麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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これって、モンスター??

最近、モンスターペアレントという言葉を耳にします。担任教師や学校に対し、自分の子に関する「理不尽な苦情」や「無理難題な要求」を突きつける保護者のことを言うのだそうです。はじめて聞いた時、「そんな人がいるんだ~」と思いました。けれど、私にも子供がいたら「モンスターペアレント」になった可能性があるかもしれない、世代も同じくらいだし・・・。そう思うと気をつけようと思います。

私は一昔前、腰椎椎間板ヘルニアを患って3ヶ月ほど入院し手術を受けたことがあります。その時の自分はまるで「モンスターペアレント」(モンスターペーシャントってのもいるのかも)だったように思います。「手術はY先生が執刀したら、失敗しそうな気がします。Q先生に代えてください」「この方法が本当に最善なのでしょうか。他の方法が良いのではないでしょうか・・・」など等。今考えると、自分が若気(馬鹿気?)の至りで言い放った失礼な物言いに穴があったら入りたくなってしまいます。
けれど、その先生は「病人」という人種にたいへん理解があり「病人っていうのはこういう(わがままな)ものだから・・・」と寛容に受け止め、「執刀医はY先生ですが、一緒に部長(Q先生)がオペに立会います」「貴女のヘルニアの症状は、こういう具合なので手術はAの方法が最良ですよ」「失敗して歩けなくなったりすることは、ほとんどありません(絶対にない!とは断言してもらえないのがまた怖いのです)」等など。懇切丁寧に説明してくださったのです。父は「先生になんてことを言うのだ」と恥ずかしがりましたが、病人なので冷静な判断力などありません。自分の不安や心配は一気にあふれ出します。その先生は私にどんなに嫌なことを言われても飄々と受け流し手術をしてくださったので、「あの先生は、頼りなさそうに見える(それがまた不安だったのですが)が立派な良い先生だ」と父はたいへん褒めていました。

私が不安になったのには、先生の風ぼう以外にも理由がありました。それは、「腰椎のヘルニアならJ病院よりG病院が良い」とか「麻奈先生の入院しているJ病院では絶対に手術をしない方が良いと思います。失敗例を知っています」等など、皆さん、親切で教えてくださるのだと思いますが、いろいろな情報が耳に入るため、弱った心が揺れてしまったのです。しかし、冷静に考えると、そんなに不安なら病院をいくつも回り、セカンドオピニオンでもサードオピニオンでも聞き、それから病院を決めるべきだったのです。理不尽なことを言うなら、自分が納得できるところに転院しなければなりませんし、そこの病院で手術を受けるなら、お医者様を信用して命を預けるくらいの覚悟がないと医師も患者も不愉快な気持ちで闘病生活を送らなければなりません。お医者様も人間です。あまりに理不尽なことばかり言われると一生懸命、治療しようという気持ちが失せてしまうかもしれません。

お教室や幼稚園(学校)選びも一緒です。これと決めたら心が揺らがないことは重要だと思います。自分が選んで通っているところです。そこの先生の指示に従えず不満や心配ごとばかりを列挙し言うことを聞かないのは問題です。そこに通うのはお母さんではありません。肩身の狭い思いをするのは子供なのです。楽院でも「うちの子だけ個人発声の時間が短いと思うのですが?」「他のお子さんは何度も手直しをしえもらえるのにうちの子は1回だけ」「先生を代えて欲しい」「行儀のことを指摘されると萎縮するから注意しないで」等の声を聞くことがあります。きっと、お母さん方にも様々な不安があるのでしょう。

