麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
コメントをありがとうござ..
by k-onkan at 19:21
そういえば独身時代の私の..
by cocue-cocue at 23:44
ありがとうございます。女..
by k-onkan at 19:28
久しぶりにこのブログを訪..
by 藤本トモエ at 09:31
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


カテゴリ:保育園( 66 )

音感の指導をしても好かれていい!

先日、地方のある保育園でこんな話を耳にしました。それは、「木下式を指導する担任は、教育やしつけに対して厳しいので、子どもたちが優しい副担任に逃げ込んでしまうが、担任は憎まれ役だと腹をくくって頑張っている」ということでした。

e0143522_18595647.jpg確かに、保育園のようにクラスに担任がと副担任、そして、補助の先生がいる教室では、担任がしっかり指導する分、副担任や補助の先生が、優しく接して、バランスを取ることもあるでしょう。ちょうど、古きよき時代の少し怖いお父さんと、優しく間を取り持つお母さんのような関係かもしれません。

ですが、私は、担任の先生にも、音感で教育やしつけを妥協なくする代わりに、遊びの時間や自由時間に、思いっきり子どもたちを可愛がったり、スキンシップを取ったり、優しい言葉をかけていただきたいと、お伝えしています。

古き良き時代なら、お父さんが「頑固おやじ」で家族に優しい言葉のひとつもかけなくても、一生懸命、外で働いてく経済的に家族を支えてさえいれば、それでよかったかもしれません。それでも、時々、子どもがぐれたり、家族が崩壊したりすることはあって、寡黙で厳しいお父さんの全てが許されたわけではないようです。

そして、今や実のお父さんでさえ、わが子との絆を深めるために、一緒に遊んだり、お風呂に入れたり、家族旅行をしたり、子どもに「お父さん」として受け入れてもらうための努力をします。

木下式音感教育法を担当する担任も「厳しいところ」ばかりを担当するのではなく、おおらかな愛情で、子どもを可愛がらないと、子どもに嫌われてしまうこともあるかもしれません。子どもに心を閉ざさせてしまうとどんなにいい教育やしつけをしたいと願っても、受け入れてもらえないこともあるでしょう。

実は、私も20年ほど前は、音感を教える際は、厳しくても、教えるべきことを教え、責任を全うしていれば、いつか、子どもはそれを理解してくれると信じていた時期がありました。しかし、それが子どもに伝わるには、8年以上の年月が必要でした。それほど、長く子どもと関わる時間があるなら、いつか、互いを理解しあえることも可能ですが、幼児期の数年間の限られた時間で、関わるなら、直接、「子どもが頑張ると先生も嬉しいこと」を子どもの理解できる言葉で伝える必要を感じます。

また、私も木下先生も、音感を教える時間以外は、かなり、子どもに甘い大人だと思います。毎年、木下先生が、千葉の海に、長く楽院に通っている生徒や、合宿で特に厳しく鍛えている子たちを招待するのは、少しでも楽しい思いをさせることで、楽院の先生たちに心を開けるようにと、思ってのことです。

幼い頃から、保育園などに預けられているお子さんたちは、どんなに恵まれて親御さんから愛されていたとしても、それでも、やはり、大人の愛情に飢えていると感じます。それは、夏休みは毎日、母親と一緒にいた甥兄弟を見ていて感じることです。

甥兄弟は、中学2年と小学2年とずいぶん大きいですが、常に「お母さんは、にぃにのことばかり、勉強を見たり世話をやいている」とか「お母さんはKちゃんにばかりやさしくして、少しはボクにもやさしくしてよ」などと、はたで聞くと恥ずかしいことを理由に愛情の取り合いをしています。保育園に通うお子さんは、もっと年齢が幼く、親御さんと離れている時間が長い分、愛情やスキンシップ、優しい言葉がないと荒んでしまいます。保育園で関わる先生は、音感を教える時間は、厳しくても、それ以外の時間は、面白かったり、優しかったり、子どもに好かれる先生でいていいと思うのです。

親御さんが、他人の愛情を必要としないほど、べったり手元で可愛がった時代なら、「おけいこごと」や幼稚園保育園の先生は、厳しさだけを担当すればよかったかもしれませんが、今や、教育もしつけも幼い頃から、親以外の幼稚園や保育園の先生やお稽古ごとの先生が担当するなら、「先生」と呼ばれる私たちも、厳しさだけでなく、親が持つ優しさや甘さも、兼ね備える必要があるかもしれません。
by k-onkan | 2017-08-30 19:00 | 保育園 | Comments(0)

