麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
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作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
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カテゴリ:子育て( 295 )

批判しても感謝は忘れないで!

個人発声の途中、すぐに目線をそらす1年生のSちゃんに「ちゃんと目を見なくちゃダメ!麻奈先生の『優しい目』を見て!」と言ってから、この言葉は、昔から、木下先生がよく子どもたちにいっていた言葉だと気づき、自分でも少しおかしくなってしまいました。

e0143522_14171055.jpg長い楽院の歴史で、「木下先生が怖くない」と思った生徒は一人もいないはずです。その木下先生に、「先生の優しい目」と言われた子どもは、「そんなことない」と思うのでしょうがはっきり言えずに、憮然とした反応をするのが面白かったのですが、今の子どもは、昔とは反応が違うようです。

最近、「木下先生より麻奈先生が怖い」という生徒が増えているので、私が「優しい」といったら、どんな反応をするのだろうと思ったのですが、今の子はずいぶん、はっきりと言いにくいことも表せるようで、「クククク」と笑いだしました。

「えぇ? もしかして、先生がやさしくないと思っているの?」というと、「うん」という答えが返ってきました。「合宿で、毎晩、トレイに起こしたのは、先生なのにぃ?」というと、
「だって、ママみたいなんだもん」。「ママはいつも怒ってばかりで、好きじゃないって言っているじゃない。じゃぁ、先生も、ママみたい、もっと怖くしていいってことね?」「だって、そうなんだもん」。

昔の子どもたちは、お母さんやお父さんが家庭で、十分に構ってくださった上で楽院にやってきて、私たちを本気で怖がっていました。でも、今は、働くお母さんが増えて子どもと両親の絆が十分に育っていない中で、共に生活しているため、子供はお母さんが「口うるさいばかり」で、自分のことを大切に思っていることに気付かないのかもしれません。でも、楽院の私たちが、週に一度、口うるさく教育するのと、毎日、一緒に生活するお母さんとは本当は「同じ」ではないはずです。


娘を育てる上で、大切なのは、お母さんとの関係です。子どもも小学生にもなれば、自分の親に対して批判的なことを感じたり、言ったりするものでしょう。だとしても、「お母さんが、一生懸命、働いて頑張っているから、お稽古ごとができたり、きれいな洋服を着せてもらったり、旅行に行くことができる」ということは、近くにいる大人の誰かが、子供に話してきかせておかなければと思ったのでした。
by k-onkan | 2016-09-14 23:15 | 子育て | Comments(0)

親でもかなえられないことがある!

夏休みがあけて、初めての小学生のレッスンはとても賑やかでした。合宿からちょうど、1ヶ月、お互いにとても懐かしくなったころなのでしょう。子どもたちは合宿や音楽祭などのいろいろな行事を通して親しくなります。小さい頃は、「楽院がイヤ」「麻奈先生が怖い」と言ってオドオドしていたはずなのに、そんな様子は微塵もなく、私たちの前で堂々とふざけたり、減らず口を叩いたりするようになっていくのです。それだけ、自分に自信を備えた証でもあります。

e0143522_22514856.jpgしかし、あまりに調子に乗り過ぎると、聴音課題に取り組む子や、個人発声などの邪魔になるため、私が「いい加減にしなさ~い」と怒鳴り声を響かせることになります。高学年は、その怖い声にも堪える様子はありません。もしかすると、夏休みに大きな声で怒鳴られたり、しつこくされることに飢えていたのかもしれません。

長く手をかけて教えている子どもたちは、どの子もとても愛しいのです。それゆえに、あえて、嫌な話も聞かせます。それは、最近、起きた事件に対して女優である母が開いた謝罪会見を見たからでした。

私は子供たちに、「絶対に子どものうちに、「自分の欲求」を抑える習慣を身に付けなさい」と伝えました。たとえば、「やってはいけない」と言われているのに、自分の「やりたい」という気持ちをコントロールできないまま、大人になったら、将来、社会に出て「悪いこと」をしたり、「他人に迷惑をかけること」があるかもしれません。

幼い内は、「動いてはいけない」と言われているのに衝動的に動いたり、「触ってはいけない」というものを触ってみたくなったり、あばれてはいけないという場所で、飛び跳ねたりしてしまうのが、子供です。小さい頃なら、「まだ小さいから」と許されますが、いつまでも許されるものではありません。少しずつ、自分の欲求をコントロールすることを覚えたり、時に「我慢する練習」もした方がいいのだと思います。