①他の人より個人発声が短いのは、注意される機会が少なくスムーズに訓練できているか、勉強期間が短く開始していない課題があるのかもしれません。それぞれの子供の能力にあった課題を与えていますので、発声する時間の1分~2分の誤差を心配しないでくださいね。
②何度も手直しされているお子さんは、一度で正しい発声ができないから繰り返すことになります。一度で発声できる子に手直しを加えたら、一度でよい声を出すという意欲をなくさせてしまいます。一度でできることは、良いことなのですよ。
③先生が代わっても基本は同じです。どの先生でも指示に従って一生懸命取り組めるよう導かなければ・・・。
④勉強の基本は躾(行儀の良さ)です。授業中に目線がふらついたり、先生の話を動きながら聞く子では、高度な訓練を受けても集中力が欠けていて能力が定着しないのですよ。行儀のことを言ってはいけないのなら伸び伸び自由に勉強できる教室を探された方が良いと思いますが・・・。

疑心暗鬼が言わせているのだと思って、手術をしてくださったY医師に習い私もできる限り説明しようとは思うのですが、なかなか難しいものです。
# by k-onkan | 2008-03-17 00:04 | 教育 | Comments(0)

お父さんのようになって!

「あら、素敵な洋服ね~。誰が買ってくれたの?」「ママ」「そう…。」
いつから、家庭でお父さんのありがたみを教えなくなったのでしょう。給料が銀行振込みになったからでしょうか。子供たちは、みんな「ママが買ってくれた」と言います。中には、「銀行からお金をもらって、先生にも今度買ってあげるね…」と言う子もいます。確かにお財布からお金を出したのはママだと思います。でも、それは、毎日パパが働いてくれていただくお金だと子供に教えていますか? お父さんのことを尊敬できないと、子供はどうやって大人になって良いか分かりません。

私は若い頃、一人でアパートを借りて暮らしたことがあります。日本に帰ってすぐのころでした。新築のとても素敵な部屋でしたが、長く暮らすことはありませんでした。それは、隣の大家さんの怒鳴り声のためでした。そこには4歳と6歳になる腕白ざかりのかわいい男の子がいましたが、日曜日になると奥さんの怒鳴り声で目が覚めるのです。何か子供たちが悪さをしたのでしょう。そこまでは良いのです。悪いことをして怒鳴られる。よくある家族の風景です。けれど、必ず、会話の中には「パパのようになってしまうわよ…」「本当にパパとそっくりなんだから」と言うのが聞こえうんざりしました。日曜日ならきっとパパも近くにいるはずです。こんなことを聞かされていたら、パパも面白くないでしょうし、子供もパパを尊敬できなくなってしまいます。「そんなパパと一緒にいるママはどうなの?」ママの価値も下げてしまいます。

e0143522_1635851.jpg「お父さんのようになってね」と尊敬できるように育てられた子は幸せです。自分の目標を近場に見つけることになるからです。どんなことでもいいのです。「お父さんのように優しい人になってね」「お父さんが**をしてくれてお母さんは助かっているのよね」「うちのお父さんは、本当によく働く人よね」等など。傍目から見たら、恥ずかしくなってしまうようなことも、子どもの前で示さないと伝わりません。仕事で家にいる機会が少ないのなら、なおのこと、お母さんが上手に導く必要があると思うのです。「お父さんは全然帰ってこないわね~。どこで何をしているのかしらね?」などと言おうものなら、お父さんは遊び歩いているように聞こえます。

自分のお父さんの職業を知らない子が増えています。どんな仕事でもいい。その仕事によって子供を育てているのです。子供もお父さんの職業や意義を肌で感じていることは大事なことです。何も子供に細かな業務連絡をすることはありません。「大学で中国語を教えているんだ。一人でも多くの生徒が中国語を話せるようになって欲しい」「銀行でお客さんの大事なお金を預かって増やしてあげる仕事」「交通違反をした人がもうしなくなるように注意する仕事」「お医者さんは病気を治すのが仕事なんだ」「会社を良くする方法を教える仕事」「お客さんがすてきだなと思うようにショーウィンドウを飾ったり、商品がきれいに見えるようにデザインする仕事をしているよ。きれいだね~って言われるとパパはすごくうれしいんだよ・・・」など等。
何も「今年の売り上げは、前年度比*パーセントで・・・」などと難しいことを言う必要はありません。子供が納得する範囲で、職種や意義を知らせることは可能だと思います。良く、「たいした仕事はしていない」と謙遜するお父さんもいますが、男性が外に出て働いたら、いろいろな苦労があると思います。そして、喜びも。それを子供に伝えて、働くお父さんの格好よさや大切さを子供に知らせてあげたいものです。よく、「背中を見て育つ」と言いますが、家庭と職場が同じなら、背中を見ることもあるかもしれませが、職場が家になければ、よほど興味を持たないとそれを感じることはできません。そんな時、いつも一緒にいるお母さんが、「お父さんは**のお仕事で、こんなに遅くまでお母さんたちのために働いてくれているのよ」と感謝を込めて子供に話すだけで、お父さんは子供のヒーローになれると思うのです。

