麻奈先生のブログ~木下式の子育て論~
by k-onkan
カテゴリ
全体
木下式音感教育法
しつけ
子育て
教育
お稽古事
親業
音楽
乳児
のぞみクラス
幼児
児童
名誉団員・卒業生
思春期・反抗期
自立について
運動
発達障害
保育園
楽院だより
我が家のこと
自分のこと
以前の記事
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
フォロー中のブログ
蛹の頃~さなぎのころ~
最新のコメント
コメントをありがとうござ..
by k-onkan at 19:21
そういえば独身時代の私の..
by cocue-cocue at 23:44
ありがとうございます。女..
by k-onkan at 19:28
久しぶりにこのブログを訪..
by 藤本トモエ at 09:31
出演園児のお母様へ ..
by k-onkan at 06:33
作者について
木下式音感教育法認定講師
  木下麻奈
     
 木下式の基本は、幼児期に「躾・規律」を教え、高度な音楽基礎教育を施すことです。詳しくは、ホームページをご覧ください。http://www.kinoshita-onkan.com

イラスト:「ケイ&シュート」
 By ケンイチ・シライ
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


<   2015年 07月 ( 31 )   > この月の画像一覧

自分から学ぶ気持ちが大事

木下音感楽院では、「絶対音感」の能力を付けることをお約束してお子様をお預かりする観点から、以前は入学制限年齢が4歳半までとしてきました。しかし、木下式がしつけや感覚統合にも効果があることから、数年前より年齢制限を小学2年まで引き上げさせていただきました。

e0143522_1954276.jpg最近、ちょうど1年前からお預かりした小学生の男の子数名が楽院の発表会で独唱ができるまでに成長しました。1年という短い期間で歌唱力、聴音力は身につけましたが、一つだけ、一朝一夕ではいかないと感じることがあります。それは、気持ちの強さや集中力、行儀など、目には見えにくい課題です。

幼児期から勉強したお子さんは、身体が小さい内から、時間にも精神的にも余裕をもってレッスンを受けています。できないことがあったら、少し前に戻って反復したり、行儀が悪ければそれだけ、時間をかけて反復して、着実に能力を備えさせています。在籍年が多いほど、注意されたり、調子にのって失敗したりなど、いろいろな経験をして、それだけ乗り越えたものが多いため、集中力、行儀のよさが身に付くのです。

幼い子どもは、新しい事柄を知ることも注意されることも「そんなもの」と受け止めることができますが、小学生になると、「他の子ができることができない」と傷ついたり、「こういう課題は苦手」と自分から限界を作ってしまうこともあります。これを乗り越えるためには、あきらめずに経験を重ねるしかありませんが、大きくなるほど失敗はつらいことに感じるものです。その限界が小学2年です。

はじめて音楽会に出た子の中には、「上級生の○○くんのようになりたい」「△△ちゃんが歌った曲を自分もうたいたい」と思ったそうです。物を習う上で、先輩にあこがれるというのはとても大事なことです。子供に新たな目標ができ、次のステップに挑戦できるからです。木下式は指導する大人が最大限、手をかけて能力を引き上げる教育法ですが、子供自身に「自分から学びたい」という意欲が出ると、もっと伸び幅は広がるのです。
by k-onkan | 2015-07-11 23:02 | 児童 | Comments(0)

時間をかけてコツコツと。

6歳のWくんは、とてもいい声をした男の子です。自分より小さな子と一緒に授業を受けていた時は、クラスの手本として、いつも頑張っていました。ですが、同級生の女の子たちと同じクラスになってから、身体をクネクネさせ、あまりにやる気を見せなくなってしまいました。

e0143522_18402290.jpg幼児期の女の子は男の子と比べ意欲があるので、勝てない自分にやる気を出ないのだろうと感じましたが、それ以外にも、頑張れない理由が身体にもあるのではないかと少し心配になり、コンディショニングの栗本先生に見ていただいたことがありました。

その時に、先生が言われたのが、「どんな身体であってもその子はその身体で生きていかなければならないから」ということでした。たとえ、左右の足の長さが違っても、首が曲がっていても、手指の関節が未発達でも、自分には自分の身体しかありません。それを使って生活できなければ、ならないのです。