一般に、現代の親御さんは、子供が「したい」「ほしい」ということは全て願いをかなえようとする傾向を感じますが、与えられる余裕があっても、「これは、今日はダメ」、「お誕生日のプレゼントにしよう。それまで我慢しよう」などと、すぐに手に入らない練習も必要かもしれません。

子どもは「ほしい、ほしい」と簡単にいうわりには、手にいれるとすぐに興味を示さなくなったり、大事にしなくなったりするものです。反対に、我慢してやっと手に入ったものは、いつまでも大事にします。子どもがどれほど「ほしい」「したい」のか、子供の心と向き合うことは、子供を育てる大人にも必要なことかもしれません。

そして、世の中には、どんなに子どもが「こうあってほしい」と願っても、そして、どんなに親御さんに社会的な力があっても、代わってあげたり、解決できないこともあることを、この記者会見は物語っているように見えたのでした。
by k-onkan | 2016-08-27 23:29 | 子育て | Comments(0)

したつもり、ではなく、目的をもって!

私たちは、幼児に歌唱力や音感能力を身につけさせることは、将来、子供のプラスになると信じて、訓練を行っています。この時、大人が子供にいろいろなことを「やらせる」ことになります。この「やらせる」という言葉に抵抗を持つ大人も多いのですが、一方的に無理に受け入れさせるというより、「なぜ、音感を勉強するのか」「どんな結果があり得るのか」など、子供に目的意識を持たせ、子供自身が上手になりたい、と思うように仕向けることが、指導する上で大人に求められていることのように思います。

e0143522_0421096.jpg例えば、少し我慢が必要なことも、苦手だと思って避けて通ることは、その子が将来、困るかもしれないと想像します。ですから、苦手なこと、嫌いなことにも、挑戦できるように、手を貸す大人の存在は、とても大事です。

オリンピックのシンクロの監督の言葉ではありませんが、一度でもメダルを取る経験をすれば、キツイ特訓も、そのための努力だと選手も受け入れられるかもしれません。また、自身で目的意識を持てた選手は、監督に無理に引っ張られなくても、自らモチベーションを上げられるようになるのかもしれません。けれど、そこに至るまでには小さな積み重ねが必要であり、「やってるつもり」でも、「ただやるだけ」では、成果はなく、「どのようにするのが好ましいか」をキッチリと見せて、伝えていく必要を感じます。

たとえば、どんなに「気をつけて声を出して」と言っても、子供がそれを聞いていないなら、伝わっていないといえます。相手の心を動かすためには、教える側にも何か強いもの―真剣さや熱さとか信念とかが求められます。

これは、何も音感を指導する時だけのことではないと思います。家庭内における、躾や教育も同じことです。子どもにばかり「いいこ」でいることを強制したり、親だけがすべてを背負いこんで甘やかしたりするのは、厳しい言い方ですが、親の責任を果たしていないかもしれません。親御さんの気持ちは、本気で子どもに伝え、親子共に、あるべき姿を求めることが、「しつけたつもり」ではなく、本当の「しつけ」をしたことにつながるのかもしれません。
by k-onkan | 2016-08-21 23:39 | 子育て | Comments(0)

親が腹をくくるしかない

楽院で学んだ卒業生が、大人になって感謝してくれることに「人前に立った時の発表能力」があります。合宿や音楽会では、生徒は一人で舞台で歌ったり、ピアノを弾いたり、大勢の前で話たりなど、発表する機会が多く与えられています。中には、緊張のあまり、ドキドキして泣きそうになる子もいますが、小さい頃から、何度も何度も繰り返した経験が、社会人になる頃には、「なんでもないこと」になるのかもしれません。

e0143522_14405094.jpg最近、ネットで、「小学生の子供があがり症で人前での発表が苦手で心配している」というお母さんの悩みを見かけました。お子さんがあがり症なら当然、親御さんもあがり症だろうと思いますが、「自分がとてもあがり症だからこそ、子供にあがらないで欲しい」と願っているようです。

しかし、この問題を解決するには、お母さんも一緒に練習して、親子で、「あがり症」を乗り越えるしかないように思います。子どもは親の言う通りにはしませんが、する通りにはするものです。親御さん自らが苦手なことを頑張って取り組むなら、子供も一緒に「やってみよう」と思いますが、「お母さんは苦手だからやりたくないけれど、あなたにはできるようになってほしい」というのは、子供には納得がいかないだろうと思うのです。