*パパもママも働いているお家は、ママの仕事も同じように教えてあげて欲しいと思います。子供はお家にママがいないとさびしい思いをするものです。でも、その仕事や意義が分かると、子供なりに少し気の持ちようが違うものです。そして、もし、いろいろな事情で、お父さんがいない方、ごめんなさい。傷つけるつもりはありません。でも、いつか必ず、子供が存在を知りたがる日が来ます。その時には、その方の長所を教えてあげてください。
# by k-onkan | 2008-03-16 23:16 | しつけ | Comments(0)

天才と盆栽を育てる!

ウォルト・ディズニーはディズニーランドの創設者ですが、白雪姫やミッキーマウスなどの製作者として有名です。鉄道の走る音が好きだったディズニーは鉄道マニアだったため、どこのディズニーランドにも鉄道が走っているのだそうです。木下先生は「ディズニーランドを作って一番楽しい思いをしたのは創設者のウォルト・ディズニーだったに違いない。あれだけ大きなものを作るのは、さぞかし楽しかっただろうなぁ」と言います。

e0143522_14485048.jpg楽院のウォルト・ディズニー、木下先生は、千葉県の房総半島に大人のディズニーランドを作っています。敷地面積は約270坪(ディズニーランドに比べると小さいですが)に自ら日本庭園を設計し、5年間の歳月をかけ、スコップを手に土を掘り、植木職人の技術を借りずに作庭したのです。苑内の樹木と庭石は、自分たちでユニックで運び、大きな庭の石も、クレーンで動かし(実は、作庭の手伝いをさせられ、大きな石につぶされそうになったことがあるのです・・・)設置したりしました。木下先生のすごい(気違い的な?)ところはこの庭造りに終わりがないことです。私は年に数回、ここに行きますが、その度に庭の様子が変わっているのです。この庭の改良をしなくなった時が自分の死ぬ時だと言っているので、まだまだ、ずっと、造り続けるのでしょう。
e0143522_22162999.jpg四季折々の花や実物によって、季節感を満喫できる良い場所なので、休みになると楽院の生徒がお泊まりにきたりします。子供たちがお泊りにくると、木下先生とまゆみ先生が一緒に近所の田んぼでおたまじゃくしをすくったり、つくしを取りに行ったり、蛍を見たり、また、夏になると、海に連れていったり、庭でバーベキューをしたり、本物のお墓で肝試しをしたりします。今の子供たちは、大人が子供と一緒に虫を取ったりしてくれる経験がないためか、みんなとても喜びます。こういう子供たちの姿をなくしてはいけないと楽院では毎年夏期合宿をしています。本当は千葉で合宿をするのが、木下先生の望みなのだと思いますが、暑くて合宿に適していないため、自然が豊富で環境の良い尾瀬に行っています。