それまで私は、「無理をできない理由が身体」にあると聞くと、頑張らせることが酷なのではないか、と少し神経質にもなっていました。ですが、「身体に問題があるから無理」ではなく「問題がある身体でも気長にコツコツ使い続けることが使える身体を作る」ことになるのでしょう。

以来、ご家庭でも親御さんに金魚運動をしていただいたり、苦手な鉛筆で、毎日、必ずなぞり書きの練習をしていただいたところ、最近、授業中に以前のような目の輝きが見られるようになりました。どんなにいい声を持ち、歌が好きでも、自分の身体を使いこなせないことで友だちに遅れを取ったらやる気を失うのが子供です。そんな時は原因を見つけて、隠れて努力することを教えることも大事だと感じます。

身体を動かすことが苦手な子は、なるべく、動かさずに暮らすことを好むものです。しかし、苦手だからと動かさなかったら、身体はもっと鈍感になるでしょう。苦手であっても苦手なりに、日々、鍛練を重ねれば、何年も経過すると別人のように進化する可能性はあるのです。

楽院には、4歳の頃、手指に力が入らず、スポンジを握ることさえ難しかった発達障害の男の子が通っています。それから6年が経過し、今では力強い音でピアノを弾けるようになりました。その手は、小さな頃の白魚のようはかなげな様子はありません。一本一本の節まで、鍛えられ、持ち主の言うことを聞く指になりました。

もし、小さい頃、「発達障害の子は手指が弱いのが特性だからピアノを弾かせることがかわいそう」と言ってピアノをさせていなかったら、今もその手指は白魚のように柔らかなままだったでしょう。そして、その指は単にピアノを弾くだけでなく、美しい文字を書いたり、いろいろなことができる指に成長しています。

身体を思い通りに動かせない時のストレスは相当なものです。しかし、使いこなすために努力をすることで、いつしかストレスなく、できることが増えていきます。その間に頑張る力も養われると感じます。やはり、何事も最初からあきらめないことが大事なのだと思うのです。
by k-onkan | 2015-07-10 23:39 | 幼児 | Comments(0)

できれば子供時代に頑張る力を!!

幼児教育を実践しているゆえの実感ですが、私は子供が幼児期に何かひとつ「これ」を見つけ、「頑張ること」と出合うことが大事だと思っています。一般に「頑張る」というと、スポーツや勉強に特化されがちですが、掃除でも遊びでも、物作りでも、お手伝いでも、なんでもいいのです。とにかく、心を無にして何かに打ち込む経験の有無が大人になってからいろいろなことを左右するように感じています。

e0143522_14432054.jpg私の両親はいろいろなものを与えてくれましたが、実は完璧な親だと思ったことはありません。子供の頃は、音楽しか知らない両親が心配で、自分がしっかりしなければと思ったほどでした。ですが、一つ、とても感謝していることがあります。それは、とにかく「頑張る力」を育ててくれたことです。

私は小中学校で、いわゆる「いじめ」に合っていました。今思うといじめられる要素も多々あったと思うのです。そのため、学校ではなるべく息をころして生活していました。目立ちさえしなければ、余計なトラブルは少なくすむからです。けれど、自分の存在を殺して生活していると、だんだんと生きている実感がなくなり無気力になっていくのです。

きっと、学校では私は「意欲がない無気力な子ども」という評価だったと思います。ですが、家に帰るとそうはいきません。音楽でも掃除でも、遊びでも、「やる時は全力でやる」という親だったので、無気力でダラダラしていられないのです。学校では無気力を装っていても家では全力で頑張る機会があったから、「死にたい」と思っても、実際に死のうとは思わなかったのかもしれません。

世の中には「頑張り過ぎると疲れる」とか「幼いのに無理に頑張らせるのはかわいそう」という大人もいますが、幼児は頑張ることは嫌いではありません。むしろ、生きるための貪欲なエネルギーがあり、それを発揮するのは楽しそうに見えます。ところが、「幼児だから無理」「こんな難しいことはかわいそう」と言われ続けていると、その言葉通り何もできなくなっていくのです。

幼児に意欲をもって、何かに取り組ませるには、「確実にできること」「ちょっと難しいこと」を与えることです。それくらいなら、一生懸命、頑張ることができるものです。しかし、与える手順を間違えたり、子供の問題に気づかず空回りしで取り組ませ続けると、無気力になってしまうことがあります。その加減が難しいのですがポイントに気づけば、できるようになることが増えていきます。