木下式の成果は音楽以外で分かる

8月最後の保育園指導がありました。子どもたちはそれぞれ、厳しい暑さの中でも頑張っています。3歳児は全員が自分から声を出そうとして、大きな声で歌えるようになってきました。幼い子どもの音程を正すためには、口先だけのフワフワした歌い方ではダメなのです。

e0143522_193477.jpg4歳児は、それぞれが注目を浴びたい気持ちが強いお子さんと、他人の後ろに隠れてしまう二種類のタイプが多く、クラス全体としては、集団行動が苦手でしたが、それぞれが、「自分から声を出そう」「友達の声も聴こう」とする姿勢が生まれて、成長を感じます。

5歳児は、昼食の後の眠くなりやすい時間でも、集中してレッスンを受けられるようになったと感じたのは、数か月前ですが、最近は、行儀がよくなってきたように感じます。音楽を学ぶにしても、他の科目を学ぶにしても、行儀がいいということは、大事なことです。

さて、秋が近づくと、幼稚園や保育園では運動会の練習が始まると思います。そして、その際に、音感で身に付けた課題が役に立つはずです。現在、子どもたちが体操を学ぶ先生に、担任の先生を通して、「よその園と違うところがあるか」を聞いていただきました。すると、よその園の子どもたちより「動きが速い」「気を付けの姿勢でしっかり立っていられる」「並んで走ることができる」などの感想を頂きました。

担任の先生は、これまで木下式を受けたことで体幹や意欲を持って取り組む習慣が育っていると、喜んでくださっています。実は、木下式が音感教育を通して教えていることは、「音楽の課題」というより、小学校にあがったり、社会に出てから、自分に必要なことを自発的に学ぶための「基礎となる事柄」です。長い時間でも、姿勢を維持できること、目を見て話を聴くこと、大事なことを聞く時は静かにする、などです。こうしたことができないと、どんなに「記憶力」や「理解力」があっても、結果的に点数がよくなかったり、持っている能力をきちんと発揮でいないことがあるのです。
by k-onkan | 2017-08-29 19:03 | 保育園 | Comments(0)

スキンシップは愛情表現だけど

先日、中2の甥が、「友達から、スキンシップが多いよねって言われちゃったんだ」という一言がありました。なんでも、同級生の男子と肩を組んだ時に、そのように指摘されたようです。私は中学生の男児ともなるとそれぞれに、パーソナルスペースができて、たとえ、親しい友達であっても軽々しく踏み込んで欲しくない人もいるのではないか、とそんなことを伝えました。

e0143522_11123992.jpgすると、「これは、お母さんやみんなのせいだと思う」という答えが返ってきたのです。「えぇ?なんで」というと、「小さい頃から、木下家の人は可愛がる時はいつも、スキンシップだったから、ぼくも親しいと思うと、スキンシップが当たり前だと思ってきた」というのです。

確かに、我が家は幼い時は、抱きあったり、撫でたり、と全身で触れ合ってきました。ですが中学生になって、身体も大きくなってきました。そろそろ、親や親族とは言っても触れあいたくない時期に入っていいはずですが、別れ際には、アメリカ式にハグを求めることもあり、身体だけ大きくても、中身は幼いのだと、実感しています。

保育園に教えにいくと、幼い子どもたちが、スキンシップや愛着に飢えていると感じます。音感のレッスンで、音符書き教材の採点をしたりする際に、私の手に触れたり、握ってきたりする子が大勢いるからです。音感を教える私には、保育園の園児全員に平等に触れられる時間がないため、担任の先生に登園の際は握手をしたり、帰りには抱き合ったりなど、スキンシップをお願いしています。

家庭で親御さんと十分に触れあっているお子さんであれば、よその大人とのスキンシップは必要ないかもしれませんが、保育園で担任の先生から生活面から教育やしつけのほとんどを受ける子どもにとって、先生がただ、「うるさくこわい相手」では心が荒んでしまいます。保育園の担任の先生には、愛情を持って可愛がりながらも、「悪いことは悪い」「ダメなことはダメ」と伝えていると、子供が理解できるように、最低限のスキンシップをお願いしています。

子どもにとって、親子のスキンシップは大事だと感じますが、軽々しく異性とスキンシップをするのが当たり前になることは、違う問題が発生するため、園児同士の男女が抱き合っていたり、なめ合っていたりする時には、「それはダメ」と教えています。私が思うに、友人から「スキンシップが多い」と指摘される甥も、同級生の女の子とは軽々しくスキンシップはしていないことを祈るばかりです。
by k-onkan | 2017-08-23 23:11 | 保育園 | Comments(0)