そこで、一つの案として、毎日、家族団らんの時間に「その日あった出来事」を発表する「ごっこ遊び」をするのはいかがでしょう。家族全員が発表する機会を持てば、幼稚園や学校、会社などの出来事を報告することにもなりますし、家族が相手なら大きな声で話すこともさほど恥ずかしくないかもしれません。何より、順序立てて、話を伝える練習にもなります。

以前、ある演奏家から、「なぜ、あがるか分かる?」と聞かれたことがあります。その答えは「いつも以上に上手にやろう」と思うからあがるのだ。いつも通りでいいと思えば、上がらない」ということでした。確かに、「普段通り」でいいのなら、特別にドキドキはしないでしょう。ですが、普段から声を出していないなら、声を出すことにも抵抗を感じるかもしれません。やはり、声を出す練習は必要でしょう。

仕事がら、人前で演奏したり、話をすることが多くある私は、よく「あがらなくて羨ましい」と言われます。しかし、大事な場面で「絶対にあがらないようにする」には、今でも隠れて練習はしています。練習が足りないと、「穴があったら入りたくなるような失敗」をすることを経験上、知っているからです。場数を踏むと、どういう時がうまくいって、どういう時がうまくいかないかもわかってきます。そうした余裕が一般の人には「あがらない」ように見えるのかもしれません。

親御さんが「子どものこと」について、悩む場面はたくさんあると思います。ですが、ただ悩むだけでは何もなりません。親御さん自身が「これをやってみよう」「あれはどうかな?」と腹をくくって挑戦する気持ちが大事だと思うのです。親御さんが必死に努力するタイプなら、子供も自然に努力をするように育つでしょうし、お母さんが「なるべく努力をしたくない」と思うタイプなら、子供にも努力は求められないと思うのですが・・・・・・。
by k-onkan | 2016-07-21 23:36 | 子育て | Comments(0)

小さな積み重ねがレジリエンスを育てる

最近、「レジリエンス」という言葉をよく見かけるようになりました。レジリエンス(resilience)とは、「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」などと訳される心理学用語だそうです。私たちも、音感を教える際に注意したり、叱ったりすることがありますが、その後、どのように立ち直らせ、自分の気持ちに折り合いをつけさせるか、その上で、注意されたことを改善できるようにするか―子どもたちは気づいていませんが―結構、気を使っています。

e0143522_1931175.jpg最近、強く感じるのは、自分の不注意で失敗しても、悲しみの涙を流して自分の世界に入りこむ子が増えたことです。しかし、子供であっても、「失敗したり注意されたこと」には理由があります。その原因を改善せずに泣いて悲しんだだけでは、問題に挑戦したことにはなりません。意に添わない結果に遭遇しても、涙を流して終わらせるのではなく、気分を変えて、もう一歩頑張る気持ちを育てる必要を感じます。

今日のレッスンでは、いつも一番、頑張る3歳のSちゃんが、「おんぷをよもう」の時に、私から小さな注意を受けました。それは、「同じ音を「ソソソソ」と続けて歌う時は、口型は動かさないで歌いましょう」ということでした。しかし、いつも、クラスで一番、頑張っているSちゃんは、「注意を受けたこと」がショックで涙が止まりません。

最初は「口の型を直すだけだから、頑張って」と優しく励ましてみたのですが、いつまで経っても涙を止められません。「泣いている人は、土曜日の音楽会に出られなくなってしまう……」と言うと「出ない」と言い出しました。注意されたこともショックを受けた原因ですが、音楽会に対する緊張や不安も子供なりに感じているのかもしれません。

子供が「出たくない」といったからといって、頑張ることをやめていいことにはなりません。特に、3人きょうだいの末っ子のSちゃんが、姉や兄と同じ音楽会に出ることを目標にしていたことは、私たちが一番知っています。「音楽会に出るために、これまで、みんなで練習してきたのに、『出ないでいい』というわけにはいかないでしょう。メソメソせずに、ちゃんと頑張りなさい」と少し厳しい声を出すと、心を決めて取り組みはじめました。

子どもと関わる際に、全てを子どもの意思に任せると、子供の「したいこと」だけをさせて、苦手なことを避けて通ることがあります。その時々、子供の様子を見ながら、手を差し伸べるべき時もあれば、あえて、「いい加減にしなさい」と厳しく対応して、子供自身で腹を決める手助けをすることもあります。