できれば、親御さんや身近な特定の大人から、小さな困難があっても頑張ることが楽しい学べるのが理想ですが、無理なら、幼稚園でも保育園でもお稽古事でもスポーツでも、頑張ることを体験させる大人の存在が必要です。なぜなら、大人になってから頑張ることを学ぶのは、子供時代に比べて何倍、何十倍もの時間と労力がかかると実感しているからです。
by k-onkan | 2015-07-09 23:08 | 子育て | Comments(0)

成長を信じて待つ時期もある

私はいろいろな場所で木下式を教えていますが、それぞれの現場で幼児の反応が違うことを、最近、改めて再認識しています。たとえば、私が直接、その園で指導する際は、限られた1時間の中で、一人ひとりのお子さんの名前を呼び、一人ひとりの様子を見て、子供自身が、「自分が参加している」と思わせることに重点を置いています。

e0143522_144246.jpg多少、できないことがあっても、全員ができるようになるまで、気長に反復します。もちろん、その中で、ふざけたり、悪い態度をすれば、叱ることもありますが、基本はお子さんが楽しい気持ちで取り組めることを大事にしています。

反対に、担任の先生が木下式の指導者講習を受けて、学びながら、教えている園では、担任の指導力があがって、幼児の能力がさらに引き出せるように、先生も幼児も、同時に指導します。その中で、お子さんたちも一人一人の様子も見ますが、私はそこまで、「面白さ」を醸し出さなくても、子供が自分から取り組んでくれます。ふだんから、木下式に馴染みがあることの利点です。また、私と会うのも滅多にない分、いい意味で「緊張感」をもって充実した時間を過ごすことができます。

そして、楽院に通う幼児たちは、私が保育園や幼稚園で行う機嫌とりをすると、「そんな赤ちゃん扱いをしなくてもできるよ」という態度をしたりします。どんなに、入学当初、泣いたり、嫌がっていた子であっても1年も継続すると、自分に自信が持てるようになります。結局、同じことを勉強していても、子どもが自信を持てば持つほど、小手先の「楽しさ」がなくても、頑張れるようになるということなのかもしれません。

子供は乳幼児期には、十分に手をかけ、目をかけ、言葉をかけ、少しずつ成長を促したら、徐々に、大人は保護を減らして、一歩、引くことを忘れないようにしたいものです。幼児期、児童期の子供の吸収力は、私たち大人にはないほど素晴らしいものがあります。その力を信じて任せることも、また大事な教育なのですから。
by k-onkan | 2015-07-08 23:38 | 教育 | Comments(0)

七夕の願いごとは・・・

6年前に卒業した名誉団員が、突然、入院して手術を受けることになったという話が飛び込んできました。本人がとてもショックを受けているように感じたので、急遽、お見舞いに出かけました。「お見舞いのリクエスト」は「子供の頃の音楽会のビデオと、自分の子供時代の思い出を聞きたい」とのことでした。

e0143522_19585113.jpg本人に覚えはないようですが、この子は学年で一番、落ち着きのない男の子でした。あまりにもじっとしてレッスンを受けられないため、集団の時間は布ベルトや紐で身体を固定させて、自分の動きを意識させたこともありました。

合宿に連れて行くと、山道の木枠のすべてに、必ず、足を踏み入れないと前に進まないなど、不思議なこだわりもあり、「どんな子でしたか?」と聞かれると、「変なヤツだった」と正直に答えるしかありません。でも、言い換えれば、きわめて男の子らしい男の子だったとも言えるのです

男の子というものは、子供時代に多少、変な行動があっても、やるべきことをコツコツ努力する習慣さえ身についていれば、年頃になってから急に能力を発揮する可能性がある生き物です。この子も、幼い頃は、私たちを怒らせたものですが、彼独自のゆるぎない世界を持っていたので、いつかきっと、大きな夢をかなえて、報告にくるだろうと思っていたのです。そして、今年の私の七夕の願いは、年若い彼が一日も早く、勉強にスポーツに全力で取り組める健康な体を取り戻すことなのです。
by k-onkan | 2015-07-07 20:00 | 名誉団員・卒業生 | Comments(0)

最初からできなくてもいい!