保育園の先生は親代わりだから

恒例の保育園指導に出かけました。楽院は、7月後半は三期講習会と尾瀬合宿があり、保育園の指導は2週間半ぶりとなりましたが、子どもたちは楽しそうにお稽古に取り組んでいました。さて、音感のレッスンの際に、年少のクラスで、担任の先生たちにお願いしたことがありました。それは、それぞれの子どもたちの状況をメモして記録すること以上に大事にしたいことでした。それは、子どもたちが一人ずつ、歌って上手にできたら、自分のことのように、喜ぶ姿を子どもに感じさせること」です。「上手だったね」「すごいね」という明るい声の賞賛もいいですが、3歳児なら、背中や頭をナデナデされるのも、子どもは大好きです。

e0143522_1126124.jpgまだ「お稽古事」に馴染みがない3~4歳の子には、「先生の指示に従って、課題を進めていく音感のレッスン」は正直、楽しいことばかりではありません。時に、我慢して取り組むこともあるでしょう。そうした小さな積み重ねが子どもの集中力、忍耐力、記憶力に繋がっていくのですが、一般では、幼児がお稽古ごとなどを頑張る原動力は、親御さんの存在です。「親バカ」と言われても、わが子だけを見て、その進歩を褒めたり、喜んでくださることで、子どもがつらいことも乗り越えていきます。

保育園の子どもたちは、親御さんと離れているので、音感のレッスンの時に、上手になって喜んでほしい相手は、「担任・副担任」の先生たちです。「あれができない」「これも」と気づくことも大事な仕事ですが、それだけでは、子どもたちは息がつまります。子どもが、上手にできたら心から「上手になったね。先生も嬉しい」と喜んでくださることが、幼児期の子どもたちが頑張る力になります。

働く親御さんを持つ子どもにとって、保育園の先生は、親代わりです。だからといって、すべての代行を他人の保育士さんに託すことは不可能ですが、音感の時間だけは、「自分のクラスの子どもをわが子のように応援してほしいのです。そして、自分も園児と一緒に勉強しているつもりで、見守ってほしいと思います。幼児たちの「あれができない、これはダメ」を指摘して、それを指導するのは、私の仕事であり、指導法を勉強していない先生にできることは、「子どもを側面から批判せずに、応援すること」であり、それが、保育園に通う子どもたちの能力を高める一助になると感じています。
by k-onkan | 2017-08-04 23:24 | 保育園 | Comments(0)

いい意味の競争は大事!だと思う

恒例の保育園の指導に出かけました。前回、年長クラスの担任の先生にお願いして、子どもたちに「頑張りシールの数を競うゲーム」をしていただくことをお願いしました。ちょうど、会社の営業成績をグラフにして、誰の売上が高いか、個人の成績が一目でわかる、そんな表を想像していただければと思います。

e0143522_19484970.jpg「社会に出たらいやでも競争するのだから、幼児のうちから、そんなことをさせないでほしい」と思われる方もいるかもしれません。けれど、考えていただきたいのです。日々、安全を守られ、衣食住を整えられて、何の不自由もなく生活する子どもには、「競争心」も「負けん気」も「自分が一番になりたいという欲求」もたいへん育ちにくいのです。

保育園の中で、どの子も平等に、同じものを与えられるのが当たり前です。そうした生活は、保護者にとっては安心ですが、年長児にもなると、少し物足りないのです。子どもは本来、「競い合うこと」が嫌いではありません。もちろん、自分ばかりが負けていて競争にならないと、つらいことですが、同じくらいの力を持つ同士が、勝ったり負けたり、引き分けたりする経験は、子どもには心地よい刺激といえます。

こうした「友達に負けて悔しい」とか、「もっと上手になりたい」とか、「自分が一番、上手」という経験が、子どもの心を育てます。悔しいときもあるでしょう。でも頑張ることで、喜びを感じることもあります。泣いたり、笑ったり、喜んだり、楽しんだり、そうしたさまざまな経験の積み重ねが幼児期には、大事なのですが、たいていの場合、子ども時代は嫌な経験を一切させてもらえないまま、厳しい社会に出されて、何の免疫もないまま、いきなり実社会の競争にさらされるのです。そうした中には、現実の厳しさに適応できない人がいるのも当たり前かもしれません。