Sちゃんのレッスンの前に、2歳の男児のレッスンがありました。最近、音感クラスに進級したのですが、ここ数週間、赤ちゃん返りをしています。お母さんのお腹に新しい命が宿り体調が悪いことも原因かもしれませんが、数か月前に問題なくできたことも、とにかく、すごく大ごとです。

音感のレッスンも途中までに、「レッスンに来たら、やることはしなくちゃ」「やった人はおやつよ」「やらないなら、暗い部屋で反省しよう」というやりとりもあったのですが、赤ちゃん返りをする男児の気持ちも受け入れて、「わかった。今日は、やりたくないというなら、これでおしまいにして帰っていい。でも、おやつは出せない。楽院のおやつは頑張った人のご褒美だから…」。

このことを納得させるのに、30分以上の時間がかかりました。最後に「おやつを食べなくていいから、帰る」と、納得して帰っていきました。これもまた成長だと思っています。なぜなら、ご家庭なら、やりたくないことはしなくても欲しいものだけは、手に入れているだろうと思うからです。

女性のお母さんから見ると「あんなに大きな声で「やらない」と泣く元気があるなら、サッと歌っておやつを食べた方がずっと簡単」に見えるかもしれません。けれど、男児には「やらないと言ったら、やらない」という時もあるのです。ただし、音感を教える私も通さなければならない「筋」があるので、「やらなくてもいいけれど、おやつは出さない」は貫いたのでした。次回、どんな様子でレッスンにくるか、楽しみですが、こうした小さな関わり一人ひとつが、子供の回復力や挑戦力を少しずつ、育てていくのかもしれません。
by k-onkan | 2016-07-07 19:01 | 子育て | Comments(0)

大人にもいやなことはある

子どもが大泣きをするのは、何かを嫌がっているサインです。しかし、子どもに慣れないお母さんは、泣いているわが子の気持ちが理解できず、ただただ茫然としてしまうこともあるようです。とりあえず、「何かを嫌がっている」という子どもの気持ちは理解した上で、一刻も早く泣き止めるように抱っこをしたり、「よしよし」と声をかけ、気分を変えさせる努力をしたいものです。くれぐれも、泣いているわが子を、放置したりしないようにしましょう。長く泣くと、子供本人も疲れますし、その泣き声を聞くまわりの人も心が折れそうになるからです。

e0143522_19121942.jpgただし、子供が泣いて抵抗するからと、嫌がることを全て排除すると、「やりたいこと」だけをして、「やりたくないこと」はしないというわがままを受け入れることになってしまいます。そこで、子供が「嫌がること」であっても、親御さんが「させたい」と思うなら、その理由を子どもに分かる簡単な言葉で説明する努力はしましょう。

たとえば、音感のレッスンに来たお子さんが、知育教材は楽しく取り組んでも、「音感かるた」や「歌唱」を嫌がったとします。音感のレッスンで、音感の課題を嫌がったら、お稽古をする意味がありません。そこで、親御さんから、「なぜ、音感を勉強させたいと思っているのか」、「どんな希望をもって習わせているか」などを伝えてほしいと思います。すぐには理解しなくても、子供なりに考えたりすることもあるからです。とはいっても、「いやなことは嫌」というのが幼い子どもです。そこで、大人は「嫌なこと」を嫌だと理解した上で、どう乗り越えるかを一緒に考えたいものです。

「音感かるたは、立って話を聞かないといけないし、歌を歌うと、疲れるからたいへんよね。でも、お母さんや、お父さんも、誰でも、好きなことだけをして暮らしている人はいないの。たとえば、あなたが「本を読んで」と言う時に、お母さんも疲れている時は、本当は「読みたくない」と思う時もあるのよ。でも、あなたが本が大好きだから、頑張って読む日もあるの。たとえば、疲れていたり、具合が悪い日は、ごはんを作るのが嫌な時もあるけれど、みんなが食べるものがなかったら、困るから、頑張って作っているのよ」。

子どもは、大人が文句を言わずにしていることは、「好きだからしている」と思っている節があります。たとえば、仕事をしている親御さんの子どもは、「お母さんは、自分より、仕事が好き」と思っていることもあると思います。仕事をしている姿は、子供には見えないので、親御さんの苦労は、決して分かりません。だからこそ、大人も時として、苦手なことや嫌なことも、心に折り合いをつけて行うことがあることを、折に触れて話すことは、大事なことなのではないでしょうか。
by k-onkan | 2016-05-18 19:13 | 子育て | Comments(0)

子供は守るために本当のことを!!