幼稚園や保育園という集団の中には、「みんなと一緒の活動」が苦手なお子さんがクラスに一人くらいいるものです。月齢が低かったり、理解できないことがあったり、発達が遅かったり、気弱だったり、その理由はいろいろでしょう。

e0143522_18361149.jpg子供でなくても、自分だけできないことがあったら、そこに参加したくないという気持ちは理解できるはずです。ですが、最初から同じことができなくてもいいのです。大事なことは、長い時間をかけて、いつかみんなと一緒にできるようになることなのです。何より、気を付けるべきは、大人が「この子には集団は無理」と決め込み、幼児の変化に気付かないことではないでしょうか。

私が教えているある園の3歳児クラスには、4月にお稽古をはじめた際に、音感かるたと歌唱曲の間は絶対に口を開かなかった子がいました。その後もしばらくは、毎回、面白くなさそうに取り組んでいたのですが、最近、少し自分から口を開けている様子が見られるようになりました。「おぉ。Xくん、自分から歌うようになって、おりこうになったね~。声が聞こえるようになったね」と声をかけると、嬉しそうに取り組もうとする姿を見せるのです。

どんなに木下式が幼児の気持ちを引き付ける教育法であっても、全員が同じだけのモチベーションをもって取り組む魔法の教育は存在しません。初日に興味を持つ子もいれば、慣れてから好きになる子もいます。また、卒業して、離れてはじめて懐かしく思い出す子もいます。いつ楽しいと感じるかは、それぞれの自由です。ですが、ひと時、面白くない顔をしたかたと言って、それは一生、続くわけではありません。幼児も成長とともに、心が変化することはあるのです。大人はそのことを忘れてはいけないと思うのです。
by k-onkan | 2015-07-06 18:35 | 教育 | Comments(0)

努力はお互いに必要・・・

最近、難聴のお子さんに、音感のレッスンをする機会がありました。聴覚が不自由な人にとって、何より大事なのは相手の口型や、唇の動きです。木下式は口型をはじめ、言葉が鮮明であるため、唇を読んだり、真似るためには適した訓練であると感じます。

e0143522_1113955.jpg一般では、「耳が聴こえないから、聴き間違いが多い」と思い勝ちですが、真に障害を理解するためには、話す側にも美しい日本語を発するための努力が必要ではないかと感じています。幼児期であれば、聴覚に多少、不自由な点があっても、正しい発音を真似ることで、より鮮明な日本語を覚える機会が増えるものです。

たかが、日本語、されど、日本語です。なるべく、一緒にいる大人が鮮明な言葉を話す努力をすることも、教育以前に、障害を理解する第一歩なのではないかと思ったのでした。
by k-onkan | 2015-07-05 23:10 | 幼児 | Comments(0)

自分の身は守れるように・・・

最近、入学した女の子はご両親が多忙のため、二人の家庭教師の先生が引率して望クラスに通っています。一生懸命、取り組んでいる女の子なのですが、一つだけ、とても心配していることがあります。それは、どんな時でも、二人の大人がサッと手を出し、お子さんに危険がないように守っていることです。

e0143522_0441464.jpg先日も、ブレキエーション(木製のうんてい)にぶら下がらせ、「10まで数えよう」としたのですが、突然の何の前触れもなく手を離してしまいました。私も怪我をさせるわけにはいかないので、間一髪、そのお子さんを抱きかかえましたが、どんな強い大人でも常に子どもがすることの全てを守れるわけではありません。子ども自身も、高いところにぶら下がったり、危険に対して、自分で気をつけるという意識を育てないと、いつか、大きな事故を引き起こしそうで心配になります。

子どもの生活の中には、危険なものがたくさんあります。大人はつい「危ないから」と隔離したり、子どもから見えないようにするものですが、危険なものと“どのように付き合うか”を体験から知ることも子どもには大事な学びのような気がします。なぜなら、いつも大人が守れるとは限らないからです。危険なものは危険なものとして、教えておく必要を感じます。

子どもは日々、成長して生活範囲を広げていきます。私たちが知らない間に、危険なことにも近づいているものです。その時に、きちんと、自分の考えを持って、危険から遠ざかれるようにするために、大人も賢くなる必要を感じるのです。
by k-onkan | 2015-07-04 23:42 | 子育て | Comments(0)