そんな理由から、保育園の日々の生活の中で、「何かを特別に頑張った時」にシールを与えていただいたのです。子どもたちは、「ぼくは4個たまった」「私は一つ」と誇らしげに知らせてくれます。反して、シールがもらえない子は、まだ競争の仕組みが今一つ分かっていないように見えます。

この「頑張りシール」の効果かはわかりませんが、これまで、とてもいいところがあるのに、押しが弱く、常に誰かの後ろに隠れていた男の子が、別人のように「頑張る姿」がありました。私は、「音感を頑張ったシール」を貼っていただくように、お願いしました。

もう一人、別人のような変化を見せた男の子がいます。凸凹の傾向を持つゆえに、音感の時間は、体力的に「疲れた」「もうやらない」と最後まで参加したことがありませんでした。それなのに、今日は行儀よく参加したのは、「シール」をもらう多めに「一番になる」という目標があったからかもしれません。

「シールのために」頑張る気持ちは、私たちが「優勝賞品」や「賞与」や「褒賞」を目指して頑張る気持ちと似ているかもしれません。一般には、「金品につられて頑張るのは、さもしい」という考えがあるかもしれません。しかし、私たちは理想だけでは生きられないので、目に見える結果のために頑張るのも、決して、悪いことではないと思うのです。こうした「目に見える結果」に向けて頑張るのは男児が多いようです。

反対に女児のために、「頑張りシール」だけでなく、「心が優しいシール」もお願いしようかと思っています。「誰も見ていない時に、小さい子に優しくしていた」とか、「困っている友達を助けた」など、勉強や音感などで、頑張るシールがもらえなくても、何か他の長所でシールが貼れる工夫をお願いをしようと思っているのです。
by k-onkan | 2017-06-20 19:47 | 保育園 | Comments(0)

慕われているなら大丈夫・・・

私は、楽院以外の場所―幼稚園や保育園、よその教室―で指導する際も、子どもが違う声を出せば「違う!」と遠慮なく言いますし、子どもが危ないことをすれば「ダメ、危ないじゃない」と声を荒げることもあります。また、先生がきちんと指導してくださっていなければ、先生を注意することもあるので、皆さんから、「怖い」「厳しい」と評価されることが多くあります。それでも、毎週、教えにいっている保育園の子どもたちからは「嫌われていない」という自信があります。

e0143522_2024762.jpg
その理由は、幼い子どもは喜怒哀楽がはっきりしている方が、分かりやすいからだろうと思っています。最初に出会った時は、はっきりと意思表示をする私に驚き、多少、抵抗を示した子も、いつしか、「麻奈先生は違う声を出したり、話しを聞かないとコワイ声を出すけれど、それ以外は、そんなに怖くない。そういう性質なのだ」と納得できると、受け入れてくれるように感じます。そして、徐々に慕ってくるようになるのです。

でも、それは、私だけの特別なことではなく、一般の幼稚園、保育園の担任の先生についても、同じことが言えるようです。私が教えに行く園に声が高く、目がパッチリとした可愛い先生がいます。

でも、実はとても厳しい面があり、時に私が「私より怖い!」と震え上がることもあるほどです。それでも、子どもたちからは、とても慕われているのです。その先生は、子どもが悪いことをすれば厳しい声を出しますが、上手にできた時や、いいことをした時は、とても喜んでくださっていることが分かります。そのメリハリが幼児に心地よく、子どもの心をつかむのだろうと思います。

反対に、大人には人当りがよく穏やかに見える先生のクラスの生徒が、話をきかず、みんなが勝手な行動をして、クラスがハチャメチャになることは、よくあることです。やはり、年齢が低い幼児であっても、大人がどれだけ真剣なのか、その本気度を見せる重要性を感じます。

今は、本当のことを言わず、全力も出さず、持っている力の7割くらいで勉強も、人付き合いも、趣味もするような時代ですが、子育てや教育、しつけに関しては、「ほどほどの力」では、心に響かないのかもしれません。
by k-onkan | 2017-06-06 20:02 | 保育園 | Comments(0)

ピアニカだって、吹ける!