私が指導に出向く園では、「音感かるたの説明」の際に、子供たち全員を少し高い場所に立たせて話を聞く練習をしています。首都圏の幼稚園、保育園には決して広い園庭があるわけではありません。幼児に必要な運動量が足りない子どもたちの足首や腰を、音感を通して少しでも育てられれば、これから生きる上で、いろいろな運動に役立つと思うからです。

e0143522_19291962.jpgしかし、バランス感覚が未熟な年少、年中の子どもたちを高いところに立たせるのは心配があります。わざとでなくても、友達によろけてぶつかったり、押したりすることがあるからです。そのため、子供の後ろには補助の先生についていただき、細心の注意を払っています。

豊富な経験があれば、幼児であっても、「落ちたら怪我をする」「頭をぶつけでもしたら」と想像ができるようですが、体験が少ない子は、「なぜ、高い場所で、押したりふざけたり、意地悪をしていけないか」が分からないものです。そこで、「落ちたら、大きな怪我をすることもあるから、気をつけなさい」と、繰り返し伝えています。それでも、好奇心が旺盛な男児は、つい「いけないこと」や「危ないこと」をしてしまうものなのです。

そんな時に、役立っているのが卒業生のCちゃんの息子Yくんの写真です。つい1ヶ月ほど前に、お母さんの言うことを聞かずに走り回り、机の角に頭をぶつけて病院に運ばれた時のものです。「大人が『ダメ』と言ったら、どうして聞かないといけないか、分かる? ある男の子が、お母さんの言うことを聞かずに怪我して病院で手術したのよ。この子は「走り回っちゃダメ」とお母さんに言われたのに、いう事をきかなかったのよ」とお話しました。

普段、話を聞かない男の子たちが、一生懸命、私の顔を見て話を聞きます。「作り話じゃないのよ。本当の話よ。その子の写真もあるんだから」というと、ふざけん坊の男の子たちが一斉に、「見たい」「見たい」と言い出しました。そこで、「見たい」と言った子にだけ、1歳半の男の子の痛々しい包帯姿の写真を見せたのです。包帯をしているので、どこを怪我したか傷が見えるわけではありません。それでも、男の子が大泣きした後の真っ赤な顔から、いかに、辛かったかは、幼児でも分かるようです。「音感の時間に、怪我をしたら、たいへんだから、先生が「やってはいけない」ということは、気を付けてね」と話しました。

包帯姿の子供の写真を見せる指導を「好ましくない」と思われるかもしれません。しかし、子供を預かる一人の人間として、誤解を恐れずに、言わせていただくと、子供の身の回りに、危険はたくさん潜んでいます。どんなに大人だけで一生懸命、子供を守ろうとしても、その子供に、善悪の区別や躾がされていなければ、安全を守るのは、とても難しいことなのです。

幼い子どもたちは、純真無垢な分、未熟で知らないことが多くあります。また、いろいろな経験が足りない分、想像力も乏しいものです。大人が「ダメ」と教えることももしかすると、、「自分がやりたいことを、先生が意地悪で邪魔をしている」と思っていることもあります。

実際、保育園で半日過ごすと、幼児たちは、悪気がなくても、尖った鉛筆の芯を友達の目に近づけてみたり、自分の感情のまま、ほしいものに手を出して、友達を押しのけたり、叩いたりすることは、よくあることです。その中で、安全を守るためには、子供にも、危ないことをしないというルールを理解させ、大人の話を信用して、聞くことを教えなければな、幼稚園、保育園、お稽古事の先生は、子供たちの安全を守ることは不可能かもしれません。

また、大人が一緒にいれば、比較的、安全は確保されますが、子供たちはじきに大人の目が届かない場所で行動をする機会が増えています。その時に、大けがをしたり、友達を危ない目に合わせたりしないためにも、幼児に「ほんとうのこと」を伝えるのは大事なことだと感じます。

わが子を大切にするということは、子供がやりたいことを、やりたいだけさせることでも、好奇心の赴くままに自由を与えることでもないと、私は思っています。たとえ、いっとき、子供に迷惑がられたとしても、子供が外の世界に出た時に、大人が不在でもわが身を守れるように教え育てることも、また、大切な子供を守ることだと思うのですが……。
by k-onkan | 2016-05-16 23:17 | 子育て | Comments(0)