道はきっと自分で拓くから

楽院の演奏会で孫の成長に涙を流すほど感激したお祖父さまが、「ぜひ、音楽の道を進ませたら」と思われたという話を耳にしました。楽院に通わせた成果をそれほどまでに認めていただけたことは、私たちにとっても嬉しいことです。

e0143522_14335132.jpg今でこそ、お祖父さまに感激の涙を流させるお孫くんですが、小さい頃は、楽院が嫌いで嫌いで仕方なかったはずです。一番の理由は、声を出すことが苦手だったのです。毎週、お母さんを困らせた泣き言はお世辞にも美声とはいえませんでした。しかし、ご両親が地道に努力することを教えてくださったので、今では、歌もピアノも驚くほどの成長を遂げました。

ですが、だからと言って、今、子どもに「音楽の道に決めなさい」というのは酷だと思うのです。父が若い頃であれば、音楽など、何かひとつ「これ」という能力があれば、生計を立てられる時代でした。しかし、今は音楽だけできてもそれだけでは生きていけないと感じます。ここは、お祖父さまの夢は夢として、小学生の内は一つの道に絞らず、何があってもつぶしがきくように、いろいろなことをバランスよく学び、経験してほしいと思っています。

そして、子どもの人生は子どものものです。どんなにまわりが「こうなって欲しい」「あんな道を進んでほしい」と願っても、最後に決めるのは本人です。プレッシャーをかけすぎることで、やっと、自分に自信が持てるようになり、音楽が楽しいと思いはじめた子が、音楽から遠ざかることがないようにと個人的には願っています。

将来、もし、本人が自分で「音楽の道に進みたい」と言ったら、その時は、誰がどうとめても、その道に進んでいくでしょう。その時でも手遅れにならないように、幼児期に音楽の基礎教育を与えてあるのですから。
by k-onkan | 2015-07-03 23:31 | 児童 | Comments(0)

続けられることは幸せなこと

先日、甥たちの学ぶ合気道教室で演武会がありました。思えば、現在、6年生の甥Yが年中の頃、「幼稚園でいじめられた」と帰ってくる姿に、木下先生が「ぜひ、習わせよ」と言って始めたのが合気道でした。7年という歳月を経て、少年初段をいただいたころから、武道を習っている雰囲気が感じられるようになってきました。

e0143522_13491841.jpg実は、これは音楽のお稽古でも同じことが言えます。楽院に通っている生徒たちは、小さい頃は、親御さんの決断によって、仕方なく通ってきていても、長く続けることで、親御さんが敵わない能力を備えることになります。そのことを自覚できて、はじめて、学校の友達の前でピアノを披露したり、音楽が特技だと実感できるようです。3歳から始めたとして7~8年。なんのお稽古もそれくらい継続しないと特技にはならないということかもしれません。

瑠音先生は、演武会でのYの動きを見て「武道らしくなった」とその成長を喜んでいましたが、本人は、小学校で「合気道をやっていてよかった」と思う出来事があったようです。それは、同級生同士の諍いが起きた時のことでした。六年生にもなると男児は身体も大きく、その上、怒りで興奮していたら若い女性の先生では止められるものではありません。

最初にYのクラスメートが「やめろよ」と二人の間に入ったようですが、興奮した男児に頬をグーで殴られて真っ赤になってしまったそうです。そこで、上背もあり、合気道の心得があるYが殴った男の子の脇から入り、争っていた二人を引き離したというのです。大勢の友達から褒められ、合気道が自分の特技だと思えるようになったようです。

合気道は型が決まっていて、それを忠実にお稽古します。空手や剣道のように勝負を決めることはないため、私たちのような素人には、「やらせ」のように見えるものです、しかし、相手の攻撃力を使って返す技は、実践でちゃんと役に立ち、気を付けて扱わなければならないことを実感しました。私もこれからは軽々しく、Yに勝負を挑んではいけないようです。そして、小さくて臆病者のいじめられっこだったYが、お友達を止められるほど成長したのは、何よりも幸せなことだと思います。たとえ、センスが悪くても、弱くても、とりあえず、ずっと続けることで、生まれる能力もあるのです。
by k-onkan | 2015-07-02 23:44 | お稽古事 | Comments(0)