したら、どこの教室にいっても厳しいところばかりで・・・」。と嬉しそうに卒業生Yちゃん(14)が言います。夏に参加するオーストリアのスキー強化合宿のことだそうです。今夏は、1ヶ月間、オーストリアに言って、オリンピック選手からスキーを習うのだそうです。「何語で習うの?」「英語・・・」「誰でも参加できるの?」「ゴールドとセミゴールドの人だけで、すごく厳しいらしいの・・・」そう話す声がちっとも嫌そうではないのです。むしろ、そういう厳しい環境でも、自分が能力を発揮できることに充実感や満足感を覚えている様子です。

これを聞いて、「お稽古事」について考えさせられてしまいました。確かに、楽院は幼児の教室としては厳しいところです。それは、私たちが、親御さんからお預かりする子供たちに対して、能力を身につけさせる責任があるため、真剣に子供と向き合うからです。「音感教育」の直接の目的となる「音感能力」「歌唱力」をはじめ、「ピアノ」「合唱」など、音楽大学に入学ができるだけの基礎能力は付けられると自負しています。そのため、「厳しい」「実力主義」と言われますが、世の中の厳しさに比べたら、やはり、子供は守られていて、幸せです。一生懸命、先生や親御さんの期待に答え、歌ったり、オペラに出たりしていれば褒められ尊敬され、充実感があるのですから・・・。

e0143522_0103450.jpg子供たちは、楽院以外にもいろいろなお稽古事をしています。しかし、楽院ほど、はっきりと「成果」が見られるお稽古事は少ないと言われます。それは、子供主体のおけいこごとが多く、本人にやる気があれば伸びるでしょうが、イヤイヤだったり、やる気がないと、なかなか結果は出ないということなのでしょう。楽院のように、嫌がる子供でも、能力を最大限引き出したりはしないのが普通です。楽院では、成果発表で独唱や独奏をしたり、オペラ公演、音楽祭だと、機会を作りそれぞれを鍛えるため、成長しないわけにはいきません。在学中はたいして一生懸命取り組まなかった子でも、卒業後に、一番得意なことが「音感」などと言うこともあります。

しかし、楽院で長きにわたって、厳しさに耐えたと言っても、本来、全ての事柄に、私たちが「音感」を教えるほどの真剣さを持って取り組まないと、真の実力社会で頭角を現すことはできません。よく、髪の毛を赤く染めることが個性だ!などという若者がいますが、真のアイデンティティを持つために、自分にしかできないと誇れる特技が必要です。

Yちゃんは、小さい頃から、何事も堅実に取り組み、自分で結果を出す子でした。親御さんも、手を出しすぎたり、与えすぎたりするのではなく、彼女が自分で考え行動できるヒントを与えていました。勉強だけでなく適度にお手伝いもさせ、欲しいものも欲しいだけ与えたりはしませんでした。ママの苦手なアイロンがけ(だった?)をすると「1回30円」なんだと勤労の喜びを語っていたのが小学3年生の頃でした。名誉団員になった今も、毎週、真面目にピアノのレッスンには通っています。何事も真剣にやるこの子が、将来、スキー選手になるのか、音楽大学に進むのか、キャリアウーマンになるのか、お母さんになるのか・・・。それは、まだ分かりませんが、一つだけ確信を持って言えることがあります。それは、何を選んだとしても、これまで学んださまざまなことを糧に、自信を持って生きていくだろうということです。
# by k-onkan | 2008-05-03 00:01 | お稽古事 | Comments(0)

どうして、おけいこするの?