定期的に指導にいく保育園で、保育士の先生からこんなメッセージをいただきました。それは、年長児のクラスでピアニカを吹かせた際に、ほぼ全員が歌っただけで、メロディーを記憶して、間違わずに吹いていたことに感動した、ということでした。

e0143522_18585088.jpgこれまで2年かけて、木下式を学んできた幼児はメロディーを音名で記憶する力がついています。また、ピアニカの鍵盤には、「低いシから高いファ」まで「音感かるたのシール」が貼ってあるので、難しくないのです。

幼児たちには、最初に、読譜教材を歌うように、「ドドソソララソ」と音程正しく歌わせます。その後、同じメロディーをピアニカの鍵盤にある音感かるたシールを探りながら、弾かせると、どの子も間違いなく吹けるのです。

中でも「きらきら星」のメロディーは「ドドソソララソ」「ファファミミレレド」「ソソファファミミレ」という3つのパターンを覚えたら、後はその繰り返しです。そのため、なんどか、反復していれば、誰も間違わなくなるのです。

幼児たちに、「ピアニカも吹ける!」という喜びが生まれたためか、私の顔を見るたびに、「今日はピアニカする?」と尋ねる声があがりますが、本来、音感の時間にグループで鍵盤楽器をするカリキュラムにはなっていません。それでも、ピアニカに触れさせるのは、保育園で学んだ音感教育が、少しでも、小学校で、子どもたちの自信につながることを祈っているからです。
by k-onkan | 2017-05-31 23:57 | 保育園 | Comments(0)

はやく覚えなくちゃ!!

真夏のような暑い日に、二週感ぶりの保育園指導がありました。通常は、2週間も間が空くと、子どもたちは音感で教えた課題をはじめ、いろいろなことを忘れているのですが、担任の先生方が子どもたちに音感の存在を忘れさせないように、さまざまな工夫をしてくださったようです。実は、私もこの二週間、努力したことがありました。それは、新たに音感をはじめた年少児30名の名前を記憶することです。

e0143522_2025944.jpgこの保育園に指導に出かけるようになって4年が経ちました。それぞれのクラスには、3年前に卒園した子の弟妹、2年前に卒園した子の弟妹、この間、卒園した子の弟妹と、どんどん、新しい名前が増えていきます。卒園と同時に古い名前が新しい名前に上書き保存されれば、こんなに便利なことはありませんが、生憎、人間の脳はそんな風にできていないようです。新しい名前を憶えようとすればするほど、その子のお兄さんやお姉さんの名前が先に出てくるのです。

最初の年は、最初数か月で全員の名前を覚えましたが、毎年、新しい人の数が増えて、少しずつ、記憶までの時間が増えています。このままでは、今年の子の名前を全て覚えるまでに1年がかりかもしれない。焦った私は担任の先生にお願いして、「子どもたちの顔写真と名前」が分かるアルバムを作っていただいたのです。

保育園の指導がない日も、時々、アルバムを開けて写真と名前を見ていると、「エビングハウスの法則」ではありませんが、忘れてもすぐに記憶がよみがえり、定着していくのです。そして、保育園のお稽古がない日でも、「どんな名前の子で、どんな性質を持っていたか」を思い返せるようになってきました。まだ似た名前や苗字が違って同じ名前のお子さんなどは、胸のバッチが便りですが、1学期中には名札がなくても、全員の名前を呼べそうです。

音感の時間に「私の目を見て話を聞く」ことを徹底するためには、まず私が子どもの目を見て、子どもの話を聞くことがたいせつだと子供たちから学びました。いいかえると、子どもたちが私を麻奈先生と覚えて呼んでくださるうちに、私も、なるべく早く86名全員の名前と特長、性質を完璧に覚えたいと思っているのです。
by k-onkan | 2017-05-30 20:21 | 保育園 | Comments(0)

苦労したから感動がある!

先日、保育参観をした園に、音感指導にうかがいました。子どもたちは、短期間に3回レッスンをしたこと、そして、親御さんに勉強成果を見ていただき、すっかり意欲に満ち溢れていました。といっても、これから二週間、レッスンが空くので、また少しは後退してしまうのも、覚悟の上ですが……。

e0143522_1943457.jpgさて、この参観で私が印象に残ったのは、担任の先生からの感想でした。それは、「Xくんが、親御さんたちの前で、一人で音符を指さして歌えるようになった姿に、自分が涙ぐみそうになってしまいました」というものでした。

保育参観の時は、普段のレッスン通り、一人ずつ、「おんぷをよもう」を歌う姿を保護者の方に見ていただきました。また、「おんぷをかこう」や「ききわけノート」などの記譜教材は、赤い丸がついたら、「お母さんやお父さんに見せて行ってらっしゃい」と促しました。集団のお稽古の中で、本当にわが子ができているか、普段、働いている親御さんにもご確認いただきたかったからです。