千葉の庭にはたくさんの盆栽があります。私は小学1年の時、社会の勉強で「お父さんの仕事は?」と聞かれ「盆栽の水やり」と答えてテストでバツをもらったことがあります。当時は、自宅で、音感を教えていましたが、小さい子のレッスンは週2回だけ、後はよそに教えにいっていたのでしょう。先生に「毎日必ずしていることがお仕事ですよ」と説明されたので、私は「盆栽の水やり」と答えたのです。それほど、毎日、昔から「今日は水が枯れている」とか「葉色が悪い」等、盆栽たちの観察をしてきたのです。木下先生は、「自分は「天才児」を育てながら「盆栽」も育てている」と言って笑います。盆栽と言っても、高価なものをただ買い集めたのではありません。私たちが子供の頃から、丹精を込めて作りあげてきたものです。日々、観察し、何が必要で、何が足りないか、見極め接するところは幼児教育と似ていると言います。

e0143522_23161371.jpg盆栽は小さな鉢に入れただけで成立するわけではないそうです。幹の太さ、左右の枝のバランスや、空間美など、さまざまな要素があって価値があり、命ある芸術なのだといいます。盆栽として樹形が整っていないという欠点がある時には、幹に穴を開けて、そこに細い枝を通して新しい枝を作り、形を整えます。枝が幹の一部になる(接木)には何年もかかります。常に様子をみてやらないと枯れてしまったりすることもあります。それ以外にも、季節になったら、肥料をやったり、芽摘みをしたり、適時にしなければならないことがあります。又、3~4年に一遍は、土の入れ替えもあります。酸素が入り、根が息ができるように、いろいろな種類の土を入れるのだそうです。だからこそ盆栽は長い歳月生き続けることができるのです。ただ、ながめているだけでは済まない手のかかる趣味と言えます。盆栽は古いものになると樹齢700年~800年になるものもあるそうです。それほど昔から多くの人によって手を加え守られてきた日本の文化財産が盆財です。(そんなことをせずに、山で伸び放題の木々の方が幸せだという考えもあるでしょうが、それでは、盆栽の存在自体を否定することにつながってしまいます)

私たちは、「音感教育」を通して子供を育てています。音感教育の基本は「声」です。低い声は高くなるように、艶がない時には艶が出るように、音程が悪い時は音程が良くなるよう、言葉が不鮮明な時には母音を知らせ訓練し、幼童唱法の定義(子供らしい力強さ・輝き・透明感・鮮明さがある歌声)に適うように訓練します。そのまま、放置しておいたのでは、幼童唱法としての歌声は乱れてしまうからです。これも、「どんな声だって良い、歌う姿が健気だ。子供に訓練は必要ない」と言ってしまえばそれまでです。一人で楽しむ分には、それで良いかもしれませんが、合唱団に加わるとなると、放置するわけにはいきません。盆栽も声の矯正も、今日手を加えて明日すぐ結果が出るわけではありません。けれど苦労が多い分、美しい形に変化したり、美しい歌声に変化した時、達成感、充実感があり、幸せを感じることができるのだと思います。
# by k-onkan | 2008-03-15 17:53 | 我が家のこと | Comments(4)

ぼくに何をしろ!って言うの?

楽院には子供が一人います。妹の子「Y」です。毎日、幼稚園から帰ると妹の仕事が終わるまで楽院で過ごすことになります。もちろん、自分が音感のレッスンの日は授業を受けますが、そうでない日は、時間つぶしに、「さんすう教室」に行ったり、祖母と「児童館」に遊びに行ったり、ベビールームに預かっていただいています。「こんなに大きいのにベビールーム?」と思い、ある時、「ベビールームに行って無駄に過ごすなら、教室の中で一緒に勉強させおけば?」と言うと、「毎日、音感をさせられたら授業を一生懸命受けられなくなるし、時間つぶしに教室に置いておくのは、Yがかわいそうだからダメ」と却下されました。妹は、自分が小さい頃、人手がないと、音感クラスの授業にみそっかすのように参加し時間を過ごしていました。言うなれば音感に子守りをされていたのです。自分の息子には、そういうことはしたくないと言います。