世の中には、いろいろなおけいこごとがありますね。バレエ、ピアノ、英語、水泳、体操、塾、剣道、合気道・・・。なぜ、おけいこをさせるのでしょう? 自分が子供の時にしたかったのにできなかったこと! 自分が今、出来ないで苦労をしていることを克服させたい! 男らしく(女らしく)生きるため・・・等など。始める理由は、人それぞれだと思います。中には、受験に有利だから!という理由もあるでしょうが、これは、あまり関心はしません。学校は、「国語」「算数」「理科」「社会」・・・。直接的に社会に出た時に直接、役立ちそうな教科を教えてくれること、又、成績の良し悪しが、次のステップを決めることが多いため、重要視します。けれど、おけいこごとは、趣味や楽しみのための一時的なものと軽く考えてしまいがちです。本当にそうでしょうか?

e0143522_23541041.jpgおけいこごとと言えば、こんな話があります。うちの母は「金槌」でまったく泳げません。子供心に一緒に水に入るのがとても怖かったことを記憶しています。母が浮き袋を掴む手には妙な「真剣さ」があり、少しでも離したら危険だという空気が漂っていたからです。子供心に、母に助けを求めても無駄と感じ、プールや海はもっぱら父が頼りでした。当然、泳げない母は、子供の私たちに水泳を習わせました。お蔭で私や弟は人並みに泳げますし、子供たちを連れて水に入るのも苦にはなりません。が、一人だけ挫折してしまった子がいます。末の妹のLです。彼女は誰よりも小さい頃から、レッスンを始めたのですが、水が怖くて、厳しいレッスンと先生を怖がり(今、あんなに怖いのに・・・)、毎週、嫌がって泣いたのです。一駅となりのスイミングプールに連れて行くのが毎週、とてもたいへんでした。Lの水泳の日は、朝から皆が「今日は水泳」と分かるほどの大泣きです。嫌がる度に「ママは、どうしてLに水泳を習わせていると思っているの? オリンピック選手になって欲しいと思っているからよ・・・」と話していました。私は子供心に母の言葉を聞き、「そんな夢みたいなこと、無理に決まっているじゃない」と思っていましたが、大人になって、「音感」というお稽古事の先生をするようになって、やっと母の真意が見えるようになりました。

何のおけいこでも、一度始めるからには、真剣に取り組み「特技」にして将来の道を開く道具にするという意識が大事だと思います。音感を習う時に、「人並みに歌が歌えて、音が分かるようになればよい」と考え通う人と、「将来、音楽の道に進めるように」と思って通わせる親では、心構えがまったく異なり、子供の進み具合にも影響します。もちろん、全員が、音楽の道に進めるわけではありません。けれど、音楽を通して将来、進む道の可能性を広げることはできるのです。演奏家でなくても音楽が理解できることが条件の職業はたくさんあるでしょう。

妹は結局、毎週、大泣きするため、両親が根負けして辞めさせました。親の仕事が忙しかったこともありますが、妹は私たち姉弟を見て、いろいろなことを反省した良い子だったので、水泳以外は優等生で親が強く「信念」を貫くことができない相手だったのでしょう。妹はと言えば、今となって、「私も上の二人のように厳しくしてくれたら、もっといろんなことができるようになっていた。3人目だから手抜きをしたに違いない・・・」などと言います。そして、自分が出来ないことを息子には克服させたいと、体操教室が運営する厳しい幼稚園(体操幼稚園楽院風)に通わせ、どんなに泣いて嫌がっても毎日、水泳バッグを持って通わせています。子供の意思を尊重するって本当に難しいものです。あんなに嫌がっていた本人が、「泣いても、やらせてくれれば泳げるようになっていたはずなのに・・・」などと言ったりするのですから。子供は、大人に機嫌を取って欲しいだけで「嫌だ、嫌だ」と大泣きすることもあるのです。小学校の中学年くらいまでは、親は、自分の不安を見透かされずに信念を貫くという強い意思も必要かもしれません。
# by k-onkan | 2008-05-02 08:53 | お稽古事 | Comments(1)

誰のために勉強するの?