クラスの中には、音感のお稽古をはじめた時に、担任の先生から「この子は一緒に音感のレッスンを受けさせるのはかわいそうではないか」と相談をいただいた男の子がいました。Xくんです。他の子に比べると口数も少なく、かるたを掴んだり、鉛筆を持つのも、とても難しかったものでした。

しかし、木下式の教育は、でも同じことを、異なる手法で教えるため、気長に反復を続けていれば、いつか、みんなと同じことができるようになると、私は思っていました。その成果が、保育参観で、「ドレミファソラシド」までの音符の読み書きができるようになった姿です。

保護者の方には、「クラス全員が、同じことをできるようになっているだけ」に見えるかもしれません。しかし、30人の子供がいると、新しいことを教わりすぐにできる子もいれば、数回の反復で完璧になる子、人の二倍かかる子、五倍かかる子、十倍は復習する必要がある子もいます。

そういうお子さんの中で、特に援助が必要なお子さんには、担任の先生が、音感以外の時間を使って鉛筆の持ち方練習をさせたり、音符の読み書きを復習したりしてくださったのです。その結果が、一人ずつ、みんなが同じことができるようになっている姿です。

不思議なことですが、親御さんだから、わが子から感動をいただけるのではなく、困難を一緒に乗り越えた人が一番の感動をいただける、ということかもしれません。この保育参観での私の何よりの習慣は、担任の先生が、「子どもができるようになった喜び」を心から経験できたことだったようです。
by k-onkan | 2017-05-16 23:39 | 保育園 | Comments(0)

保育参観しました!

月3回、指導に伺っている保育園の参観をしました。興味深かったのは、いつも活発に音感に取り組む子たちが保護者の前で緊張して元気がなかったと思えば、普段は、あまり音感に興味を示さない子がお母さんの前で急に張り切ったりと、普段の様子と異なる子どもたちの姿を見られたことでした。

e0143522_1865074.jpg私は保育参観の際は、よくもわるくもいつも通りの子どもたちの姿と、レッスン内容を見ていただきたいと思っています。その様子から「子どもたちがどれだけ頑張っているか」を分かっていただけたら、何より喜ばしいことです。

個人的には、3年前にはじめて保育参観をした時より、子どもたちの身体が育ち、しっかり立って歌えるようになったことが、何よりの変化だと感じています。また、自分から学ぼうとする姿勢を持つ子が増えたことが、何よりの成果かもしれません。音感のおけいこは、集団で地道に頑張ることと個人の能力を披露する場面の両方があります。そのどちらも、音楽の能力以前に、社会で生きるために求められる力であり、音感教育を通して、それを教えています。

途中、いつも通り、「一人ずつ歌う場面」を作ったところ、我先に手をあげて「一人で歌いたい」という子もあれば、「できれば、みんなで一緒に歌って、目立ちたくない」という子もいたようです。それでも、私が「一人ずつ歌う場面」を作るのは、小学校になったら、手をあげて発言したり、一人で答えを求められたり、することは避けて通れないからです。

実は、私は小さい頃、目立つのが嫌いなタイプでした。3月生まれだったので、他のお子さんに比べて、知らないことがたくさんあったのです。そのため、集団の中では、できるだけ静かに隠れていたいと思っていました。そんな私が小学校に行くと「声が小さい」「自分の考えをはっきり言えない」と散々な評価がくだりました。幼児期から周囲の大人からいろいろなことを教わり、知能テストも決して低くない成績であったのに、「声が小さい」だけで、これほどまでに評価が低いのかと、父は実感したかもしれません。

木下式でみんな一斉に声を出し、自己主張を引き出す訓練をするのは、そうした苦い経験もあったからかもしれません。もし、幼児期に当たり前のように、お友達とで一緒に大きな声を出す練習をしていれば、小学校に入ってから、そこまで声を出すことに苦手意識は持たなかったかもしれません

反対に、通っていた幼稚園で木下式を採用されていた妹は、「一人でできる人」と言われると反射的に「ハイ」と手をあげるものだと、思って小学校に入ったため、しばらくは、反射的に手をあげていたようです。しかし、まわりの人がみんな、手をあげないことに気付くと、徐々に、まわりの様子を見て、合せるようになったそうです。何にしても、幼児期に身に付けた習慣が、小学校でプラスになることは多いと感じます。そういう観点からも、保育園で行う音感教育が少しでも、園児たちの就学を容易にできれば、何より、嬉しいことに感じます。
by k-onkan | 2017-05-13 18:05 | 保育園 | Comments(0)