反抗期はあった方がいい・・・・・・

子育てをしている親御さんは、「わが子に反抗期がなければいい」と思うようですが、大勢のお子さんに関わっていると、親子の絆が強いほど、子供は遠慮なく親に反抗するように見えるのです。たとえば、「反抗したら見捨てられるほど不安定な親子関係」であったら、子供は言いたいことも言わず、反抗もしません。反して、反抗する子どもの親御さんは、簡単にはわが子を見捨てないと感じます。その愛情が絶対的なものがあればあるほど、子供はそれを煩わしく思い、親とは異なる存在であると誇示します。けれど、どんな嵐のような反抗期も互いの違いを受け入れられると、認めあえる日はくるようです。

e0143522_16291180.jpg最近、「自分には反抗期がなかった」というお母さんに出合いました。その方は、「働くお母さん(子どもからは祖母)」にただただ、申し訳なくて、何でもお母さんの言葉に従ってきたそうです。親御さんの言葉に素直だったから、無事に大学を卒業して就職して、真面目な男性と結婚することができたのだろうと思います。そこまでは順調ですが、反抗期がなかった弊害がやってくるのは、わが子を育てる時ではないでしょうか。

親の言葉に従順だった人は、わが子に「自分の意思」があることを理解できません。その昔、自分が親に従順だったように、わが子も自分に従順だと思っています。けれど、それは大間違いです。子供は別人格で、お母さんに次々と難題をふっかけてくるからです。

お母さんが、子供の時に、親に反抗した経験でもあれば、「あなたは、お母さんのいう通りにしたくないのかもしれないけれど、今日は、どうしても譲れない。次は、あなたの好きなことをするから、今日は、お母さんの言うことを聞きなさい」と妥協案を提示できるかもしれません。しかし、大人の言葉に従順だった方は、「言われたこと」をきちんと実践したら、それ以上は深く考えたり、疑問を持ったことがなく、言うことを聞かない子供が納得がいく、言葉が見当もつかないように見えます。

ですが、勉強と違って、子育ての正解は一つではありません。たとえ、同じ親から生まれた子どもでも、それぞれに好ましい育て方が異なるのです。子育てをする時は、常にわが子の様子を観察しながら、「これなら、いうことをきくか?」「この方法でダメなら、あれは?」と頭をフル回転させて、わが子の取り扱いを学ぶしかありません。

もしかすると、子ども時代に何でもお母さんに従順だったからこそ、今度は、子育てを通してただ、他人の言葉を鵜のみにするのではなく、自分の意思で子供に向き合う機会を与えられたのかもしれません。子育ては「自分育て」と言われます。子育てを通して、若い頃に不足していた経験を、追体験できるのが、子育てかもしれません。
by k-onkan | 2016-05-13 23:26 | 子育て | Comments(0)

肌、手、目、心を離さず・・・

楽院に通ってくる年長児のTくんは、毎週、必ず、レッスン前に涙ぐみます。実は、年少になって、音感クラスになってから、ずっと、そんな様子で、新しいことが始まる度に泣いています。中でも、しつこい泣き方をするのは長い休みの後、そして、日々、忙しく働くお母さんが楽院に見学に来られた時です。

e0143522_18414960.jpgTくんは、毎日、保育園に通うお子さんですが、隣の家には、お祖母ちゃん家族が暮らし、近場に親族がいないお子さんに比べたら、ずっと恵まれています。それでも、これほどまでに泣くのは、子どもなりに理由はあります。それは苦手なことを、乗り越えるための手杖が、差し伸べられていないことです。

Tくんが苦手なことは、鉛筆をもって丸を書くこと、そして、長時間、立って歌うと疲れてしまうことです。歌も音感もピアノも、困っているわけではないのです。ただ、音感のレッスンを最後まで頑張るための体力や持久力が年齢相応に身についていないことが、いろいろなことに自信が持てない原因です。

働く親御さんは、持久力や体力など、足りない能力は全て、毎日、通う保育園で身につけてほしいと願うのかもしれませんが、それは無理があると感じます。都内の保育園では待機児童の問題もあり、十分に体を動かせるスペースがない園も多くあります。また、運動を専門に学んでいない先生に、幼児に持久力を付けるだけの運動を毎日、させるのは難しいことでしょう。お休みの日には、家族で身体を動かして遊んだり、日々、持久力が身に付く事柄を日課にするなどの工夫が必要です。