ガソリンの暫定税率の値上げで、いろいろな事件が起きています。ポリタンクに入れたガソリンの炎上。危険だと分かっているのに、なぜそんなことを??と思うことばかりです。

ガソリンの値上げと言えば、最近、こんな話がありました。陽気がよくなってきてうっすらと汗ばむ季節になり、5歳になる甥が自動車の中で「お母さん、暑いから冷房をつけて」。子どもは体温が高いので、私たちより暑く感じるのかもしれません。「冷房はつけないのよ。ガソリンがなくなったら困るから」「どうして、ガソリンがなくなるといけないの?」「ガソリンは今度、30円も値上がりするのよ・・・」「それって、どういうこと?お金持ちじゃなくちゃ、車に乗っちゃいけないってこと?」「そうね。あんまり、乗れなくなるわね・・・」「じゃぁ、お母さん、もっと一生懸命働いて、お金持ちになってよ」「何、言っているの。今だって、一生懸命働いているんだから、これ以上は無理。Yのご飯を作る暇もなくなっちゃうわよ」「そうかぁ。Yが働いていないからだね。ごめんね」(少し暗くなるY)「子供は、勉強したり遊んだりするのが仕事だから働いていなくていいのよ。今勉強したことが、頭の中の栄養になって、大人になった時に、働いてお金がもらえるようになるんだから・・・」。

ガソリンの値段が上がって子供の心の中まで寂しくなるような話ですが、日々の努力(勉強)は我慢して「嫌々、取り組む」ではなくて、将来の自分のためだと再認識する良い機会となりました。貧しい国の子供たちは、子供も働き手であるため、学校にいけない子もいます。勉強をしたり、無邪気に子供らしく遊べる幸せを教えましょう。

e0143522_832184.jpg学校の勉強も、おけいこごとも、「嫌がる自分に、親が無理にやらせている」のではなく、「自分のためにしている」ことを徹底して教える必要があります。「ママが勝手にやらせた。だから一生懸命やらない」というのは、考え違いも甚だしいと言わなければなりません。幼児期の子どもには判断力がないため、親の判断によって「良いもの」を選び勉強させます。この時、「それは誰のためにするのか?」ということは、忘れないように教えましょう。子供に代わって、宿題の手助けをしたりすると、「ママがして欲しがっていること。宿題もやってもらって当たり前」と認識されてしまいます。それでは、自分自身のために、一生懸命取り組むことを置き忘れてしまいます。

地方の幼稚園に子供を指導に行くと、レッスン前に木下先生が必ず子供たちに聞くことがあります。それは、「お歌はだれのために歌うの?」ということです。子供たちは、みんな一斉に「お母さん!」「先生!」「木下先生」と言います。すると、木下先生は「じゃぁ、ご飯は誰のために食べるんだい?」「ママ」「えぇ?君たちがご飯を食べると、お母さんが大きくなるの?」「ううん。違う。自分のため~」「そうだね。自分のためだね。じゃぁ、お歌は誰のために練習するの?」「自分・・・」。子供からこの答えを引き出してからレッスンを開始します。先生に「イヤイヤ」練習させられているという考えを持った子は途中で涙を流したり、トイレに何度も行きたがったりするからです。自分たちが上手になるために木下先生からレッスンを受けていること。先生に歌わせられているのではないことを最初に理解させることが大事です。子供たちは、音楽性豊かな木下先生に指導されることで、心地よい緊張感を感じ、2~3時間は、一心不乱で取り組むことができます。学級崩壊しているという小学校の子供たちに見せたいほどです。最後には「またきてね~」と見送ってくれます。

我が子のことだけを心配するあまり、親が手出しし過ぎたり、勉強に対して過熱すると、どんなに「子供のため」と言っても、親の自己満足を子供に見抜かれてしまいます。母子は一心同体!と言う気持ちもわからなくはありませんが、一歩、離れ冷静に我が子を見守ることも必要です。どんなことも、その子供が将来、自立して、自分で考え生きられるための練習です。

小さい時に、こうしたことを深く考えずに大きくなった子供たちは、思春期になるととても苦労します。親に頼りたい。でも頼れない。自分で考えたい。でも考えられない。親は一生、子供を守ってくれない。現実は厳しいものです。つまずき、遠回りしながら、人生を学ばなくても良いように、小さい時にこそ教えてあげて欲しいのです。
# by k-onkan | 2008-05-01 08:05 | しつけ | Comments(1)