ある時、妹がルームに予約を入れるのを忘れてしまうことがありました。
「あ~~~(悲惨な声で)。ルーム予約入れるのを忘れてた。ごめんね。Y (とっても申し訳ない声)」
「ぼくは、幼稚園から帰ったら何をしたらいいの?」(少し心配な声)
「ごめんね~。なるべく早く授業が終わるように頑張るから我慢してね」(まだ優しい声で諭す…)
「ぼくに、ピアノとプリントだけ、やっていろってことなの?」(悲惨な声)
「ごめ~ん」
「ぼくは、今日どうしたらいいんだよぉ」(うじうじ…。母に非があるので少し強気?)
「謝ったんだから、いつまもで、うじうじ言わないでよ!ごめんなさい、したでしょ?!」(突然の怒鳴り声)

子供を大切にするということは100パーセント子供の都合を叶えることではありません。Yからみたら、ルームに行かないと誰もいない職員室で一人遊びをしなくてはなりません。相手をしてくれる大人も誰もいないたいへんさびしい状態です。しかし、妹も忙しくて「忘れてしまった。申し訳ない」という気持ちの他に、電話をする暇もないほど忙しかったという大人の事情もあるわけです。決してわざと忘れたわけではありません。いくら子供が大切でかわいそうなことをしてしまったと思っても、「ここが限界。いい加減にしなさい」という線引きを越えたら伝えなければなりません。大人にもいろいろな事情があるのですが、子供にも少しずつ周りの様子を知って、それに合わせられるよう訓練していかなければなりません。

e0143522_22553728.jpg「子供にやつ当たりをしてはいけない!という人もいるけれど、やつ当たりしたい気持ちもあるし、「やつ当たり」という行為は存在するのだから、そういうことも教えておいてあげなくちゃいけない」と妹は言って、たまに息子にすごい「やつ当たり」をしています。
YはYで「これ以上やったら、怒らせるな…」という加減を見ながら、でも子供なので、調子に乗ったり、してはいけないことをして、ひどく叱られています。そういう繰り返しをして世の中に出る準備をしているのでしょう。親は一生、子供を守ってやることはできません。守ってやらなくても、生きられるようにしておきたいものです。

昔、ピーターパン症候群(ふるいですが)という言葉が流行りました。「大人になりたくない大人」のことです。「子供のうちは何でも手に入り(親が与える)、守られ、許されたのに、大人になると、自分で働いて家族を養って好きなこともできなくなる。大人になるのは嫌」という考え方です。子供は保護して大切にしなければならない存在ですが、過保護にしすぎると、そのしっぺ返しは、必ず、本人や親にもどってきてしまいます。

*大好きなおかあさんの絵 (by「Y」)
# by k-onkan | 2008-03-14 13:02 | 幼児 | Comments(0)

性格が悪くなっちゃうよ・・・

木下式音感教育法は、全国の幼稚園や保育園でも保育の中に採用されています。そうした園の先生が、木下式を実践できるように、年3回東京で講習会を開催しています。そこには、若い幼稚園教諭に混じって、年輩の女性の先生が勉強しにきています。K先生です。講習会に参加されるようになって6年経過しました。最初は猜疑心をもって(?)参加されていたのだと思いますが、だんだんと木下式(木下先生?)の魅力にはまり、何とかこの教育法を身につけ、名古屋から更に1時間以上離れたM県から、毎週楽院に通って勉強しています。

この先生を最初に見ていたのは、私です。でも、一向に上手になりませんでした。もちろん、カメのような歩みは見えるのですが、大きな変化がありません。私は、月曜日にK先生が来るのが憂鬱でたまりませんでした。おけいこに来るのが嫌で、レッスン日の朝になると泣くお子さんがいますが、まさに私もそういう気持ちです。子どもだったら、どんな子でも上手にできると自信をもてますが、K先生にかかると私は自信喪失です。でも、上手にならない理由も分かっていました。K先生は、私の母ほどの年齢の方です。言うなれば人生の大先輩です。そういう方に、私ごときの若輩者がえらそうな物言いができないのです。遠慮があるからです。(こう見えて、結構遠慮深くて気の弱いところもあるのです)。子ども相手だったら「声が違うよ!」「まだ、だめ」「もっと強く!」と真剣に伝えらえるのですが、K先生が相手だと勝手が違います。「ずいぶん上手になりましたよぉ。でももう少し、高くしてくださいね」。これではお願いです。これでは上手になるわけがありません。何かを教える時には、お互いに自分の長所も短所もさらけ出してぶつからなければ上手くなりません。「相手に嫌われたくない」「悪く思われたくない」などと思っていては、できないのです。