子育てで大事なことに、「乳児期は肌を離さず、幼児期は肌を離しても手を離さず、学童期は手を離しても目を離さず、思春期に入ったら目を離しても心を離さない」という四訓があります。しかし、保育園に通う多くのお子さんが、乳児期から肌も手も目も離されているのかもしれません。そのため、親子であっても、親御さんと心がつながっているか確信が持てない子もいると感じます。

仕事を持つお母さんは時間的な余裕がないかもしれませんが、わが子が寂しさや不満から問題を起こすようになれば、お母さんは心を落ち着けて、仕事をすることもできなくなってしまいます。せめて休みの時はなるべく穏やかな時間を過ごし、十分に、子供と遊び、関わり、スキンシップをしたり、話をしたり、苦手なことを克服するための手助けをしてあげていただきたいと思うのです。
by k-onkan | 2016-05-11 23:36 | 子育て | Comments(0)

ただ従わせる教育はダメ!

ゴールデンウィーク明けは3歳の女の子のクラスから始まりました。週間の休みがあったため、覚えたことを忘れていたり、疲れやすかったりで、子どもたちもたいへんそうでした。幼い子どもは物事の吸収も早いですが、忘れるのも早いため、定着するまでの反復は欠かせないということでしょう。

e0143522_1351234.jpg途中、3歳のYちゃんが「ママに会いたい」と泣き出したので、「中に入って見てもらったら? でも、ママが中に入ってくれたら、泣かないで頑張らないといけないのよ」と交換条件を出しました。通常、音感クラスは母子分離が理想ですが、お子さんの心が不安定な時は無理に離すことより、心の折り合いの付け方を教えるようにしています。

このクラスは、未就園児のお子さんが多いので、長い課題の前やリラックスするおやつの前には、「みんなで、トイレにいく時間」を作り「トイレトレーニング」を行っています。オムツは取れているのですが、「尿意」をしっかり把握できず、集中した後にいきなり失敗することもあるためです。

お母さんの中には、勉強に集中するために「オムツ」を着用させたいと考える方もあるのかもしれませんが、自分で尿意を感じられない内に、高度な事柄を身につけさせるのは無理があるように私には感じるのです。お子さんが言葉によって意思の疎通が可能になったら、短時間でもパンツをはかせ、失敗から学ぶ経験も大事なことです。未就園児のクラスでは、失敗のお世話もする覚悟で、レッスンを行っています。

途中のトイレタイムも含めて、順調にレッスンが進み、子どもたちはおやつを食べ終わったときのことです。おやつで手がベタベタになっていたので、「お片付けは手を洗ってからにしましょう。手を洗ってきてね」と瑠音先生から声をかけられたYちゃんは「わかった」と走り出しました。すると、お母さんが「先生には『分かった』ではなく「わかりました」といいなさい」と呼び止めました。

お母さんの気持ちも分かります。物を教わる先生には、丁寧な言葉を使うのが礼儀だと教えたいということでしょうしかし、脳の発達過程の中で、相手によって言葉づかいを変えられるようになるのは8歳から10歳ごろだそうです。未就園児でまだトイレトレーニング中のお子さんに教えるにはまだ少し早いことに感じます。

この時期のお子さんは、まずは、「言われたことを誤解なく理解しているかどうかを、確認すること、そして、大人の言葉に「ただ従う」ことが「いい子」なのではなく、お子さんが、親御さんが伝えたことの「意味」や「理由」を理解して「わかった」と意思表示をしてくれることの方が、私たちには、大事なことなのです。

親御さんは、わが子を「きちんとした人間」に育てるために、いろいろなことを教えたいと考えるものです。親御さんからお子さんへと「教えること」はとても大事なことです。けれど、忘れてはならないことがあります。それは、「ただ、従わせるだけの教育」で、その場をうまく通り抜けたのでは意味はなく、将来、大人の力を借りなくても、自分で考え問題が解決できるように育てることこそ、大事な教育なのではないでしょうか。そして、そのためには、教える大人は子ども以上に感覚を研ぎ澄ませて、子育てや教育に当たらなければならないということなのでしょう。
by k-onkan | 2016-05-06 23:51 | 子育て | Comments(0)