そういう時は創始者の登場です。木下先生は、知らない人が聞いたら「なんて、ひどいことを言うのだろう」と思うほど辛辣なことを言います。「よくそんな状態でピアノを教えているなぁ。君に習う生徒はかわいそうだよ。その声のまま、第二の人生を歩むのか」等など。感じやすい人なら、「二度と顔を見たくない」と思うでしょう。実際、K先生も「もっと若い頃だったらすぐに辞めていたと思う」とおっしゃっています。
e0143522_18204659.jpgけれど、木下先生がこういうひどいことを言った後、K先生は素晴らしい発声を見せるのです。どこにそんな若々しく美しい声が隠されていたのかと思うほどです。そんな時「どうだ。俺の力を見たか。この能力を引き出せなくちゃいけないんだ。まだまだ、勉強が足りない」と私は叱られてしまいます。最近、やっと、K先生に遠慮なく(?)辛辣なことが言えるようになり、少し上手になったかなぁ?と思います。でもやっぱり、私と二人だけの時より、木下先生が部屋に入ってきた時の方が感覚がピリピリしていて緊張する分、上手なのです。

木下先生は、性格の悪さから、辛辣なことを言っているのでしょうか。音感は読んで字のごとく「感覚」を教育するものです。指導者も子供もお互いの感性や感覚を鋭敏にすることが基本です。「鈍感な心」や「我関せず」で授業を受けるより、感じやすい人の方が進歩が速いのです。先日、KYについて書きましたが、木下先生は「うちは「KY」じゃなくて「KYS」(空気よみすぎ)だな・・・」と言います。常に、人が何を考えているかを感じ、その先を考え行動します。そのため、木下式は、子供が考えそうなこと、間違えやすそうなことを先読みして指導するのです。木下先生がK先生にひどいことを言うのは、感覚を鋭敏にさせ緊張させる効果があるのだと思います。K先生は、それによって、とりつくろった「大人の顔やきれいごと」を脱ぎ捨て、自分の根底にある本来の力を発揮できるのです。木下先生の辛辣な言葉がなくても自分の意志でこの力を発揮できるようになる時、K先生のレッスンが終わる時だと思っています。「K先生がくると、本当に性格悪くなっちゃうよ・・・。毎週、毎週、辛辣なことを考えなくちゃいけないから・・・」。木下先生は、心配しています。「大丈夫、もともとですから」と私たちも辛辣なことを言っています。

大人相手でも子供相手も、人間同士の真剣勝負が木下式です。初めて楽院を見学にくる方は、ふつうの幼児教室とは異なる真剣な雰囲気に、たいへん、驚くといいます。通い始めて慣れてくると、この緊張感と真剣さが「ふつう」になり、きびきびしていることに心地よさに変わってくるそうです。K先生も、「ここの先生は厳しいけれど、優しさにあふれている(嘘でも嬉しい)」と言ってくださるのですが・・・

*K先生は毎週一生懸命通っているのだから、こんなひどいこを言わなくても良いのに・・・と思う方もいるでしょう。確かに、K先生が自分の趣味に発声訓練を受けているなら、その通りです。しかし、K先生には、預かる子供をよくする、また、私たちにはK先生を上達させるという責任があります。だからこそ、厳しく真剣に取り組んでいます。
幼稚園教諭の方に、「音感教育」を実践するのがつらい!と言われる方がいます。私にもその気持ちが理解できるのがK先生のレッスンをする時なのです。
# by k-onkan | 2008-03-14 12:18 | 木下式音感教育法 | Comments(0)